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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

12章

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  「工藤吼介ッッッ!!!」
 
 驚愕と怒りに満ちた視線を筋張った顔に向けながら、夕子は悪を倒すはずだった拳を止めた男の名を叫ぶ。
 
 「なぜ止めるのッッッ?!!」
 
 「先生殴るのはマズイだろうが、霧澤夕子」
 
 人類の未来を決めるかもしれない、正義と悪の闘いの一環に関与しているとは思えない悠長さで、孤高の格闘者は言った。
 
 「控え室に七菜江がいなかったんで、いろいろ探し回ってたんだが・・・まさかこんな場面に出くわすとは思ってもみなかったぜ」
 
 予想外の妨害にあい、妖女を仕留める好機を失った夕子が、2m後方に飛んで距離を取る。
 不意打ちの一発勝負だからこそ価値があった攻撃は、失敗に終わってしまった。
 片倉響子に仕掛けることはもうできない。普通に闘うことになれば、桃子を救う時間はなくなってしまう。
 
 「工藤吼介・・・あんたは一体・・・」
 
 どことなく甘ったるい声質だが、この夕子の声を聞いて、可愛らしさを感じる者は皆無であろう。
 口調には、圧倒的な戦意が篭っている。
 これまで吼介にさんざん見せてきた、怒りや憤りなどとは、似ていつつも全く別の感情。
 高揚する中にも冷静さを残し、覚悟や緊張や悲しみすらも内包したその感情は、吼介を“敵”と認識しつつあるからこその発現だった。
 
 「工藤、あんた、この女の仲間なの?」
 
 吼介が夕子の拳を止めたのは、彼の言うような理由であるわけがない。
 工藤吼介は片倉響子を守った―――
 夕子の判断では、それが正解。そして、ならば吼介と響子の関係とは・・・
 
 疾風が、巻き起こる。
 筋肉の鎧武者が突進する。夕子に向かって。
 まさしく肉の弾丸。反応すらできず、機械少女は格闘獣に必殺の間合いに踏み込まれてしまっていた。
 
 ゾクリ
 
 その瞬間、夕子は死を覚悟した。
 約2mあったふたりの間の距離。それは吼介にとって、夕子をスクラップにするにはあまりにも余裕がある距離だったのだ。
 ドン!! という地を蹴る轟音を残して、筋肉の塊は一瞬で固まったままのサイボーグ少女の眼前に現れる。無表情の顔。
 殴るか、蹴るか、打つか、砕くか――?
 いずれの攻撃を吼介が選択しても、オモチャのように破壊される己をフラッシュバックで自覚する少女。
 身体中の穴から冷たい汗が噴き出るのを、夕子はすぐ横を通り過ぎた吼介が、遥か後方に走り抜けていってから感じた。

 背後を振り返る夕子。やっと身体が動く。
 人間の領域を超越したパワーとスピードを持つ男が突進した相手は、夕子ではなかった。
 若葉を茂らせた巨木。血染めの美少女が、縛糸から解放されて大地に落ちてくる。
 頭からまっ逆さまに落下する桜宮桃子の小さな肉体を、駆け寄った最強者が両腕で抱き止める。
 ドサッという落下音。毒に侵され、息も絶え絶えのエスパー少女が大地に激突する前に、吼介は見事にキャッチすることに成功したのだ。
 
 「う・・・」
 
 吼介がダッシュしたのは、桃子を救うためとわかった夕子の口から、自然に呻きが洩れる。
 髪の長い女教師の姿は、忽然と消えていた。桃子を捕らえた妖糸を放すのと同時に、逃げていったに違いない。捕虜を囮に使った、見事な脱出法であった。
 
 「工藤・・・あんたは・・・・・・」
 
 敵なの? 味方なの?
 継ぎかけた言葉が、夕子の咽喉の奥で詰まる。
 ぐったりとした桃子を両腕で抱きかかえた吼介の左足。太股の部分が、墨汁でもこぼしたように、みるみるうちに黒い沁みが広がっていく。
 
 そういえば・・・夕子は思い出す、この男が怪我をしていたのを。
 あまりに普通にしているので忘れていたが、五十嵐里美が久慈たちの拷問から救出された次の日、最強と呼ばれる男は左手と左足に包帯をぐるぐるに巻いて現れたと聞いている。七菜江によれば、決して傷跡を見せようとはしないのでよくわからないが、どうやら鋭いモノで貫かれたような怪我らしかった。
 デニムを染める黒い沁みは、間違いなく血によるもの。尋常でない出血量を見るに、恐らく、その貫かれたという傷が、桃子を受け止めた衝撃で開いてしまったに違いなかった。
 
 「ひどい怪我ね」
 
 「大したことはない。それよりも」
 
 再び、夕子の背を冷たいものが走る。
 それほどまでに吼介の声は、普段の彼が見せない真剣みを帯びていた。
 
 「桃子を早く病院へ連れて行くぞ。一刻も早く、だ」
 


 後方に身をのけ反らした藤木七菜江の鼻先を、金色のバットがかすり過ぎる。
 金属とコンクリートが激しくぶつかり火花を飛ばす。耳障りな高音を発して、床に思いきり叩きつけられたバットは、強烈な痺れを金髪の男に送った。
 
 「アーッハッハッハッハッ! どうしたんだい、七菜江?! 防戦一方じゃないか。ここで私を倒すんじゃなかったのかい?!」
 
 柴崎香の嘲笑が、闘いの輪の外から浴びせ掛けられる。
 ひとけの途絶えた体育倉庫の一室。光の少女と、彼女を抹殺するために集まった六人の処刑者との激突は続いていた。
 七菜江を囲んでいるのは、柔道家の倉田と元野球部コージ、そして元水泳部のケータの3人。今回の首謀者である香とカズマイヤー姉妹は、遠巻きに傷だらけの少女と3人の不良学生との闘いを楽しげに眺めている。
 
 「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・きッ・・・汚いッ・・・・・・ぞォッ・・・ハアッ、ハアッ!」
 
 左手で胸の青いスカーフを掻き毟りながら、高見の見物を決め込む悪女たちを睨むアスリート少女。だが、その鈴の音のような声は、荒い呼吸によって掠れ、聞く者に息苦しさを与えるほど、引き攣っている。
 
 「あたしを・・・ハアッ、ハアッ・・・殺したいならッ・・・ハアッ、ハアッ・・・自分たちで・・・ゼハアッ、ハアッ・・・闘えッ・・・ハアッ、ガハアッ・・・」
 
 「アッハッハッ! あんたの残り少ない体力じゃあ、なるべく無駄はさけたいもんねぇ? 挑発なんかにゃ乗らないよ! そいつら相手に、全部体力を使いきるがいいッ!」
 
 倉田が警棒を持ち、コージは金属バット、ケータはナイフ・・・喋る間にも次々と襲いかかる凶器を、七菜江はかわす。その足取りは、泥酔者のようにふらふらだ。
 試合では吹き飛ばされ、踏み潰され、右腕を捻られ・・・人質を取られてのリンチでは殴られ、硬い床に叩きつけられ、バットで腕を砕かれ、肉爆弾に押し潰されたのだ。さらに救うべき相手だった先輩に騙されて、毒を打ち込まれた少女戦士。いくら七菜江がファントムガールのなかでも一番のタフネスといえど、暴虐に継ぐ暴虐は、超少女を確実に破滅の道に追い込んでいる。それだけではない。試合で一度、全ての体力を使い切ったため、短い休息で得たわずかなエネルギーは、すでに枯れつきようとしていた。肺中の酸素は欠乏し、心臓が破裂寸前で脈打っている。呼吸困難に陥った苦しみのなか、七菜江の豊満な肉体は立っているだけで痙攣していた。
 
 “くッ、苦しいィィィッッ~~ッッ!! 息がアッッ・・・息ができないッッ!! 呼吸をッッ!! 呼吸をさせてッッ!!!”
 
 「はひゅううッッ――ッッ、ゼハアッッ――ッッ、ガハアッッ――ッッ!!」
 
 「藤木七菜江の弱点その3。七菜江は体力の使い方がわからない。複数で連続して闘えば、すぐに限界を迎える・・・アッハッハッハッ!」
 
 息苦しさのあまり、踊るように悶絶する制服の少女を、背後からナイフが襲う。
 躊躇もためらいもない凶刃の煌きを、天才と呼んで差し支えない戦闘のカンがよけさせる。必殺を期した一撃をかわされたパンチパーマが、大きくバランスを崩す。
 ナイフを持った右手の手首を七菜江が掴むや、突風を巻いて男の身体が宙を舞う。
 以前、西条ユリにさんざん投げられまくった、合気道に似た柔術の投げ技。関節を極めた投げ技で、スポーツ少女はパンチパーマを地面に叩きつける。
 肉体的には普通の少年に過ぎない彼は、その一撃で失神した。
 
 ひとりの敵を倒した七菜江。だが、その代償は小さくなかった。
 一瞬、動きの止まった超少女の脇腹に、金属バットが抉り刺さる。
 重い衝動と、肋骨の軋む音。鈍く響く痛みに、あどけない美少女のマスクが一気に歪む。
 さらに柔道家の両手が、青のカラーを鷲掴む。
 十七歳とは思えぬ美しいボディラインを誇る肢体が、弧を描いてコンクリの床に叩きつけられる。
 衝撃でバウンドする小柄な肉体。
 巨大な胸の果実が、ぶるるんと揺れる。
 ゴボリと潤んだ唇を割った血塊が、セーラー服と床とを汚す。
 
 横臥するボロボロの天使の顔面に、高速でバットが振り下ろされる。
 誰もが、キュートなマスクをぐちゃぐちゃに破壊された少女戦士の死骸を想像したその時――
 スーパーアスリート・藤木七菜江の能力が全開した。
 
 バットは止まっていた。
 振り下ろした金属の棍棒は、寝転がる少女があげた足の裏で、止められていたのだ。
 なんという、身体能力。バランスの良さ。
 簡単に見えて、奇跡的に高度な防御法に、元球児のコージが驚愕のあまり動きを止める。
 床とセーラーが擦れる音がするや、瞬時に七菜江は立ちあがっていた。 
 コージの記憶はそこで途切れる。
 立ちあがりざま放った七菜江のハイキックは、何が起きたかわからないまま、コージの側頭部を捕らえ、残忍な不良生徒の意識を根こそぎ刈り取っていた。
 
 慌てた倉田が警棒を振り上げる。
 遅かった。遅すぎた。超アスリート・藤木七菜江と対峙するには。
 少女の左足の横蹴りが、スキンヘッドのどてッ腹を抉る。
 突き刺さる左足。なんと七菜江は、その腹に埋まった左足を足場にして、空中に飛んだ。
 山のように巨大なハゲ男の顎を、余った右足が横薙ぎに払う。
 キレイな形の廻し蹴りを顎に食らった倉田は、金髪の仲間と同じように、暗い闇に意識を飲まれて倒れ込んだ。
 これぞまさしく、工藤吼介が教えた奥義のひとつ、『龍尾』。
 驚異的身体能力の持ち主のみに許された、伝説的な大技を、たった十七歳の可憐な少女が実戦で見事に決めてみせたのだ。
 
 崩れ落ちる巨体を尻目に、軽やかに着地する瑞々しい戦士の肉体。
 だが。
 
 「ゼエエエッッッ・・・ガハアアアッッッ・・・はッッッ・・・はひゅうううッッッ―――ッッッ!!!」
 
 瞬時に3人の暴漢を倒した七菜江に、ついに限界が訪れる。
 左手で胸を掻き毟り、必死で酸素を求めるキュートな少女戦士。ガクガクと崩れそうな身体を、闘わなければという使命感と、柴崎香に負けたくない意地だけで支える。しかし、引き攣る呼吸と激痛に震える肉体とが、残忍な笑みを浮かべる3人の悪女たちに、憎き小娘を地獄に突き堕とす瞬間が近付いていることを知らせる。
 
 「アーッハッハッハッハッ!! これで全て計画通りだ! どうやら、死ぬ時がきたようだね、七菜江ッ!」
 
 ひゅうひゅうと、咽喉が焼きついているかのような息遣いを繰り返す少女天使。アイドル顔負けの美少女は、不屈の闘志を秘めた視線を、裏切りの敵に送り続ける。
 
 「こんな暗い場所で死なせはしないよ! 多くのギャラリーの前で、虐めて虐めて、虐め抜いて殺してあげる! さあ、変身するがいいッ、ファントムガール・ナナにね!」
 
 柴崎香とカズマイヤー姉妹の身体が、黒い靄に包まれる。
 霧のように掻き消えたかと思うと、次の瞬間、天空から隕石が落ちるような轟音が響き、大地が地響きを奏でる。
 ほどなくして、この近辺に作られた、巨大生物が飛来したことを知らせる警報が、けたたましく鳴り響く。
 
 “負けらん・・・ない・・・・・・ゼッタイに・・・負けたくないッッ!!”
 
 血の沁みと、埃にまみれた青いセーラー服の少女が、ビクビクと痙攣する肉体に気合いをこめる。
 
 「ゼエエエッッ――ッッ!! ハアアッッ―――ッッ!! トランスッッ・・・フォームッッ!!」
 
 カビ臭い体育倉庫に、少女の可憐な絶叫が轟く。
 地方の片田舎に、輝く銀の皮膚と、鮮やかな青の模様を持った正義の守護天使が、その巨大な姿を、光の粒子を纏って現した。
 残酷な地獄絵巻が展開されたのは、それからまもなくのことであった――。
 
 
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