ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十三話 東京鎮魂歌 ~赤銅の闘鬼~」

23章

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 ファントムガール・サトミの処刑から、24時間が過ぎていた。
 
 どこまでも青色が澄み切った好天。絹のような薄雲が、白い尾を長く伸ばしている。秋の空は、胸のなかを吹き抜けていくように爽やかだった。いつもなら街中に溢れているはずの喧騒は途絶え、行き交う人影も見当たらない。首都らしからぬ光景が、一層季節の寂しさを際立たせている。
 
 昨日との違いは、風がやんだことくらいだろうか。
 穏やかな空気のなかで、豹柄を基調とした女のファッションは、やや時期尚早なものだった。厚手の白ニットセーターに、マーブル模様の革パンツ。そこまではともかく、首に巻いた豹柄のショールは、季節をひとつ越えて冬の気配すら感じさせる。
 
 『闇豹』神崎ちゆり。
 
 人類絶望の象徴と化した紅白の鉄塔。その近くに豹柄の女は立っていた。
 毒々しいほどに濃いアイラインの下の、丸い瞳が一点を見詰めている。腕組みをした姿勢のまま、ちゆりはほとんど動いていなかった。
 この芝公園に戻って以来、狂女と呼ばれる魔人メフェレスの片腕は、すでに一時間は同じ場所に立ち続けている。
 
 東京タワーに串刺しにされた守護天使の遺体に、一日経っても特に変化は見られなかった。
 激戦の地に一夜明けて舞い戻ったちゆりは、最初の数分間はファントムガール・サトミの屍をただ黙って見上げていた。
 
 これがあの、忌々しい生徒会長・・・誰からも愛され、何不自由なく暮らしてきたお嬢様、五十嵐里美の最期なのか。
 何度見ても、どれだけ眺めても、眼前の銀と紫の女神は絶命していた。美少女の形を残した肉塊が、冷たくなって東京タワーに貫かれている。
 心のどこかで、この女には一生何も勝てないのではないか? そう思っていた『闇豹』にとって、サトミの死は信じ難いものであり、呆気ないものでもあった。こんな簡単に死ぬものだったのか。だが、もはや疑う余地もなく、人類の盾となって激闘を続けてきた少女は、その憐れな惨死体を全世界に晒している。
 紛れもなく、死んだ。
 五十嵐里美は、死んだのだ。
 
「・・・ざまァないわねェ~、里美ィ~・・・」

 ぼそりと一言呟き、くるりと『闇豹』は振り返った。
 そこまでだった。ちゆりがファントムガールのリーダーに興味を示したのは。
 
 存在自体が憎悪の対象であった女は、これ以上はないというほど残酷な最期を遂げた。それが確認された今、悲惨な末路を迎えた仇敵にもはや用はない。
 眼の前から消えてくれれば、いい。死ねば、それでお終い。
 そういう関係だった。ちゆりにとって、五十嵐里美という存在は。
 
 『闇豹』がわざわざ見に来たのは、紫のファントムガールではなかった。
 
 東京タワーのオブジェに背を向けたちゆりは、『もうひとつの亡骸』に視線を向けた。
 以来ずっと、濃厚なマスカラの下の瞳は、一点を見詰め続けていた。時間的な比率でいえば、サトミに向けていた数分とは、何倍もの差があるだろう。
 
 芝公園に晒された守護天使の遺体は、ひとつだけではなかった。
 東京タワーに串刺しにされたサトミ以外に、もうひとつ。
 濃緑の粘液にまみれ、仰向けに転がった桃色の天使、ファントムガール・サクラの亡骸もまた、そこには放置されていた。
 凶魔ゲドゥーに処刑されてから、すでに3日が経っている。渋谷の街でも飽きることなく眺めていたはずの殉死の女神の美貌を、再び『闇豹』はこの地においても網膜に焼き付けていた。
 
 シブヤ109に磔にされていたエスパー天使の死体を、吸引怪物バキュロスの胃に飲み込ませたのは、ちゆり自身の発案であった。
 必ずサクラの身体が役に立つ――そんな予感は、現実となった。あの時、ファントムガール・ナナの“BD7”が発動されていたとしても、結果は変わらなかったかもしれない。だがサクラの遺体を捨て駒に使えたことで、楽に勝利が手に入ったのは確かだ。
 
 バカね。あんたは。
 
 サトミの時とは異なり、ちゆりは心の内でサクラへの台詞を呟いた。
 
「サクラに・・・桜宮桃子に、思い入れでもあるのか?」

 突如背後から掛けられた言葉に、ニットセーターに包まれた両肩がビクリと跳ねる。
 
「・・・意外なところで会うじゃない~。てっきり、メフェレスに付いてったとばかり思ってたァ~」

「オレとジョーが依頼されたのは、あくまでファントムガールの抹殺だ。ヤツの言う征服うんぬんには興味などない」

 振り返った『闇豹』は、そこに立つサングラスの男を一瞥するや、再び視線を元に戻した。
 アウトロー界最強最凶の名を欲しいままにする海堂一美は、ジャケットも、スラックスも、ネクタイも、全てを白で統一したファッションでその長身を包んでいた。
 
「お前こそ、久慈と別行動でいいのか?」

「今更ちりが手伝いする必要もないでしょォ~。メフェレスには90人の子分どもがいるんだしねェ~。第一、あの男とは基本、別行動なのよ」

 吐き捨てるような言葉尻に、尖ったものを海堂は感じた。
 
「そういえばお前は、河西のオジキに拾われたんだったな」

 広域暴力団花菱組の幹部であり、ちゆりの裏世界での後ろ盾となっている男の名を出した途端、『闇豹』は口を閉ざした。
 河西組組長・河西昇は長期療養中で、実質は第一線から退いて数年が経っている。
 押し黙ったままのちゆりを無視するように、懐から白い箱とジッポーを取り出した海堂は、煙草に火をつけながら言葉を繋いだ。
 
「ゴロツキのなかでも特に幼女趣味の連中に、次々と自分の娘を抱かせて商売してる女がいるのは、聞いたことがあった。相当あくどく稼いでいたようだが確か3年ほど前、娘の口車に乗せられたヤツらに、ハラワタぶちまけてバラバラにされたんだったな。娘の復讐、というわけだ。その娘をオジキが引き取ると聞いた時は、あのひとらしいと思ったものだ」

 紫煙をくゆらしながら、海堂は喋り続けた。
 短めの煙草とは不釣合いなほど、大量の煙がサングラスの周辺に漂う。
 
「元々その母親は、オジキの舎弟分のオンナだったみたいだが・・・あのひとなりに責任を取ったんだろう。だが10年以上ヤクザ者に身を捧げ、実の母親から虐待され続けた娘からすれば、生まれて初めて知った愛情だったのかもしれんな」

「・・・今日はやけによく、喋るじゃなァ~い」

「久慈の家と河西組とは、土地の利権を巡って揉めたことがあったな」

 再び、金髪の豹柄女が口を閉じる。
 もし海堂一美でなければ、相手の口も封じるために『闇豹』は襲い掛かっていたに違いなかった。
 
「『エデン』の力を授かった久慈ならば、相手が指定暴力団の組長といえど、暗殺するのは容易いだろう。お前にとっては世界中でたったひとり、かけがえのないひとだ。オジキの命と引き換えに、己を売っても不思議ではないな」

「・・・はぐれヤクザにしては、いろいろと知ってるのねェ~。けど、ゼンブあんたの妄想だから」

「シンパシーを感じていたか。桜宮桃子に」

 ジジ・・・と煙草の燃える音が、静寂に包まれた秋の公園に響く。
 
「超能力者というだけで、お前と同様、誰からも不条理なまでの扱いを受け続けた少女に。限られた人間の愛情に、すがるしかなかった哀れな存在に。だが、ファントムガール・サクラは仲間を得て、お前とは異なる道を進んだ。裏切り者であり、同類でもある少女の死に、胸中複雑といったところか」

「・・・ベツにィ~」

 振り返った『闇豹』は、唇を極端なまでに吊り上がらせ、笑顔を刻み込んでいた。
 
「ちりは、いいコぶった女が大っ嫌いなだけよォ~! コイツもメフェレスの女に納まってれば、始末されなかったのに・・・バカさ加減を嘲笑ってただけェ~」

 コツコツと金色のハイヒールを鳴らして、豹女が白ずくめのヤクザに近付く。
 すっと、二本の指を開いて差し出す。ちゆりの人差し指と中指の間に、海堂は黙って煙草の一本を挟み込んだ。
 
「あんた、わかっているようで、わかってないわねェ~。メフェレスどうこうに関係なく、ちりはムカつくから里美もサイボーグ女も殺してやったのよォ~」

「そうか」

「それに、あたしたちは」

 アイラインの下の丸い瞳が、真っ直ぐにサングラスの男を射抜く。
 張り付けた笑顔が消え、『闇豹』は凍えたように表情を固めていた。
 初めて見る真剣な光が、常にどこか他者をからかうような瞳に灯っていた。
 
「世界にたったひとりでも、愛を注いでくれるひとがいれば、十分なのよ」

 もらった煙草を口に咥えると、先端を海堂の煙草に押し付けて火をもらう。
 ゆっくり煙を吐き出したちゆりは、硬い表情の全てを崩すように、再びニカリと笑ってみせた。
 
「キャハハハァ~ッ♪ どいつもこいつも死んでェ~、いい気味だわァ~! あとはたった一匹、子猫ちゃんを始末すればァ~、ゼンブ終わりねェ~!」

 ケラケラと笑う『闇豹』を、海堂一美はしばらくの間、ただ紫煙を漂わせてサングラスの奥から見詰め続けた。
 
「現政府の連中が、事実上、久慈に降伏したようだ」

 ようやく最凶のヤクザが声を発したのは、二本目の煙草に火を点けたときだった。
 
「首相は一足早く、行方をくらませたようだが、ほとんどの政府の中枢機関は制圧したらしい。今やこの国の手足は、久慈のものとなりつつある」

「保身に長けた“先生”方ならァ~、変わり身も早いんだろうねェ~。歯向かっても死ぬだけだしねェ~」

 かつてはその身体を、何人もの“先生”方に委ねたことのある『闇豹』には、彼らの性質はよく知るところだった。
 
「通常の攻撃が通用しないミュータント相手には、この国の、いや、世界の戦闘力など無きも同然だ。今の久慈は90発の核ミサイルを保持する独裁者より、タチが悪いだろう。形式的にもヤツが支配者となるのは、時間の問題だろうな」

「あんたたちの、やりたい放題できる時代がやってくるわねェ~」

「言ったはずだ。征服などには興味はない。オレはただ、ファントムガールを殺せれば構わん」

 まだ吸い掛けの煙草を、豹柄の女は金色に輝くハイヒールの爪先で踏み潰した。
 視線を海堂が手にした、白い箱に向ける。煙草の銘柄を確認した『闇豹』は、いつもの不敵な笑みを派手なメイクで彩った顔に浮かべた。
 
「それにしてもォ~・・・あんたがその煙草を吸うのは、ホントに皮肉だよねェ~」

「昔から、コレが好きでな。深い味わいと仄かに香る甘み。いろいろ試したが、結局コレに落ち着く」

 『HOPE』の文字が躍る白い箱を、“最凶の右手”はグシャリと握り潰した。
 
「終わらせるぞ。全てをな。最後のひとり、ファントムガール・ナナは・・・この海堂一美が始末する」
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