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「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」

17章

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 ふたつの穴に両手を突き入れたまま、一気にスレンダーな肢体を、頭上高々と差し上げる暗黒忍者。
 華麗な花弁のように、手足を突っ張らせてビクビクと震える聖少女の身体が、串刺した2本の貫き手に埋まっていく。激痛と悦楽の串刺し刑。身を抉られる地獄に、銀色の唇から、細く長い絶叫が迸る。
 
 「トドメだッッ!」
 
 豆粒ほどに小さくなった上空のクサカゲが、みるみる落下し、魔忍者の秘儀に捕らえられた若き女神の頭上に落ちてくる。
 全体重に加速度を加え、甲冑忍者は逆立ちの姿勢で銀の少女の両肩に着地した。
 
 ズブズブズブズブッッッ!!!
 
 「ひゅぎィィゅあああああアアああッッッ――――ッッッッ!!!!」
 
 銀色の地獄花が狂い咲く。
 すべての指を大きく広げ、反りかえったまま硬直した正義の少女の股間から、白濁した液体が滝となって噴出する。
 開いたままの口からは、ファントムガールの水分を搾り取るように、大量の涎と泡が垂れ落ちる。胸を伝い、腹を流れ、少女を支える暗黒忍者を、ビショビショに濡らしていく。
 もはや、ファントムガール・五十嵐里美にできることは、悲鳴をあげることと、悶え苦しむことだけだった。
 脱出は不可能。
 人類最期の希望と謳われ、現代忍者の次期頭領と呼ばれる少女が、怨敵の秘儀の前に、二度も成す術なく屈してしまうのか。
 
 一点の光が、煌きを放つ。
 勝利の確信に、頭巾の奥で歪んでいたクサカゲの顔が、一瞬にして引き攣る。
 光は形を伴って、どんどんと暗黒忍者に迫ってくる。
 ファントム・リング。
 空を切ったはずの守護天使の武器が、今、大きく迂回して舞い戻ってきたのだ。
 慌てる暗黒忍者。しかし、頭上でふたり分の体重を支えた身体は容易に動くことができない。引き抜こうとする両手は、食い込んだ聖少女の秘裂と菊門にきつく締めつけられ、封じられてしまっている。
 
 「ッッ!!」
 
 銀色の天使が自らを囮に、「曼珠紗華」を敢行させたことに気付いた時、光のリングは漆黒の甲冑をすり抜けた。
 一瞬の静寂。
 頭頂から股間まで赤い切断面を覗かせ、絶命した暗黒忍者がちょうど真ん中から真っ二つに分かれて倒れていく。
 
 「そ、宗三・・・」
 
 弟ふたりを葬られ、残った伊達3兄弟の長兄が立ちすくむ。
 曼珠紗華でトドメを刺しにくることを、五十嵐里美は読んでいたのだ。ファントム・リングの標的は初めから、曼珠紗華を仕掛けているであろう、数分後の敵だった。新体操で、オリンピックの強化選手にまで選ばれた里美の実力からすれば、リングを自在に操ることなど難しいことではない。
 
 これで1vs1。
 ヴィーン、ヴィーン、と胸のクリスタルを点滅させながら、銀色の女神が立ち上がる。
 元々のダメージに加え、対極の闇光線を存分に浴びた聖少女。一度は身も心も敗れ去った必殺の曼珠紗華を再び食らい、先程まで断末魔の苦鳴を叫び続けていた瀕死の女神。
 立っているのもやっとの正義の天使と、全くダメージを受けていない暗黒忍者の生き残りが対峙する。
 
 “五十嵐里美・・・・・・”
 
 銀色の小さな肩が激しく波打っている。
 小刻みに震える全身。ほとんどのエネルギーを枯らした女神が、伏し目がちに構えも取らずに立っている。
 
 “この女は強い。オレより遥かに”
 
 野望の炎を燃やし、暗い欲望に身を委ねていた反逆者は、この時、五十嵐の家に生まれた少女の実力を感じ取った。
 恐怖と戦慄が湧きあがる。伊達にはわかった。この少女と闘って、勝てるわけがないことを。弟たちの無念の死も忘れて、甲冑忍者の足が逃走に向かう。
 
 ズブリ
 
 両足の甲に、2本の忍刀が突き刺さる。
 
 「忘れ物よ」
 
 大地に縫いつけられた巨大トカゲが、甲高い悲鳴を轟かせる。
 四方堂亜梨沙を惨殺した忍刀。少女忍者の身体に突き刺した凶器が、今、里美の手から持ち主に戻されたのだ。
 守護天使の紫の指が、正三角形を形作る。
 女神に残った正エネルギーが白く発光しながら三角形に充満していく。必殺の光線が放たれるまでには、四秒。死へのカウントダウンが、残忍な暗殺者を追い詰めていく。
 
 「やッッ・・・やめろォォッッ―――ッッ!!! やめてくれえェェッッ!!」
 
 身体を捻り、必死で懇願するクサカゲ。死の恐怖が過信に満ちた反逆者の心を完全に飲み込んでしまっていた。自らの刃で動きを封じられ、逃げることのできない黒い甲冑に向かい、三角形が白く輝いていく。
 
 「お願いだあッッ――ッ!! 許してくれッッ!! なあ、頼むッッ!!」
 
 反逆の忍者の口調には哀れみが篭る。その言葉が演技ではないことは、里美にもわかった。
 
 「2」
 
 だが、現代忍者の宗家に生まれた娘は、反逆者の懇願を無視した。
 
 「うわああああッッ~~~ッッッ!!」
 
 泣き叫ばん勢いで、暗黒忍者が狂ったように攻撃を繰り出す。手裏剣を投げ、鎖を飛ばし、鎌を放って、破壊光線を撃つ。
 
 「3」
 
 手裏剣が胸に突き刺さる。鎖が首に巻きつき、鎌は腹筋を抉り、暗黒のビームは美しいマスクを直撃する。グラリと仰け反る守護天使。血風を撒き散らしながらも、その指に集まる聖なる光は勢いを止めない。
 
 「ヒイイイイッッ~~~ッッッ!!!」
 
 死の実感に、引き攣った悲鳴が黒頭巾の奥から奏でられる。
 
 「4」
 
 聖なる光のシャワーが、暗黒忍者を包み込む。
 眩い奔流が闇夜を裂いて天を駆ける。光の散弾銃が、野望に囚われた暗黒の甲冑を砕き飛ばす。
 獣の絶叫が夏の夜空に響き、正のエネルギーを具現化した白い放射に溶け込んでいく。
 
 ファントムガールの必殺技「ディサピアード・シャワー」の照射が止んだ時、反逆の暗黒忍者はひと破片も残すことなく消え去り、後にはヴィーン、ヴィーンというクリスタルの点滅音だけが、夜の街外れに流れていった。
 闇に浮びあがる銀色の肢体は、死闘に薄汚れた肌を露にしながら、ただじっと佇んでいる。
 まるでなにかを夢想するように、闘いの終わった戦地を、令嬢戦士は立ちすくんでいる。
 意を決したように、哀愁を帯びた美貌は月の輝く天を見上げた。
 金のかかった茶色の長い髪を、風がそっと撫でていった。
 

 
 「おかえりィ~~ッ、里美さん!」
 
 弾丸となって飛び出してきたショートカットの少女が、スーツケース片手の里美に抱きついてくる。
 清潔な純白のワンピースに身を包んだ里美の帰還を、誰よりも待ち望んでいた藤木七菜江は、五十嵐家の門をくぐって現れた尊敬する先輩の胸に、ペットのように飛び込んでいった。あまりの勢いに、思わず里美は倒れそうになる。重なる死闘で刻まれた傷が、苦痛を美少女に送り込んでくるが、何も知らない七菜江に悟らせないよう、里美は笑顔を崩さないでいた。
 
 「もう身体の方は大丈夫なんですか?」
 
 後からトコトコと歩いてきた桜宮桃子が、完璧といっていい笑顔で語りかける。七菜江のような弾け方は、普通の女の子に最も近い桃子には到底できないが、彼女が里美に再会できたことを最大限で喜んでいるのは、その笑顔を見ればすぐにわかった。
 
 「ええ。完全にではないけれど、8割方は戻ったかな」
 
 遠くで見守る白髪混じりの執事をちらちらと見ながら、里美は優しい嘘をついた。
 同居するふたりに気付かれず、来るべき決戦に備えて里美が体調を整えられたのは、安藤の力が無ければ不可能なことであった。個人的ともいえる今回の闘いに、他のファントムガールたちを巻き込むことだけはできなかった。恐らく父・蓮城の命を狙っているはずの伊達を誘い出すため、東京で生活している父を、偽の情報でこの街に呼び出したのも、安藤のおかげである。
 こうして無邪気に七菜江や桃子と再会を喜べるのは、今回の騒動を全て悟らせないようにした、老執事の尽力の賜物であった。
 
 「里美さん、ちっとも連絡してくれないんだもん。心配しましたよォ」
 
 「ごめんね。すっかりバカンスを楽しんでたものだから」
 
 口を尖らせて、猫顔の美少女は膨れてみせる。
 
 「どこ行ってたんですか?」
 
 代わりとばかりに質問する、ミス藤村女学園の美少女。
 
 「それは内緒」
 
 「ええ~~ッ」
 
 不満げにブーイングを合唱する美少女ふたりに、微笑みながら里美は言う。
 
 「でも、私が五十嵐里美であることが、五十嵐里美をやらなくちゃいけいことが、よくわかったわ」
 
 言葉の真意が飲み込めないナナモモコンビは、互いに顔を見合わせクエスチョンを頭上に浮べる。
 
 「ところで、ナナちゃんこそどうしたの? ひどい格好じゃない」
 
 ティーシャツにホットパンツという夏らしいファッションの七菜江だが、その下は身体中に包帯が巻きつけられている。彼女が戦士であることを知る者なら、激闘の後を想起せずにはいられない姿だ。
 
 「こッ・・・これはそのッ・・・あのッ・・・えと・・・」
 
 「ああ、これはですねぇ」
 
 口篭もるショートカットの少女を尻目に、隣の桃子が滑らかに喋り出す。持ち前の運動神経で、七菜江は咄嗟に桃子の口を塞いだ。
 
 「ふがふが・・・ふぁふぃひゅうのッ?!」
 
 「これはですねッ・・・あのッ・・・湿疹! そう、湿疹なんです! 全身に湿疹ができちゃって。それで包帯で隠してるんですよ。あはは。別に闘いでケガしたとか、そんなんじゃ全然ないですからッ! ホントに。ね、モモ、ねッ!」
 
 最後の「ねッ!」に必要以上に力を込めて、同意を求める七菜江。年の割りに色香漂う厚めの唇を尖らせつつも、桃子は仕方ないとばかりに首を縦に振る。
 
 「・・・わかったわ。湿疹ね」
 
 相変わらずの七菜江の不器用さに呆れながらも、里美は頷くことにした。仲間に心配かけたくない、という気持ちは、里美だけのものではないということなのだろう。ただ、リーダーとしての役割として、釘を刺すことも忘れなかった。
 
 「今回は無事に済んだみたいだけれど、あまり単独で無茶してはダメよ」
 
 「あはは」
 
 顔を赤らめた七菜江の視線は、思わず天を見上げていた。
 
 「あれ、リボン白から変えたんですか?」
 
 何気に里美を見ていた桃子が、茶色のかかった長い髪に付けられたリボンが、いつもと違うことに気付いたのはその時だった。
 
 「ええ、たまには、ね。大切なことを、忘れないように」
 
 優美と華麗と純潔を現したような、白いリボンの代わりに付けられているのは、可憐な印象を与える赤いリボンだった。蝶々の形を模したリボンは、髪に飾るものとしてはやや大きい感じがする。胸元につけるのがちょうどいいくらいの、制服のリボンのような大きさだった。
 
 「大切なこと?」
 
 五十嵐里美の憂いを秘めた視線は、遠く緑の山林を見詰めているようだった。
 
 「私が五十嵐里美である以上、私は生きていかなきゃならないってこと。・・・たとえ、誰かを犠牲にすることがあっても。それが死ぬより辛いことでも」
 
 赤いリボンが風に揺れる。
 里美の言葉は、まだ精神年齢的には幼いふたりの少女に、重く響いてきた。だが、少女たちが怯むことはなかった。それは西条ユリや霧澤夕子がこの場にいても、同じ表情を見せたであろう。なぜなら、彼女たちはすでに、五十嵐里美のために、命を捨てる覚悟ができていたのだから。
 強い眼差しを浴びながら、里美は口の中で、呟いた。
 
 「でもやっぱり・・・・・・もう誰も犠牲になんかしない。させないわ」
 
 美しき少女戦士の強い決意が、夏の風に溶けていった。
 
 
 
                 《 ファントムガール 第六話  -完ー 》
 
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