恋をするなら相手はあなたがいいです

春野いろ

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想いを伝えたいけど

ストーリー29

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「桜さん、そのお茶頂いてもよろしいですか?」

「は、はい」

 私は茶碗をゆっくりと奏多さんの前に差し出す。

「お点前てまえ、頂戴致します」

 奏多さんは差し出された茶碗の手前に手をつき、一礼してお点前てまえを頂く。

 その姿を私はジッと見つめる。色々話したい事はあるけど、何から話していいのか分からない。

「蒼志君が婿入りして華月流の跡を継ぐって事ですか?」

 口にした茶碗を下に置き、奏多さんは真剣な表情で唐突に聞いてきた。

「いえ……蒼志には呉服屋がありますので、婿入りはしてくれますが華月流の跡は継ぎません。その役目は私がやれって……そう言われました」

「なるほど。蒼志君も上手く考えましたね。それだけ桜さんの事が好きなんでしょうけど……」

 奏多さんはスッと立ち上がり、座っている私の前に移動してきた。そして私の視線に合わせるように顔を近づけ、あごに手を添える。

 その仕草や表情が妖艶で、私は奏多さんから目が離せない。

「華月流次期家元は桜さんって事ですか。じゃあ僕が華月家ここに残る理由はなくなりましたね」

「京都に帰るって……事ですか?」

「そうですね」

 そう言って奏多さんは私から手を離し、そのまま立ち上がった。

 そして私に背を向け茶室を出ようと障子に手を置く。

 早く何か言わないと奏多さんが茶室から出て行ってしまう。でも焦りだけが先走り、言葉が上手く出てこない。

「まっ、待って下さい」

 ようやく言葉が出てきた。急いで立ち上がり、奏多さんの後を追いかける。

 そして、奏多さんを背中越しにギュッと抱きしめた。

「さ、桜さん?」

「ごめんなさい奏多さん。私……私、奏多さんの事が好きなんです。だから今は、蒼志との結婚も華月家の事も考える事が出来ません」

 私の奏多さんを抱きしめる手は震えが止まらない。

 でも、ようやく私の想いを伝える事が出来た。言ってはいけない想いだったけど、もうこの想いを私の中に閉じ込めておくのは無理だった。

「桜さん、手を離してもらっていいですか?」

 静かな声で奏多さんにそう言われ、私はシュンとなりながらそっと奏多さんから手を離す。

 すると奏多さんはクルッと振り向いて私の肩を抱き、顔を近づけて目線を合わせてきた。

「なぁ、今のもう一度言うて?」

 私の肩を抱く奏多さんの手に力が入る。今のって、もしかして告白の事? だとしたら……私は振り回されっぱなしの奏多さんに少し意地悪をしたくなった。

「いえ、もう言いません。奏多さんだって一回しか言ってませんし」

 そう言ってニッコリ微笑む。すると奏多さんはクスッと笑った。

「意外と意地悪やな。だったら何度でも言うたる……好きや。桜さんの事、大好きや」

「私も奏多さんの事、好きです」

 私達は笑い合い、自然に唇を重ねた。

「ずっと俺のそばにおってな」

「はい」

 キスの後、奏多さんは私をギュッと抱きしめる。私も奏多さんの胸の中で今までに感じた事のない幸せを感じていた。

 この幸せが続きますように……そう思ったのも束の間、廊下から足音が聞こえてきた。その足音は徐々に茶室に近づいてくる。

「入ってもよろしいですか?」

 障子の向こうに人影が映る。私達はパッと離れて距離をとった。

「は、はい。どうぞ」

 私が障子に向かって返事をすると、お弟子さんが入ってきた。茶室の掃除に来たらしい。

「あれ? 一ノ瀬さん、京都から戻ってたんですか?」

「うん、今日は挨拶だけでまた明日から修行に励むよ」

 奏多さんはお弟子さんと少し話をして私に一礼すると、そのまま茶室を出て行った。

「あっ、もう少し茶室を使いたいので私が掃除しますね」

「いいんですか?」

「はい。我がまま言ってすみません」

 私が謝ると、ではお願いしますと言ってお弟子さんも茶室を出た。お弟子さんには申し訳ないけど、私はまだ茶室ここで奏多さんとの余韻に浸りたかった。
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