ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

5章

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 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」

 可憐なトーンの息が、荒々しく吐き出される。
 普段そこら中に散らばっているはずのディーゼルや椅子が積み重なり、教室のうしろに山を形成している。代わりに美術室の前半分の敷地にできたのは、ちょっとした広場。その真ん中にひとつだけ、椅子が置かれている。椅子を挟んで、長い黒髪の女が背後、甘いマスクの男が前。
 気品と、憂いとを含んだ美少女が、その椅子に座っている。
 少女の足元には、彼女の黄色の手提げ袋が捨てられ、筆記用具や教材などの中身が散乱していた。そして、その横には鈍く光る金属製の物体――十字や矢じりの先の形をしたそれらは、マンガなどで見る手裏剣とよく似ていた。近くには、それらを収めるための、黒革製のホルダーまで落ちている。
 
 五十嵐里美の全身は、フルマラソンを走ってきたかのように、汗でビッショリと濡れている。キラキラと光る額や頬には、自慢の艶やかな髪がピッタリと貼り付き、異様な妖しさを醸し出している。白いシャツが汗を含んで変色し、きめ細かな素肌に纏わりついている。蒸気した、透き通る肌が熱気を醸し、かぐわしい芳香が美術室に充満する。
 漆黒の瞳は虚ろだった。濡れた小ぶりの唇からは、苦しげな吐息だけがせわしく洩れる。スラリと伸びた白い腕は、脱力して垂れている。
 
 いつの間に用意したのか、右手に握られた木刀を、里美の前に立った久慈仁紀が振る。
 
 「うぐうううッッッッッ!!!」
 
 完治してない負傷箇所を、剣の切っ先が抉る。締まった里美の腹筋に、5cmほども木刀が埋まる。
 もう、何度食らったかわからぬ痛打に、くの字に折れ曲がるスレンダーな肢体。だが、ブルブルと震える細い肩を、背後の女教師が掴み、また身体をグイッと元に戻す。 
 痛みに耐えきれず、過酷な修行をくぐり抜けた、里美の顔が歪む。眉根が寄り、瞳が細まる。
 
 容赦ない木刀の一撃が、またも腹の傷跡を渾身の力で突く。
 
 「うぐふううううッッッッ!!!」
 
 うめいた里美が先程と同じように折れ曲がる。そして、また片倉響子に起こされ・・・
 こんな地獄が、1時間以上も繰り返されていた。
 
 はじめは平静を装っていた里美の精神力も、度を越したリンチの前に崩れ去ってしまった。明らかな苦痛の翳が、美しい顔にこびりついて離れない。壊れそうな肉体が、危険信号を痙攣という形で小さな全身に送る。
 もはや、表情は哀しげに歪みっぱなしとなり、濡れ光る汗は、青のカラーとスカートを紺色に染めようとしている。
 
 こうなるのはわかっていた。
 事情を知らないはずの吼介が、護衛するかのように現れてくれた時に、素直に側に付いていてもらえば、恐らくこんな目に遭わずに済んだろう。
 だが、里美にはできなかった。片倉響子が素材としての吼介に興味を抱いているのを知って、彼を危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。たとえ、吼介が今の自分より強いと悟っていても。
 なぜなら、里美は人々を守る、ファントムガールなのだから。
 
 一対一なら、なんとかなるかもしれない。しかし、直接手を合わせた里美は、久慈と響子、この悪魔ふたりに傷の癒えぬ自分が敵わぬことは、誰よりも理解していた。
 まして響子には完敗を喫したのだ。七菜江を気遣うあまり、己のことは忘れがちだが、里美の心にも、敗戦の爪痕は、深く刻まれている。あの、腹を八つ裂きにされる激痛が、六本の腕から送られる地獄の業火が、里美の記憶に蘇るたびに、プライドも使命も捨てて、泣き叫びたくなる。
 圧倒的な戦力の前に、闘うことも逃げることもできない。
 今の少女にできるのは、ただこの暴虐の嵐が過ぎるのを、じっと耐えて待つのみ。
 
 前髪が鷲掴まれ、汗まみれの顔が晒し上げられる。元が超のつく美少女だけに、濡れそぼり、苦悶の表情を浮かべている様は、淫靡な迫力さえ伴っている。
 
 「最初の威勢はどうしたのかしら? 随分弱気ね、会長さん」
 
 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ううぅ・・・・くうぅ・・・・・」
 
 「ハハハ! 無抵抗の女をいたぶるのは気分がいいな!」
 
 肉が潰れる音が響き、木刀がくびれたウエストにめり込む。
 今度は肩と髪を押さえられていたため、うずくまることも許されず、突きの直撃に悶える里美。
 
 「ぐうううううッッッ!!!! ・・・・・・がはあッ・・・・ぐふうッ・・・・こ、殺すなら・・・・・早く殺せば・・・・・・」
 
 「そんな簡単に楽になれると思ってるのか? このオレ様に傷を付けた罪は重いぞ、五十嵐里美。貴様などいつでも殺せるが・・・人類の人身御供となって死んでもらう」
 
 片倉響子が戒めの手を放すや、ガクリと俯く清廉の華。その背後に今度は久慈仁紀が、苛めの快感に酔いしれた形相で立つ。ピアニストのようなしなやかな指が、セーラー服の胸元、珠の汗が浮んだ肌と、ブルーのカラーの間に伸びる。
 
 「クックックックック・・・・・」
 
 学園のマドンナ、誰もが憧れる秘境へと伸びる、下衆の指。
 以前、胸に伸ばした手は、里美自身の高貴な拒絶によって阻止されたが・・・・・
 だが、今の里美にそんな自由はないことを、生命すら怨敵に預けた身であることを、本人が一番自覚していた。
 美術室の天井を見上げる里美。這いずる指の感覚が、柔らかな肉丘に迫っていくのを、微動だにせずに受け入れる。
 形のいい乳房はすっぽりと久慈の手に包み込まれ、先端の桜色の蕾は、二本の指に挟まれ弄られる。
 
 「うぅ・・・・・あふ・・・・・く・・・・・」
 
 胸元から滑りこんだ手が、セーラー服の中で里美の白桃を揉みしだく。青いカラーが、手の形に膨れ上がり、清潔感ある制服をしわくちゃにしていく。
 性的なものより、屈辱感が里美の心を食い破り、哀しげな喘ぎが唇を割って洩れてしまう。
 脱力した正義の少女戦士が、なにもできずに敵の愛撫を甘受する様は、悪魔たちの嗜虐心を満たしていく。
 
 「いいザマね、五十嵐里美。あなたみたいにお高く止まってる人には、こういった辱めがとっても似合うわ」
 
 「うく・・・・・・はうぁ・・・・・う・・・う・・・・・」
 
 「里美、スペシャルゲストだ。どうしても、お前を嬲りたくて仕方ないそうだ」
 
 空いている手で、久慈が里美の髪を掴み、焦点のぼやけた視線をある方向に無理に合わせる。
 霞む視線の先に、3つ目の人影がいた。
 
 茶髪。薄めのグラサン。豹柄のチューブトップとミニスカート。濃いアイラインと金色のルージュが目を引く。右腕には大きなシルバーのリングが3つ。黒のハイヒールは、踵部分が異常に尖っている。学校という場をわきまえない、毒々しいまでにド派手な格好のそのコギャルは・・・
 
 「ち、ちゆり・・・・・・・・・・・」
 
 いつの間に,現れたのか。
 弱々しく、里美がコギャルの正体を語る。その瞳には、恐怖の翳が滲んでいる。久しぶりに会った元クラスメイトは、無言のまま、ヒールを高々と響かせ、一歩一歩、椅子に座った生徒会長に近付いてくる。
 
 「久しぶりねェ~~、里美ィィ~~。あんた、ファントムガールらしいじゃん」
 
 「闇豹」神崎ちゆりの左手が、里美の顎の先端を持ち、グイと上げる。白い歯を見せて、整った容貌を覗き込むちゆりとは対照的に、自然目を逸らす里美。
 
 ドボオオオオッッッ!!!
 
 「うぐうううッッッ!!!」
 
 その目が見開かれる。ちゆりのか細い腕から繰り出されたとは思えぬ豪打が、またもや里美の腹部に叩きこまれていた。ちゆりの指には無数の指輪。それがメリケンサック替わりとなって、腹筋の繊維を断つ。
 
 「里美ィィ~~、あんた、“ちり”にやったこと、忘れてないよねェ~~? あの時のお返し、た~~っぷり、してやるからねぇ~~♪」
 
 今度は麗しい顔面に向けて、鉱石を散りばめた拳が飛ぶ。
 何かが千切れる音を残し、「闇豹」のパンチが、椅子ごと里美を吹き飛ばす。白い頬が,見る見るうちに赤く腫れる。
 埃が汗に濡れた背中に張り付く。埃の中で四肢に力を入れる里美。だが、意志に反して身体は立ち上がれない。ブルブルと震える里美を背後から羽交い締めにし、久慈がボロボロの少女を無理矢理立たせる。
 
 「くうッ・・・・ううッ・・・・・・うッ・・・・くッ・・・・・・」
 
 「メフェレスぅ~~、あんたの木刀、ちょっと貸してねぇ~~」
 
 『エデン』の力を得たコギャルが、無造作に、しかし、めいっぱいに武器を振る。
 袈裟切りにスマートな肢体に叩きこまれる木刀。
 骨まで断たれるような一撃に、里美の口から血塊が爆発する。固められた両腕の指が、大きく開かれ反りあがる。
 胸の果実がフルスイングで打ち抜かれる。奇妙に潰れる柔肉。ドピュッッと噴き出た血と涙が、里美の上空に舞う。
 
 「あ~~っはっはっは♪ たっのしいィ~~ィ!! 里美ィィ~~、ズタボロにしてやるからなッ!! あははははは!! あはははははは♪」
 
 容赦ない加虐が、華憐な少女を破壊していく。
 肉を打つ音と、気違いじみた哄笑だけが、美術室を包んだ。捕らわれた、里美の指がダラリと垂れ、ピクリとも動かなくなるまで。
 
 
 
 「ふぅ~~~、疲れたぁ。ちり、手がシビれちゃったよォ」
 
 悪魔のように尖った爪を見ながら、神崎ちゆりはひとりごちた。露出の多い素肌には、汗が浮かんでいるが、特殊なメイクなのか、塗りたくった化粧は、少しも落ちていない。
 その両足の下に、五十嵐里美。
 聖愛学院の生徒会長は、売春・窃盗・恐喝など当たり前の少女に踏みつけられ、冷たいフローリングにその身を横たえていた。
 胸を左足、顔を右足が踏みつけ、尖ったヒールの踵部分が、圧力のままに、里美の肉体をへこませている。寝ても崩れない豊かな隆起も、赤紫に腫れあがった頬も、血が滲みそうに押し潰され、まるで杭が打ちこまれたかのようだ。
 里美はピクリとも動かない。
 
 「ちり、起こせ」
 
 メフェレス・久慈の指示に従い、豹女が完全に白目を剥いた美少女の顔を蹴り上げる。
 鈍い音がし、血片が散らばる。呻き声とともに、里美の意識が蘇る。
 
 「ア・・・・アア・・・ア・・・・・があ・・・がぶうッ・・・・アア・・・ガ・・・・」
 
 「五十嵐里美、いや、ファントムガールよ、お前は人類を絶望に堕とす生贄だ。六時ちょうどに我らの下僕を南区に放つ。血に餓えた奴でな、人間どもを助けたくば、闘うことだ。貴様はそいつに嬲り殺されるがいい」
 
 「ええ~~~、ちり、今すぐ殺したいよォ~」
 
 「そう言うな。こいつらとの闘いは終わったも同然。観客どもに、ヤツらの希望が完全に潰える様を、思い知らせるのだ。そうすれば、もはや、抵抗する気も失せよう」
 
 「ふふふ・・・別に嫌なら来なくてもいいのよ、生徒会長さん。あなたの代わりに人間どもが死ぬだけだわ。それとも、ナナを行かせる? まあ、まだ生きてるのか、知らないけれど」
 
 3種類の笑いが、里美の頭上を渦巻く。
 侮蔑の笑いを一身に受け、ファントムガール・五十嵐里美は、ただ、冷たい床に倒れたまま、笑い声が遠ざかっていくのを見送るしかなかった。
 白い歯で、血にまみれた唇を強く噛むのが、彼女に出来る唯一の意志表示だった。
 
 
 
 美術教師・金村は、日課である担当教室の見回りをしていた。
 基本的に戸締りは、用務員さんの仕事だが、特別教室は、それぞれの担当者が備品のチェックなどを毎日行うことになっていた。別に毎日じゃなくてもいいのに、とは思うが、そこは経営者の徹底した管理態勢ゆえである。
 森林に囲まれた「アトリエ」と通称される建物が出来て以来、美術部はそちらで活動している。器材・設備が抜群に揃い、ロケーションも芸術に没頭するには最適だからだ。3号館にある美術室は、半分倉庫のようなものになってしまっていた。
 だが、それでも見回りだけは欠かすことは出来ない。煩わしいことは、早く解決したいタイプの金村は、少し早いが美術室だけ先にチェックを済まそうと目論んでいた。
 色白で背がひょろ長い金村は、いかにも芸術肌に見られる。太い黒縁の眼鏡は彼のトレードマークでもあった。現在取組中の油絵が、あと少しで完成するとあって、美術教師の心は逸っていた。
 
 ガラリと美術室の扉を開ける。
 その瞬間、異臭が彼の鼻腔を刺激した。
 
 “な、なんだ・・・この甘酸っぱい匂いと、海産物のような匂いは・・・汗と・・・・血か?!”
 
 だが、視界に飛びこんできた風景に、そんな想いは吹き飛ばされてしまった。
 教室の前半分には机や椅子がなく、空間が広がっている。
 その真ん中ほどに教材が散らばり、黄色の手提げ袋が放り投げられている。あちこちに落ちる、血痕。乾きかけたそれらのうち、いくつかは血溜まりとなっているものもある。
 少し赤みが増した斜光が刺しこむ室内に、ひとりの女子生徒が、窓際に体操座りで蹲っている。スッキリとした膝に顔を埋め、少しも動かない。茶色のやや入った髪が垂れ、少女の表情を隠している。
 ここで何かがあった。それだけは明白だ。
 
 声を掛けることも忘れ、金村が少女に近付く。
 その長く艶やかな髪、モデルのようなスラリとした手足には見覚えがあった。彼が頭に浮べているその生徒は、美術の成績も良く、去年提出させた水彩画の美麗さに、溜め息が出たほどだった。しかし、生徒会執行部の彼女が、この時間になぜこんなところにいるのか? 金村は更に少女に近付き、ギョッとする。
 
 夏用の制服から覗く白亜の肌に、ビッシリと青紫の痣が浮んでいる。手や足だけではない、髪で見え隠れするうなじや、耳のうしろにまでだ。
 制服の背中や青のスカートは、泥と埃で黒ずんでいる。よく見るとその汚れは、上履きの底のデザインに似ていた。どうやらハイヒールらしい跡もある。身体中を蹴られたり、踏まれたのか? そうだとすれば、何十回踏まれたら、こんな汚れになるのか・・・・・想像できない。
 
 「お、おい! 五十嵐ッッ!!」
 
 名前を呼ばれ、少女が顔をあげる。
 顔全体が赤黒く、腫れあがっている。
 それでも美しさを損なっていないのはさすがであったが、顔中にこびりついた血が、凄惨な様相を作り出していた。
 間違いなく、この少女はここでリンチされたのだ。
 金村の教師の経験がそう語ってくる。
 
 「お、お前・・・だ、誰にやられたんだ?!」
 
 もしや、イジメか? 大きな学校だけにいろんな事件があってもおかしくはないが、この五十嵐里美に限ってイジメなど・・・その気品に満ちた令嬢ぶりに、仄かな想いさえ感じることがあった金村は、激しいショックを受けて戸惑う。しかも並のイジメではない。ここまで痣ができるには、相当強い打撃を繰り返し受けねばならないだろう。これはイジメというより・・・拷問を受けた跡みたいじゃないか。
 だが、身体中を木刀で殴打された少女は、美術教師の予想もしない反応を見せた。
 
 彼女はニッコリと笑ってみせたのだ。
 
 「ちょっと、ケンカしちゃいました。心配をお掛けしてすいません。私なら平気ですから、先生、この事は誰にも内緒にしてください。お願いします」
 
 ケンカ? ジェロム・レ・バンナとか?
 頭の回転の早い里美にしては、あまりに稚拙な嘘。
 しかし、潰れかけた内臓の痛みに耐えるので精一杯の少女には、それが限界だったのだ。
 
 「もう戸締りの時間なんですね・・・私、行かなきゃ・・・」
 
 フラフラと立ち上がった里美が、ばら撒かれた教材を拾いあげていく。軋む身体を精神力で支える里美。その全身を見て、金村は再びドキッとする。ハイヒールの跡は背中だけではない、寧ろ身体の前面、特に腹と胸の膨らみに集中していたのだ。その証拠に踏まれすぎて皮膚が破れ、白のシャツが薄ピンクに染まっている。
 このコは一体何をされたんだ。
 跪いた姿勢で里美はひとつひとつの教科書や、ペンケースを拾い上げている。それらにも靴の跡が黒く残り・・・散々踏まれた後であることがわかる。
 
 「五十嵐・・・・・誰なんだ? 先生に言ってみろ」
 
 悪質なイジメが学園に蔓延っていることを知り、金村の中の正義感が燃える。
 
 「本当に、なんでもないんです・・・。先生、お願いですから、忘れてください」
 
 散乱した中身を拾い集め、手提げ袋を持つ里美が、その瞳を教師に向ける。
 ゾクゾクゾクゾク・・・・・
 金村の中の正義感が、一瞬にして沈黙する。
 恐怖。別世界の視線。
 これ以上踏みこめば、生命がないことを、雄弁に里美の眼が教える。常に死と隣り合わせに生きてきたくノ一は、鈍感な人間に、危険を察知させる術を身に付けていた。
 
 「あ、ああ・・・・・・・忘れる・・・約束するよ・・・・・」
 
 ゆっくりと出入り口まで歩いていった里美が、去り際くるりと振り返り、深深とお辞儀する。絹の髪が、サラサラと流れ落ちる。
 
 「先生、ありがとうございます」
 
 そして、もう一言。
 
 「今まで・・・・・・お世話になりました」
 
 美しい少女の姿は、風のように消えていた。
 
 “五十嵐・・・それじゃあまるで・・・・・”
 
 その先は考えたくなかった。
 美術教師の胸に、暮れかけた夕陽が暗い翳を落とす。
 六時まで、あと1時間。
 
 
 青と白のセーラーが、薄く黄色に汚れている。そこから生えた手足は、緊縛された跡のように紫の蛇が覆っている。暴打の嵐に木の葉のように舞い続けた少女は、壁に沿って無人の校舎をズルズルと歩いていた。はぁ、はぁ、という荒い息遣いが、切なげに木霊する。
 私・・・バカだな・・・ナナちゃんの言うことを聞いてれば、こんなことにならなかったのに。
 私・・・バカだな・・・吼介に守ってもらえば、こんな目に遭わずに済んだのに。
 朝、七菜江の言葉に耳を傾け、学校にいくのをやめていたら。吼介に近くにいてもらえたら。・・・だが、里美は思う。
 そんな仮定は有り得ない、と。
 何故なら、常にベストの選択をした積み重ねの上に、今があるのだから。
 あの時、あの状況で、私が出来るベストの選択がこれだった。
 たとえ、タイムマシンがあったとしても、私が下す選択は変わらない。
 
 六時まであと・・・50分。
 このまま、里美は南区に向かうつもりだった。安藤に知らせれば、必ず私を止めようとするだろう。だが、私の抹殺が目的のメフェレスは、ファントムガールが現れるよう、より激しく街を破壊するだけだ。
 私が・・・・・・行くしか、ない。
 
 ズルズルと壁にもたれて歩く里美。荒い呼吸は止まらない。
 初めは学校にも秘密裏に設置されている、ジェットラインで現地に向かうつもりだった。
 だが、やめた。地下鉄で行くことにした。
 この姿は目立ってしまうけど・・・人々の顔を見ておきたい。生活を、街を、文化を。
 私が守ろうとしたこの世界を、少しでもこの眼に焼きつけておきたい。
 多分、これが最期だから―――
 
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