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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
37章
しおりを挟むよけるまでも、ないと言うの?!
数々の巨大生物を葬ってきたファントム・リボンが、リングが、まるで通用しないなんて。真正面から圧倒的な力で粉砕されるなんて。
菱形の頭部が眼前に出現する。マズい。射程距離に完全に捉えられたことは、サトミ自身がよく悟っていた。全身の血が逆流し、肺腑の全てがすくみあがる。
唸りをあげて右拳が顔面へ。ゲドゥーのフック。“最凶の右手”が放つその一撃は、ギャンジョーの凶腕の武器と比較しても、なんら破壊力で劣ることはない―――
轟音。地響き。深紅の飛沫がパッと花咲く。
吹き飛んでいた。銀と紫の守護天使が。凄まじい勢いで地面を転がり、北の丸公園のほぼ中央で回転を利して立ち上がる。
攻撃を受けて尚、すかさず戦闘態勢を整えるその体捌きは見事。だが。
半開きとなったサトミの口から、喘ぐような吐息とともにボトボトと血の滴りがこぼれでていた。
「あぐァッ・・・ゴフッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」
「ヒットの瞬間にフォース・シールドを張ったか。だが自慢の光の盾とやらも、オレの右腕の前にはただ衝撃を弱める程度の効力しかない」
右腕にまとわりついた光の残骸を振り落としながら、ゲドゥーが語る。ギャンジョーの槍に対して、ゲドゥーの拳は遥かに接地面積が広い。故に咄嗟に造った光の防御壁も、ギャンジョーに対して造ったものより大きめの分、厚さを犠牲にしなければならなかった。
その結果、シールドはベニヤ板のように貫かれ、凶魔の拳は美少女の尖った顎に吸い込まれた。
「どうやら、現実が呑み込めてきたようだな」
傲然と言い放つゲドゥーの声に、サトミはただ、荒い呼吸で応えた。
「お前の攻撃も防御もオレたちには通用しない。全て、だ。巨大化変身と同時に急襲するのはいい方法だったが、今のお前のその腕では、オレにダメージを与えることなど叶わん」
七菜江との激闘で満足に上がらなくなった両腕。底を尽きかけた体力。
冷静に考えれば、強大すぎる二匹の凶魔を相手に真正面から闘うのは愚の骨頂だった。だがサトミは、その無謀な選択をしてしまった。感情に衝き動かされて。
情を押し殺すべきくノ一として、失格の烙印を押されてしかるべき、愚行。
だが麗しき戦女神は、あまりにも大切なものを一度に失ったのだ。己の原点すら見失うほどに。胸の内にポッカリと空いた巨大な空洞は、かつて完璧と呼ばれていた令嬢戦士を脆き少女へと変えさせていた。
“バトンもリボンもリングも・・・私の攻撃は、全て破られた・・・・・・フォース・シールドも、通用しない・・・もう私には・・・打つ手がない・・・・・・”
サトミ最大の必殺技であるディサピアード・シャワーは発動まで4秒の時間を必要とする。むろん二匹の凶魔が見逃してくれる猶予ではない。
体力も、正邪のエネルギーも敵が上。それも圧倒的な差で。
1秒でも長く、人類史上最悪の侵略者二匹の足止めを使命として帯びたくノ一戦士は、もはや冷たい現実が己の勝利を許してくれないことを悟った。
「・・・それでもッッ・・・私は、逃げるわけにはいかないッッ!!」
銀色の肢体が激しく輝く。ろうそくの炎が、潰える間際に明るく燃え盛るように。
琴が奏でるような、凛とつんざく絶叫。光の女神が疾駆する。右手に残ったクラブを握って。並んで佇む二匹の暴魔に、真正面から突っ込んでいく。
「無様だな。ファントムガール・サトミ」
漆黒の光線が突き出したゲドゥーの両腕から迸る。天高く跳んだ美麗天使が、闇空に銀色の姿を眩かせる。
「“弩轟ォォォッッ―――ッッッ!!!”」
パカリと開いたギャンジョーの口腔から撃ち込まれる、暗黒の波動砲。空中に浮いたサトミに、回避の手段は有り得なかった。
回転する聖なるリボンが、スレンダーな美体を包み込む。瞬時の判断で繰り出された、サトミ最高の防御システム。だが。
残酷な凶獣が放つ、漆黒の弩流が直撃した瞬間、光のリボンは朧ろな粒子と化して四散した。
「うあああああああッッッ―――ッッッ!!!」
黒い煙をあげた天使が落下する。四肢をバラバラに投げ出して。右手に握ったファントム・クラブも、表皮を覆った光の粒子も、全てが霧散し消し飛んでいる。
ギャンジョーの一撃で事実上敗北を迎えた美麗女神が落ちていくのを、ひとつ眼の凶魔が右手を構えて待ち受ける。
「このオレの顔に手を出したのだ。その身で償え、サトミ」
グワシャアアッッッ!!!
玲瓏たる銀の美貌を、下から突き上げた“最凶の右手”がカウンターで鷲掴む。ガクンと波打つ抜群のプロポーション。衝撃でサトミの意識が一瞬吹き飛ぶ。
「ファントム破壊光線ッッ!! フェイスクラッシュッッ!!!」
意識を取り戻したサトミを待っていたのは、煉獄の苦痛であった。
光の女神を滅ぼす、最悪の暗黒光線。超絶を冠するゲドゥーの極大の闇エネルギーが、幽玄の美を具現化した美少女の顔面から流し込まれる。
「キャアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!! アアアアアァァゥゥァアアッッッ~~~ッッッ!!!」
ブシュウッッ!! ビシュッッ!! グジュッ、ボトボトボトッッ・・・
ゲドゥーの右手と守護天使の美貌の狭間から、鮮血の飛沫が高く舞い上がる。
暗黒の光がスレンダーな全身を包み、次の瞬間暴発していた。サトミの銀の皮膚を内側から弾き飛ばして。さながら黒い蛇が、少女の肉を食い破るがごとく。
グッタリと弛緩した紫の美女神が、顔を鷲掴みにされて吊り下げられる。ぶらぶらと揺れ動く銀のブーツの先から、網の目のように肢体に描かれた鮮血の糸が、ボトボトと垂れ落ちていく。
ヴィッ・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・・・・
胸中央のクリスタルが点滅するのを確認し、ひとつ眼の凶魔は絶叫を途絶えさせた血塗れの天使を、無造作に放り投げた。
公園の中央に、二度バウンドした敗北の女神が、地鳴りを響かせて仰向けに転がる。
横たわって尚崩れない、均整の取れたスタイル。孔雀の羽のごとく広がった、金色混じりの茶髪のストレート。しなやかな四肢が、脱力を示して投げ出される。
日本武道館の傍ら、人類の最後の希望として闇の脅威に立ち向かった守護天使が晒す、残酷な敗者の姿。
瞳から、鼻から、口から、耳から・・・泡を立てて噴き出た血潮が、究極とも言える美少女の麗しき容貌を鮮やかな紅で染め抜いていた。
「・・・ぇああッッ・・・ひくふッッ・・・ふぶッ・・・アアァッ・・・アアッ・・・・・・」
ビクビクッッ!! ビクンッッ!! ヒクッッ、ビグビグビグッッ!!
横臥するファントムガール・サトミの理想的な美女体が、惨敗を象徴するように激しく痙攣する。打ち上げられた魚のように。
ゴボゴボと鮮血混じりの白泡が、桜の花弁を思わす唇から溢れ続ける。血に濡れた端整な美貌にハッキリと刻まれた悶絶の表情を、一方的な勝利を収めた二匹の暴魔は満足げに見下ろした。
「ヒャハハハハァァッッ~~~ッッ!!! これでオシマイかァッ、守護天使さまの大将よォッ?!! ファントムガールもいよいよ全滅みてえだなァッ、オイッ!!」
「本来なら嬲り者にして愉しむところだが、お前の仲間がオレたちのアジトを襲撃しているのはわかっている。大量の『エデン』を失うのは、オレらにとっても見逃せないのでな」
全身が融解していくような苦痛にただ震えるしかない無惨な美女神を、白い凶魔が強引に立ち上がらせる。羽交い絞めにされた無抵抗のファントムガール・サトミは、万歳の格好で宙に浮き上がるのみであった。
「・・・ァああッ・・・・・・ふぇあッ・・・・・・ゴブッ・・・」
「手っ取り早く処刑してくれよう。誰の脳裏にもこびりついて離れない、残酷な死に様を天下に晒すがいい。やれ、ギャンジョー。こいつの腹を割き、内臓を引きずり出してやれ」
ギュイイイ―――ンンンッッッ!!!
寒々しく響く、甲高い機械音。歪んだ笑いを浮かべた疵面が、焦点の合わぬサトミの眼前に現れる。
唇を吊り上げたギャンジョーが令嬢戦士に見せつけたものは、ドリルと回転ノコギリに変形した己の両腕だった。
「ッッ!!!・・・・・・アアッッ・・・アアぁッッ?!」
「ギャハハハハハ!! アリスに続いてもう一匹解体できるとはなァッ!! 今度は全身生身だからよォッ、どんな臓物拝めるのか、愉しみだぜェェッ!! ヒャッハッハッハッハァッ~~ッッ!!!」
「アアァッッ・・・うああッッ・・・や、やめッ・・・・・・やめ、て・・・・・・」
己の唇から懇願の台詞がでるのを、サトミはどこか遠くで聞いた。
わかる。本気なのが。ゲドゥーとギャンジョー、この二匹は本気でサトミの肉体を切り裂き、生きたまま臓腑を掻き出すつもりでいる。ファントムガール・サトミを猟奇的に殺害して、残酷に晒すつもりでいる。
覚悟はしていた。戦士として生きる決意をしたときから。
でも、こんな。こんな酷い死に方をするなんて。
「い、嫌ァッ・・・やめェッ・・・やめてェェッッ―――ッッ!!!」
「ヒャッハッハッハァッ――ッッ!!! オラッッ、死ねやァッッ、ファントムガール・サトミィッッ!!!」
ドリルの切っ先が鳩尾に突きつけられ、ノコギリの刃が鍛えられた腹筋に食い込む。
バッと真紅の飛沫が噴き上がった瞬間、脳髄に切り込むような鋭痛が美麗な女神を襲った。
「イヤアアアアアアアアッッッ―――ッッッ!!!! あぎゃああああッッ~~~ッッッ!!!」
「“破邪嚆矢ッッッ!!!”」
突如飛来した閃光の矢に、疵面獣の巨躯が反射的に跳ね飛んだ。
3本、4本・・・唸り飛ぶ、追撃の聖矢。美天使の拘束を解いたゲドゥーが、危険を察して一気に後方に下がって距離を取る。
グラリ・・・
膝から崩れていく、銀と紫の麗天使。
支えを失い大地に沈もうとするサトミの肢体は、黄色い風となって現れた、新たな守護戦士によって抱きとめられていた。
「・・・・・・ユ・・・・・・リ・・・・・・」
「サトミさん・・・あとは私が・・・やります」
長く伸びたスレンダーなモデル体型に、不似合いなまでの愛らしいロリータフェイス。
黄色の紋様とふたつに縛った緑のヘアスタイルが可憐な武道少女は、滲み出る怒りを隠しもしないで言い放った。
「この外道たちは・・・皆さんの仇は・・・私が、とります!」
「てめえェェッッ~~~ッッ・・・何度も邪魔しやがってッ、クソガキがァッッ!! アリスの次はてめえだァッ、ファントムガール・ユリアァァッッ~~ッッ!!!」
疵面獣の怒号を、丸い瞳が毅然として受け流す。
一日も経っていない。時間にしてわずか数時間前。激突した疵面獣と童顔の守護天使は、互いに大切なものを奪われていた。
一方は殺しのターゲットは逃さぬという自尊心を。
そして一方は、かけがえのない親愛なる戦友を。
「あなたたちは・・・斃します。・・・私が。・・・この手で」
殺意を全開にする凶魔と凶獣の前に、戦線に名乗りをあげた黄色の武道天使ファントムガール・ユリアは、臆することなく構えを取った。
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