出戻り勇者の求婚

木原あざみ

文字の大きさ
8 / 28

森の家の魔術師(3)

しおりを挟む
 今日は帰ることにするよ、と。珍しく早い時間に腰を上げたアルドリックを見送り、食器を片づけていると、テーブルの片づけをしていたハルトが話しかけてきた。

「アルドリックさんって、よくここに来るの?」
「月に一度か二度という程度だが。よく来ると言えば、よく来るな」

 食器を拭きながら、雑談に応じる。辺鄙な森に定期的にやってくるのだから、「よく来る」の部類に入るに違いない。そうなんだ、と頷いたハルトが、すぐにもうひとつを尋ねた。

「ほかにも誰か来ることはあるの?」
「ビルモスの使いで宮廷の若い魔術師が来ることはあるが、その程度だ」
「仕事頼まれるって言ってたもんね。どんな仕事なの?」
「この家でできる程度の研究ばかりだ。若手にやらせたらいいと思うんだがな、宮廷も人手不足らしい」

 宮廷との繋がりを自分に残すためと察していても、素直に感謝できるまでの人間性は有していない。気遣いを突き返す幼稚性からは、さすがに脱却しているが。

「そうなんだ。……あのさ」
「なんだ?」
「ああ、いや、俺がここに来たとき、大きいブランケット貸してくれたじゃん」
「貸したというか、おまえには俺のベッドを貸してやるつもりだったんだが」

 ソファーで寝ろと言うことは忍びなかったので、自分のベッドを譲るつもりでいたのだ。猛然と拒否したハルトが奪い取ったというだけのことである。
 頑なにソファーで寝ると言い張るので、なにを遠慮しているのか、と。あのときもエリアスは呆れたのだった。ハルトもなぜか解せないという顔をしていたが。意味がわからない。

「いや、だって、それはそうでしょ。いや、違う。そうじゃなくて。その、アルドリックさんのだったのかなと思って」
「アルドリックのものというわけではないが、あいつがよく使っていることは事実だな」

 今度はいったいなにを気にしているのやら。さらにほんの少し呆れつつ、拭き終わった食器を棚に戻していく。

「帰るのが面倒と言って、いつも泊まっていくんだ。さすがに今日は遠慮したらしいが」

 おまえがいたからだろうな、と。振り返らないまま、エリアスは笑った。
 ハルトはこの国を救った勇者なのだ。舞い戻った事態に驚いたことは事実だろうが、敬意を払わないことは違う。
 その証拠に、騎士団のほかの団員も、買い物の際に顔を合わせる村民も、みな「勇者殿」と呼び、歓迎を示している。思うところがないとは言わないが、エリアスの個人的な感情だ。

「そうなんだ」

 どこかぼんやりとした返事に、エリアスは、助かった、と声をかけた。手伝いのことである。

 ――そういえば、昔もよくちょこまかと手伝ってくれていたな。

 騎士団での訓練もあり、疲れていただろうに。官舎の部屋に戻ると、あれやこれやと話しながら動いてくれたものだった。ハルトの背丈が低かったことも相まって、年長者に纏わりつく子どもそのものだったと思い出す。
 まったく邪魔でなかったとは言わないにせよ、自分が邪険にされることを露とも想像しないハルトの顔は、エリアスは嫌いではなかった。
 懐かしい記憶に耽っていたエリアスは、戸棚を閉めたタイミングで抱き着かれても、とくにどうとも思わなかった。多々あったことだからである。
 肩胛骨のあたりに額を埋め、幼いハルトは耐えるように目を閉じていた。上背ばかりが育った今は埋める場所が肩口に変化していたが、かわいいことに変わりはない。

「なんだ。まだ甘えたいのか」
「うん」
「ハルト」

 衒いのない返事もかわいかったが、いささか邪魔ではある。窘めるように名を呼べば、また同じ「うん」という返事。こぼれた苦笑に、背後から抱きすくめる力が強くなる。

「ハルト」
「ねぇ、あとで師匠の部屋に行ってもいい?」

 話がしたいなら、ここですればいいだろう。ごく当然と疑問は浮かんだが、エリアスはハルトに甘くできていた。まぁ、昔もたまにベッドに潜り込んできたからな。という程度の認識で、構わないが、と請け負う。
 はっきり言おう。大馬鹿者である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

りんご成金のご令息

けい
BL
 ノアには前世の記憶はあったがあまり役には立っていなかった。そもそもあまりにもあいまい過ぎた。魔力も身体能力も平凡で何か才能があるわけでもない。幸いにも裕福な商家の末っ子に生まれた彼は、真面目に学んで身を立てようとコツコツと勉強する。おかげで王都の学園で教育を受けられるようになったが、在学中に両親と兄が死に、店も乗っ取られ、残された姉と彼女の息子を育てるために学園を出て冒険者として生きていくことになる。  それから二年がたち、冒険者としていろいろあった後、ノアは学園の寮で同室だった同級生、ロイと再会する。彼が手を貸してくれたおかげで、生活に余裕が出て、目標に向けて頑張る時間もとれて、このまま姉と甥っ子と静かに暮らしていければいいと思っていたところ、姉が再婚して家を出て、ノアは一人になってしまう。新しい住処を探そうとするノアに、ロイは同居を持ち掛ける。ロイ×ノア。ふんわりした異世界転生もの。 他サイトにも投稿しています。

オメガになりたくなかった猫獣人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「俺は種馬なんて御免だ」 その言葉にパトリックの目の前は真っ白になった。

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

かわいい王子の残像

芽吹鹿
BL
 王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

処理中です...