愚者の園

木原あざみ

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案件2.永遠の子ども

04:犬と呪殺屋

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「犬が降ってきたんだ」

 どういうことか説明しろと凄んだ行平に、呪殺屋は悠然と微笑んだ。

「天使か」
「俺が?」
「違う」

 空から降ってきたという表現に対してである。真顔で首を傾げた呪殺屋を一刀両断し、行平は珈琲に口を付けた。深みもこくもないインスタント。おまけに大量に砂糖をぶち込んだ代物である。
 それにしても、と。行平は向かいに座る呪殺屋をちらりと見やった。
 この男と犬と一緒に食卓を囲む羽目になるとは世も末である。もっとも「低血圧らしい」呪殺屋はなにも口にしていないのだが。
 その代わりとばかりに、犬はテーブルの上で熱心に牛乳を舐めている。めげずに買ってきたドッグフードは猛然と拒否されたので、しかたなくというやつだ。
 興味深そうに犬を眺めていた呪殺屋が、ようやく口火を切った。

「今日の朝、このビルの前にこいつがいてさ」
「どこからかおまえがパクってきたわけじゃないんだな」
「違うってば。捨て犬、捨て犬。どこかの金持ちが飽きたんでしょ。拾ってくださいって間抜けなボード付きだったよ」
「そうか」
 
 窃盗犯の疑惑が晴れ安堵した行平を、呪殺屋は鼻で笑った。

「まぁ、ここからがおもしろいところでさ」
「おもしろい?」
「間抜けな顔の犬だなーって眺めてたら、上から降ってきたんだよ。『犬』が」
「おい」
「いや、だって、それはもう見事に降ってきたんだよ。それでこの犬の中にすっぽり入り込んじゃったんだよね」
「頼むから俺にわかるように話してくれるか、呪殺屋」

 温くなった珈琲をいくら流し込んだところで、頭が冴える気配はない。こめかみを指の腹で揉んでいると、幼い声が脳に響いた。

「犬という名前はお兄ちゃんに付けてもらいました」

 満足そうに口の周りを舐める犬に、行平は引きつりかけた表情をなんとか取り繕った。なんてセンスだ。

「きみの名前は……」
「僕の名前は覚えていません。目が覚めたらお兄ちゃんが目の前にいました。だから僕は犬です」

 犬の中にこの子ども――声からしておそらく男児だ――が、入り込んだ。入り込んだ?

「呪殺屋」
「だから『犬』だって最初に言ったじゃない」
「じゃあなんでただの犬のふりしてたんだよ」

 胡乱な視線を向けた行平に、呪殺屋はにこりと微笑んだ。

「お兄ちゃんが黙っていたほうがおもしろいって言ってました」

 けろりと答えたのは、やはり犬のほうだった。呪殺屋は小さく肩を震わせている。
 ぺろぺろと牛乳を舐め始めた犬をとっくりと眺め、行平は残りの珈琲を飲み切った。弌の坊が恋しい。
 つまり、なんだ。どうにか情報を整理し、行平は苦虫を噛んだ。

「この犬に、子どもの霊が憑りついてる。そういうことか」
「なんだ、滝川さん。珍しく頭が回ってるじゃない。半分正解」
「半分かよ」

 うんざり行平は呟いた。

「それで、おまえはどうする気だ、この子」

 「これ」と称するのは忍びない。行平の心情を察したらしい呪殺屋が目を細めた。いつのまにやら、ご機嫌は完全に治ったらしい。

「だから言ったじゃない。管理人に託すって」
「託すって、犬じゃねぇだろ」
「だから『犬』だってば。まぁ、そのうち、満足したら本当の犬に戻ると思うけど」
「意味がわからない」

 いつものことではあるが。憮然と応じた行平を気にも留めることなく、呪殺屋は犬の頭を撫でている。

「だから問題ないってば。ねぇ、『犬』?」

 皿から顔を上げた犬が嬉しそうに「わん」と鳴いて、「あ、間違えた」と短い首を振った。

「よろしくお願いします。探偵さん」

 愛嬌のある動きで首を振った犬は、どことなく人間染みていた。

「寂しい一人暮らしにはもってこいじゃない」
「おまえもだろうが」
「だって、滝川さんは責任をとれるもの。俺はとらないけど」

 呪殺屋の男のわりに骨ばった指先が柔らかく犬に触れる。犬も嬉しそうに喉を鳴らしていた。その光景に、行平は内心で首をひねった。

 ――なんだか、なぁ。

「おまえも手伝いに来いよ、たまには」
「は?」
「おまえが拾ったんだろ」

 さてどう出るか。窺った先で呪殺屋は拗ねたように眉根を寄せ、不承不承の体で口にした。

「気が向いたらね」

 気が向いたらもなにも、週に一回以上の頻度で遊びに来ているだろうが。とは最後の情けで揶揄しないことにする。
 呪殺屋の指の動きに、犬は気持ち良さそうに身をゆだねていた。
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