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案件3.天狗の遠吠え
09:兄と妹2
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呪殺屋が立ち去った室内は、いやに静かだった。黙りこくった妹の頭をくしゃりと撫で、窓を見上げる。雨脚が弱まる気配はない。
「犬の散歩はお預けだな」
「……うん」
しょんぼりと頷いた妹の傍らで、小さく犬が身じろいだ。外に出るのは嫌なのか、顔をソファに擦り付けている。その犬を、行平はなんとなく見つめた。
「ねぇ、お兄ちゃん。あのお兄ちゃん、また来るの?」
怖くないよ。あぁ見えて、悪いやつじゃないんだ。妹の目を見つめ諭すつもりだった言葉を、行平は呑み込んだ。代わりに、上滑りのする返事を紡ぐ。
「このみが嫌なら呼ばないよ。ここはこのみの家だから」
「本当?」
「本当」
その応えに、妹は満足そうに頷いた。
「お兄ちゃん、大好き」
ぎゅっと抱き着いた妹をあやしていると、机に置いていた携帯電話が振動した。無視するつもりだったものの、いやにコール音がしつこい。
小さく嘆息した行平は、ぽんと妹の頭を撫でて机に向かった。
そういえば、この五日、新聞記事に目を通していなかったな、と思いながら。いつのまにか日刊新聞が机に積み上がっている。
――相沢、さん。
表示された名前に、行平は電源を落とした。
しばらくのあいだ、こうしていようと思ったのだ。どのくらいの期間かはわからない。けれど、きっとそう長くはないだろうから。
呪殺屋や詐欺師ではあるまいし、自分は未来を視ることはできない。言ってしまえば、ただの勘だ。だが、そうなるのだろうという確信があった。
「お兄ちゃん」
すぐ近くで響いた声に、行平ははっと視線を向けた。妹と、ソファからどうにか下りたらしい犬が行平のすぐそばに立っている。自分を見上げる瞳は、なぜか妙に心配そうだった。
「どうした、このみ。寂しかったのか?」
たった数秒のことなのに。笑いかけた行平に妹は真顔で首肯した。
「寂しいに決まってるじゃない。このみ、ずっと寂しかったよ」
ずっと、ずっと――。どこにいるのだろう。行ってしまったのだろう。
からかおうとした気持ちは霧散して、行平は「ごめんな」と真面目に謝った。寂しかったのも、苦しかったのも、怖かったのも、悲しいのも、全部全部、このみだ。俺じゃない。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日は何日?」
唐突な問いかけに、行平はぎこちない笑みを浮かべた。
「八月の十二日だよ」
「ふぅん。じゃああと二日でこのみの誕生日だね、このみが何歳になるのか知ってる? お兄ちゃん」
満面の笑みでこのみは答えを待っている。
行平は観察するように妹を見た。変わらない天真爛漫な、可愛い妹。小さいままの行平の妹。意識して、笑顔をつくる。
「九歳になるんだよな、このみ」
「うん、正解。ねぇ、お兄ちゃん。このみ、お誕生日に連れて行ってほしいところがあるんだけど。お願い聞いてくれる?」
「いいよ」
きっと、なにがあっても、自分は妹の願いを聞く。その確信どおり、行平は請け負った。
「いいよ、このみ」
このみは嬉しそうだった。ずっと八歳のままの行平のたった一人の妹。このみの前に、蝋燭が九本灯ったケーキが現れることはない。
「犬の散歩はお預けだな」
「……うん」
しょんぼりと頷いた妹の傍らで、小さく犬が身じろいだ。外に出るのは嫌なのか、顔をソファに擦り付けている。その犬を、行平はなんとなく見つめた。
「ねぇ、お兄ちゃん。あのお兄ちゃん、また来るの?」
怖くないよ。あぁ見えて、悪いやつじゃないんだ。妹の目を見つめ諭すつもりだった言葉を、行平は呑み込んだ。代わりに、上滑りのする返事を紡ぐ。
「このみが嫌なら呼ばないよ。ここはこのみの家だから」
「本当?」
「本当」
その応えに、妹は満足そうに頷いた。
「お兄ちゃん、大好き」
ぎゅっと抱き着いた妹をあやしていると、机に置いていた携帯電話が振動した。無視するつもりだったものの、いやにコール音がしつこい。
小さく嘆息した行平は、ぽんと妹の頭を撫でて机に向かった。
そういえば、この五日、新聞記事に目を通していなかったな、と思いながら。いつのまにか日刊新聞が机に積み上がっている。
――相沢、さん。
表示された名前に、行平は電源を落とした。
しばらくのあいだ、こうしていようと思ったのだ。どのくらいの期間かはわからない。けれど、きっとそう長くはないだろうから。
呪殺屋や詐欺師ではあるまいし、自分は未来を視ることはできない。言ってしまえば、ただの勘だ。だが、そうなるのだろうという確信があった。
「お兄ちゃん」
すぐ近くで響いた声に、行平ははっと視線を向けた。妹と、ソファからどうにか下りたらしい犬が行平のすぐそばに立っている。自分を見上げる瞳は、なぜか妙に心配そうだった。
「どうした、このみ。寂しかったのか?」
たった数秒のことなのに。笑いかけた行平に妹は真顔で首肯した。
「寂しいに決まってるじゃない。このみ、ずっと寂しかったよ」
ずっと、ずっと――。どこにいるのだろう。行ってしまったのだろう。
からかおうとした気持ちは霧散して、行平は「ごめんな」と真面目に謝った。寂しかったのも、苦しかったのも、怖かったのも、悲しいのも、全部全部、このみだ。俺じゃない。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日は何日?」
唐突な問いかけに、行平はぎこちない笑みを浮かべた。
「八月の十二日だよ」
「ふぅん。じゃああと二日でこのみの誕生日だね、このみが何歳になるのか知ってる? お兄ちゃん」
満面の笑みでこのみは答えを待っている。
行平は観察するように妹を見た。変わらない天真爛漫な、可愛い妹。小さいままの行平の妹。意識して、笑顔をつくる。
「九歳になるんだよな、このみ」
「うん、正解。ねぇ、お兄ちゃん。このみ、お誕生日に連れて行ってほしいところがあるんだけど。お願い聞いてくれる?」
「いいよ」
きっと、なにがあっても、自分は妹の願いを聞く。その確信どおり、行平は請け負った。
「いいよ、このみ」
このみは嬉しそうだった。ずっと八歳のままの行平のたった一人の妹。このみの前に、蝋燭が九本灯ったケーキが現れることはない。
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