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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
4章
しおりを挟む3年生普通科が入っている校舎・第10号館では、その日、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
原因は、学園のマドンナで、生徒会長の五十嵐里美が、久しぶりに登校してきたためだった。里美に限らず、巨大宇宙生命体が、この星に現れるようになって以来、学校を休む者はどれだけでもいたが、今回里美が休んでいるのは、宇宙生物から逃げるときに、怪我を負ったためというから、穏やかではなかった。事実、アルジャと名付けられたネズミ型の巨獣が現れてから、半月以上もの間、里美は学校を休み続けた。
復活した里美を待っていたのは、クラスメイトたちからの歓声だった。男も女も、元気な里美の姿を見たくて、良かったねの一言が言いたくて、仕方が無い。その気持ちはクラスに留まらず、校内中の里美ファンを巻き込んでのものになったから、お祭り騒ぎとなったのだ。里美ファンといったら、学園の半分以上のことである。あまりの喧騒に、担任の数学教師も、ほとほと困り果てた様子で聞く始末だ。
「五十嵐ィ・・・お前、全校集会で復帰挨拶でもやったらどうだ?」
「すいません・・・ご迷惑おかけしてます・・・」
さすがの里美も、予想外のフィ―バーぶりに、恐縮するしかなかった。
午前中は里美の復帰祝いに沸いた校内だが、昼ごろともなれば、さすがにその熱も、幾分かは冷めていた。
思ってもいなかった歓待に、内心辟易した里美だが、お陰でメフェレス・久慈仁紀の魔の手から逃れられたのは、幸運であった。この様子なら、しばらくは、仕掛けてくることも出来ないだろう。
“この間に・・・・・・”
里美は最優先ですべき行動を、早速取ることにした。
「ね、ねえ、五十嵐里美が来てるわよ・・・・」
聖愛学院の第3号館は、3学年全ての理数科が集められた校舎である。普通科とはやや離れた場所に校舎があるのと、平均偏差値が10は違うことから起因する、理数科生のエリート意識により、精神的にも普通科とは隔離された印象がある。
その99%は有名大学の理学部・工学部に進路を決める理数科は、聖愛学院の中でも飛び抜けた頭脳を誇る、勉学におけるエリート集団だった。明るい校風が自慢の学園内において、この理数科だけは春夏秋冬いつでもピリピリとした緊張感に包まれている。
その学園の孤島に現れた美少女の姿は、やはり一際異彩を放っていた。
一体、何の用があって、こんなところにいるのか?
その多くが男子生徒の理数科にあって、その美貌は目立ちすぎた。ほとんどの生徒が、休み時間を利用して解いていた高等数学の問題集から目を逸らし、里美の一挙手一投足に注目する。
里美が向かうのは、2年C組の教室だった。
ちなみに里美が年下にも呼び捨てされてるのは、嫌われてのことではない。芸能人を呼び捨てにする感覚に似ていた。それほど、里美の名は、学園内でアイドル化しているのである。
衆目の中を、目当ての教室にまで辿りついた里美は、後ろの扉を引こうとする。
その瞬間、急に飛び出してきた青いセーラー服とぶつかりそうになり、咄嗟に身を捻って、衝突を回避する。
「・・・ごめんなさい」
言葉は丁寧だが、キッと鋭い視線を里美に飛ばす少女。そのまま、廊下を走り去っていこうとする。
「待って! あなた、霧澤夕子さん・・・よね?」
「そうですけど」
少しムッとした様子で振り返る少女。
身長は、里美より少し低いぐらい。七菜江とほぼ同じだろうか。
反抗的な態度とは裏腹に、そのマスクは、実に端正なものであった。可愛いと美しいを足した美形。絶妙のバランスで目鼻立ちは整っているのに、二重のパチリとした瞳が可愛らしさを演出している。その髪は明らかな茶髪。里美も少し染めているが、夕子という少女の髪は、理数科には類を見ない鮮やかなブラウン。左の前髪は垂らし、右は銀のヘアピンでかきあげている。後の方は両サイドでまとめたツインテールが、襟足にまで伸びている。全体としては肩までのショートで、端正な顔によくマッチしている。
少女のセーラーは里美たちと基本は変わらないが、青いカラーに入るラインが、普通科が白なのに対して、理数科は赤だった。そして、少女の外見上、最大の特徴は、首輪をしていることだった。
2cmほどの幅の銀の首飾りが、一分の隙もないほど、首に密着している。古代遺跡で発掘されたようなそれは、確かにオシャレではあったが、あまりにピタリとくっついているので、息苦しく感じてくる。
里美の視線は、知らずその首飾りに吸い寄せられていた。
視線の先に気付いた夕子という少女は、声を荒げて言い放った。
「なに、ジロジロ見てるんですか?! やめてください!」
「ご、ごめんなさい。素敵な首飾りだな、と思って」
百戦錬磨の里美が、思わずたじろぐ迫力。少女の声は甘えたような、鼻にかかったような響きがあり、本来とても可愛らしい声なのだが、こめられた気迫がそうは思わせない。クラス中の注意が、ふたりの遣り取りに集まる。
「用ってなんですか?! 私、忙しいんで早く言ってください」
「あの・・・少しだけ、時間分けてくれないかな? ふたりだけで話したいことがあるんだけど」
「急にそんなこと言われても困ります。私、やることがあるんで」
「じゃあ、今度、都合のいい時に時間取って・・・」
「失礼します」
話の途中で踵を返し、少女・夕子はスタスタと走り去ってしまった。呼びとめる里美の声も、夕子には届かないようだった。
“これは・・・一筋縄ではいかないかもね・・・”
フウ、と息をつく里美の周りに、C組の女の子達が集まってきていた。理数科では1クラス40名中に女子は5・6名しかいない。今いる4人が夕子を除いた全員なのだろう。
「あの~~五十嵐先輩、霧澤さんに用事だったんですか?」
「ん・・・・まあ、ちょっとね」
「彼女とは関わらない方がいいですよ・・・」
「どうして?」
「いつもツンケンしてて、私達とも仲良くしようとしないんです。普通、理数科の女子は少ないから、団結するものなのに・・・。研究があるとかで、他の人とは交わろうとせずに、ああやって時間があれば実験室に閉じこもってるんです・・・。首輪のことも言うと凄く怒るし。揉めてばかりいるから、理数科で彼女と話す人はいませんよ」
「ふ~~ん・・・・」
小さくなっていく茶色の髪を、里美はいつまでも眺めていた。
下校時になってもう一度、2年C組のクラスを訪ねた里美だが、そこに求める首飾りの少女はいなかった。どうやらすでに“研究”に向かったらしい。
聖愛学院では放課後に実験室などの教室を、生徒のために開放していた。利用するのは主に理数科生だが、そこで自由研究に没頭する将来の博士候補も、何人かいた。
探せば霧澤夕子の姿を見つけることはできようが、昼の様子からして、研究の邪魔をすることになれば、決定的に嫌われそうだ。本日中の接触を諦め、里美は帰宅することにした。
新体操部にはまだ所属していたが、オリンピックの強化選手の話は辞退していた。ファントムガールと二足の草鞋を履けるほど、甘い世界ではない。金メダルの夢はとっくに諦めていた。彼女には、生まれながらにしての使命がある。
部長としての役割から考えれば、体育館に顔くらい出すべきだろうが、残念ながらその余裕はなかった。
腹部の傷が、痛みだしている。
心配させないために、七菜江には黙っていたが、里美の怪我はまだ完治には程遠い状態だった。抜糸は終わり、開いた穴は閉じていたが、抉り取られた肉は、完全には繋がっていない。局部を麻痺させる口伝の秘薬のおかげで、かろうじて平静を装っていたが、さすがに効き目が薄れてきていた。歩くたびに、ズキリと響く。
部活動のために人影の絶えた校舎の廊下を、姿勢の良い彼女らしくない様子で、とぼとぼと歩く里美。
その足が、ふと立ち止まる。
「・・・今日は現れないかと思ったわ」
「本命は、しんがりを務めるもんだろよ」
廊下の壁にもたれている逆三角形の肉体は、里美の幼馴染・工藤吼介のものだった。
「その様子じゃあ、まだ本調子じゃなさそうだな」
里美の隣に来た吼介が、肩を貸して支える。身長差は男が腰を曲げて調節した。
安心したせいか、里美の額にドッと汗が噴き出る。ほとんど吼介に抱きかかえられる形になり、里美はその身を任せることにした。
「吼介、ごめんね・・・でも、ちょっとカッコつけすぎじゃない?」
「おう、オレはカッコつけ野郎だよ。けどな、お前は強がりすぎなんだ。オレぐらいには甘えとけよ」
そうだ、里美が甘えられるのは、七菜江以外にもいたのだ。
頼もしい腕に抱かれて、類稀なる美少女は暖かな居場所で安らぐ。
できれば、このままずっといたいが・・・彼女には男に言わなければならないことがあった。
「ナナちゃんのこと、好きなの?」
湖底を思わせる美しい双眸が、男臭い角張った顔を見つめる。視線を合わせず、しばしの静寂の後、吼介の口が開く。
「・・・ああ」
「・・・私達のこと、あのコに言おうと思ってる」
「・・・・・・・・そうか」
互いに何を言えばいいのか、わからずに時間だけが過ぎていく。時々、身体にかかった腕に、信号を送るように力が篭る。
「吼介・・・・・・・」
長い睫毛が揺れる。星を宿した瞳に聖水が溢れ、スウ・・・と一筋、陶磁器のごとき頬を伝い落ちる。儚げな女神の瞳が、涙で霞んでいく。
「好きよ」
正面から抱き締め合うふたり。筋肉の鎧とたおやかな華が、互いを優しく包み合う。唇が重なり、彫像のように固まった男と女が、傾き始めた陽光の中で影を落とす。
全ての気持ちを伝え合うように、しばし、時が止まる。
やがて、唇を離した里美は、ぶ厚く固い胸に小さな顔を埋める。己の刻印を心臓に押すように、強く、強く。
「オレは、世界一、汚い男だな」
最強と呼ばれる男の濃い苦渋。だが、押さえられない本音が、華奢な肢体を抱き包む。
「ううん・・・・・・あなたの気持ちはわかってる・・・私達にとって、それは一番いい選択のはずよ」
どちらからともなく離れたふたりは、再び男が肩を貸す格好をとる。それからは無言のまま、誰もいない校舎を歩く。重々しい足音だけが、放課後の学び舎に木霊する。
「!!」
里美の瞳が細まる。透明なレンズに緊張の色が走る。
己の変化を隣の逞しい男に悟られぬよう、声を掛ける里美。
「ごめん、吼介。私、急用思い出しちゃった」
「そんなのいいじゃねえか。その身体で無理すんなよ」
「でも、今日中にやらないといけないの。身体は大丈夫。それより、お願いがあるの。しばらくの間、ナナちゃんを家で預かることにしたんだけど、まだ、体調が悪いのよ・・・。お見舞いに行ってくれない?」
「お、お前の家にか?!」
明らかな動揺が吼介の全身に表れる。複雑な感情の中に、照れがあるのも、現代くノ一は見逃さない。
「今回は特別よ。安藤にも伝えてあるわ。あのコ、相当参ってるから、あなたの力で元気にしてあげて。これ、命令よ」
ハートが出そうなウインクをひとつ、吼介に送る里美。普段の生徒会長は、決して暗くなどはないが、ここまでお茶目に振舞うのは、限られた人間の前だけだ。その筆頭格の男は、くノ一の術中に容易く嵌っていた。
「し、しょうがないな・・・。里美がそこまで言うなら行ってやるよ。お前もはやく済ませて、帰れよ」
「私はそこまで無粋じゃないわ。ふたりでゆっくりさせたげる」
どう反応していいか、困惑する吼介を飛びっきりの笑顔で見送る里美。しなやかな指を揃え、ゆっくりと手を振る。心なしか、小さくなって逆三角形の背中は去っていった。
完全に視界から吼介が消えて1分ほど後、大きく深呼吸した里美が無人の校舎で声をあげる。
「いいかげん、出てきたらどう?」
鈴のような声音に押し出されるように、闇から湧く影。
少女の前と後にひとつづつ。
「どうも~。生徒会長さん。もうお身体はよろしいんですかぁ?」
前に立ちはだかる男が、皮肉たっぷりの言い回しで少女を嘲る。
整った顔立ち。一見無造作に見え、それでいて計算され尽くした髪型。薄い唇が、軽薄そうな印象をより強くさせる。華奢に映る肉体は、その実引き締まり、一切の無駄を削ぎ取ったアスリートの身体であることを、里美は知っている。
生徒会副会長にして魔人メフェレスの正体。久慈仁紀は、甘いマスクを崩し、下卑たニヤニヤ笑いを、緊張する天使に向ける。
「あなたこそ、背中の傷は治ったのかしら?」
「ああ、おかげさまでね。あれは油断するなという、いい教訓になった」
挟み撃ちの形で、ふたつの影は里美に近付いていく。百合のように立ちすくんだ少女は、久慈を睨んだまま、動けないでいた。
「面倒に巻き込まないために、最強のボディーガードを帰しちゃうとはね・・・相変わらず甘いわね、ファントムガール。今のあなたに他人を庇う余裕はないはずだけど。素直に守ってもらえばいいのに」
背後に立つ女、片倉響子がその低いトーンで語る。侮蔑の響きがその中にはハッキリと含まれている。
完璧といっていい美貌。腰までの長い黒髪が空気を包んで膨らんでいる。現代の絶世の美女は、蛇のような凍える視線を、固まったままの獲物に突き刺す。赤いピアスがやけに毒々しく映り、エロティシズムを具現化した薫りが、オーラとなって肢体に纏っている。
「それとも、また、この前のようにボロボロにされたい? 弱い正義の使者さん」
里美の真後ろに立った美女が、シルクのストレートヘアーを無造作に掴む。グイっと容赦なく引かれ、痛みに歪む里美の顔が上を向く。「うッ・・・」という呻きが、思わず洩れる。
突っ立ったままの里美が、言葉を返す。それが今の彼女に出来る精一杯の反撃だった。
「良かったわね・・・毒を使ったり、複数で襲ったり、罠を張ったり・・・汚い手を使ったおかげで、私達に勝てて。それで負けてたら、救われないものね」
「言うじゃない。私の足をペロペロと舐めてた人と、同一人物には思えないわね」
「まあ、立ち話もなんだ、ここでゆっっっくり話し合おうじゃないか」
近くの教室を指差す久慈。
『美術室』と描かれた部屋に、妖精のような美少女の姿は連れ込まれ、消えていった―――
応援ありがとうございます!
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