南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

文字の大きさ
26 / 82
縁とは異なもの味なもの

9:時東はるか 12月17日10時18分 ②

しおりを挟む
 もし、自分が一般的な人生を歩いていたのならば。ふつうに大学を卒業して、新規採用者として就職をしていたのならば。
 岩見のように年相応の社会人の顔で、きちんと働いていたのだろうか。そんなことを想像してみる。
 たぶん、そうなっていてもおかしくはなかったのだろう。大学在学中にとんとん拍子でデビューが決まった自分はひどく運が良かったのだ。
 子どものころの自分は、なにになりたかったのだったか。もうはっきりとは覚えていないが、ひとりでテレビに出る未来は思い描いていなかったはずだ。少なくとも、五年前までは。

「そういえば、僕、大学生だったころに見たことありますよ、はるかさん。そう思うと、やっぱり同年代ですねぇ」
「俺?」
「えぇ、まぁ、インディーズ時代のはるかさんですけど。僕の連れが、学生時代にバンドを組んでたんですよ。たまに僕もハコに遊びに行っていたので、そこで」

 時東がはじめてバンドを組んだのは、高校一年生のときだった。中学生のころから親しかった少年と、高校に入学して出逢った少女と。
 三人での路上ライブから始まり、ライブハウスにも立った。岩見が見た覚えがあっても不思議はない。昔の話ではあるけれど。

「あの時代は豊作でしたけどねぇ。『月と海』とか。まぁ、あそこもインディーズと今とで、メンバー変わっちゃってますけど。名前も、ですね。そういえば。でも、もともとの名前は忘れちゃったな。はるかさん、覚えてます?」

 ぜんぶ、忘れた。そう口にする代わりに、時東は口元に笑みを刻んだ。

「珍しいね、岩見ちゃんがそんなこと話すの」

 若いわりに気が利いて、対人距離の取り方が時東にとって適切。だから、岩見は「良い」マネージャーだった。

「はは、ただの発破です」

 牽制をものともせず、岩見が呑気に笑う。バックミラー越しに見えたそれに、時東は呆れて力を抜いた。
 そもそもとして、どうでもいいことだ。言い聞かせ、世間話のていで話を振る。

「ちなみに、そのお友達はどうなったの」
「え? あぁ、ふつうにやめましたねぇ。大学の途中で。まぁ、大半がそうですって。趣味に始まって趣味に終わるというか。仕事にできる人たちは一握りで、そこから芽が出て五年生き残れる人はさらに一握りです」

 はるかさんだって知っているでしょうと言わんばかりの口ぶりに、時東は曖昧な笑みを返した。
 一発屋で終わるか、一発すら出せずに終わるか、着実にヒットを重ねていくことができるか。五年目は、もはや新人ではない。ビジュアルだけでいつまでも売っていけるわけもない。そのすべてを、時東は理解しているつもりだ。
 なぜかバラエティで受けたものの、そのキャラ枠だっていつまで堅持できるのかはわからない。とんでもなく移り変わりの激しく、結果がすべての世界だ。
 そんな場所に、気がつけば、ひとりで立っていた。

「岩見ちゃんさ、インディーズのCDとかって持ってた?」
「はるかさんのですか? いや、すみません。押し付けられた友達のバンドのやつしか持ってなかったですねぇ。それも今はどこにあるやらですけど」
「だよね。ごめん、なんでもない」

 それきり、時東は黙り込んで目を閉じた。スタジオまで、あと三十分はかかるだろう。
 岩見の対応がふつうなのだと思う。捨てるタイミングなんて、いくらでもある。それを後生大事に持っているあの人がおかしいのだ。
 今まで、俺のファンだなんてそぶり、一度も見せなかったくせに。
 というか、どこで買ったの、それ。よく知らないけど、ネットオークションとかで高値が付いてるんでしょ。誰だ、売ってるの。それで買ってるの。まぁ、べつにいいんだけど。
 悶々と考えたまま、内心で溜息を吐く。
 それとも、あの当時に買ってくれた誰かだったのだろうか。意図的に忘れることにしたから、当時のことはもう覚えていない。
 けれど、秋口に南を見たことがあると思ったことは覚えていた。そうして、あのドラム。

 ――もしかしなくても、南さんのなんだろうなぁ。

 聞けば、きっと南は答えてくれるのだろうと思う。そういう人だと知ったつもりでいる。
 ただ、時東が聞かなければ、この先もなにも教えてくれないのだろうなと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...