32 / 61
案件3.天狗の遠吠え
08:探偵と呪殺屋2
しおりを挟む
「お兄ちゃん」
このみが行平を呼んだ途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。
「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」
はっとして、小さな妹に視線を合わせる。
「大丈夫だよ、このみ」
その言葉に、このみが瞳を緩ませた。喜色、安堵。その瞳を見つめたまま、行平は繰り返す。
「大丈夫だからな」
このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音は、引いては寄せる波のように反響を始めていた。
いつ鳴り止むのだろうか。鳴り止むことはあるのだろうか。そんなことを考える。行平の現実逃避を断罪する調子で、呪殺屋は口火を切った。
「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」
たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。
「止めてくれ、頼むから!」
わかっている、わかっている。言われなくとも。だが、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。
可能性に縋る思考が駄目とわかっていても、行平は小さな手を離すことができなかった。きっと、自分からはもう二度と離すことはできない。
「お兄ちゃん」
いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じなのだ。
鳴り止んだはずの錫杖が、リンリンと涼やかな音を奏で出す。けれど、無造作に錫杖を振った呪殺屋が肩にかけると、その音はぴたりと鳴り止んだ。
「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」
呆れたような声だった。
「滝川さん」
行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。
「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」
このみが行平を呼んだ途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。
「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」
はっとして、小さな妹に視線を合わせる。
「大丈夫だよ、このみ」
その言葉に、このみが瞳を緩ませた。喜色、安堵。その瞳を見つめたまま、行平は繰り返す。
「大丈夫だからな」
このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音は、引いては寄せる波のように反響を始めていた。
いつ鳴り止むのだろうか。鳴り止むことはあるのだろうか。そんなことを考える。行平の現実逃避を断罪する調子で、呪殺屋は口火を切った。
「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」
たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。
「止めてくれ、頼むから!」
わかっている、わかっている。言われなくとも。だが、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。
可能性に縋る思考が駄目とわかっていても、行平は小さな手を離すことができなかった。きっと、自分からはもう二度と離すことはできない。
「お兄ちゃん」
いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じなのだ。
鳴り止んだはずの錫杖が、リンリンと涼やかな音を奏で出す。けれど、無造作に錫杖を振った呪殺屋が肩にかけると、その音はぴたりと鳴り止んだ。
「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」
呆れたような声だった。
「滝川さん」
行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。
「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」
1
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
2度死んだ王子は今度こそ生き残りたい
緑緑緑
ファンタジー
王太子ロイは、かつて二度の革命によって祖国を崩壊させてしまった過去を持つ。命を落とすたび、彼はある時点へと巻き戻される。そして今、三度目の人生が静かに幕を開けようとしていた。
――自分は民を理解しているつもりだった。
だが実際には、その表面しか見えていなかったのだ。
その痛烈な自覚から、物語は動き始める。
革命を回避するために必要なのは、制度でも権力でもない。「人を知る」ことこそが鍵だと、ロイは気付く。
彼はエコール学園での生活を通じ、身分も立場も異なる様々な人間と深く関わっていく。
そこで出会う一人ひとりの想いと現実が、やがて国の未来を大きく左右していくことになるとは、この時のロイはまだ知らない。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる