ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

37章

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「本当はコレクションに加えて永遠に愉しみたいところですが、生憎メフェレスくんからは機会があれば殺すよう指示されていましてねえ」

 ヒドラの触手が再びしゅるしゅると動かぬアリスに絡みついていく。四肢に、首に、胴体に。
 東京湾の上空に、装甲天使の身体はまたもや触手に拘束されて吊り上げられていた。先程までと同じ光景。ただ違うのは、全身に火傷を負い、時に火花を飛ばすアリスのダメージがより深刻なものになっただけだ。
 
「君たちファントムガールのしぶとさはよく存じ上げていますよ。毒の身体で動こうとした、さっきのようにねえ。アリスくんには確実で絶対な死をプレゼントしましょう」

 ドシュドシュドシュドシュッッ!!!
 猛毒を仕込んだ触手の棘が、無数に乙女の柔肌に打ち込まれる残酷な響き。
 迫る処刑の時を悟ったアリスの肢体がビクンッと硬直する。
 
「知っていますね、アナフィラキシー・ショック。クラゲに刺されて亡くなる方のほとんどがショック死です。一度毒に刺された人体は、その毒に対する抗体を体内で生成しますが、二度目に刺された折に抗体が激しく反応することでショックを起こしてしまう。サイボーグとはいえアリスくんも基本は人間だ。大量の毒を打ち込まれた君に再度同じ毒を大量に注入すれば・・・死は確実です」

 腕をもぎとられても、ローラーで潰されても、霧澤夕子=ファントムガール・アリスは絶命しなかった。
 だが人体が避けることのできない生体反応は、いかに頑強な肉体を誇ろうが、不屈の闘志を持とうが関係なく生命を奪う。生命力の凄まじさについてはミュータントを上回るファントムガール、そのなかでも特に耐久力の高いサイボーグ戦士アリスといえど、この死からは逃れることができない。
 己の運命を悟ったのか。
 無表情なマスクと脱力した身体。あとはただ、毒が注入されるだけのファントムガール・アリスは、なんの抵抗も示すことはなかった。
 
「さようなら、アリスくん」

 クトルの台詞を合図に、巨大クラゲの毒が触手に埋まった無数の棘から一気に発射される。
 アリスの全身に巻きついた半透明な触手から、死を誘う猛毒は銀の女神の体内へと注入されていった。
 
「ふふふ、呆気ないものですねえ。これで約束通り、全てのファントムガールを抹殺した後は、アリスくんの死体は私のものです! うふふふ・・・アハハハハ!」

 漆黒の東京湾に響き渡る、濃緑魔獣の哄笑。
 重なり聞こえるものは、宙吊りの装甲天使の体内から洩れる、ズキュッズキュッという猛毒を打ち込む音であった。
 ショック死を誘う電気クラゲの毒が、紛れもなくファントムガール・アリスの肉体に注がれていく。全身の数え切れぬ箇所から、表皮を突き破り、血管を通して。孤立無援の首都の地。触手怪物二匹に挟撃され、猛毒地獄に陥ってしまった美しきサイボーグ天使。天才と称される乙女の命が、暗黒色の東京湾にて儚く散っていく・・・
 
「ギシャアアアアアアッッ―――ッッ!!!」

 クラゲのミュータントが、鋭い咆哮を迸らせる。
 勝利の雄叫びなのか。次の瞬間、オレンジの女神に巻きついていた無数の触手が、一斉に締め付けを解放する。受け身も取れぬまま落下するツインテールの少女戦士。生身と機械の混ざった肉体が海面を叩いた瞬間、破裂のような轟音と巨大な水飛沫が沸き起こる。
 うつ伏せ姿勢のまま海中に沈んでいく、黄金の装甲を纏った銀の女神。
 シュウシュウと、凄まじい勢いで白煙がアリスの全身から立ち昇る。高圧電流を浴びた折とは比べ物にならない、異常なまでの煙の量。
 
 終わったのか?
 文字通りの毒牙の前に、ファントムガール・アリスは果ててしまったのか?
 
「なにをしているんです?」

 勝利を確信した者にしては不可思議な台詞は、醜いタコ魔獣から発せられた。
 
「誰が解放しろと言いましたか。確実に絶命するまでは油断は禁物です。さあ、早くアリスくんにトドメを刺してやりなさい」

 クトルの命令に促されるままに、巨大クラゲが無数の触手を、水中に半身を没した天使に飛ばす。
 だが、サイボーグの肉体から蒸気する、異常な量の白煙に脅えているのか。
 四方から飛来した半透明の触手は、アリスの目前まで来ながら襲いかかろうとはしなかった。明らかに看て取れる、戸惑い。先程まで触手の雨を降り注ぎ続けていたヒドラが、何かを感じて女神への攻撃を躊躇っている。
 
「なにをモタモタと・・・これだから、下等生物は。ええい、もう結構ッ! 私自らが手を下してやりましょう」

 業を煮やしたように、クトル自身の濃緑の触手がピクリとも動かぬ装甲天使へと飛ぶ。
 胴へ、首へ、四肢へ・・・6本もの吸盤付き極太触手が、海面に横たわるアリスの全身を覆い尽くさんばかりに絡みついた。
 圧搾して磨り潰すか。
 力任せに引き千切って、バラバラにするか。
 少女戦士を抹殺する背徳感に、クトルの脳裏が陶酔したのは一瞬のことであった。
 
「ぎゃひッッ?!!」

 轢かれたカエルのような悲鳴とともに、タコの触手は一斉にアリスの肢体から離れていた。
 
「あッ、熱ち゛ィィッッ~~ッッ!! な、なんじゃこりゃあァッッ?!!」

 ジュウゥ・・・蛋白質の焦げる悪臭と仄かな白煙をまとわりつかせた6本の触手が、東京湾の海上で火傷の痛みに悶え踊る。
 咄嗟の時間で変態教師の脳は理解していた。クラゲのミュータントは装甲天使を己の意志で解放したのではない。触れられなくなったのだ。熱くて。ファントムガール・アリスの肢体が発する、あまりの高熱に。
 
「思ったより、時間がかかったわね」

 やや鼻にかかった甘ったるい声の主を、動揺で定まらぬクトルの視線が捉える。
 そんなわけはない。いや、寧ろそれは必然の光景であったのか。
 陽炎のごとく立ち昇る、白煙。その中央に、猛毒によってショック死したはずの銀とオレンジの女神は、破邪の決意を揺らめかせた凛々しき姿で降臨していた。全身を覆う火傷と陵辱の跡が、つい先程までのアリスの苦悶が現実であったことを教える。だが、苦痛を示すはずの煤黒い汚れまでが、眩い銀色の肌に凄みとますますの輝きを与えているかのようだ。
 
「もっと早いかと予想してたんだけど。ただ、最悪を計算した範囲内には、きちんと収まってくれたみたいね」

「なッ、なんでッッ?!・・・アリスくんッ、君はクラゲの毒で悶死したはずですッ! なぜ生きているのだァッ?!!」

 叫びながらクトルの脳内は、投げかけた疑問の回答にほぼ感付いていた。
 あの異常なまでの発熱。高温。
 灼熱の塊と化したアリスの全身は、体内を巡るクラゲの猛毒も、新たに注入されるトドメの毒も高熱で滅殺してしまったのだ。
 機械の身体で約50%が構成されたサイボーグ戦士ならではの対処法。だがいつの間に、このような新たな能力をアリスは身につけたのか。来るべき決戦に備えて、クールと称される少女も更なる改造をその身に施していたのか。
 
「お化けクラゲの動きを見ていれば、背後であんたが操っているのはすぐにわかったわ」

 少女戦士の左手が、己の右腕へと伸びる。完全に機械化されたサイボーグの右腕。電磁ソードの取り付けられた肘部分が、カチャリという音をたてる。
 
「ヒドラを倒す方法はいくつかあっても、素早く決着をつけるにはあんたを引き摺りだすのが一番。そのために少々リスクを冒しても懐に飛び込んだ。あんたたち触手怪物の攻撃はまず間違いなく私を拘束にかかるし、ヒドラに限れば毒を打ち込んでくることは確定的。予想される攻撃に、十分対応は可能だと考えたのよ」

 ジャキン、という甲高い音色を残して、アリスの左手が一気に己の右肘から先を引き抜く。
 綺麗な円形の断面図。砲口と化したサイボーグの肘の内部で、赤を通り越し、オレンジを通り越し、白色に燃えたぎる炎の球塊が高周波を発して渦巻いている。
 ヒート・キャノン。
 電子を衝突させることで熱を生み出す電子レンジの原理を応用した、アリス必殺の灼熱の砲弾。
 狂乱の機械人間キリューを一撃にして葬った超絶技が、すでに発射の準備を整え・・・いや、とうに臨界点に達していたと知れる、過剰なまでの高熱と勢いでアリスの右肘内で暴れ踊っている。
 
「ま、まさかッッ!! ずっと以前から・・・身体全体が高熱を発するまでに、右腕の内部でヒート・キャノンを生み続けていたのですかッッ?!!」

「少し時間がかかるのがこの技の欠点ね。全身をオーバーヒートさせるなんて初めてだから、計算が少し狂ったけど・・・たっぷりと愉しんでくれたお返し、覚悟してもらうわ」

 全ては、天才少女の掌の上だったというのか。
 ミュータントの攻撃を読み切ったうえで、敢えてアリスは窮地に飛び込んでいたのだ。全身を灼熱と化せばヒドラの毒は無効化できる、触手の戒めは恐れるに足りぬ。ヒート・キャノンの高熱が全体に回るまでの責め苦と引き換えに、装甲天使は早期決着をその手に掴もうとしていたのだ。
 結果からいえば目論み通りの大成功、しかし、その決断のなんと重きことか。
 その策略を選んだ時点から覚悟せねばならない、全身が麻痺するほどの猛毒地獄とその後の一方的な嗜虐。己が造り出した高熱を我が身に宿す苦痛も、決してサイボーグの一言で緩和されるほど易しいものではない。肉を切らせて、などというレベルでは達し得ない犠牲精神の持ち主ならではの戦術。
 幾度も死の危機に瀕し、己を3度死んだ女と自称するアリスならではの闘い。
 
「そのッ・・・ひとを見下した態度が不快なのですよッ、君はッ!!」

 宙を踊っていた濃緑の触手が、一斉にツインテールの女神に殺到する。
 巻きつけぬのならば、刺し貫いてやるとばかりに。
 
「あんたはヒトじゃないでしょ、下衆」

 キュイイイイィィィッ・・・・・・ンンンンン
 
 渦巻く白熱の砲口が、真正面のタコの魔獣に向けられる。黄金のプロテクターに守られたアリスに、触手槍では致命傷は与えられない。見え透いた結末。無駄な足掻きに、惑わぬ美貌。端整なマスクが、ネオン照り返す波間に玲瓏と映える。
 
「今ですッッ、ヒドラッッ!!」

 乙女戦士の背後の海中から、噴き上がる巨大な水飛沫。
 全ての触手を広げた怪物クラゲが、暗黒の天を覆う蠢く網と化して、その身ごとオレンジの天使を圧殺しに掛かる。
 
「わかってんのよ、あんたのやりそうなことは」

 青い瞳は真正面を見据えたまま、銃口を覗かせたアリスの右腕だけが、迫る背後の上空へグルンと向けられた。
 ヒート・キャノン、ロックオン―――
 
 ゴオオオオオオオッッッ!!!
 
 真夜中の東京湾が、サイボーグ少女の造り出した小太陽に眩く照らし出される。
 灼熱の砲弾、一閃。
 爆砕音を轟かせ、クラゲのミュータント=ヒドラは霧となって吹き飛んだ。
 ボトボトと海面に落ちていく、半透明の肉片。
 アリスの視界を妨げる血霧と破片の雨が止んだ後、醜い濃緑の魔獣の姿は忽然と東京湾から消え失せていた。
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