愚者の園

木原あざみ

文字の大きさ
51 / 61
案件4.愚者の園

05:探偵と少女

しおりを挟む
 永原悠は、意外にも行平の着電を嫌がらなかった。あの夜よりもずっと落ち着いた口調で応じた少女に、勝手な安堵を覚える。ずっとどこかに引っかかっていたのだ。
 その彼女が指定した待ち合わせ場所は、少女の家の近くにある大手のコーヒーチェーン店だった。
 自分と話す内容で、少女の心は、また不安定になるかもしれない。
 その可能性も理解した上で、行平は永原悠に逢いたいと思った。できることならば、彼女にとって良いきっかけになればいいと願ってはいたけれど。


「陵は辞めることにしたんです」

 挨拶のあとの探り合いのような沈黙を経て、永原悠はそう口火を切った。記憶よりも短くなった毛先が肩もとで揺れる。自嘲の見え隠れする微笑を浮かべたまま、ストローでアイスティーを掻き回すしぐさは、どうにも落ち着かないふうだ。
 夏休みであることも相まって、客席の半分以上が彼女と同年代の学生である。ざわめきのなかで、行平は少女の声に耳を澄ませた。

「公立の高校に編入することになりました。二学期からだし、ちょうどいいかなって。母は陵に折角合格したのにって残念がっていましたけど。恭子のこともあったから、しょうがないねって」
「恭子さんとは幼馴染だって言ってたもんね」
「ええ。だから、母も恭子のことは、よく知っていますし。……実は、恭子の自殺はいじめによるものだって公表されることになったんです」

 意外な成り行きに行平は瞳を瞬かせた。
 彼女へのいじめは公なものとして認識されていなかったはずだ。だとすれば、永原悠が尽力したのだろうか。少女は行平と視線を合わせることなく、一心にアイスティーの水面を見つめている。

「あの女、……鳴沢さんが、恭子の家に来たときに、謝ったらしくて」

 ストローが折れ、少女の細い指先に力がこもったことがわかった。

「べつに、それで恭子が救われるとは思えないんですけど。恭子のお母さんも、もしかしたら余計に傷付いたのかもしれないけど」

 どうなのだろう、と考える。だが、おそらく、彼女は否定も肯定も求めていないに違いない。黙ったままを選択した行平に、少女はそっとした笑みを浮かべた。

「あたしはわからないです。これからもずっと、ずっとずっと後悔が続くと思う。いつか薄らぐ日が来るのかもしれないですけど、そのいつかはあたしにはまだ見えない」

 もし、訪れることがあったとしても。それはずっとずっと先のいつかだろう。
 行平は、もう十五年。後悔を腹の中に飼い続けている。

「探偵さんが言ってたサイトなんだけど。実はあたしも、もう一度、あの人に逢ってみたくて、アクセスしようとしてたんです。でも、たった一度、辿り着いたあの日以来、見つけることができなくて。履歴から辿ろうとしても、履歴がないの。おかしいでしょ?」
「履歴が、ない?」
「そうなの。まるで、全部夢みたいに消えちゃってる」

 そこではじめて、永原悠は視線を上げた。幼さの消えた瞳が行平を射る。

「ねぇ、探偵さん。あたしへの罰って、いつ下るんだと思う?」

 それは、大切だったはずの幼馴染に、最後の一手を下してしまったことに対して、だろうか。
 それとも、憎い一心で、呪殺に手を出したことへ、だろうか。
 答えることのできないまま、だとすれば、と行平は思った。俺への罰は、いつ下るのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

2度死んだ王子は今度こそ生き残りたい

緑緑緑
ファンタジー
王太子ロイは、かつて二度の革命によって祖国を崩壊させてしまった過去を持つ。命を落とすたび、彼はある時点へと巻き戻される。そして今、三度目の人生が静かに幕を開けようとしていた。 ――自分は民を理解しているつもりだった。 だが実際には、その表面しか見えていなかったのだ。 その痛烈な自覚から、物語は動き始める。 革命を回避するために必要なのは、制度でも権力でもない。「人を知る」ことこそが鍵だと、ロイは気付く。 彼はエコール学園での生活を通じ、身分も立場も異なる様々な人間と深く関わっていく。 そこで出会う一人ひとりの想いと現実が、やがて国の未来を大きく左右していくことになるとは、この時のロイはまだ知らない。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...