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縁とは異なもの味なもの
1:時東はるか 9月2日2時15分 ②
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「最近、ご機嫌ですねぇ。悠さん」
トーク番組の収録を終え、次の収録先へと向かう車内である。運転席からマネージャーの岩見に話しかけられて、時東はスマートフォンの画面から視線を上げた。
「うん。ごはんがおいしいのは幸せだよねって気持ちでいっぱい」
「って、なに疲れ切った爺さんみたいなこと言ってるんですか。このあとクイズ番組なんですから、テンション高めにお願いしますよぉ」
バックミラーに映る岩見の童顔に、人畜無害な笑顔が浮かぶ。時東と一才しか変わらないとは思えない、あいかわらずのそれだ。
「ねぇ、岩見ちゃん。その収録さ、二十時にはちゃんと終わるよね?」
「あー、予定ではそうですけどねぇ。押しても小一時間だと思いますけど。デートですかぁ? バレないようにしてくださいよ」
「デートではないってば」
無用な不安を植え付けて、お楽しみを邪魔されたくはない。時東は即座に否定してみせた。そもそもとして、本当にデートではない。結婚したいとはわりと心から思っているが。主に安定した食のために。
つまるところ、今日は南食堂への来訪日なのだ。無論、約束を交わしたわけでもなく、時東が勝手に決めた予定である。だが、しかし。「今夜は味のあるご飯、味のあるご飯、南食堂」と言い聞かせ、二週間を耐え忍んだのだ。
二十時に出発することは二十二時に向こうにたどり着く最低条件なので、なにがなんでも譲れない。
「ほら。岩見ちゃん。こちらが本日の俺の予定です」
前々回、南食堂を訪れた折に撮影した写真を、時東はここぞと見せつけた。よく言って、職人気質。濁さず言えば、愛想の欠片もない立ち姿。だが、そんなことはどうでもいいのだ。
フレームの下方に映り込んでいる揚げ出し豆腐に、思わず口角が緩む。生姜と大根の風味が効いていて大変おいしかった。ぜひまた食べたい。あれでいて、南はさりげなくリクエストに答えてくれるのだ。この二ヶ月の経験則である。
信号待ちの合間に首を巡らせた岩見が、画面を一瞥するなり前に向き直った。
「なんで隠し撮り……。しかもかわいくもなんともない男……。僕には悠さんがなにをしたいのかわかりません」
「かわいいって! ここにごはんがおいしい、とか。案外、面倒見が良いとか。その手でむしろもっと俺にごはんを与えてほしいとか。そういった付加価値を付けたらかわいく見えてくるから! この仏頂面も」
「たぶん、ご本人も、付加価値を無理やり付けてもらってまで、かわいいと思われたくないでしょうけどねぇ」
しかもループしてますよ、悠さん。ごはんがおいしい以外に褒めどころないんですか。おざなりに笑ってアクセルを踏んだ岩見が、ふと呟いた。
「というか、その方、あれでしょう。このあいだの田舎のロケの。そういえば、あのころから悠さんご機嫌ですよねぇ……」
探るような沈黙に、時東は慌てて否定した。ゲイだとかそういう話ではない。
「岩見ちゃん、違うから。あの、違うからね? 俺は純粋に南さんのごはんが好きで、だから時間のあるときに寄らせてもらってるだけで」
頻度もそんなに多くないし。精々が隔週だし。今日も時間があるからちょっと行ってみようかなと考えていただけで。
つらつらと訴えた時東に、岩見が「はぁ」とも「へぇ」とも取れない曖昧さで首を傾げた。
「あの田舎まで二週間に一度。悠さん、田舎とか好きなタイプでしたっけ?」
「つまるところ、俺にとってのおふくろの味なの。いいでしょ、それで俺のご機嫌が保たれてるんだから」
トーク番組の収録を終え、次の収録先へと向かう車内である。運転席からマネージャーの岩見に話しかけられて、時東はスマートフォンの画面から視線を上げた。
「うん。ごはんがおいしいのは幸せだよねって気持ちでいっぱい」
「って、なに疲れ切った爺さんみたいなこと言ってるんですか。このあとクイズ番組なんですから、テンション高めにお願いしますよぉ」
バックミラーに映る岩見の童顔に、人畜無害な笑顔が浮かぶ。時東と一才しか変わらないとは思えない、あいかわらずのそれだ。
「ねぇ、岩見ちゃん。その収録さ、二十時にはちゃんと終わるよね?」
「あー、予定ではそうですけどねぇ。押しても小一時間だと思いますけど。デートですかぁ? バレないようにしてくださいよ」
「デートではないってば」
無用な不安を植え付けて、お楽しみを邪魔されたくはない。時東は即座に否定してみせた。そもそもとして、本当にデートではない。結婚したいとはわりと心から思っているが。主に安定した食のために。
つまるところ、今日は南食堂への来訪日なのだ。無論、約束を交わしたわけでもなく、時東が勝手に決めた予定である。だが、しかし。「今夜は味のあるご飯、味のあるご飯、南食堂」と言い聞かせ、二週間を耐え忍んだのだ。
二十時に出発することは二十二時に向こうにたどり着く最低条件なので、なにがなんでも譲れない。
「ほら。岩見ちゃん。こちらが本日の俺の予定です」
前々回、南食堂を訪れた折に撮影した写真を、時東はここぞと見せつけた。よく言って、職人気質。濁さず言えば、愛想の欠片もない立ち姿。だが、そんなことはどうでもいいのだ。
フレームの下方に映り込んでいる揚げ出し豆腐に、思わず口角が緩む。生姜と大根の風味が効いていて大変おいしかった。ぜひまた食べたい。あれでいて、南はさりげなくリクエストに答えてくれるのだ。この二ヶ月の経験則である。
信号待ちの合間に首を巡らせた岩見が、画面を一瞥するなり前に向き直った。
「なんで隠し撮り……。しかもかわいくもなんともない男……。僕には悠さんがなにをしたいのかわかりません」
「かわいいって! ここにごはんがおいしい、とか。案外、面倒見が良いとか。その手でむしろもっと俺にごはんを与えてほしいとか。そういった付加価値を付けたらかわいく見えてくるから! この仏頂面も」
「たぶん、ご本人も、付加価値を無理やり付けてもらってまで、かわいいと思われたくないでしょうけどねぇ」
しかもループしてますよ、悠さん。ごはんがおいしい以外に褒めどころないんですか。おざなりに笑ってアクセルを踏んだ岩見が、ふと呟いた。
「というか、その方、あれでしょう。このあいだの田舎のロケの。そういえば、あのころから悠さんご機嫌ですよねぇ……」
探るような沈黙に、時東は慌てて否定した。ゲイだとかそういう話ではない。
「岩見ちゃん、違うから。あの、違うからね? 俺は純粋に南さんのごはんが好きで、だから時間のあるときに寄らせてもらってるだけで」
頻度もそんなに多くないし。精々が隔週だし。今日も時間があるからちょっと行ってみようかなと考えていただけで。
つらつらと訴えた時東に、岩見が「はぁ」とも「へぇ」とも取れない曖昧さで首を傾げた。
「あの田舎まで二週間に一度。悠さん、田舎とか好きなタイプでしたっけ?」
「つまるところ、俺にとってのおふくろの味なの。いいでしょ、それで俺のご機嫌が保たれてるんだから」
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