南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

文字の大きさ
46 / 82
袖振り合うも他生の縁

14:南凛太朗 1月3日21時30分 ③

しおりを挟む
「たとえば、俺みたいなさ」
「あぁ、はい、はい」
「めちゃくちゃ聞き流された気がする……。なんかいつも聞き流されてる気がする……」

 いつも、いつも。そうされても問題のない伝え方しかしないからだろう。溜息と一緒に台詞を呑み込んで、周囲を見渡した。おたがいさまだということは、重々承知している。
 ロータリーの向こう。商業ビルの側面につるされた看板が目に入り、南は小さな声をもらした。先ほど覚えた非現実がじわりと足元から蘇る。

「なに? 南さん」
「いや、おまえ、芸能人なんだなと思って」
「え? え? なに、いきなり」
「いや、目の前におまえのドアップがあったことに気づいて。なんだっけ。なんか、酒の」
「あぁ、たぶん、チューハイ……」
「変な感じだよな、なんか。おまえの看板見ながら、電話してんの」

 そうだ。この状況は「変」なのだ。あたりまえのことではない。
 南がよく目にする、へにゃりとした力の抜けた笑顔ではない、爽やかな笑顔。芸能人の時東はるかの顔。遥か頭上から、それが自分を見下ろしている。

「時東?」

 不意に訪れた沈黙に、名前を呼ぶ。しばらくしてスマートフォン越しに響いたのは、どこか拗ねた声音だった。

「南さんの家に行きたい。炬燵に入って、お酒飲みたい。南さんのごはんも食べたいし、あの部屋で寒いなって思いながら眠りたい」
「寒いのかよ、結局」
「いや、寒いけど、そこはいいんだって。こう、なんというか、心の持ちようの問題だし。今度、あったか毛布を持ち込もうかなぁと企んでたけど、そうじゃなくて」

 じれったそうに言い募った時東が、はぁ、と小さく息を吐いた。ぐちゃぐちゃと髪を掻き混ぜる姿が浮かぶ。苛立ったとき、自分の感情に困ったとき、時東はよくそういう仕草を見せたから。

「俺のわがままだよ。わがままなんだよ。わかってる。でも、あんまり、なんていうのかな。南さんに、そういうこと言われたくなかった」

 そういうこと。芸能人として扱われること。そういう目で見られること。

「俺がいないところで、俺の前にいてほしい」

 時東の本音なのだろうとわかったから、「そうか」と南は応じた。いつもどおりの調子で。
 正しかったと確信したからだ。自身に言い聞かせていたことは正しかった。そして、自分が距離感を取り違えなかったことに安堵した。
 時東が求めているのは、芸能人ではない自分を受け入れてくれる場所で、誰かで、それがたまたま「あのときの自分」だったというだけ。
 だから、そういう自分である限りは「好き」だというだけ。
 
 ――まぁ、でも、そうだよな。

 薄々とわかっていたことでもあった。
 町役場勤めの旧友に頼まれ、断り切れずにテレビ番組の取材を了承した。たまたま番組のゲストが時東だった。それだけの、縁。
 いつ切れてもおかしくなかった細い糸が、たまたま、本当にたまたま、いろいろな偶然が積み重なって、繋がっていただけのこと。俺は、そうではなかったけれど。
 
 暗くなった画面を一瞥し、南はスマートフォンをしまった。帰ろう、と思った。
 馬鹿みたいに。先ほど月子を形容した言葉が過った。
 馬鹿みたいに記憶の底にずっと沈めていたのは、誰だ。湖面に浮き上がりそうになったあどけない笑顔から、南はそっと目を逸らした。
 あいつが捨てた過去を、なんでよりによって、俺が覚えているのだろう。
 あいつはすべてを捨て去っているのに。記憶されることなど望んでいないだろうに。

 だから、あいつは俺になにも聞かない。だから、俺もなにも問わない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...