ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

38章

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「そういうところが下衆だっていうのよ、あんたたちは」

 動物型ミュータントを捨て駒にしての退散は、天才少女にはとうに予想済みであった。
 わかっていながら、どうすることもできなかった。不甲斐ない己への苛立ちが、吐き捨てる台詞から濃厚に漂う。
 
「手を掛けた私に言われたくないでしょうけど、同情させてもらうわ。利用される悔しさは、私にも理解できるから」

 研究対象であるサイボーグ少女から、意図せずに怪物にされた巨大クラゲへ。
 手向けの言葉は、静寂を取り戻しつつある暗色の海に、沁み込むように流れていった。
 死闘を制したツインテールの女神は、右腕を元通りに戻すと無自覚のまま我が身をいたわるように抱き締めていた。
 
「・・・くッ・・・電気を本当に発生することができるとは、計算違いだったわね」

 覚悟をしていたとはいえ、アリスの身に刻まれたダメージは決して軽いものではない。
 高熱消毒はしたものの猛毒の苦痛に細胞や神経がすり減らされたのは事実だし、電撃や圧搾による肉体への負荷は積み重なったままだ。膝を付きたくなる想いに、必死で抵抗する理系少女。早急な勝利のためではあったが、七菜江を彷彿とさせる少々無茶な闘いぶりに、思わず苦笑したくなる。
 そう、休んでいる場合ではない。
 刺客が送られた以上、同じく首都に来ている七菜江にも危機が迫っているのは確実であった。しかも夕子への相手が変態教師のみであったことを思えば、敵の主戦力がアスリート少女に集中している可能性が高い。
 一刻も早く、向かわねば。
 まずは里美に連絡を取り、状況把握を。しかる後、桃子との連携も考慮して七菜江の元へ。
 
 ぴちゃぴちゃと波が引き寄せる聖戦後の海のなかで、装甲天使が頭脳をフル回転させて次なる行動を思慮する。
 
 ドゴオオオオオオオオオッッッンンンンッッッ・・・!!!
 
 暗黒の天を裂き、漆黒の稲妻が海面を叩いたのはその時であった。
 
「くッッ!!・・・」

 アリスにはわかっている。その漆黒の稲妻が、ミュータント登場の印であることを。
 まだ隠れていたのか。それとも、つい今しがた、到着したのか。
 確実に言えることは、新たな刺客が今、アリスの目の前に現れたということ。
 
「ファントムガール・アリスッ!! 霧澤夕子ッ、てめえが次なる獲物だァァッッ!! 逃がしゃしねえぜェェ、ギャハハハハハ!!」

 太い四肢と頸部。Tレックスを思わせる、茶褐色の重厚な肉体と鋭い牙。
 象牙のような白く尖った両腕の先端と、顔面を縦横無尽に走る深い疵跡が、初めて見るこのミュータントの暴威とも呼ぶべき凶暴性をアリスに教えていた。
 
「オレの名はギャンジョー!! ファントムガール二匹目の犠牲者はてめえで決まりだアアッッ!!! ゲハハハハハ!!」

 ギャンジョーと名乗った新たなる敵が、品性の無さを丸出しにした図太い声で笑う。
 刹那と言うべきわずかな時間で、回転の速いアリスの頭脳はいくつかの情報を処理していた。
 ひとつ、自分の正体を知っていることから、この疵面の凶獣がメフェレスの手のもの、もしくは協力者であること。そして、クトルらが仕掛けてきた経緯からしても、その狙いが東京を来訪している夕子や七菜江の抹殺にあること。
 恐らく100%に近い確率で当たっているその見解と、ギャンジョーの吐いた台詞とから、更にひとつの結論が導き出される。すでに一人目のファントムガールが、この悪魔に血祭りにあげられている、事実。恐らく、まず間違いなく・・・その一人目とは、ファントムガール・ナナ。
 
 遅かった。
 夕子の脳裏に浮かんだ最悪のシナリオは当たってしまっていた。クトルらにアリスの足止めをさせている間、敵の主力は孤立したナナへと向けられていたのだ。ただでさえ東京と地元とでふたつに分かれた守護少女たちを、離れ離れになっている間にひとりづつ殲滅しようという作戦。ざわつく悪寒にリスクを承知で触手怪物たちとの闘いに早期決着をつけたアリスであったが、その身を投げ打った努力は無駄に終わってしまったのだ。
 実際のところ、装甲天使がヒドラとの闘いを始めたころには、ファントムガール・ナナは血塗れのセーラー服を纏った女子高生の姿で明治神宮の敷地に転がっていた。アリスがどんなに急いだところで、ナナを窮地から救うことはできなかったのだ。しかし通信手段を奪われたサイボーグ少女に、その事実を知る術などあるはずもない。
 
 メフェレスらがまず初めに自分ではなくナナを襲った理由は・・・アリス自身もよくわかっている。
 恐れたのだ、ナナを。
 凄まじい身体能力と、一撃で殲滅可能な超必殺技を持つアスリート天使を警戒した。だからこそまず第一に全勢力をもって葬った。
 見くびられたものね・・・自嘲的な感情が仄かにクール少女の胸に去来する。だがその何倍にも相当する巨大な警戒心が、黄金のプロテクターに守られた銀色の肢体に圧し掛かる。
 そう、確かにナナは強い。純粋な戦闘力の高さは目を見張るものがある。ちょっと悔しい気持ちもあるけれど、アスリート天使の強さがファントムガールのなかでもトップクラスにあるのは認めざるを得ない。
 ナナとの闘いの後、すかさずアリスの目の前に現れたギャンジョー。
 それはつまり、この疵面獣が青い天使との闘いをほとんど無傷で勝利したことを意味し、尚且つ2戦目というハンデなどものともせずに、装甲天使を処刑する自信があることを示していた。
 
“わかる・・・この男の強さが・・・いや、強さというよりこれは”

 殺意。
 噴き出す闇の臭気。夜の海面が茶褐色の凶獣の周囲でざわめいている。佇む肉厚の身体から漂ってくるのは、肌が逆剥くような悪意であった。
 
「ナナを・・・あんたが倒したというの?」

 返ってくる答えを覚悟しつつ、クールな女神が静かに訊ねる。
 状況の見えない今、アリスにとって情報を集めるのは重要な作業であった。辛い現実に目を背ける甘えなど、サイボーグ少女はとうの昔に捨て去っている。
 
「まるで相手にならなかったぜェェ~~ッッ!! 小娘一匹オレひとりで十分だが・・・ゲドゥーとこのギャンジョーが手を組んだんだ。一瞬の仕事だったぜッ、グハハハハ!」

 ゲドゥー? もうひとり、コイツと同格の敵がいるのね。
 いまだ拳を交えてはいないが、それでもアリスには疵面獣がかつてない危険な刺客であることがわかる。桁違いの殺意。暴威を潜ませた頑強な肉体。死の香り漂う両腕の凶槍。瀕死の憂き目に遭わされた強敵はいくらもいたが、このギャンジョーという敵はステージが違う。生来の気質ともいうべき魂の在り方が、一般人とは隔絶された次元にあるのだ。敢えて言えば、一番近いのは「闇豹」マヴェル。あの狂気と破壊欲を、漆黒の蝋で何重にも凝り固めたのが、この疵面獣が放つ負のオーラ。
 
 こんな怪物が、まだ他にもいると言うの?
 修学旅行を機に企てられたであろう、ファントムガール抹殺計画。この策略が、予想通り魔人メフェレスの手で描かれたとすれば・・・なんという恐ろしい、そして思いきった手段にでてきたことか。
 こんな本物の悪魔のようなバケモノを二匹も生み出すなんて、メフェレスは世界の終焉を望むつもりなのか。
 いや・・・夕子にはわかる。屈辱に狂った復讐戦で、心優しき戦士サクラに返り討ちにあった青銅の魔人。その場面を知るだけに、久慈仁紀の暴走が目指す先を悟る。世界制覇などと、うそぶいたメフェレスはもういない。世界にも人類にも、元々利己主義に染まったボンボンに興味はない。目指すものは、守護天使の抹殺。己のプライドを傷つけたファントムガール全員を、ただ地獄に堕とすことこそがすべて。なりふり構わぬ復讐鬼は、世界ごと破滅させかねぬ凶魔を創り出しさえして、聖少女殲滅に動き出したのだ。
 
 ナナは・・・第一の標的とされた少女は、まだ生きているのだろうか?
 5人の守護少女に向けられた、鋭い死神の鎌。背後にへばりつく髑髏の笑い声が、冷静を装うアリスの内面を嵐のように掻き乱す。七菜江。あなた、死んでなんかいないわよね。この身体の私より、バカみたいに頑丈なあなた。あんたが死んだなんて言われたって、絶対信じたりしないんだから――
 
「捕らえたナナを、どうするつもりなの?」

 アリスの質問は、遠回しに青き天使の生死を確認するためのものだった。
 
「はッ、バカかァ~~ッ、てめえはァッ?! これから死ぬ小娘相手に、んなこと教える必要ねえだろうがアッ、ああッ?! 安心しなァ、あの極上ムチムチボディはたっぷり使い込んでやるぜ。膣が擦り切れるまでなァ。ギャハハハハ!」

 生え揃った牙を剥き出しにして、下卑た声で凶獣が笑う。
 ナナは、七菜江はまだ、生きているのね。
 極限に達した緊張の最中、かすかな安堵がやわらかにアリスの胸に広がる。
 ファントムガール・ナナが敗れたのが確かならば、その先に待つのは死か、敵の手に堕ちたか。情報のないアリスは、カマをかけることでギャンジョー自身の口から真実を引き出したのだ。
 藤木七菜江は生きている。敗れて、敵に捕らわれている。過酷な状況に変わりは無いが、ともあれ生きてさえいれば救出のチャンスはある。いや、救出してみせる。
 
「ひとつ断っておくがよォ」

 縦横に走るケロイド状の疵跡を引き攣らせ、スカーフェイスは陰惨極まりない表情で破顔した。
 
「ファントムガール・アリスよ、てめえを生かしておいてやることはできねえぜ。釣りのエサは一匹いれば十分だァ・・・刺して、貫いて、女子高生の肉をたっぷり愉しんだら、五体刻んだサイボーグの身体を東京湾にバラ撒いてやるぜェェェ~~」

「・・・下衆」

 黄金の鎧に包まれた女神が、拳をあげて戦闘態勢を取る。
 敵の強さを感じつつ闘うのは、もしかしたらバカのすることかもしれない。
 だが、助けるべき友がいて、逃げることは惨めだ。
 殺人に快感を求める邪悪を前に、見過ごすことは弱さだ。
 天才と呼ばれる霧澤夕子が、バカと言われるのは構わない。しかし、正義のヒロインと謳われるファントムガール・アリスが、惨めで弱い存在になるわけにはいかない。
 力が漲るのをアリスは自覚する。ヒドラとの闘いで負った傷とダメージ・・・感じない。イケる。闘える。疵面の凶獣と真っ向からぶつかり、きっと勝ってみせる。
 
 ドンンンンンッッッ!!!
 
 海底の地面を蹴り一直線に突っかけていったのは、ひと回りは大きなギャンジョーの肉体であった。
 
“はッ・・・速いッ!!”

 鈍重そうな見た目からは想像できぬ超速度で、頭から突っ込む凶獣が一気にアリスの懐に迫る。
 ギャンジョーの頭頂には鋭利な一本角。ナイフの一撃が、虚を突かれた装甲天使の腹部へ――
 
 ザクンッッ
 
「くああッッ?!!」

 空中に飛び避けようとしたアリスの太腿の肉を、研ぎ澄まされた角はパクリと裂いていた。
 聖少女の鮮血が霧となって舞う。避けそこなった銀色の肢体が、バランスを失って上空を飛ぶ。凶獣の弾丸タックルに、天高く弾き飛ばされた格好のアリス。無防備な鎧の女神が、地球に引かれて落下を始める。
 凶刃を待ち構える、ギャンジョーの元へと。
 
「追い詰められたネズミは猫を噛むっていうがよォ」

 必死で身を捩る銀とオレンジの肢体は、無情にも手ぐすね引く疵面獣から逃れることはできなかった。
 
「どんなに必死になろうがウサギがライオンに勝つ可能性は、ゼロだァァッッ!!」

 杭を思わせる白く尖った右腕の槍が、頭上に迫る銀色の肢体に突き上げられる。
 乙女の柔肉を抉る重々しい刺突音が、漆黒の東京湾に響き渡った。
 
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