ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

25章

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 先程までは大幅なレベルアップを果たした闇のパワーで、メフェレスはナナを圧倒していた。技術的には相当な強さを得たはずのアスリート少女を、遥か凌駕する暗黒のエネルギー。暴風のごとき破壊のエナジーの前に、ナナはみるみる苦境に陥って行った。必殺のスラム・ショットすら、暗黒の魔弾の前に苦杯を喫する有様だった。
 だが、今のナナはメフェレスに匹敵するだけの光のエネルギーをその手に入れていた。
 そして、内に湧き上がる力を自覚するのと同時、青銅の魔人があれほどのパワーアップを果たした理由を正確に見抜くことに成功していた。
 
「お前は失敗したッ! ホントならあたしを好きなように殺せたはずだった。いつでもあたしを殺せていた! とっとと殺せば良かったのに! でもくだらない考えでたくさんの人たちを犠牲にしたからッ・・・あたしに闘う力を与えたのよッ!」

 怒り。
 痛撃を食らい、純真な心を引き裂かれた超少女を衝き動かすその感情。
 一度は地を這った守護天使の肉体が嘘のように巨大なエネルギーで満たされているのは、炎のごとき感情と決して無縁でないことをナナは悟る。以前から同じような経験は何度もしてきた。思い返せば、不屈の闘志で窮地を脱するとき、そこには常に怒りが秘められていたように思う。だが、かつてない血の滲むような激情に身を駆られることで、ナナは怒りがどれほど己の戦闘能力を高めるのか、今ハッキリとわかったのだ。
 
 普通その感情は、戦闘においてマイナスとされる。冷静な判断ができなくなるだけではない、怒りは気負いを呼び、気負いは堅さを生む。格闘技において、大切なことは力を「込める」ことではない。力を「抜く」ことだ。力を込めるのは誰にでも比較的容易くできる。しかし、緊張する場面において力を抜くことのなんと難しいことか。格闘技の修行とは、ある意味力をいつでも「抜ける」ようにするための訓練と言い換えてもよい。
 力を「込める」のは、そこに留まろうとする力にもなる。よって力を込めれば込めるほど、打撃の速度は遅くなる。逆に力が抜けているほど打撃の速度はあがる。スピードがあがれば威力も当然増す。余計な力が抜ければ体力のロスも防げる。脱力こそが格闘技の裏に隠されたテーマなのだ。
 
 力を「抜く」妨げとなる怒りの感情は、格闘において極力避けたいもの。怒りで戦闘力が増すなどという考えは少年漫画のなかだけで、実戦では寧ろ逆、というのが格闘界での定説であった。事実、七菜江自身も西条ユリとの組み手のなかで、興奮すればするほど感情とは裏腹にかえって手玉に取られやすくなることを身をもって痛感している。怒れば怒るほど弱くなる。これが武の道においては正解なのだ。
 
 類稀な運動神経、そして天性のパワーとスピードで真正面から闘う七菜江も、ユリや五十嵐里美と稽古をつけるうちに、力を抜くことの重要性は理解し始めていた。だからこそ、怒りが戦闘力を高めるという考えから、無意識のうちに目を背けようとしていた。
 
 しかし・・・違うのだ。
 そう、違うのだ。普通の戦闘と、『エデン』を寄生させた者の闘いは。
 願望、信念、正邪の資質・・・融合した者の精神により授ける能力を大きく変える『エデン』。プラスの方向、マイナスの方向に関係なく、感情が強まれば強まるほど与えられる力は巨大になる。想いが深く強いほど、光あるいは闇のエネルギーはより強力なものとなるのだ。
 相手をどうしても倒したいという、怒り。
 熱望とも言うべきその強い意志は、食欲よりも性欲よりも、どんな欲望よりも遥かに濃厚なもの。凄まじい力を『エデン』寄生者の肉体に生み出すのは寧ろ当然ではないか。
 深刻なダメージを負った肉体を回復させ、さらにはソリッド・ヴェールを使わずとも青銅の魔剣を腕で防いでしまうほどの力をナナに与えたところで、なんの不思議があるだろう。
 
 そして、魔人メフェレスが異常に闇のエナジーを高めたのもなんのことはない、ナナの怒りと同じ原理。
 以前のメフェレスは己が支配者であることを証明できれば良かった。邪魔者であるファントムガールは目の上のたんこぶ、目障りな障害物に過ぎなかった。
 しかし、敗北を味わい辛酸を舐めた青銅の魔人は、今やファントムガールを根絶やしにすることこそが全て。
 銀色の守護天使を処刑する。ひとり残らず血の海に沈め地獄に落す。憎悪に凝り固まったメフェレスのベクトルは、ファントムガールの殲滅、ただその一事に向かっているのだ。
 ファントムガールをどうしても抹殺したいと願う男に・・・『エデン』はその力を与えた。それが精神に感応する宇宙生物、最大の特性。ナナは知っている。かつて藤木七菜江を憎んだ女が、ファントムガール・ナナに対してのみ、凄まじい強さを誇ったことを。七菜江を憎悪する柴崎香が変身した蜂の怪物クインビーの前に、ナナは絶命寸前まで苦しめられた。その時と一緒。守護天使に復讐を誓う今のメフェレスは、ファントムガールキラーとでも呼ぶべき存在に生まれ変わったのだ。
 
 己の全てをファントムガール抹殺に捧げたメフェレス。
 だからこそ短期間であれほどのパワーアップを遂げた。度重なる敗北の屈辱が、闇の王を自認した男を復讐鬼へと化したのだ。

「ほざきおって、カスがッ・・・! 貴様などいつでも殺せるわッ!」

 黄金の般若マスクが激昂した調子を含ませて吐き捨てる。
 しかし魔人の内心は、駆け引きの出来ぬ愚鈍者と位置づけている純粋少女の言葉が、正しいことを認めずにはいられなかった。虐げるのを楽しむあまり、ナナを復活させてしまったのは明らかなミスだ。人質代わりの人間たちを皆殺しにしたことで、逆に女神を闘いやすくさせてしまうとは・・・苛立つ。愚かな己が苛立つ。侮ってはいけないと、これまでの闘いで身に染みているはずなのに・・・まだメフェレスのどこかで銀色の女神たちを見くびっている部分があるというのか。
 
「ええいッッ、構うかッ!! 貴様が満足に闘えぬのはわかっている。やるぞッ、マヴェルッ!」

 青銅剣を構えた魔人が一気に殺到する。
 合図を受けた銀毛の魔豹が背後から佇むファントムガール・ナナに飛び掛っていく。前方からメフェレス、後方からマヴェルの挟み撃ち。心が通い合ってるなどとは到底思えぬのに、悪党どもは絶妙のタイミングで同時に攻撃を仕掛ける。
 銀と青の女神が硬直していたのは数瞬であった。
 膝から崩れ、その場に沈むナナ。やはりまだダメージは深く残っていたのか? そうではなかった。少女戦士は自ら片膝立ちの態勢になったのだ。高々と突き上げられた右の拳。強く握られた青い拳に、身体中から光のエナジーが収斂していく。
 
「ゲエッ?! ま、まさかアレをッ~~ッ??」

 サファイアの瞳を大きく見開いた魔豹が、思わず足に急ブレーキを掛ける。
 ファントムガール・ナナの超必殺技、ソニック・シェイキング。
 光の波動と超震動を組み合わせた、全方位型の殲滅技。もしこの場で発動されれば、至近距離にあるマヴェルもメフェレスも一溜りもない。ただの一発で全ては終わってしまうのだ。
 
「騒ぐな『闇豹』ッ!! そいつにソニック・シェイキングは打てんッ! 畏れず飛び掛れッ!」

 マヴェルとは対照的に、青銅の魔人は殺到の加速をあげる。

「周囲四方を破壊するあの技は、人間どもがいる場所では使えぬ。そしてムシケラどもが死滅しても・・・そのバカな女に文化遺産を壊すことなどできぬわッ!」

 東京の地で藤木七菜江を襲撃する計画を企てたときから、悪鬼は見抜いていた。首都の地でソニック・シェイキングが発動されることはない、と。
 光のエネルギーを噴き上がる火柱と化して、同心円状に聖なる力と超震動を叩き込む荒技、ソニック・シェイキング。ミュータントが数百単位で囲もうと一度に殲滅可能な恐るべき技であるが、その効果を限定できないという、人類の守護者としては致命的な欠点があった。一千万人が暮らす東京で無闇に放とうものなら、何人の犠牲者、幾棟の廃墟を生み出すことやら。人々が近くにいる際に、ソニック・シェイキングが使えないのは決定事項と言ってもよかった。
 それだけではない。東京にはこの国を代表する施設がいくつも点在している。
 例えば、ここならば、明治神宮。
 明治天皇が祀られ、日本一初詣での人々が訪れるこの神社を、戦士として致命的なまでに甘いナナが壊せるはずがない。
 壊せるはずがなかった。
 今が、犠牲になる人間が存在しない状況であっても。
 
「所詮、仕草だけであろうがッ! 貴様にその拳は打てんッ、その隙に切り刻んでくれるわッ!!」

 超震動が生まれないことを確信した魔人が、一気に座り込む青い天使の傍らに飛び込む。
 刃の届く位置。絶好の、処刑チャンス。
 だが、天使の瞳に灯った青い光は、迷いのない鋭さで黄金のマスクを貫いた。
 
 まさか・・・打つのか?!!
 打てるというのか、甘ちゃんの貴様が?! このメフェレスを倒すためなら、東京の地を破壊することも躊躇わないというのか?!!
 
 ナナの右拳が、振り下ろされる。
 渾身の力を込めた右のパンチが、森の大地に叩き込まれる。
 
「ッッ?!!」

 予想外の光景に、青銅剣を振ろうとしていた魔人の動きが止まる。咄嗟に防御姿勢を取って硬直する。
 背後に迫っていたマヴェルもまた、脅えた少女のような姿で体勢を凍えさせた。防御などまるで無意味。この距離でソニック・シェイキングを食らうことは、絶対の死を意味する―――
 
 恐怖に固まった悪魔二匹が見たものは、眩い光の柱ではなく、宙に浮かぶグラマラスな銀色の肢体であった。
 空中で旋回する、水蜜のごとき極上ボディ。
 大地に拳を叩きつけた反動で宙に舞ったファントムガール・ナナは、前後に迫っていた悪党二匹に、錐揉みのように回転しながら空中蹴りを打ち込んでいた。
 弾かれたように、森林の海を切り倒しながら吹っ飛んでいく巨大生物。
 ソニック・シェイキングを放つ代わりに、ナナはトリッキーな動きで悪の挟み撃ちを迎撃していた。
 
「ぶぷッッ・・・おごォッ・・・マ、マヴェルの顔を蹴るなんてッ・・・て、てめえェェッ~~ッ!!」

「ごふッ・・・こ、このメスめがァァッ~~ッ!! ふざけたマネをッッ・・・」

 守護天使の前後で巻き起こる憤怒の叫び。顔面を押さえながら立ち上がった青銅の魔人と銀毛の魔豹からは、憎しみのオーラが水蒸気のごとく昇っている。顔を足蹴にされるのはただでさえ屈辱的だというのに、フェイクに、それも思わず恐怖するほど、見事に偽りのソニック・シェイキングに引っ掛かってしまうとは・・・始末できたはずの青い天使に反撃を食らい、焦りと怨嗟が二匹の悪魔に絡みつく。
 対するファントムガール・ナナは、美神に造られた見事なボディラインを強調するかのように、神聖なる森の中央に仁王立つ。血と泥と白濁液に汚れた張り詰めた肢体は、しかし敗者のそれには見えなかった。守護天使。戦女神の称号に恥じぬ、凛々しき雄姿。悪の枢軸二体に囲まれながら、乙女の瑞々しい肉体からは脅えの陰すら見えない。
 が、しかし―――
 
 ゴブウッッッ!!!
 
 胃の腑自体を吐き出したかと思えるような真っ黒な血塊が、聖少女の唇からこぼれ出る。
 グラリと揺れる、銀色の肢体。瞳の青光が一瞬、消える。足を踏ん張り、辛うじてナナは倒れることを避けた。
 
「クッ、クク・・・クハハハハ! それはそうだ! 無事なわけがない!」

 ビチャビチャと「神宮の森」に降りかかる吐血の雨音をBGMに、黄金の般若面が高らかに笑う。
 
「今の貴様はネジも歯車も破損しているのに、無理矢理に高圧電流を流して動いている壊れたオモチャ同然。確かに光のパワーは増したようだが、肉体に負ったダメージは隠しようもないわ!」

 口元を拭う芸術的な女神のボディは、ハァハァと慌しく肩を上下させていた。
 怒りに衝き動かされているナナであるが、暴虐の前に先程まで地を這っていたのは事実。破滅の黒光も魔悦の淫光もさんざんに浴び続けた。エナジー・クリスタルは青銅剣に突かれ、執拗な色責めに昇天と蘇生を繰り返し、ついには仇敵の魔羅で口を犯されたナナは、心身ともに崩壊寸前まで追い詰められたのだ。比喩でも大袈裟でもなく、今のナナは命を削って闘っているようなものであった。
 
「先程で貴様がソニック・シェイキングをやはり使えぬことはよくわかった! もはや貴様に勝ち目は皆無! 命尽きるまで嬲り殺してくれるわ」

「ソニック・シェイキングがなくても・・・お前たちには・・・勝てる・・・」

「バカがッ! 無謀もここまでくると救いがたいッ」

「あたしには・・・新しい必殺技が・・・ある・・・」

 ゆっくりと青き守護天使は呼吸を整える。
 メフェレスの言う通り、ナナにはソニック・シェイキングを使うことはできなかった。馴染みはなくても、この由緒正しき神社がいかに大切な場所で、日本人にとって重要なものであるか、理解しているつもりだ。人類の脅威を取り払うためとはいえ、己の手で祖先が築き上げた財産を壊すことなどできない。といってスラム・ショットは殲滅魔弾を放つ魔人には必殺足りえなかった。この窮地を逆転するだけの技は、もはやただひとつ――
 
「新しい技だと? フンッ、ソリッド・ヴェールとやらはすでに破れたことを忘れたのか」

「ソリッド・ヴェールは・・・オマケみたいなもんよ・・・・・・お前たちを倒すため、ずっと修行して使えるようになった新必殺技・・・」

 できるなら、この技は使いたくなかった。
 いざという切り札として、密かに練習し続けてきたこの技。躊躇ったが故、数百人もの犠牲を生んでしまったことを思うと胸が張り裂けそうになる。始めから、やればよかった。痛恨の想いが、今、この場での発動を推し進める。使うしかない。やるしかない。あたしの命なんて惜しまないで、この悪魔たちを倒すんだ!
 
「お前ら悪魔は・・・ゼッタイにあたしが倒してやる!・・・この・・・新必殺技“BD7”でッ!!」
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