陽炎

王里さつき

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世界

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知らない間にノアは見知らぬ賑やかな繁華街に出ていた。それは単なる繁華街ではなく、どこかのファンタジー系のゲームに出てきそうな雰囲気を漂わせ、道行く人に商品を宣伝する商人の姿が。
周りの人たちは見たことのない珍しい服を身に纏っている。
中には魔法使いのような恰好の人、鉄の鎧を身に纏う勇者のような人。
何かのイベントなのだろうか。思考を巡らせながら店や人を見ながら歩く。
しかし、この行為が裏目に出てしまった。前から来た人に気付かず正面からぶつかってしまったのだ。
反動で相手とともに、ノアはしりもちをつくようにして倒れた。

「痛たた・・・ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「・・・」

謝り、手を差し伸べるが反応しない。それどころか、自分を通り越して空を見ている様に感じられる。やはり怪我をしてしまったのだろうか。
「あの、どうかしましたか?」

「・・・」

何の返事もないまま相手はゆっくりと起き上がり、歩き出した。その背中を、人混みで見えなくなるまで見つめていた。

「何だったんだ、あの人」

ひとり呟くノア。短く嘆息し、探索をしようかと転んだ拍子に付いてしまった砂などの塵を払い、一呼吸置いた。

その直後だった。

「みんな逃げろ!鬼が来た!」

鬼・・・!?確かネコがそんな感じの事を言っていたような気もすると思考を巡らせていたが、今はそれほどの余裕がない。
繁華街にいた人たち皆が、我先にと奇声を発しながら逃げて行く。訳が分からないまま、自分も逃げなければと人々の流れに乗って走る。
が。

「!」

誰かの足に自分の足が引っ掛かり、その場に転ぶ。そうこうしているうちにあっという間に人はいなくなり、自分だけが一人取り残された。気付いた頃には目の前のものから形成された大きな影がノアに覆い被さっていた。言わずもがな。

怪物――『鬼』がノアを見下ろしていた。

風貌は人型なのに異形に思える。
白黒逆転した目。黒目の部分は青白く、怪しげな光を放つ。
歯も肉食獣の如く尖ったもので、一噛みで全てを粉砕してしまうのではないかという想像が頭から離れない。

今日はつくづく運が悪い。
逃げたくても逃げられない緊迫感と鬼から放たれる威圧と殺気。
震えて動かない体に苛立ちを覚える。だがこの苛立ちは次第に恐怖へと変わる。
鬼はゆっくりとノアに近付いて来る。耳に吐息が聞こえるほどの距離に差掛り、飛び出そうな心臓と、鼓動が鼓膜を叩く。
もうだめだと悟り潔く諦めようと考えた。

その時だった。

突如現れた突風が鬼を襲い、その強さに鬼は耐え切れず煙となって消えていった。
案外あっけなく消えてしまった目の前の鬼。それほど強い風が吹き荒れたというのにもかかわらず、自分には隙間風くらいの威力しか感じられなかった。
鬼の居た場所に一本の白く細い糸が落ちた。
そして自分よりも少し離れた場所には一人の青年が立っていた。鬼の顔や突風があったせいで見えなかったのかもしれないが、全く気配すら感じなかったノアは大いに驚いた。
髪が長いためか一つに結われたきれいな黒い髪。長い前髪のせいで片目は完全に隠れていて、もう片方の目がより一層ぎらぎらと輝いて見えている。
服は日本の忍者のような服装をしていて、首にはスカーフを巻いていた。
ゆっくりと近づいてきた青年は目の前の糸を拾った後、ノアに手を差し伸べ体を起こしてくれた。先ほどの自分とぶつかってしまった不思議な人を思い起こされる。

「火は大丈夫か?」

「火?ファイヤーの火?」

青年が何を言っているのか理解できず、ただ首をかしげる事しか出来ないノア。ノアの様子を見て唖然とする青年。
自分は火なんか持っていない。それどころか火のもとになるライターの様なものすら持っていない。

「お前、この世界の住人じゃないのか?自分の火を知らないなんて、この世界じゃ有りえない」

ここの住人?この世界?

「やはり、知らないといった顔をしているな。説明すると――」

丁寧な説明を始めてくれ、大分状況が把握できるようになった。同時にネコの言っていた言葉も。 
この世界の住人は皆、心に火を灯していて、これは心が強ければ強いほど燃え盛る。
そしてこの火を消そうと襲ってくるのが先ほどノアに近寄ってきた鬼。
鬼は人の火を消して人になろうとしているもの。火を消された人はヌケガラと呼ばれる、感情を持たない人形のようになってしまう。
ヌケガラを人に戻すには強い意思をヌケガラ自身が取り戻さなければならない。
さらに、ヌケガラは何もしないのが一般的だが、中には欲が強いものもいてそのほとんどが鬼と同じように火を消しに襲い掛かってくる。
火を消したヌケガラは鬼へと変貌する。
この繰り返し。

「鬼は、元は人と言えど強靭な身体能力を持つ。さっきのは大人しい方さ」

話を聞いているうち色々な疑問が生まれた。

「鬼が来たら皆火を消されてヌケガラになるのなら、どうやって生き延びる?僕もさっき襲われそうになったがとても対抗出来なかった」

ノアの言葉を受けると青年は、そうかまだだったな、と独り言をこぼした。
青年はそっと胸に手を当てる。
驚いたことに次第に手の内からやわらかい光がこぼれ、最終的には青い炎となって現れた。
ゆらゆらと燃える目の前の炎を目の当たりにして言葉を失う。まさか本当に心に火があるなんて。いや、これは何か仕掛けがある手品の一種だ。

「この炎が大きければ身を守るための能力が使える。何の仕掛けもないのを確認するか?」

そう言うと、手のひらをノアに差し伸べてみせた。何かが乗せられている様子は見られず、お手上げと言うようにノアは肩をすくめた。
ノアの反応を見て得意げな顔で、まあ見てな、と告げた。
何も乗っていない手のひらに小さな竜巻のようなものがわずかな音を立てながら現れた。
この様子に驚き、まばたきすら忘れ凝視した。

「俺の能力は風。各々能力は異なるが、どれも異能なのは確かだ。そして鬼はこの力にとても弱い。だから先ほどのように触れただけで大体の鬼は消滅してしまう。それでも中には耐性のある奴もいて、長い間攻撃し続けるか大きなダメージを与えない限りは消滅しない」

「識別する方法はあるの?」

「ああ、あるよ。弱い鬼の目は青い。だが強い鬼の目は赤い。目の色で識別して作戦を立てる」

なるほど、と頷く。撃退方法や識別方法が分かり、次回の戦闘に対する知識は蓄えられた。
心の火は実在する。この事実を見た以上、疑う余地はない。
それでもノアは気になっていた。

自分にも火はあるのだろうか。
鬼に襲われたということは火が小さい、つまり心が弱いという事なのか。
能力は使えるのだろうか。

こう脳内に新たな疑問ばかりが浮かんでいた時。





――しくしく・・・しく・・・っ・・・





どこからか少女の悲しげな泣き声が聞こえてきたのだった。その声はどこか悲しく、助けを求めているようにも聞こえた。


どこか自分と似ている・・・。



そう思ったのは一瞬で。

「まただ・・・。とりあえずお前は事情聴取などをする必要があるから、俺と『ギルド』への同行を願う」

「『ギルド』・・・」





ノアは青年に言われるがまま、共に『ギルド』と言われる場所へ向かって行った。

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