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好きになれない3
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髪を撫でられたような感覚と、嗅ぎ慣れた煙草の匂い。冬の布団は温かく、判断力も気力も奪う。まだ、もう少し寝ていたい。太陽光の熱源を感じながらも、布団を頭の上まで引き上げる。二度寝を決め込もうとしたところで、日和は異変を察知した。
――あれ。これ、俺の布団じゃ、ない。
目は覚めたが、頭はまだ冴え切っていない。のそりと身を起こしたところで、そうだったと思い出した。
ここ、真木さんの家だ。ぼんやりとした思考のまま、部屋を見渡して家主を探す。寒いと判じた体感通りベランダの窓が開いていた。そして、そこに影。
「あ、起きた」
日和が声をかけるよりも早く、煙草を吸っていたらしい真木が振り返った。煙草、吸うんだ。そんなことを思っているうちに、真木が言う。
「よかった。俺、今日、助っ人で日中のバイト入っててさ」
「はぁ」
「コンビニ」
「はぁ、朝だけじゃなかったんですね」
「いや、基本は朝なんだけど。昼のシフトに入ってるおばちゃんが今日が娘の成人式だって言うから、そりゃ、休まんと駄目だろって話になって」
「……はぁ」
「まぁ、俺、暇だし」
空き缶に吸いさしをねじ込んで、真木が窓を閉める。外からの風は入ってこなくなったが、暖房を点けない主義なのか、室温は外と変わらない気がする。寒い。
「というわけで、悪いんだけど。そろそろ帰る用意してくれる?」
押し切られて、日和はなんだかよくわからないまま、脱ぎっぱなしになっていた服を手に取った。頭からかぶる。
――ん?
もしかしなくても、流されていないだろうか。これは、あれか。昨夜のことは酒を飲んだ末の一夜の過ちだと。なかったことにしようと。言外に告げられているのだろうか。考えている間に帰り支度を整えさせられ玄関まで追いやられるに至って、日和は慌てて呼びかけた。
「あ、あの、真木さん」
このまま帰った日には、昨日の苦労もそのあとのことも、なかったことにされるに違いない。余裕なんて全くない必死な顏だったとは思う。玄関先で真木がふっと笑った。どこか、柔らかく。その顔に条件反射のようにドキリとした。そう、もはや反射だ。そして、知る。好きなんだと。
「日和さ」
「は、はい」
「信用はしてるけど。つぼみで、妙な態度は取るなよ」
「え、えぇ、と。それは、はい、もう」
それは、もう、絶対に。自分の主張はさておいて日和は頷いた。仕事に自分の感情は持ち込むべきではない。その程度の分別はあるつもりだ。
頷いたまま下がった頭を、真木の手がぽんぽんと撫ぜる。
「夜は、基本的にいるから」
「え……」
「来てもいいよ、好きに」
その声に、日和はばっと顔を上げた。単純だと笑われてもいい。胸が熱い。
「なくすなよ」
そして落ちてきたのは、いつだったか、真木が羽山に投げ渡していた裸の鍵だった。ぎゅっと、握りしめる。キーケースに付けよう。大事に、する。
「なくしません」
真木の瞳が優しく笑う。この色を見たかった。この人が欲しかった。みんなのものかもしれない、この人を、独占したかった。
「気を付けて帰れよ」
「真木さんも」
バイト、お疲れ様です。そう言うだけで精一杯だった。来たときはあれほど緊張していた足取りが軽い。頬を弄る風は冷たかったが、それも寝不足な頭にはちょうど良かった。
――あれ。これ、俺の布団じゃ、ない。
目は覚めたが、頭はまだ冴え切っていない。のそりと身を起こしたところで、そうだったと思い出した。
ここ、真木さんの家だ。ぼんやりとした思考のまま、部屋を見渡して家主を探す。寒いと判じた体感通りベランダの窓が開いていた。そして、そこに影。
「あ、起きた」
日和が声をかけるよりも早く、煙草を吸っていたらしい真木が振り返った。煙草、吸うんだ。そんなことを思っているうちに、真木が言う。
「よかった。俺、今日、助っ人で日中のバイト入っててさ」
「はぁ」
「コンビニ」
「はぁ、朝だけじゃなかったんですね」
「いや、基本は朝なんだけど。昼のシフトに入ってるおばちゃんが今日が娘の成人式だって言うから、そりゃ、休まんと駄目だろって話になって」
「……はぁ」
「まぁ、俺、暇だし」
空き缶に吸いさしをねじ込んで、真木が窓を閉める。外からの風は入ってこなくなったが、暖房を点けない主義なのか、室温は外と変わらない気がする。寒い。
「というわけで、悪いんだけど。そろそろ帰る用意してくれる?」
押し切られて、日和はなんだかよくわからないまま、脱ぎっぱなしになっていた服を手に取った。頭からかぶる。
――ん?
もしかしなくても、流されていないだろうか。これは、あれか。昨夜のことは酒を飲んだ末の一夜の過ちだと。なかったことにしようと。言外に告げられているのだろうか。考えている間に帰り支度を整えさせられ玄関まで追いやられるに至って、日和は慌てて呼びかけた。
「あ、あの、真木さん」
このまま帰った日には、昨日の苦労もそのあとのことも、なかったことにされるに違いない。余裕なんて全くない必死な顏だったとは思う。玄関先で真木がふっと笑った。どこか、柔らかく。その顔に条件反射のようにドキリとした。そう、もはや反射だ。そして、知る。好きなんだと。
「日和さ」
「は、はい」
「信用はしてるけど。つぼみで、妙な態度は取るなよ」
「え、えぇ、と。それは、はい、もう」
それは、もう、絶対に。自分の主張はさておいて日和は頷いた。仕事に自分の感情は持ち込むべきではない。その程度の分別はあるつもりだ。
頷いたまま下がった頭を、真木の手がぽんぽんと撫ぜる。
「夜は、基本的にいるから」
「え……」
「来てもいいよ、好きに」
その声に、日和はばっと顔を上げた。単純だと笑われてもいい。胸が熱い。
「なくすなよ」
そして落ちてきたのは、いつだったか、真木が羽山に投げ渡していた裸の鍵だった。ぎゅっと、握りしめる。キーケースに付けよう。大事に、する。
「なくしません」
真木の瞳が優しく笑う。この色を見たかった。この人が欲しかった。みんなのものかもしれない、この人を、独占したかった。
「気を付けて帰れよ」
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バイト、お疲れ様です。そう言うだけで精一杯だった。来たときはあれほど緊張していた足取りが軽い。頬を弄る風は冷たかったが、それも寝不足な頭にはちょうど良かった。
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