ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十三話 東京鎮魂歌 ~赤銅の闘鬼~」

19章

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「・・・待っていたのよ。この時を」

 “1”
 
 両腕を突き出したサトミの、静かな声。
 ゾクリと悪寒が背筋を駆け登るのを、凶魔も凶獣も自覚した。常に死の隣りで飼い慣らされた本能が、叫んでいる。危うい、と。ハッと眼を醒ましたかのように、目前の美少女を見る。
 月のごとき幽玄の美貌には、凄味とも呼ぶべき翳が挿していた。
 
「貴様」

「私は・・・あなたたちには、勝てなかった。ならば、できることはひとつしかない」

 “2”
 
 両手が作った三角形のなかに、集められた光が眩さを増していく。強い輝きを放ち始める。
 
 必殺光線を放てるまでの、4秒という時間。確保するには、様々な要素が必要だった。
 ひとつには、ファントムガール・サトミがもう闘えないと、油断させねばならなかった。
 ひとつには、標的の動きを封じ込まねばならなかった。
 
「全てを。この一瞬に賭けていたのか」
 
 “3”
 
 サトミの狙いに気付いた暴魔どもが、慌てて右手と槍腕を引き抜こうとしたとき、すでにカウントダウンは残り1秒を切っていた。
 女神を背中まで貫いた凶撃は、容易には抜けなかった。サトミの腹筋が右手と槍腕とを締め付ける。
 
 避けられない。
 胸元に突きつけられた光の砲口を見詰めながら、ゲドゥーとギャンジョーは悟っていた。もう、逃げることは不可能だ。
 だが、サトミにもはや、我らの闇のガードを崩すだけのエネルギーがあるはずは・・・
 
「・・・あなたたちを、道連れにできる・・・この一瞬を待っていたの」

 ―――あとは、お願いね。ナナちゃん―――
 
 “4=死”
 
 ファントムガール・サトミの突き出した両手の先で、白光が迸る。充満した聖なる光が、トライアングルの形で強く輝く。
 
 サトミの口腔のなかで、蠢いた舌先は、左の奥歯に仕込まれたカプセルに触れた。
 死と引き換えに、最期の力を引き出す、猛毒。
 
“使うのは、今しかない”

 使えば死ぬ。二度と、生き返れない。
 この命を差し出すには、ここしかなかった。残る生命の全てを吐き出し、破邪の光線を放出する。ゲドゥーとギャンジョー、二体の悪魔を道連れに逝く。
 
 奥歯の間に猛毒のカプセルを転がす。挟む。
 
「サトミさんッッッ!!!」

 青い天使の絶叫が響く。
 
 ゆるやかに、春の陽だまりのごとき優しい微笑みを、サトミは浮かべた。
 
 その瞬間、ゲドゥーの本能は、己の死を悟った。
 
「ディサピアード・・・シャワー!!!」

 サトミの指のなかで作った光の三角形が、膨張した。
 必殺技の発射と同時に、奥歯が動く。カプセルを噛み潰さんと―――。
 
 ドシュウウウウッッッ!!!!
 
 世界が、深紅に染まった。
 
「ッッッ・・・・・・ゴブッッ!!!」

「残念だったな、サトミ」

 その場にいる、全ての者が、何が起こったのか理解できなかった。
 ただひとり。突如サトミの背後に立った、メフェレスという例外を除いて。
 
「口のなかに仕込んだ秘薬か・・・何度も使いすぎたな」

「・・・かふッ!!・・・あ゛ッ・・・ア゛ア゛ッ・・・!!」

「オレも・・・待っていたのだよ。貴様の手札が、すべて尽きるのを、な」

 鮮血の塊を吐き出すサトミの口腔には、魔人の左手が突っ込まれていた。
 見開いた守護天使の切れ長の瞳が、己の左胸から抜き出た、青銅の剣先を見詰める。
 メフェレスの右手が握った魔剣は、背中からファントムガール・サトミを貫いていた。
 
「・・・サ・・・トミ・・・・・・さん・・・?!・・・」

 己の呆けた呟きを、ファントムガール・ナナは遥か意識の彼方で聞いた。
 座り込んだまま、青い守護天使は動けなかった。眼の前の惨劇が、悪夢だとしか思えなかった。
 霞む視界に、三日月に笑う、黄金のマスクが映り込んだ。
 
「フハハハハッ!!! ハァーッハッハッ!!!」

 哄笑するメフェレスが、ギュルリと捻りながら、青銅の魔剣を引き抜く。
 背中と左胸から、鮮血が噴き出す。ビクンッッ!と跳ねたサトミの肢体が、奇妙にくねりながら仰け反る。
 サトミの両手に集束していた白光が、バラバラと霧散して空中に消えていく。
 弛緩した女神の肉体からは、凶魔の右手と凶獣の槍腕とは容易く抜けた。真っ赤に染まったサトミの胸を、ギャンジョーの太い脚が蹴る。血塗れた女神が、よろよろと力なく後退していく。
 
「やめッッ・・・やめてエエエェェッッ―――ッッ!!!」

 まるで、世界を守ろうとするかのように。
 東京タワーの前にまで吹き飛んだサトミは、再び両手を広げた。その瞳には、ほとんど光は灯っていなかった。胸のクリスタルが、かすかな音色を立てている。
 
 絶叫するナナの視界に映るサトミの顔は、美しかった。
 凛々しかった。最期までサトミの表情は、闘うもののそれだった。
 
 正面に回った黄金マスクの魔人が、ヒクヒクと痙攣する女神に、剣先を向ける。
 追随するように、ゲドゥーが右手を伸ばす。ギャンジョーが口を開ける。三体の悪魔が、破滅の光線の照準を、瀕死の美麗天使に合わせる。
 あらゆる反撃の手段を失ったファントムガール・サトミに、もはや死を避ける方法はなかった。
 
「ファントムッ破壊光線ッッ!!!」

 三条の漆黒の光線が、一直線にサトミの胸中央へと放たれた。
 光を滅ぼす闇の光線が、立ちすくむ美女神のエナジー・クリスタルを直撃した。
 
「はァう゛ッッ!!!」

 四肢を広げたサトミの肢体が、大きく仰け反った。
 口から噴き出した鮮血が、天空を染める。
 
 ヴィッ―――ッッ・・・・・・・・・
 
 鳴り続けていたクリスタルの警告音が、バリバリと浴びせられる破壊光線の音色に掻き消されていく。
 
「フハハハハハッッ!!! くらえッッ、サトミッッ!!!」

 ババババババババッッッ!!!!
 
 メフェレスの絶叫とともに、胸の水晶体を焼き続ける闇光線が、その照射を激しくさせる。漆黒が美麗天使の胸中央から広がっていく。
 
「うああああああァァァッッ――――ッッッ!!!!」

 かつてない苦痛に、サトミは絶叫した。
 広げていた両手は、己の肢体を抱き締めていた。悶絶する身体を抑えるように。ガクガクと銀色の脚が震え、くの字に、あるいは海老反りにと、スレンダーな肢体を前後に折り曲げながら叫び続ける。
 
 命の象徴を闇に穿たれるのは、魂を釘で打ち抜かれるような激痛だった。
 凄まじい痛みと苦しみのなかで命を削られながら、サトミは悶え踊り、喚き叫ぶことしかできなかった。水晶体のなかで、光が滅んでいく。バラバラになりそうな苦痛の洪水に、サトミの意識の全ては囚われた。容赦なく浴びせられる暗黒光線は、止むことがなかった。三体の悪魔に蹂躙されながら、集中砲火を浴びるエナジー・クリスタルから光が途絶えていく・・・
 
 しなやかな両腕が、だらりと垂れ落ちた。
 カクン、と幽玄の美貌が垂れる。金色の混ざった茶色の髪が、風に揺られて頬に、額にかかる。
 突っ立ったまま、ファントムガール・サトミは、悪魔の光線を浴び続けた。
 その切れ長の瞳からは、青い光は完全に消えていた。
 
「ようやく・・・決着の時がきたな」

 メフェレスの合図で、破壊光線の照射は一斉に止んだ。
 真っ黒な煙を、胸中央のクリスタルから立ち昇らせるファントムガール・サトミは、もはやピクリとも動くことはなかった。
 ただ、両腕を垂らし、美貌を垂らし、東京タワーの前に立っていた。血と泥と火傷に覆われた銀色の皮膚は、その輝きを失っている。
 エナジー・クリスタルの警告音は、もう鳴ってはいなかった。
 メフェレスの言葉とは異なり、すでに決着はついていた。
 
「トドメだ、ファントムガール・サトミ」

 三体の悪魔は、再び暗黒の光線を、佇む守護天使へと発射した。
 孤独に闘い続け、蹂躙され続けたサトミに、処刑の一撃を耐える力など残されているわけもなかった。
 
 バシュンッッッ!!!
 
 漆黒の照射が撃ち込まれた瞬間、エナジー・クリスタルのなかで、なにかが弾け飛んだ。
 
「あッッッ!!!!」

 ビクンッッッ!!!
 
 大きく背を反らせた美女神の口から、わずかに洩れた断末魔の叫び。
 それがファントムガール・サトミの、最期の言葉となった。
 
 胸のクリスタルも、下腹部のクリスタルも、瞳も。
 全てから光を失った美しき銀と紫の天使は、天を見上げた姿勢で硬直していた。
 その胸から、腹部から・・・貫かれた孔から鮮血がドクドクと流れ、股間からは膣壷に放出された白濁の残滓がこぼれ出ていく。
 ツツ・・・と銀色の内股を、失禁の滴りが伝い落ちる。
 
 柳眉を苦悶に歪めたまま、美女神の表情は固まっていた。
 ファントムガール・サトミは絶命していた。
 紫の模様が浮かんだ麗しき銀色の肢体は、立ち尽くした姿勢でただの肉塊と化した。
 
「・・・ハッ・・・フハッ・・・ウワハハハハッッ!! 勝った!! このメフェレスの勝ちだッ、サトミッ!! ファントムガール・サトミは・・・死んだッッ!! オレが処刑したのだッッ!!」

 狂ったように笑う魔人の声が、首都の秋空に溶けていく。
 勝ち誇るメフェレスの叫びを、地に座り込んだナナは白い脳裏で聞いていた。
 息絶えたサトミは、嘲笑を浴びるのみだった。
 
 ゆっくりと、青銅の魔剣を握ったメフェレスが、サトミの亡骸へと歩いていく。その光景を視界の隅に納めながら、意識を虚無に包まれたナナは、もはや立ち上がることすらできなかった。
 
 ブスッッ・・・
 
 青銅の剣が、サトミの鳩尾に突き刺さる。
 絶命した美麗天使を串刺しにして、メフェレスは高々と頭上に突き上げた。勝利の御旗を掲げるように。
 四肢も頭も、ぐったりと垂らした女神の死体が、血染めの姿を青き空に浮かび上がらせた。
 
「見ろ、下等なる人間どもッ!! これが貴様らの希望、ファントムガールの姿だッ!! 愚かにも我らに歯向かってきたファントムガール・サトミは、ここに抹殺したッッ!! サトミの処刑完了を宣言するッッ!!」

 悪魔どもの哄笑が、串刺しにされたサトミの亡骸を包む。
 開いたままの唇から、一筋の深紅の糸が落ちていく。
 三日月の笑いを浮かべた黄金のマスクが、無惨に散った女神の死体を投げ捨てる。大地に弾んだスレンダーな肉塊が、四肢を大きく投げ出して仰向けに転がる。
 
「あは♪・・・死んだァッ・・・サトミが死んだわァ~~!! ムカつくクソ女がァッ・・・ついに死んじゃったァッ~~!!」

 ケラケラと笑う『闇豹』が、憎悪する少女の死を確認するや、その屍に飛び乗る。横臥する銀色の肉体に跨り、その乳房へ、腹部へ、鋭い青い爪を振り落とす。
 ザクザクと肉を刻む、残酷な音色が芝公園に流れていく。
 マヴェルが爪を振るたびに、組み敷かれたサトミの亡骸が揺れる。長い髪が動く。散華した守護天使への冒涜が続く。
 
「そのくらいにしておけ、『闇豹』」

 ただひとり、笑い声をあげないゲドゥーが豹女の凶行を中断させた。
 ちらりと濃紺のひとつ眼が、佇む紅白の鉄塔に視線を送る。凶魔がマヴェルの嗜虐を止めたのは、死者への憐れみからではなかった。守護天使処刑の儀式を、進行させたいがため――。
 
「・・・いいだろう」

 肯くメフェレスが、横たわる女神の屍へと近づいていく。
 四体の悪魔が、息絶えたサトミの肢体を取り囲む。メフェレスが右腕、ゲドゥーが左腕、ギャンジョーが左脚、マヴェルが右脚・・・それぞれが紫のブーツやグローブを嵌めた四肢を掴み、一斉に女神の亡骸を持ち上げる。
 
「クハハハハッッ!! 見えるかッ?! この肉の塊が、ファントムガール・サトミだぞッ?!! なんというザマだッ!!」

 空中に浮かんだサトミの手足を、四体の悪魔が引っ張る。
 大の字になった屍の両肩が、股関節が、ミシミシと不気味な音色を奏でる。美少女の形をした銀色の肉塊は、今にもブツブツと引き裂かれそうだった。
 
「サトミよ・・・貴様だけは、ただ殺すだけでは済まさん」

 苦悶の表情で硬直した死者の美貌に、なおメフェレスは怨嗟の台詞を投げかけた。
 魔人の眼光が、東京タワーの先端、333mの鉄塔の頂点を見据える。
 次の瞬間、サトミの四肢を捉えた四体の悪魔は、美麗天使の亡骸を仰向けで引き伸ばしたまま、大きく跳躍していた。
 東京タワーの真上へと―――。
 
「ファントムガール・サトミッッ!!! 貴様はッッ・・・人類敗北の象徴となれッッ!!!」

 ブスウウッッッ!!! ・・・・・・ビリビリビリイイィィッッ―――ッッッ!!!!
 
 サトミの背中に鉄塔の先端が突き刺さる。と、見えた瞬間。
 
 ミュータントの全体重が、落下の加速を伴って両腕両脚に掛かる。四体の悪魔が一斉に、大の字のサトミを引き落とす。
 腹部を貫かれた守護女神の亡骸は、肉を裂かれながら、東京タワーの半ばまで引き降ろされた。
 
 ごぶッッ・・・
 
 ドス黒い、大量の血塊がサトミの口から溢れ出る。
 だらりと細い四肢が垂れる。首が仰け反る。長い髪が流れる。
 
 ファントムガール・サトミの屍は、首都の象徴、東京タワーに貫かれた。
 巨大な女神は、人類絶望の象徴となるべく、串刺し処刑に晒された。
 
「我らの勝利だッッ!! ファントムガールは・・・人類の守護天使は・・・ここに滅んだッッ!!!」

 魔人メフェレスの咆哮が、吹きすさぶ烈風のなかで轟いた。
 冷たい秋の風に、垂れ下がった殉死者の四肢は、力無く揺れ動くのみだった。
 
 
 
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