愚者の園

木原あざみ

文字の大きさ
35 / 61
案件3.天狗の遠吠え

11:詐欺師と呪殺屋2

しおりを挟む
 ひどい雨だった。弐の坊からの帰り道で、すっかりと身体は冷えてしまっている。もっとも、見沢の感覚は一般的なレベルより鈍くできているのだが。こういうものは、気分の問題だ。
 ビルの入口で傘を閉じ、見沢はスーツについた水滴を払った。暑さにも強い性質なので、サマースーツで苦を感じることはない。黒いスーツに、深い藍色のネクタイ、白いシャツ。このスタイルが見沢は好きだ。

 ――あら、珍しい。

 ビルの階段を駆け下りてくる気配に、見沢は身体を入口正面からずらした。巻き込まれるのはごめんだ。

「あらぁ、神ちゃん」

 いかにもな口調で姿が現れる前に声を発してやると、足音が僅かにゆっくりになる。

「なんだ、見沢。またいたのか」
「相変わらずのご挨拶ねぇ。その調子じゃ、ゆきちゃんの説得は失敗しちゃったのかしら」

 仏頂面の若者を揶揄うと、瞬時に眉が跳ね上がった。自分にしても意味がないと悟っているからか、神野は見沢にはポーカーフェイスを気取らない。とは言え、さすがに余裕がなさすぎる。判じて見沢は微笑んだ。にっこりと。

「あの馬鹿じゃ話にならない」

 先程よりかは、いくらかトーンダウンした口調だった。

「それで?」
「元を壊したほうが早い」

 その『元』がどこにあるのか神野は知っている。見沢も、相沢もだ。そして、恐らくは、――行平も。
 そこしか有り得ないのだ。兄である行平の記憶通りの『妹』、家族が望む行動をとる『妹』。それを作り出すことができるのは、生前の彼女をよく知る家族だけだ。

「ゆきちゃんの実家? まぁた嫌われるわよ、あなた」
「放っといてくれ」

 そうして、行平の実家を当然のように神野が把握していることも、見沢は知っている。
 無造作に錫杖を握る神野は、いつもの免罪符を着ていなかった。纏っていたところで、その若さゆえに胡散臭いこと極まりないものの、職質はかろうじて免れていたもの。
 それが、どうした。この服装で濡れ鼠とくれば、一寸の疑いもなく不審者である。
 着の身着のままといった風情で外に出て行こうとする細身を、しかたなく見沢は引き留めた。

「着いていってあげる」
「要らない世話だ」

 微笑んだ見沢の誘い文句を、神野が胡乱な瞳で切り捨てる。まったくどうして、ここの連中は人の親切を真っ向から疑ってかかるのか。
 しようのない子どもばかりだ。見沢は閉じたばかりの傘を開いて差し向けた。

「こんな雨の中、傘も持たずに駆け出すのは、さすがに人間としてどうかと思うわよ」

 神野が訝しげに金色の瞳を眇める。機嫌の悪い猫みたいだ。さしずめ、自分は猫を飼いならそうとしているご隠居か。

「それに」

 見沢は確信している。この面倒な若輩の本質も。それゆえの脆弱さも。

「無理強いをしたくはないんでしょう。仮にもゆきちゃんの母親に」

 馬鹿ばかりで、だからこそ、抜け出そうと思えなくなるから困るのだ。このビルは。
 幼い子どものように目を瞬かせた神野が、濡れた藍色をゆっくり沈ませた。



「俺の勝手なんだ、ぜんぶ」

 雨の流れ落ちる車窓を眺めたまま、神野が呟いた。でしょうねと思ったが見沢は言わなかった。

「だから、関係ない。どう思われようとも」

 馬鹿ねぇと笑ってやろうかとも思ったが、健気ねぇと揶揄したほうがこの子どもには効果があったかもしれない。
 悩んだものの、見沢は大人を気取ることにした。沈黙を守る。なんとなく、そういう気分だったのだ。

 人型、という概念がある。
 憎い相手を模した黒の人型の右足に傷をつければ、その相手は同じ個所に傷を負う。丑の刻参りもそうだ。力のあるものが行えば、死に至らしめることもできる。
 反対に、呪いの藁人形ならぬ白い人型に包帯を巻けば該当者の傷が治ることもある。それが人型だ。
 先月の陵の一件も、大元は「黒の人型」だった。
 あの『妹』を創り上げたのは、彼女を愛した誰かの思念だ。泥人形に命を吹き込んだのは、その誰か。彼女への愛情をたっぷり注ぎ込んで、育て上げた。泥人形を。
 あのビルからは、この五日、ずっと土の匂いがしていた。そうして根底を這う、微かな悪意。
 行平の右手では、なにも視えないだろう。愛情以外は。

 数多あるうちの問題のひとつを、見沢は提示した。あと一時間。最寄り駅に着くまでの暇つぶしだ。

「さて、今回の大元はどちらかしら」
「さぁね」
「うぅん、そうね。じゃあ、どちらのほうが神ちゃんにとって都合が良いのかしらね」

 陵と同じだ。
 なんの力も知識もない母親が、知り得る呪術ではないのだ。黒幕がいる。そうして、その黒幕はいずれかでしか有り得ない。

「天野か、神埜か」

 西の天野か、東の神埜か。はるか昔から、とある世界でそう謳われる有名な二家のことである。
 呪いに、幽霊、神隠し。人知を超えた不可思議は、いつだってこの世にあふれている。それを利用し、生業としていく人間も。

「この世界には悪い人たちがいっぱいねぇ」
「まったくだね」

 しれっと応えて、神野が足を組み直した。夜に向かうにつれ、雨脚は一層激しさを増している。まるで台風のようだ。きっと、明日も降り止まないだろうと見沢は思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

2度死んだ王子は今度こそ生き残りたい

緑緑緑
ファンタジー
王太子ロイは、かつて二度の革命によって祖国を崩壊させてしまった過去を持つ。命を落とすたび、彼はある時点へと巻き戻される。そして今、三度目の人生が静かに幕を開けようとしていた。 ――自分は民を理解しているつもりだった。 だが実際には、その表面しか見えていなかったのだ。 その痛烈な自覚から、物語は動き始める。 革命を回避するために必要なのは、制度でも権力でもない。「人を知る」ことこそが鍵だと、ロイは気付く。 彼はエコール学園での生活を通じ、身分も立場も異なる様々な人間と深く関わっていく。 そこで出会う一人ひとりの想いと現実が、やがて国の未来を大きく左右していくことになるとは、この時のロイはまだ知らない。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...