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笑う門には福来る
20:時東悠 1月25日21時50分 ②
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今日は、雪が降っていなくてよかった。
ひさしぶりに目にした南食堂の明かりを眺め、時東はふうと息を吐いた。
事故を起こすつもりは毛頭ないけれど、ここに来る道中でそんなことがあれば、南は気に病むに違いない。
新調されたというのれんは、店内に引っ込められいる。閉店している証で、入ってもいいという時東にとっての誘い水。
そういえば、お雑煮食べ損ねちゃったな。もう一月も終わるけど、頼んだら作ってくれるかな。以前と変わらないことを夢想して、肩に入った力を抜く。
よし、これで心置きなく「ただいま」と足を踏み入れることができる。そう言い聞かせ、時東は軽く笑みを浮かべた。
できれば、この場所で作り笑いはしたくなかったのだけれど。自嘲気味な思考に蓋をして、三週間以上ぶりに南食堂の戸に指をかけた。
「こんばんは、南さん」
努めていつもどおりに声をかけると、南の顔が上がる。
「なんだ、おまえか」
カウンターの内側から返ってきた、あいかわらずのぶっきらぼうな言い方にほっとして、「そう、俺です」と時東はほほえんだ。
「なんか、ちょっとひさしぶり?」
「おまえはそうかもな」
「なんなの、おまえはって」
「つい昨日テレビで見た顔」
見ないと言っていたくせに、そんなことを言う。それとも芸能人扱いをするなと言ったことに対する当てこすりだろうか。
思ったものの、小さなことに反応を示して、この場所の空気を悪くしたくはない。へらりと笑い、カウンター席に勝手に腰を下ろす。
作業をしている南が一番よく見える、とっておきの指定席。
「そんなこと言われると、ちょっと気になるな。どれ見てたの? あれかな、クイズかな」
「いや、なんだったか忘れたけど。なんか見た気がする。CM?」
「あー、そっちの可能性もあったか。まぁ、でも、あと二ヵ月もすれば、俺、めちゃくちゃテレビ出るよ?」
マフラーを外して上着も隣の席に置く。顔を上げて改めてほほえめば、どこか気まずそうな顔の南と目が合った。
「なに? 南さん」
「いや、……おまえ、今日、どうすんの?」
「どうするって」
「だから、泊まってくの。帰るの」
「泊めていただくつもりですけど。そのつもりで荷物も置きっぱなしだし」
首を傾げると、目の前に酒が現れた。珍しい。いや、まぁ、泊まるので飲酒自体はかまわないというか、むしろ大歓迎ではあるのだが。この店で呑んだことはなかった気がしたのだ。酒を飲むときは、いつも南の家だったので。
「南さん?」
「あー、……その、悪かったな。アルバム、というか、春風」
「え? あー、うん、まぁ」
尋ねるよりも先に謝られてしまい、「そうだけど」と時東は曖昧に頷いた。
先手を打たれると拗ねることもできないし、知らないふりで情報を引き出すこともできない。
やられたなぁ、と思うのに、苛立たないのは、計算ではないと思うからだろうか。
「でも、知らなかったんでしょ? 南さん」
彼の幼馴染みから聞いた情報を口にすれば、ますますなんとも言えない顔になる。
「いや、まぁ、おまえがここにいたあいだは本当に知らなかったんだけど。おまえがあいつと会う前には知ってたから。その、なんというか、まぁ」
「なんというか?」
「連絡してやろうと思えば、できたというか。無駄にびっくりしただろ」
びっくりという言い方に、時東は少し笑った。驚いたかと問われると、まぁ、そうだと答える。驚いた。ついでに、自分に対する南の態度に得心がいって、勝手に落胆もした。
この人が営業時間外に芸能人の自分を受け入れてくれたことも、自分への接し方があくまで「ふつう」だったことも、慣れていたことが理由だと思い知ったからだ。
ひさしぶりに目にした南食堂の明かりを眺め、時東はふうと息を吐いた。
事故を起こすつもりは毛頭ないけれど、ここに来る道中でそんなことがあれば、南は気に病むに違いない。
新調されたというのれんは、店内に引っ込められいる。閉店している証で、入ってもいいという時東にとっての誘い水。
そういえば、お雑煮食べ損ねちゃったな。もう一月も終わるけど、頼んだら作ってくれるかな。以前と変わらないことを夢想して、肩に入った力を抜く。
よし、これで心置きなく「ただいま」と足を踏み入れることができる。そう言い聞かせ、時東は軽く笑みを浮かべた。
できれば、この場所で作り笑いはしたくなかったのだけれど。自嘲気味な思考に蓋をして、三週間以上ぶりに南食堂の戸に指をかけた。
「こんばんは、南さん」
努めていつもどおりに声をかけると、南の顔が上がる。
「なんだ、おまえか」
カウンターの内側から返ってきた、あいかわらずのぶっきらぼうな言い方にほっとして、「そう、俺です」と時東はほほえんだ。
「なんか、ちょっとひさしぶり?」
「おまえはそうかもな」
「なんなの、おまえはって」
「つい昨日テレビで見た顔」
見ないと言っていたくせに、そんなことを言う。それとも芸能人扱いをするなと言ったことに対する当てこすりだろうか。
思ったものの、小さなことに反応を示して、この場所の空気を悪くしたくはない。へらりと笑い、カウンター席に勝手に腰を下ろす。
作業をしている南が一番よく見える、とっておきの指定席。
「そんなこと言われると、ちょっと気になるな。どれ見てたの? あれかな、クイズかな」
「いや、なんだったか忘れたけど。なんか見た気がする。CM?」
「あー、そっちの可能性もあったか。まぁ、でも、あと二ヵ月もすれば、俺、めちゃくちゃテレビ出るよ?」
マフラーを外して上着も隣の席に置く。顔を上げて改めてほほえめば、どこか気まずそうな顔の南と目が合った。
「なに? 南さん」
「いや、……おまえ、今日、どうすんの?」
「どうするって」
「だから、泊まってくの。帰るの」
「泊めていただくつもりですけど。そのつもりで荷物も置きっぱなしだし」
首を傾げると、目の前に酒が現れた。珍しい。いや、まぁ、泊まるので飲酒自体はかまわないというか、むしろ大歓迎ではあるのだが。この店で呑んだことはなかった気がしたのだ。酒を飲むときは、いつも南の家だったので。
「南さん?」
「あー、……その、悪かったな。アルバム、というか、春風」
「え? あー、うん、まぁ」
尋ねるよりも先に謝られてしまい、「そうだけど」と時東は曖昧に頷いた。
先手を打たれると拗ねることもできないし、知らないふりで情報を引き出すこともできない。
やられたなぁ、と思うのに、苛立たないのは、計算ではないと思うからだろうか。
「でも、知らなかったんでしょ? 南さん」
彼の幼馴染みから聞いた情報を口にすれば、ますますなんとも言えない顔になる。
「いや、まぁ、おまえがここにいたあいだは本当に知らなかったんだけど。おまえがあいつと会う前には知ってたから。その、なんというか、まぁ」
「なんというか?」
「連絡してやろうと思えば、できたというか。無駄にびっくりしただろ」
びっくりという言い方に、時東は少し笑った。驚いたかと問われると、まぁ、そうだと答える。驚いた。ついでに、自分に対する南の態度に得心がいって、勝手に落胆もした。
この人が営業時間外に芸能人の自分を受け入れてくれたことも、自分への接し方があくまで「ふつう」だったことも、慣れていたことが理由だと思い知ったからだ。
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