愚者の園

木原あざみ

文字の大きさ
19 / 61
案件2.永遠の子ども

04:犬と呪殺屋

しおりを挟む
「犬が降ってきたんだ」

 どういうことか説明しろと凄んだ行平に、呪殺屋は悠然と微笑んだ。

「天使か」
「俺が?」
「違う」

 空から降ってきたという表現に対してである。真顔で首を傾げた呪殺屋を一刀両断し、行平は珈琲に口を付けた。深みもこくもないインスタント。おまけに大量に砂糖をぶち込んだ代物である。
 それにしても、と。行平は向かいに座る呪殺屋をちらりと見やった。
 この男と犬と一緒に食卓を囲む羽目になるとは世も末である。もっとも「低血圧らしい」呪殺屋はなにも口にしていないのだが。
 その代わりとばかりに、犬はテーブルの上で熱心に牛乳を舐めている。めげずに買ってきたドッグフードは猛然と拒否されたので、しかたなくというやつだ。
 興味深そうに犬を眺めていた呪殺屋が、ようやく口火を切った。

「今日の朝、このビルの前にこいつがいてさ」
「どこからかおまえがパクってきたわけじゃないんだな」
「違うってば。捨て犬、捨て犬。どこかの金持ちが飽きたんでしょ。拾ってくださいって間抜けなボード付きだったよ」
「そうか」
 
 窃盗犯の疑惑が晴れ安堵した行平を、呪殺屋は鼻で笑った。

「まぁ、ここからがおもしろいところでさ」
「おもしろい?」
「間抜けな顔の犬だなーって眺めてたら、上から降ってきたんだよ。『犬』が」
「おい」
「いや、だって、それはもう見事に降ってきたんだよ。それでこの犬の中にすっぽり入り込んじゃったんだよね」
「頼むから俺にわかるように話してくれるか、呪殺屋」

 温くなった珈琲をいくら流し込んだところで、頭が冴える気配はない。こめかみを指の腹で揉んでいると、幼い声が脳に響いた。

「犬という名前はお兄ちゃんに付けてもらいました」

 満足そうに口の周りを舐める犬に、行平は引きつりかけた表情をなんとか取り繕った。なんてセンスだ。

「きみの名前は……」
「僕の名前は覚えていません。目が覚めたらお兄ちゃんが目の前にいました。だから僕は犬です」

 犬の中にこの子ども――声からしておそらく男児だ――が、入り込んだ。入り込んだ?

「呪殺屋」
「だから『犬』だって最初に言ったじゃない」
「じゃあなんでただの犬のふりしてたんだよ」

 胡乱な視線を向けた行平に、呪殺屋はにこりと微笑んだ。

「お兄ちゃんが黙っていたほうがおもしろいって言ってました」

 けろりと答えたのは、やはり犬のほうだった。呪殺屋は小さく肩を震わせている。
 ぺろぺろと牛乳を舐め始めた犬をとっくりと眺め、行平は残りの珈琲を飲み切った。弌の坊が恋しい。
 つまり、なんだ。どうにか情報を整理し、行平は苦虫を噛んだ。

「この犬に、子どもの霊が憑りついてる。そういうことか」
「なんだ、滝川さん。珍しく頭が回ってるじゃない。半分正解」
「半分かよ」

 うんざり行平は呟いた。

「それで、おまえはどうする気だ、この子」

 「これ」と称するのは忍びない。行平の心情を察したらしい呪殺屋が目を細めた。いつのまにやら、ご機嫌は完全に治ったらしい。

「だから言ったじゃない。管理人に託すって」
「託すって、犬じゃねぇだろ」
「だから『犬』だってば。まぁ、そのうち、満足したら本当の犬に戻ると思うけど」
「意味がわからない」

 いつものことではあるが。憮然と応じた行平を気にも留めることなく、呪殺屋は犬の頭を撫でている。

「だから問題ないってば。ねぇ、『犬』?」

 皿から顔を上げた犬が嬉しそうに「わん」と鳴いて、「あ、間違えた」と短い首を振った。

「よろしくお願いします。探偵さん」

 愛嬌のある動きで首を振った犬は、どことなく人間染みていた。

「寂しい一人暮らしにはもってこいじゃない」
「おまえもだろうが」
「だって、滝川さんは責任をとれるもの。俺はとらないけど」

 呪殺屋の男のわりに骨ばった指先が柔らかく犬に触れる。犬も嬉しそうに喉を鳴らしていた。その光景に、行平は内心で首をひねった。

 ――なんだか、なぁ。

「おまえも手伝いに来いよ、たまには」
「は?」
「おまえが拾ったんだろ」

 さてどう出るか。窺った先で呪殺屋は拗ねたように眉根を寄せ、不承不承の体で口にした。

「気が向いたらね」

 気が向いたらもなにも、週に一回以上の頻度で遊びに来ているだろうが。とは最後の情けで揶揄しないことにする。
 呪殺屋の指の動きに、犬は気持ち良さそうに身をゆだねていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...