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「第十三話 東京鎮魂歌 ~赤銅の闘鬼~」
18章
しおりを挟む「バキュロスッッ!!!」
想定外の指令が響いたのは、その時であった。
『闇豹』マヴェル。距離を置いた場所から傍観を決め込んでいたかのような狂女が、黄金のルージュを吊り上げている。
傍らにうずくまる、カバのごとき四つ足の巨体。顔があるべき場所に、真っ黒な吸引孔を開けた怪物・バキュロス。
万一に備え、待機していたのか。先程、空間全体を引き込むような強烈なバキュームによって、肉体を吸い込まれかけた記憶がナナに蘇る。ムダだよ。もう、あたしには、効かない。“BD7”を発動してしまえば、吸引の力など簡単に振り切れる。『闇豹』は絶大な自信を持ってるようだけど、そのカバの怪物はあたしを引き止めることはできない――。
瞬間よぎる不安を、頭から追い出すナナ。
その瞳の隅に映る四つ足の怪物が、青い天使の右拳が落とされるより早く、動いた。
ブフォオホホォォッ!!!
吐いた。
吸ったのではなく、吐いた。
巨大な漆黒の口から飛び出す“物体”を、反射的にナナの瞳が見る。
「サッッ・・・サクラァァッッ!!!」
バキュロスの口から吐き出された“物体”の正体は、唾液と胃液に濡れ光った、ファントムガール・サクラの亡骸だった。
切り札。それが『闇豹』マヴェルの、本当の切り札。
粘液の糸を引いて、銀とピンクに彩られた少女の死体が宙を舞う。ドシャリッと重力に引かれてバウンドするや、息絶えた肉体がザザーッと芝公園の大地を滑っていく。
マヴェルの狙いや、戦況の現状など、全てはナナの頭から消えていた。
絶命したサクラの肉体だけは守らねば、復活ができなくなる・・・そんな考えすら、脳裏にはなかった。
いま、一番大事だと思うことに、愚直なまでに突き進む。
それがファントムガール・ナナという少女だった。
時にサトミが羨ましく思うほどの・・・少女の。
「サクラッッ・・・!!! モモォッッ、桃子ッッ!!」
守護天使としての名だけでなく、親友としての名前をも叫びながら。
駆け出していた。右拳に凝縮した光をも忘れて。薄れていく青き光を気にすることなく、ファントムガール・ナナは、大地に転がる桃色天使の亡骸に抱きついた。
大切な仲間の。大好きな親友の身体を、抱き締めたかった。死して晒されたサクラの遺体を、この腕で抱き締めてあげたかった。
それだけだった。大好きな桜宮桃子の亡骸だから、冷たくなったその身体を、温もりで包みたかった。感情が、本能が、命ずるままに従っただけだった。
だがそれは、決戦の地に立つ戦士としては、あまりに手痛い行動となった。
「逃したなッ・・・逆襲の、最後のチャンスを」
死神が、地獄の底より囁きかけるような声だった。
空白の時間は過ぎていた。再び時の流れを取り戻す、ゲドゥーとギャンジョー。
ナナが与えた隙は、凶魔と凶獣が態勢を整えるには、十分すぎるものだった。ゲドゥーが“最凶の右手”を差し伸ばし、ギャンジョーが口腔を開いて、構えを取る。
「うゥッッ?!!」
「ファントム破壊光線ッッッ!!!」
全身の血流が凍り付いていくのを感じながら、振り返った青い守護天使の瞳に、目前にまで迫った二条の漆黒の光線が映った。
もはや回避も防御も不可能な闇エネルギーの弩流を、ファントムガール・ナナは朋友の身体を守るかのように胸と腹部とで受け止めた。
「うわああああぁぁァァ゛ア゛ア゛ッッ――――ッッ!!!!」
ドゴオオォォッッッ・・・ォォオオンンンッッ!!!
直撃した瞬間、グラマラスな少女戦士の肢体は、黒い爆発の炎に包まれたかのようだった。
凶魔と凶獣の抹殺光線を浴び、ナナの果実のごときふたつの乳房と、引き締まった腹筋とは、焼きゴテを押し付けられたように赤黒く炭化していた。爛れた皮膚からぶしゅぶしゅと鮮血が噴き出す。銀と青色の全身から、黒い煙がシュウシュウと立ち昇る。
胸中央のエナジー・クリスタルが、弱々しく点滅する。巨大すぎる暗黒エネルギーの奔流は、聖なる少女に宿る光のほとんどを、消し飛ばしてしまっていた。
消え入りそうな点滅音が、青い天使の命が、残りわずかであることを知らせている。
「・・・ッア゛ッ・・・あア゛ア゛ッ・・・がふッ・・・!!」
「ヒャハァッ・・・ギャッハッハッハアッ――ッ!!! 殺すッ!! 殺すコロスころすッッ!! ナナァッ、てめえはここで死ねやァッ!!」
ごぶっ・・・
何かを言おうとして開いたナナの口からは、台詞の代わりに大量の血塊がこぼれおちた。
瞳の青色が消えていく。糸が切れた人形のように、崩れていくショートカットの聖天使。
「・・・・・・こ・・・ん・・・なッ・・・・・・」
どしゃああぁっっ・・・
両膝から崩れたナナの肢体が、大地に座り込んだまま、動かなくなる。
50体ものミュータントと闘い続けた少女戦士に、女神抹殺の暗黒光線を二発も耐える力は、残されていなかった。
体力は枯渇し、気力を振り絞ろうにも、混濁した意識は繋ぎとめるのが精一杯だった。
ゆっくりと、右手があがる。もはや光の消え失せた、右拳。最後まで抵抗を示すように、ヒクヒクと痙攣しながら握られていく。
事実上、戦闘不能となったファントムガール・ナナに、凶魔と凶獣の追撃の破壊光線が、さらに胸の水晶体に浴びせられた。
ババババッッ!!! ババババッッ――ッッ!!!
「ああああアアァァあ゛あ゛あ゛ァッ―――ッッ!!!! ウアア゛ア゛ッッ~~~ッッ!!!」
ぶしゃああッッ!! グボオァッッ!! ぶしゅうッッ!!
絶叫し、跳ね動く守護天使の頭部。叫ぶ口から吐血の飛沫が、ナナが仰け反るたびに幾度も噴き出す。
両手で空間を掻き毟り、悶絶のダンスを踊る青き超少女。
命を削られる地獄の苦痛に、ナナの咽喉は裂け、胃腑は破れて鮮血を逆流させた。パタリと右腕が、力をなくして落ちる。蹂躙の光線が止んだとき、もはや胸のクリスタルはかすかな光を灯すのみだった。
“・・・・・・死・・・・・・ぬ・・・・・・”
膝を折り曲げ、座り込んだナナの唇から、紅の糸がボトボトと溢れ落ちていく。
暗黒光線に焼かれる苦痛に、守護天使の表情は叫んだまま、硬直していた。銀と青の肢体はあちこちが黒く煤け、煙を昇らせ続けている。暴魔たちの目論見どおりに、ファントムガール・ナナの肉体は破壊されてしまっていた。
消え入りそうな意識のなかで、ナナにできることは、ただ死を待つことのみだった。
「トドメだ」
大地を蹴る音が、ふたつ続く。
右手を手刀の形にしたゲドゥーと、象牙のごとき槍腕を光らせたギャンジョー。
瀕死のナナを貫くべく、凶器を構えたふたりの暗殺鬼が、座り込む聖少女に殺到する。
ドシュウウウッッッ!!! ブスウウウッッッ!!!
「ッッッ・・・なッッ!!!」
ナナの瞳が大きく見開かれる。そこに映った光景が、信じられぬかのように。
「アッ・・・アアッ・・・さ、サトミさんッッッ!!!」
絶叫する、青き守護天使。その眼の前で。
ゲドゥーの右手とギャンジョーの槍腕に貫かれたファントムガール・サトミが、後輩の少女を庇うかのように両腕を広げて立っていた。
腹部を突き刺し、背中から抜け出た右手と槍の切っ先から、鮮血が噴き出す。
飛び散る血潮が、見上げるナナの猫顔を紅に染め上げていった。
「・・・まさか、まだ・・・動けたとはな」
重く、低いゲドゥーの呟きが、秋の風に流されていく。
濃紺のひとつ眼に映るのは、両手を広げて立ち塞がった銀と紫の女神と、その背後で座り込んだ青いショートカットの少女。
数秒が、永遠に感じられた。ゲドゥーのみでなく、傍らのギャンジョーも口を開かなかった。
右腕から伝わる感触は、本物だった。紛れもなく、ファントムガールのリーダー・・・サトミの腹部を“最凶の右手”とギャンジョーの槍腕は貫通していた。
手応え以上に、ナナの表情が語っている。
サトミにとって、致命的な一撃になったはずだ、と。
「・・・・・・ナナ・・・ちゃん・・・・・・」
青き守護天使に背中を向けたまま、サトミは穏やかな声で言った。
とても腹部を貫かれているとは思えない、不自然なまでに静かな声。
ポトポトと赤い雫の垂れるなかで、その調べは美しく、また厳かだった。少なくとも、ファントムガール・ナナにはそう聞こえた。
「また・・・あなたと、こうして一緒になれて・・・・・・よかった」
涙は出ないはずなのに、ナナにはサトミがぼやけて見えた。
憧れ、追い続けた先輩の背中は、いつもと変わらず頼もしかった。鮮血すらもが、凛々しさを引き立てていた。
「あた・・・あたしもッ・・・!!・・・よかった・・・戻ってこられて・・・よかったですッ!!」
叫ぶナナの声は、震えていた。
しっかりしろ――。もうひとりの自分が、頭のなかで励ましている。『エデン』を寄生させた人間のタフさはナナ自身が一番よくわかっているはずだった。サトミが貫かれるシーンだって、これまでにも何度も見てきた。お腹を刺されたくらいで、サトミさんは死なない。そんなことはわかっている。わかっているはずなのに・・・。
違うんだ。
違うの、今回は、違う。
はっきりとした証拠はなくても、いつもと違うことはわかる。敵の攻撃がどうこう、という問題じゃない。ただ、サトミさんが死を覚悟しているのだけはよくわかる。
サトミさんはもう・・・きっと、助からない。
「ヤだ」
ナナの猫顔が、くしゃくしゃに崩れた。
泣いている表情だと、誰もがわかる顔だった。その声を、サトミは背中で受け続ける。
「ヤだ、死んじゃヤだ」
「・・・ごめんね」
「サトミさんッッッ!!! 死んじゃヤだッッ!! あたしッ、サトミさんにだけは生きて欲しいのッ!! サトミさんにだけは死んで欲しくないのッ!!」
「ダメよ、ナナちゃん。そんなこと、言っちゃあ」
背中越しの声は、いつもよく聞く声と変わらなかった。
「これが私の・・・使命・・・ううん、選んだ道なの」
「誰かの犠牲のためにサトミさんが死ぬなんてッッ・・・ヤだよッッ!! ワガママって言われたって、あたしはサトミさんを死なせたくないッッ!!」
「犠牲じゃないわ、ナナちゃん」
すっ・・・と左右に広げていた両腕が、前方に伸ばされる。
「少なくとも・・・あなたのために死ねるのが、私は嬉しいの」
わずかにサトミが微笑んだように、ナナは思った。
「あなたに逢えて、よかった。あなたが生まれてきてくれて、よかった」
「ヤだ・・・ヤだ、ヤだ、ヤだ!!」
「これからも・・・吼介を、愛してあげてね」
ブウウゥゥ・・・ンンン
前に突き出したサトミの両腕が、白い光を放ち始める。
「秘薬の・・・効果か。まだ隠し持っていたとは」
伊賀の忍び里に伝わる、強壮回復薬・万能丸が、この闘いの初めに使われたのをゲドゥーはよく覚えていた。
恐らくは、残る全ての万能丸を使い果たして、サトミは強引に瀕死の身体を動かしたのだろう。
だが、すでに蹂躙と陵辱の限りを尽くして破壊したサトミの身体が多少復活しようとも、もはや暴魔どもの脅威には成り得なかった。美麗女神の最期の足掻きを、邪魔することもなくゲドゥーとギャンジョーは冷たい眼光で見詰める。
サトミの両手が三角形・・・必殺光線ディサピアード・シャワーの態勢を形作ろうとも、慌てる素振りすら見せなかった。
「ハンッ! 往生際の悪いヤツだぜェッ!!」
「無駄だ、サトミ。光のエネルギーを放出し続けるその技は・・・今のお前には使えまい」
ファントムガールの戦闘データを熟知する暗殺鬼たちは、憐みすら含んだ口調で吐き捨てた。
聖なる光の粒子を浴びせ続けるディサピアード・シャワーは、準備期間の4秒が必要なだけでなく、技の性質上、大量の光エネルギーが不可欠だった。
一瞬のみ、放出すればいいのではない。聖なるエネルギーを生み続けねばならないのだ。
秘薬で一時的に回復した程度では・・・とても足りるまい。濃密な闇のガードで守られた最凶の悪魔どもには、まず通じまい。
親指と人差し指とで形成された三角形に白光が集束されていくのを、ゲドゥーもギャンジョーも余裕に満ちた表情で眺めていた。もはやサトミにできるのは、無様な悪足掻きのみ・・・その確信が、二体の暴魔の動きを止めた。
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