悪役令嬢は我が道を進みます

春野いろ

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お嬢様は本気でお見合いに挑みます

ストーリー8

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 執事が地の世界から戻ると、チエリーはツインテールに黒のドレス姿に戻っており、お気に入りの赤薔薇に包まれたテラスにある椅子に座り、ボーっと遠くを眺めていた。

「お嬢様、見合いを放棄して良かったのですか?」

「いいのよ。言ったでしょ? わたくしは自分より弱い男には興味ないの。相手が弱いと夫婦喧嘩した時に張り合いがないじゃない」

 チエリーの話を聞いて執事はクスッと笑う。チエリーらしい理由だ。

「お嬢様の聖女の演技、とても良かったですよ」

「当然よ、わたくしにやれない事はないわ」

 そう言ってチエリーは執事が入れてくれた黒茶をごくごく飲み干す。飲み干してカップをテーブルに置いた後、何故かチエリーの目からは涙が流れていた。

「お嬢……様?」

「……王子と話をするのが楽しかった。あんなに優しくわたくしに接してくれる人なんて初めてだったわ。でも王子は『聖女』のわたくしだから優しくしてくれたのよね」

 執事は珍しく元気のないチエリーの隣に座り、チエリーを強引に自分の胸に引き寄せる。

「な、何!?」

「失礼ながらお嬢様が落ち着くまで、私の胸をお貸し致します。それに私はやはりいつもの強気なお嬢様の方が良いと思います」

 執事は優しい眼差しでチエリーを見つめ、チエリーは恥ずかしそうに執事の胸に顔を埋める。

「嘘よ嘘、今の話は全部嘘だから。王子とのお見合いは暇つぶしって言ったでしょ? 演技するの飽きたから本性をだしたのよ。魔獣が現れてくれて良かったわ」

「……そうですね。そういうことにしましょう」

 チエリーは執事から離れて強気な笑みを浮かべる。執事もまた深く追求する事なく静かに微笑んだ。

「あー退屈だわ。何か暇つぶしになるような事はないの?」

 チエリーはまたドカッと椅子に座る。

「また見合いでもしますか?」

「冗談言わないで。お見合いはもう懲り懲りよ。それとあの血の色の服、もう二度と着ないから」

「どうしてです? とてもお似合いでしたよ」

「あの服、動きにくいったらありゃしないわ。歩き難いし戦闘するのに不向きだし」

「そうですか。着物を着て戦闘するなんてお嬢様くらいですけどね」

 執事はからになったチエリーのカップに黒茶を注ぐ。

「そうだわ。暇つぶしに今度は戦闘バトルフェスティバルでも企画してちょうだい」

 声高く笑うチエリーの姿を見て、執事はいつも通りのチエリーの姿に安心感を覚えるが、また面倒な日々がやってくるなと確信を持つのであった。

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