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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

6章

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 紅い夕陽が、帰宅途中の学生の影を長く伸ばす。
 南区は所謂ベッドタウンだった。2階の一戸建てがやたらと多い。敷地面積も外観も似通った造りが並ぶのは、この国が平等の名の元に均等化された結果といえた。その中で20階建てくらいの巨大マンションが、4つほど点在している。ベランダに干された洗濯物が、まだ取り残されている窓がいくつかある。
 
 黒い沁みが天高くから広がり、アッという間に巨大生命体の形を取ったのは、ちょうど六時を回ったときだった。
 
 けたたましくサイレンが鳴り響く。わらわらと家屋から逃げ出た人々が、家族の手を引いて指定された非難地区へと急ぐ。子供たちを公園で遊ばせていた母親は、混乱の中、我が子を抱き寄せて駆ける。
 
 ひとりの少女が、公園のベンチに座ったまま、動かない。
 現れてから、ずっと眠ったようにうずくまったまま、ベンチに掛けていた長い髪の少女は、人々が逃げ去るのを確認してから、小さく声を出す。
 
 「・・・トランスフォーム」
 
 少女の身体が白い爆発に包まれ、光の粒子となった肢体が空中に散っていく。
 
 「あ!! ファントムガールだ!!」
 
 母親に手を引かれた子供のひとりが、眩い光の結晶となって現れた、巨大な女神の姿を発見する。
 巨大宇宙生物とほぼ同じ体長は、高層マンションに届きそうな高さだ。輝く銀のシルエットに、紫の幾何学模様。モデルのような抜群のスタイルが、戦士としての彼女の本分を忘れさせる。怪物と向き合った姿勢には、凛々しさが溢れていた。
 
 子供たちの無邪気な歓声とは別に、安全な場所を目指す親たちの気持ちは揺らいでいた。ファントムガールは以前のファントムガールではない。彼女自身はなんら変わることはなかったが、見守る人々の意識は、格段に変化していた。もう、以前のような悪を滅ぼす女神ではない。悪に屈し、敗北をすすった、単なる巨大な少女なのだ。彼女に過剰な期待はできない。せめて私たちが逃げるまで、持ちこたえてくれればいいが・・・。
 
 「お望み通り、私が相手になるわ。来なさい」
 
 戦闘態勢に入るファントムガール。正体の五十嵐里美は、己のダメージを冷静に測っていた。『エデン』により、どこまで回復できたかを。
 
 “骨には異常なし。お腹の傷も開いてないわ。けど・・・内臓へのダメージは残っている・・・この身体でどこまで持つか・・・”
 
 「ギシャアアアッッ―――ッッ!!」
 
 巨大生物が吼える。身体のほとんどが黒い翼。潰れた鼻に、赤い口からはみ出した牙が鋭く並ぶ。耳も爪も尖ったその姿は、誰もが蝙蝠を連想せずにいられない。
 コウモリのミュータント。
 見たところ、知性の高さは感じられない。ということは、人間との融合体、キメラ・ミュータントではないらしい。今の貴様など、通常のミュータントで十分屠れるわ。メフェレスの嘲りが聞こえる。
 
 巨大コウモリと、銀色の守護天使が、夕陽を背景に向き合う。幻想的な光景の裏には、死と血の香りが漂っている。
 
 「ファントム・クラブ!!」
 
 天空に差し上げた手に、銀の棍棒がふたつ現れる。
 コウモリに限らず、空を飛ぶものは、負担を減らすために軽量化されているものだ。骨も空洞化しており、耐久力はない。クラブの一撃で、十分倒せる計算が里美にはあった。
 
 コウモリが叫びながら、銀の少女に飛びかかる。
 上空から襲い来るコウモリの爪は、素早く、不規則。巨大さに関わらない速度に、反射神経のいいファントムガールが、翻弄される。クラブを振るが、危険を察知するや、手の届かぬ距離に上がる漆黒の翼。
 
 “は、早い・・・動物のミュータントだけに、行動が予測しにくいわ。けれど、ここまで攻撃が当たらないのは・・・”
 
 里美にはわかっていた。リンチによって受けたダメージが、ファントムガールの動きを鈍らせていることを。腕を振るだけで、重い熱が疼く。筋肉が動くたびに悲鳴を挙げる。全身を荒縄で締めつけられているようだ。自然手数は減り、一撃必殺を心掛けるが、思い切って振った腕も、本調子からはほど遠い遅さだ。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
 
 息が切れ、丸みを帯びた肩が上下する。まだ、闘って5分も経ってないのに・・・。蝕まれたダメージの深さを知り、慄然とする里美。その焦りが、更なる深みに嵌らせていく。
 
 「ファントム・リングッ!!」
 
 両手で大きく弧を描くと、白銀に輝くフープが出現する。紫の手袋を振ると、高い位置で、獲物が疲れるのを日和見していたコウモリに、光のリングが飛んでいく。
 容易く避けられるリング。だが、その真骨頂はこれからだ。過ぎ去ったリングが、ブーメランのように戻り、背後からミュータントを狙う。
 
 「あッッ?!」
 
 だが、かつて片倉響子の化身・シヴァや久慈仁紀を欺いたリングは、巨大コウモリにあっさりとかわされてしまう。
 
 “蝙蝠は超音波で物体の場所を確認するというけど・・・それでは、背後からの攻撃など、まるで意味がないわ。・・・・・・私は何を焦っているの? ダメージを気にして? それとも・・・処刑宣告を気にしてるの?”
 
 己の心に問いながら、里美は焦りの原因を悟っていた。
 メフェレス・久慈は、この場でファントムガールを殺すことを宣言したのだ。
 そう、目の前の敵は、ファントムガール抹殺の使命を受けた敵。
 その見えない恐怖が、里美を不安に駆り立てている。
 
 返ってきたリングが、ファントムガールの紫の手に収まる。
 その瞬間、片膝をついてしまう銀の少女。
 
 「あ・・・そん・・・な・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
 “こ、ここまでダメージが溜まってるなんて・・・・・・身体が・・・どんどん動かなくなっていく・・・・・・”
 
 呼吸が乱れ、酸素の供給がままならないことが、さらに激痛を全身に絡ませる。万力であらゆる筋繊維を握り潰される幻想が、少女戦士の大脳を支配する。
 獲物の弱り具合を探っていたかのように、巨大な翼が地に降り立つ。『エデン』の力を得た動物には、闘いの悪知恵も供わるのか。
 
 “ま、負けられない・・・ナナちゃんが動けない今、私しかこの星は守れない。なんとしてでも、この敵を倒さなくては・・・・・・”
 
 「ファントム・リボンッ!!」
 
 巨大な天使の手に白い帯が現れるのと同時、漆黒のミュータントが牙に覆われた口を開く。
 
 「キュア――――ッッッ!!!」
 
 黒板を爪で引っ掻く折の、不快な鳴き声を発すコウモリ。
 だが、その声の進み具合に合わすように、コウモリから銀の少女に向かって、足元の家屋が津波のように爆発していく!
 これは・・・・破壊モードの超音波!!
 
 里美にはまだ、冷静な判断力・思考力が残されていた。
 リボンを頭上に掲げ、己の身を包むように高速回転させる。白いリボンで出来た繭が、スレンダーな肢体をガードする。
 ファントム・リボンを応用した、独特の防御方法。光のエネルギーに満ちた帯を回転させて、無敵のヴェールを張る。通常攻撃も、闇の光線も跳ね返すこの技は、空気の震動である音波攻撃に対しても、相当有効であるはずだった。リボンの周りに乱気流が生まれ、気体の震動を無効化するからだ。
 
 だが、そのためには、“高速”回転が必要なのだ。
 通常の体力でファントムガールがこの敵と闘っていれば、恐らく牛耳るのに、さしたる困難は無かっただろう。
 しかし、今の里美は、傷つきすぎていた。
 それが、少女の運命を定めた。
 
 破壊仕様の超音波が、白いヴェールを包むや、光のリボンはビリビリに裂け飛び、砂塵となって少女戦士の周囲を散っていく。
 
 「そ・・・・・んな・・・・・・私の・・・リボン・・・が・・・・・・・」
 
 紅い世界。白の砂塵。銀の美少女。幻想的な光景。
 その後、地獄がやってきた。
 
 「きゃあああああ――――ッッッ!!!!」
 
 細い体躯を自ら抱き締め、絶叫するファントムガール。
 破壊の音波が、銀の肢体を崩壊させていく。細胞が震え、光の肉体が崩れていく。内臓が直接握り潰されているかのような、激痛。
 見た目は変わらないが、細胞レベルの破壊の嵐に飲みこまれ、耐えきれぬ苦しさ・痛み・辛さに、死のダンスを踊る里美。
 
 「ふうわあああああ―――――ッッッ!!!! ああああッッ―――ッッ!!! ううわあああああ――――ッッッ!!!」
 
 大地を転がり回り、肢体を折り曲げ、反らし、突っ張らせ、崩れ落ちるファントムガール。全身の細胞が超音波により共鳴し、狂気の激痛を主人に送り続ける。耐えられない。とても耐えられない。くノ一の修行など、何も意味を為さぬ、極限の破壊。それを、コウモリは一瞬の間隙もなく、絶え間無く銀の少女に浴びせ続ける。獲物が苦しむのを楽しむように。
 
 守護天使の動きがピタリと止まる。
 それは、反撃の狼煙、ではなかった。
 敗北の象徴。
 両膝立ちになった少女の左手が、天に向かって差し上がる。助けを求める、哀れな左手。反りあがった背中がピクピクと震える。天を仰いだ青い瞳から、フッと光が消える。
 失神した少女の上体が、ゆっくりと、大地に伏せる。
 ズズーーンという轟音とともに、土煙があがり、茶色の髪が左右に分かれていく。
 
 「ギシャアアア―――ッッ!!」
 
 勝利の雄叫びを挙げる巨大コウモリ。
 そして、それは、ファントムガールの処刑宣告でもあった。
 
 うつ伏せに倒れる銀の背中に乗る、黒い翼。
 赤い口が細い首筋に噛みつき、翼を使って怪物に屈した正義の戦士を、空中に吊り下げる。
 人類に晒される、脱力した正義の使者。
 目的を果たしつつあるミュータントが、最期の仕上げにはいる。
 
 ゴキュウウ・・・・・・ゴキュウウ・・・・・・ゴキュウウ・・・・・・・
 
 体液が、飲まれていく。光の少女の体液が、吸い尽くされていく。
 体液を飲む音が響くたびに、ファントムガールの全身に光が一瞬走る。
 コウモリが吸っているのは、体液だけではない。光のエネルギーをも吸収しているのだ。闇の生物にして、光を吸い取る特殊能力を、この怪物は手にしているのだ。
 「あ・・・うあ・・・・」無意識の銀の唇から、苦痛の呻きが洩れる。脳ではなく、細胞レベルで苦しむ少女の身体が、そうさせる。
 
 血を、エネルギーを、吸い尽くす悪魔の唄が街に流れる。
 少女の銀色が、光を失い色褪せていく。
 流れるようなフォルムの肢体が、ビクビクと痙攣する。
 
 「ああッッ・・・くああああ・・・ああ・・・・・・・・」
 
 迫り来る死の悪寒に、ついに意識を取り戻すファントムガール。青い瞳に光が灯火となって揺らぐ。
 
 ゴキュウウ・・・ゴキュウウ・・・ゴキュウウ・・・・・・・
 
 「ふああッッッ?!! ふうわああああッッッ―――ッッ!!!!」
 
 “エ、エネルギーを、吸われてるッッ!! ち、力が・・・・・・抜けて・・・・・・”
 
 己に襲いかかる悲劇を思い知るファントムガール、里美。視界が薄闇に覆われている。寒い。氷に閉ざされたようだ。必死で右手に集中し、光の珠を造ろうと試みる。
 
 「ダ・・・ダメ・・・・・・・も、もう・・・力が・・・・・・・はいら・・・・ない・・・・・。ナ・・・ナ・・・・・・・ゴメ・・・・・・ン・・・・・・・・・」
 
 右手がダラリと下がる。
 同時に細い首が、吸い尽くされた力を示して、垂れる。
 コウモリが銀の少女から、全てを奪う音だけが、異様に大きく響き渡る。
 
 
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