南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

文字の大きさ
59 / 82
袖振り合うも他生の縁

19:南凛太朗 1月18日21時55分 ②

しおりを挟む
「ひさしぶりだなぁ、凛にその顔されるの」
「ひさしぶりって」
「うん。何年か前ね。この店を凛が開けてすぐくらいのころはあったよ、けっこう。入ってきた俺の顔見てさ、失望したような顔すんの、一瞬だったけど」

 この幼馴染みが言うのであれば、そうだったのかもしれない。
 だが、いまさらどう応じるべきかはわからなかった。迷ったことを誤魔化すように春風の前に酒を置く。そうして、なんでもないふうに苦笑を返した。

「なに考えてるのかわからない顔って言われるほうが多いんだけどな」
「わかるよ。幼馴染みだしね。凜の表情の違いくらい。おまえもそうじゃないの?」
「まぁ、……そうかもな」

 仏頂面の自分とは意味合いは違うだろうが、へらへらとした笑顔を常備している春風も表情が読み取りづらいタイプだ。
 けれど、なんとなくであればわかるので、逆もまたしかりということなのだろう。
 時東は、野生の勘の成せる技か、「なんで」はわからないくせに、「違い」だけを器用に嗅ぎ取っていた。 

「それが嫌でさぁ。だからいつも元気な挨拶を心がけてたんだけど、これがついうっかり」
「似非臭い野郎だな」
「凛が言うならそうかもね」

 へらりと笑って、春風が酒に口を付けた。

「うん、おいしい。西崎くんは好きじゃないけど、西崎くんのところのお酒はおいしいな」
「おまえ、まだ根に持ってんの」

 小学生になるかならないかのころに、散々にからかわれたことを。
 呆れたように南が言えば、「まぁねぇ」と意味深長な笑みが浮かぶ。顔が良いだけに腹が立つくらい様になっている。

「根には持ってないけど、まぁ、好きにはならないよね。嫌いでもないけど」

 やられた当時に十倍以上の仕返しをしていた記憶があるのだが、それもまた別の問題なのだろうか。
 仕入れの関係で西崎の兄に会うことがあるのだが、三回に一回は「春風ちゃん、どう?」と阿られるこちらの身にもなってほしい。そうして、それに。

「というか、おまえ、ほとんどがそうじゃねぇか」

 好きでもないが嫌いでもない。それが、春風の対人関係における基本的なスタンスだ。

「まぁ、それもそうかもね」

 否定もせずに笑った春風が、もう一口呑んでからグラスをカウンターに置いた。

「これはこれでおいしいけど、次は熱燗がいいな。知ってる? 今も雪降ってんだよ、たぶん積もらないけど」
「熱燗呑ませたら長いから、それにしたんだよ。今日はつまみはないからな」
「えー、なんで。もう閉店なの。凛ちゃん居酒屋」
「そんな展開はしてねぇ」
「時東くんにはしてあげてるくせに。幼馴染みの俺にはもうなしですってか。冷たいなぁ、酒が胃に染みる」

 芝居がかった仕草で泣き真似を披露されてもダメージはない。そうか、と呟いて、南は出入口に視線を向けた。

「また雪降ってんのか」
「ね、今年は多いね。また凜ちゃん雪かき大忙しでしょ」

 大変だねぇ、と苦笑して、春風がグラスを手に取った。少しの沈黙。なにか言いたいことでもあるのだろうかと思っていると、春風がぽつりと口を開いた。

「というか、凜ちゃんはさ、あんまり恋愛を楽しもうっていう気がないよね。話は変わるけど」
「変わるのかよ」
「いや、実際は変わってないんだけど。その、つまり、なんというか、心配してるわけよ。幼馴染みの智治くんとしては。うちの凛ちゃんは大丈夫なのかな、と」
「大丈夫って」

 なにを馬鹿なことを笑い飛ばすには、春風の瞳は優しい色をしていた。黙って、カウンターに肘をつき直す。その態度にか、春風がまた小さく笑った。

「べつにね、十代の女の子じゃあるまいし、凛に恋愛をしろって言ってるわけじゃないんだよ。それは本当にどうでもいいと思うし。まぁ、するなら良い恋愛をするに越したことはないと思うけど。凛、女見る目ないからなぁ」
「おい、そこは放っとけよ」
「だから、放ってたじゃん。あーあ、見る目ねぇなぁ。どうせすぐに別れるよって思ったら、大概すぐに別れてたけど、まぁ、それは凛の自己責任だし」

 大学生だったころの話を引っ張り出さないでほしいし、そもそもとして、春風に言われたくない台詞のオンパレードである。なんとも言えない心地で南は再び黙り込んだ。
 
 ――というか、おまえも大概だっただろ。

 特定の彼女と呼べる存在がいたのかすら疑わしい付き合い方しかしていなかったくせに。じとりとした視線をものともせず、春風は話を続ける。

「なんていうか、凛は手間がかかる系の駄目女が好きだよね。俺が面倒見てやらなきゃって気分になるの? よくないよ、そういうの」
「ヤリモクの女としか遊んでなかったやつに言われたくない」
「だって、本気の相手とか面倒くさいでしょ。俺が本気じゃないのに」

 なかなかの言い草だった。人の恋愛の心配をするより自分の心配をしろ。
 そう言ってやってもよかったのだが、へらりとした顔を前にするとどうでもよくなってしまった。ある意味で、春風は変わらない。
 へらへらと笑って、本音を言わないところも。誰にでも優しいようでいて、無関心なところも。

「まぁでも、べつになんでもいいよ、本当に。凛が若いころのあれやらこれで、もう恋愛なんて懲り懲りだって言うなら、それはそれで」
「……おう」
「俺はずっとここにいるし、凛もずっとここにいるでしょ。たとえば、俺が結婚して子どもが生まれたとしてもさ。嫁とチビ連れて、おまえの店に食いに行くよ。なんなら、おまえの家にも遊びに行くし。近所のおじちゃんポジションも悪くないとは思うけど」

 そこで一度言葉を切って、にこりと春風がほほえんだ。

「おまえがそれで本当にいいならね」

 この町で。この店で。この先もひとりで切り盛りをして。たまにこうして春風の相手をして。
 それは、南が漠然と思い浮かべていた未来だった。

「いいもなにも、正に今がそうだろ」
「まぁ、それに近いものはあるかもしれないけどさ、この先の話だよ?」
「そうだな。おまえが結婚してもいいって思える女を見つけないことには進まない話だな」

 飄々とした良い父親をやっている気もすれば、嫁の尻に敷かれている気もする。当たり障りのない未来を想像して笑うと、春風も笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...