ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

1章

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 豪華なソファーだった。
 深く腰掛けると、地底にまで潜っていきそうなほどにスプリングが沈む。柔らかいというより、滑らかな印象を強く与える表面の皮は、間違いなく本物の獣から取ったもの。実際に野生の動物を見ることなどなくても、毛並みのいい黄色の体毛を見れば、すぐにそれはわかった。
 
 女がソファーに座っていたのは、ほんのわずかな時間だった。
 ひとしきりこの部屋の主から話を聞いた彼女は、湧きあがる歓喜と、獰猛な復讐心に身を絡み取られてしまっていた。
 いても立ってもいられない、とはこのことだろう。
 彼女の心に、鉛の棘となって突き刺さっている、あの女。
 あの忌々しく苛立たしい女を、存在そのものから捻り潰せるようなオイシイ話が、目の前に転がり込んできたのだ。
 
 会話が終わるや否や、女は立ちあがっていた。見下ろす木彫りのテーブル上には、一枚の写真の中でひまわりのような少女が、眩い笑顔を振り撒いている。
 幸福感で満たされた太陽のような笑顔。幸せ一杯といったその様子が、女の憤怒を極限に高める。
 
 「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
 
 取り出したナイフで、とり憑かれたようにザクザクと写真を刻む。刻む。刻む。テーブルの木屑が舞い散るのも構わず、写真の笑顔が原型を留めなくなるまで刻み続ける。
 
 「素晴らしいわ。その怒り、憎しみ。本当の意味で憎悪と呼べる感情を抱いた人間に、ようやく会えたようね」
 
 常人なら、知らず後退りするような光景を、女を呼び寄せたこの部屋の主は頼もしげに見詰める。
 薔薇だ。
 寒気がするほどの美しさ。ハーフを思わせるくっきりとした目鼻立ちに、酔いそうな妖艶の香水と、凍えそうな冷酷の牙とが加えられ、単なる美人では済ませない存在へと押し上げている。はっきりとした二重の瞳や、薄く大きい唇は、ギリシャ神話に登場するヴィーナスの美しさを想起させるが、この女を女神と呼ぶには、噴霧する雰囲気が悪辣すぎる。
 
 澱のごとき暗黒と、毒々しいピンク。
 極彩色のオーラを放つ妖女は、しばしの潜伏期間を経て、再び壮大な計画に向けて胎動する。
 
 「片倉響子、あんたの話、乗ってやるよ」
 
 狂ったように写真にナイフを突き刺していた女が、理性を失った眼光で、天才生物学者を射る。
 痺れるような視線を風に流しながら、響子は血の色をしたルージュを吊りあがらせてみせた。
 
 「当然ね。私はあなたに力を与える。あなたはその力で、溜まりに溜まった鬱憤を存分に晴らす。こんないい話は、二度とあなたの人生に巡ってこないでしょう」
 
 「うふふ・・・アハ、アーッハッハッハッハッハッ!!」
 
 天を見上げ、髪を振り乱し、大口を開けて女は高笑いする。さしもの響子が、一瞬眉をひそめる狂態。“楽しさ”のまるで欠如した笑い声が、響子のプライベートな研究室に響き渡る。
 
 「殺してやる! 殺してやるよ、藤木七菜江! グチャグチャに磨り潰して、泣き喚かせて、跪かせて、バラバラに引き裂いてやる! アーッハッハッハッハッハッ!!」
 
 すでに顔の部分が削ぎ剥がれた写真を、テーブルから叩き落し、靴のつま先で焼けるほどに踏みにじる。物言わぬ写真に対して、女の蹂躙は止むことなく続けられた。
 
 「七菜江、今度の試練、あなたは乗り越えられるかしら?」
 
 哄笑の合間を縫って、片倉響子の囁きは、誰の耳に捕らえられることなく、蒸し暑い夏の闇夜に溶けていった。
 


 ウオオオオオオオンンン・・・・・
 どよめきが青い空に突きぬけていく。
 ドーム型の体育館。灰色の壁はいかにも地方公共団体の建造物といった風情を醸し出しているが、去年塗り替えたばかりという赤い屋根は、夏の陽光を照らして華々しく映えている。温度計が35の目盛りをさそうかという灼熱の空。外は歩くだけで汗が噴き出す猛暑だが、冷房設備などない体育館の中は、激闘による若さの放熱で、沸騰寸前に滾っている。
 
 ハンドボール全国高校選手権大会県大会決勝。
 熱戦を勝ち残った四チームによる、準決勝および決勝が、中心都市からやや離れたこの地方体育館で行われているのだった。
 2面のコートでは、男女それぞれ全国大会の切符を賭けた試合が、午前のうちから繰り広げられている。時計の針が12時を回った今は、準決勝の2試合目が男女ともに佳境に入ろうとしていた。
 
 再びどよめきと歓声が沸き起こる。
 簡素なつくりの2階の観覧席、8割ほど埋まった観客たちのほとんどの目は、いまやあるひとりの選手に釘付けになりつつあった。
 
 「また聖愛の7番だ!}
 「なんだあいつ?! メチャメチャはええぞ!」
 
 赤いユニフォームのチームがゴール前まで迫った刹那、インターセプトした青いユニフォームの少女が、一気に逆襲に転じる。ドリブルする背番号7は、敵を振り千切るという表現がピッタリくるスピードで、コートを駆け抜ける。稲妻のごとく、敵ゴールに襲いかかる7番。あっという間に敵ゴール前に迫った少女は、ひとりだけ無重力にいるような跳躍で、上空から躍動感溢れるシュート姿勢で飛びかかっていく。
 
 「たっけえッッ――ッッ!!」
 「マイケル・ジョーダンかよ?!」
 
 身体を張ってシュートを防ごうとする相手キーパーを見下ろし、ショートカットの7番はジャンプしたままシュートを放つ。
 背中から手を回して。
 青の7番が打つ豪速シュートに、反応すらできずに幾度もゴールを割られていたキーパーは、ひとを食ったようなフェイクシュートに、完全に引っ掛かざるを得なかった。
 パス・・・という柔らかな擦過音が、青いユニフォームのチーム、聖愛学院に20点目が入ったことを知らせる。
 
 「強えな、今年の聖愛は! これで20対11だぜ」
 「あの7番、いままでいたっけ? ズバ抜けてるぜ、あいつ!」
 「見ろよ、決勝で当たる東亜大附属の連中、ずっと7番を睨んでやがるぜ」
 
 ギャラリーたちのざわめきを独り占めしているのは、この大会から聖愛学院のレギュラーを掴んだ7番の選手だった。
 ショートカットが健康的な爽やかさを演出している。ショートといっても短すぎることはなく、ナチュラルなウェーブはアイドル歌手にありそうな可愛らしさを引き立てていた。ホームベース型の小顔には、やや吊りあがった瞳、小さめの鼻、潤った唇が配備され、キュートという言葉がこれほど似合う少女もなかろうというほどの、猫顔タイプの美少女を完成させている。一方で童顔に反して、鮮やかな青のユニフォームに包まれた肢体は豊満に成熟していた。大きめのユニフォームの上からでも、形のいい双房が確認できる。張り出したヒップラインは、芸術的な弧を描いて、甘酸っぱい色香で男たちの視線を集めずにはいられない。
 
 選手の名前は藤木七菜江。
 決して大きくはない身体でコートを縦横無人に駆け巡り、発育した肉体と愛らしい美少女ぶりで、いまや今大会の主役に踊り出た少女は、観衆の驚嘆を呼んでいることにも気付かず、試合に没頭して頬を紅潮させている。
 
 「動きもいいけど・・・あのオッパイ、凄くねえ?」
 「そうそう! デカイだけじゃなく、なんか形がいいよな!」
 「バカ、それより顔がカワイイじゃんかよ」
 「そうか?」
 「メチャメチャかわいいって! オレ、惚れちゃいそうだ」
 
 観戦中の男たちの話題は、いまや七菜江の驚異的な身体能力に留まらず、彼女自身の魅力に推移しつつあった。
 
 「凄い凄い! ナナ、やるなあ~!」
 
 会場の異常な雰囲気の渦に包まれながら、桜宮桃子は盟友の活躍に無邪気な拍手を送る。
 タンクトップに薄手のジャケット。膝までのパンツを着こなした少女は、全ての衣服を白で統一することで清潔感を醸し出していた。胸元には銀のロザリオが輝き、同じく十字架を模したピアスが控えめに両耳に光っている。元々が上品で艶やかな顔立ちをした桃子だけに、今日のような落ちついたファッションだと、女子大生かOLに見える。こんな化粧販売員がいたら、女性客は皆憧れて買ってしまうだろう。その美貌ぶりは、錆びれた地方体育館の2階席ではあまりに異彩を放っている。
 
 「ホント、さっきまで桃子に夢中だった男たちが、みんな七菜江に集中してるものね」
 
 隣に座る少女の呆れ声に、桃子は思わず照れくさそうに俯く。
 黒のティーシャツにクリーム色のスカート。地味目の格好だが、美しさと可愛らしさが同居した整った顔には、よくマッチしている。前は分けられ、後ろはツインテールに纏めた髪型。銀色の首輪が否が応にも視線を集める。
 
 霧澤夕子。
 桃子の隣という、女の子なら誰もが嫌がるポジションにいても、全く遜色ないクールな美少女は、熱狂する館内でひとり冷静に戦況を見続けていた。
 
 「あのさ、夕子。注目されてるのは私より、むしろ夕子だと思うんだけど」
 
 「ミス藤村って単語が聞こえてくるのは、気のせいって?」
 
 「そういうんじゃないけど・・・その髪・・・」
 
 整えた細い眉を歪ませて、桃子はおずおずと、今朝会った時から気になっていたことをついに口にする。
 茶色だったはずの夕子の髪は、鮮やかな赤色に染まっていた。
 
 「やっぱ、似合わない?」
 
 視線をコート上から外した夕子が、桃子の美貌を真正面から見据えながら聞く。その頬は心なしか赤い。
 
 「ううん、全然カワイイよ。でも、ちょっと目立つかなーって。どうしたの?」
 
 「別に。ただの気分転換よ」
 
 再びコートに向き直りながら夕子は言う。
 
 「あんたも里美も茶髪だからさ。同じは嫌だなと思ってね。どうせ、アリスになった時は赤髪なんだし」
 
 トップシークレットを何気に漏らしながら、夕子の口調はサラリとしていた。もちろん彼女なりに、危険はないことを判断した上での漏洩だが。
 
 機械の肉体を備えたサイボーグ少女・霧澤夕子と、超能力の使い手・桜宮桃子。ファントムガール・アリスとファントムガール・サクラの正体であるふたりの美少女戦士は、仲間のファントムガール・ナナこと藤木七菜江の応援に来ていた。夏休みに入り、宿敵久慈一派も動きを見せていない今、守護天使たちの生活には、ちょっとしたゆとりが生まれていた。部活の試合の応援に来れたのも、穏やかな生活の賜物である。
 リーダー的存在の五十嵐里美が、静養のために旅立った今、残り四人のファントムガールたちは、本来の活動を中心に毎日を過ごしていた。
 七菜江は学校の部活動に。ユリは道場の稽古に。夕子は機械工学の研究に。
 元々やることのなかった桃子だけは、怪我の療養とファントムガールとしての闘い方を習得する訓練に専念していたが、巨大生物の現れない平和の中で、少女たちは高校生である自分を取り戻すような生活を送っていたのだった。
 
 「七菜江に見られたら笑われそうだから、ちょっと嫌だったんだけどね」
 
 あ、笑いそう・・・
 思わず浮んだ明るい少女の爆笑する姿を打ち消して、桃子は必死で戸惑いを隠しつつ言う。
 
 「だ、大丈夫だよォ、多分」
 
 「・・・そう?」
 
 「そ、それよりさ、夕子が来てるの知ったら凄く喜ぶと思うよ、ナナ。研究、忙しそうだから、多分来れないだろうって昨日ふたりで言ってたの」
 
 七菜江と桃子はともに五十嵐家に居候している。身の危険を考えれば、堅牢な五十嵐家に住むことはファントムガールにとってベストな選択といえた。しかし、他者の厄介になることを嫌う夕子は誘いを断り、ひとり暮らしを続けているのだった。
 
 「七菜江が今日のためにがんばってたのは知ってるから。普段、きついこと言っちゃうから、たまには、ね」
 
 「ふふ・・・夕子は優しいよね~」
 
 「やめてよ、変なこと言うの」
 
 「そうやって照れちゃうとこがまた、夕子らしいけど」
 
 朱色に染まった顔を背けるようにして、ツインテールの少女はコートに展開される熱闘に視線を注ぐ。
 天才と呼ばれる頭脳明晰な少女から出てきた言葉は、じっと戦局を見詰めた上での分析結果だった。
 
 「それにしても・・・相変わらず、七菜江の動きはなってないわね」
 
 「え? そうかな? あたしには一番凄いように見えるけど」
 
 「がんばり過ぎなのよ」
 
 淡々と喋る夕子の口調は、クールそのものだった。
 
 「この点差、残り時間、相手の実力を考えれば、もう十分手を抜いてもいいはずだわ。見て、あの足」
 
 「あ・・・」
 
 マンツーマンで守備に付いている七菜江の膝が、ガクガクと小刻みに震えているのに、桃子は気付いた。小さな肩は他の誰よりも激しく上下している。限界が近いのは明らかなのに、鋭い視線からはボールを本気で奪おうとしていることが如実に伝わってくる。
 
 「決勝の相手は一番の強敵なんでしょ? ならここは体力温存に努めるべきなのに、全力を出しきってるわ」
 
 「・・・ナナらしいなぁ」
 
 「普段からセーブした闘いのできないコだけど、今日はちょっと張り切りすぎだわ。試合で舞い上がってるのかしら?」
 
 「張り切ってる理由ならわかるよ」
 
 「なに?」
 
 「あ・れ・よ」
 
 桃子が細長い指で、斜め後方にある体育館の壁を指差す。
 白のティーシャツにデニムのパンツ、ラフな格好に巨体を包んだ肉の塊が支柱にもたれて戦況を見詰めている。観衆の目を避けるように後方に佇んでいるが、隠しきれない圧倒的肉感が沁みだし、周囲の席に座る者たちは、思い出したようにチラチラと背後を覗き見している。半袖から生えた腕は棍棒のように太く、短髪の似合う男臭い顔より首の方が一回りデカイ。どこをとっても分厚い筋肉で覆われた鎧武者は、スポーツの薫風漂う会場には、やや不釣合いといえた。
 
 「道理でね」
 
 フッとついた夕子の溜め息は、呆れたと言っているようにも聞こえた。
 最強の名を冠した男。
 腕組みをしたまま工藤吼介は、ざわめきを巻き起こしているショートカットの少女に熱い視線を注ぎ続けて、微動だにせず立っていた。
 
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