ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」

2章

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「どういうことだッ!? 説明してくれッ!!」

 転換は、劇的だった。
 
 終末を迎えるとばかり見えた流れは、突如激流に変貌した。
 全てを失ったはずの工藤吼介は、悲しみを感じる間もない慌しさに投げ入れられた。バイクが止まると同時に、冷たくなった少女を抱えて、室内へと走る。一秒の遅れが、世界を破滅に導くかもしれぬ瀬戸際。額に汗した片倉響子が、凄まじいスピードで動き続けている。
 
 吼介の問いに響子は応えなかった。「だまれ!」と発する時間すら、惜しい。
 二輪車を飛ばして青山の秘密基地に飛び込むや、響子はすぐにオペの準備に取り掛かった。
 数日前、五十嵐里美と伴って、身を隠していたのがこの場所だった。特殊国家保安員が所持する、隠れアジトのひとつ。現在の御庭番衆と響子・吼介との関係を考えれば、非常に危険な選択ではあるが、もっとも近くて十分な医療設備があるのがここなのだ。
 幸いなことに、御庭番の末裔たる者たちの姿はなかった。久慈のクーデターにより、特殊国家保安員もまた、混乱に陥っているのだ。
 
 藤木七菜江をベッドに寝かせるや、響子は麻酔もせずに手術を開始した。
 制服を脱がした少女の裸身には、無数の傷が刻まれていた。激闘のあとのファントムガールには、よくある光景と言える。
 だが、七菜江の胸中央に開いた穴は、明らかに損傷が激しかった。
 
「あんたにッ・・・手術なんてできるのかッ!?」

「生物教師たる者、人間の身体くらいわかるわ」

「って、それで施術するのかよッ!?」

 響子の左手からは、極細の妖糸がふわふわと漂い伸びている。
 
「手術といっても・・・縫合するだけよ」

 右腕の折れている響子は、ただ左の掌を七菜江の胸にかざした。
 指先から5本の妖糸が伸びる。意志をもったように、次々と肉穴のなかへ飛び込んでいく。
 さしもの格闘獣も、言葉を失った。
 極細の妖糸が、切れた血管や筋肉を繋ぎ合わせていくのが見えた。
 繊細な作業であることは、説明を受けるまでもない。張り詰めた表情で集中する響子の美貌を、祈るような視線で凝視し続ける。
 
 内部の処置を終えた5本の糸は、最後に皮膚の縫合に取り掛かった。
 乳房の中央に穿たれた穴が、見る見ると塞がれていく。
「これで、とりあえずの処置は終わったわ」深く息を吐き出す女教師の台詞に、ようやく吼介も一息ついた。青白いままの七菜江の顔には、なんらの変化もない。だが、生々しい刺し傷が塞がっただけでも、見た目の無惨さは幾割か減った。

「生きていたのは、奇跡に近いわ」

 時間との勝負であった施術を終え、少しづつ響子は説明を始めた。
 
「いくつかの要素が重なったからでしょうね。藤木七菜江の並外れた生命力。ファントムガールの全滅で、躊躇なく出現できたガオウによる救出。そしてなにより、『エデン』を引き抜かれてから、エナジー・クリスタルを破壊されたこと・・・」

「ちょっと待ってくれ。そこがわからない」

 かぶりを振りつつ、吼介が質問する。
 
「七菜江は・・・ファントムガール・ナナは、下腹部の『エデン』を抉り取られ・・・さらに生命の貯蔵庫とも言うべき、クリスタルまで砕かれた。トドメのうえにトドメを刺されたようなものなのに・・・なぜ生きていられたんだ!?」

「順番が、よかったのよ」

「順番!?」

「ナナは初めに『エデン』を潰された。つまり、その時点で“ファントムガール・ナナ”は“藤木七菜江”に戻っていたのよ」

 女教師の言っている意味が、吼介には理解できなかった。
 
「バカな」

「もちろん、あくまで私個人の推論に過ぎないわ。『エデン』に関しては、わからないことがほとんどなんだしね」

「『エデン』を引き抜かれて“藤木七菜江”に戻ったのは理解できる。でも、なぜ巨大化した姿のままなんだ? “ナナ”の姿を保てず、元に戻るのが普通だろう」

「『エデン』との融合者は、拘束されていると変身も解除もできないわよね? あの時のナナも、東京都庁に磔にされていた。わずかにでも『エデン』の細胞が残っていれば、人間態に戻らなかったのも不思議じゃないわ。まして藤木七菜江はあなたと同じ、『エデン』の血を継承するもの・・・。その証拠に、あなたが磔の拘束を解くと、変身は解除された」

 にわかには、信じ難い解説であった。
 だが、『エデン』を丸々失ったのではなく、大部分を欠いて“ファントムガール・ナナ”よりも“藤木七菜江”としての濃度が濃くなった、と考えればいいのかもしれない。
 そうすれば、これから先の説明は、比較的すんなり納得できる。
 
「“ファントムガール”ではないのだから、エナジー・クリスタルも大きな意味は持たない。生命の貯蔵庫という役割は、すでに失っていたでしょうね」

「・・・胸の傷だけ、やけに損傷が大きいのはそのためか」

「そう、人間・藤木七菜江として胸を貫かれてしまったのだから。もちろん、命に関わる重傷ではあるけど、ファントムガール・ナナとしてクリスタルを破壊されていたら、その時点で絶命しているわ」

「・・・奴らに、先にクリスタルを破壊されてから、『エデン』を潰されてたら・・・完全に復活は不能だったんだな・・・」

「順番」と言った響子の台詞が、重くなって吼介の脳裏に反芻されていた。
 一歩、間違っていれば、七菜江は完全なる死を迎えていたのだ。復活のかすかな希望すら絶たれる死。
 『エデン』の大部分を失ったために、七菜江はファントムガール・ナナとして、存在できなくなりつつあった。偶々、ゲドゥーが先に『エデン』を引き抜いたために、公開処刑されたはずの少女戦士は、逆に生命を繋ぎとめることができたのだ。
 
「だが・・・」

 七菜江は・・・本当に助かるのか!?
 
 妖糸による応急処置を間近で見てなお、吼介の胸には不安ばかりが募っていた。
 
 いや、正確に言おう。
 格闘獣は、愛する少女の死を、覚悟していた。
 この傷では、助からない。いかに七菜江が驚異的な生命力を誇るといえ、いまやかろうじて心臓が動いているだけの状況だった。
 
 なんといっても、もう七菜江の体内に、『エデン』は宿っていないのだ。
 
「・・・『エデン』がないんだから・・・二度とファントムガールにはなれないんだな」

 心に渦巻く悲痛とは、別のことを吼介は言った。
 
「ファントムガール・ナナは・・・いずれにせよ、これで終わりというわけだ・・・」

 それもいいかもしれない。
 人類を守るために、これまで懸命に闘ってきた少女。自らの意志で、守護天使として生きる選択をした少女。
 最後、普通の人間に戻って死ねるのは・・・幸せなことではないか。
 
「そうね。『エデン』を失った以上、藤木七菜江はもはやファントムガールではない。常人離れしたタフネスも、持ち得てはいない」

 冷淡にすら聞こえる響子の口調は、以前と変わらぬままだった。
 
「このコを助けるには。そして、ファントムガール・ナナを復活させるためには、新たな『エデン』をもう一度、寄生させなければならないわ」

 バカなことを言うな。
 苛立ちの台詞を吐き捨てようとして、格闘獣は口をつぐんだ。
 天才生物学者・片倉響子の視線は、あくまで真剣な光で研ぎ澄まされていた。
 
「・・・しかし、里美が持っていた『第六エデン』はすでにオレの体内に・・・」

「あなたには言ってなかったかしら?」

 強化ガラスで作られた透明ケースを、響子は懐から取り出した。
 掌サイズの直方体の内部には、鶏卵を思わず白い球体が、溶液のなかで漂っていた。
 
「これはッッ・・・!?」

「品川水族館の久慈のアジトから、ひとつだけ持ちだせたものよ。本当はあなたに寄生させるはずだったものが・・・まさか、こんな形で役立つとはね」

 御庭番衆の爆破により、多くの『エデン』が消滅した今、響子の手にあるものは貴重なひとつのはずだった。
 ケースから取り出した生物型宇宙兵器・・・通称『エデン』を、女教師は躊躇うことなく、瀕死の少女の股間に突き出した。
 
「あなたに寄生したものが『第六エデン』ならば・・・最後に残ったこれは『第七エデン』ってとこかしらね。この『第七エデン』で・・・ファントムガール・ナナは復活するッ!!」



「ここに、いらしたのですか」

 ガランとした本会議場に、しわがれた男の声が響く。
 革靴が歩を進めるたび、紫の絨毯が重厚な音をたてた。男にとっては踏み慣れた絨毯も、本来は国民の誰もが足を踏み入れられるものではない。その事実が、足音により重みを持たせているようだった。
 
 敬語を使う黒縁眼鏡の男は、対象者である年下の男の元へ、真っ直ぐ歩いていった。
 一段高い壇上、その中央の木椅子に、黒ずくめの男が長い脚を投げ出して座っている。
 黒のシャツに、スラックス。まだ未成年と思しいが、細長い痩身に若くして威容を備えた男であった。
 “威容”はあるいは、“冷厳”と言い換えてもいいかもしれない。
 彼が座っている中央の椅子は、普段は「議長席」と呼ばれているものだった。
 
「悪くないものだ。政治家どもの、茶番の舞台を一望するのは」

 黒ずくめの男――久慈仁紀の嫌味に、黒縁眼鏡の壮年はぎこちなく笑うしかなかった。
 
 東京都千代田区。国会議事堂、衆議院本会議場―――
 
 扇状に広がった議員席には、むろんのこと誰も座ってはいなかった。巨大な聖戦とクーデターが起こった首都から、真っ先に逃げ出したのはバッジをつけた先生方であった。
 新たな世界の覇王、を自認する久慈からすれば、ほとんど人影の絶えた東京で、根拠地を定めるのは難しいことではない。数ある候補地のなかからここを選んだのは、達成感を満たしたいがためだろう。
 言葉通り、「選ばれた者」しか座れないこの場所に、久慈は実力で押し入り、占拠したのだ。
 日本という法治国家を、支配しているのは誰なのか・・・これほどわかりやすい構図はないはずであった。法律を決める議会場を、久慈はひとりで睥睨しているのだから。
 
「元官房長官としては、複雑な気持ちか、千山?」

「まさか。新たな王、久慈さまの傍に仕える光栄に預かり、万感の想いを抱くばかりでございます」

 腰が90度に折れるまで、黒縁眼鏡の壮年は恭しくお辞儀した。
 丁重すぎるようにも聞こえる言葉は、彼なりの忠誠の証なのだろう。
 与党の重鎮にして、真っ先に久慈の配下となった千山由紀人は、その経歴から参謀格として選ばれていた。魔人メフェレスの走狗と成り果てた、裏切り政治家たちのボス格、というのがわかりやすいかもしれない。
 東京タワーでの死闘で、86人にまで減った「エデン」の寄生者たち。久慈が新たに作った直属親衛隊の、まとめ役が千山であった。
 
 官房長官の在任中、久慈も何度もテレビ画面を通じて見てきたため、千山の顔は馴染み深い。
 黒縁眼鏡も、オールバックにした髪も、狡猾そうな眼の色も、印象どおりに変わっていなかった。だが、計算の回る男だけに、強者にはとことん弱い。久慈に歯向かうような愚行は、間違ってもしないだろう。
 狡猾であるからこそ、圧倒的力の前には、進んで平伏する。
 久慈にとっては、扱いやすいタイプであった。少なくとも、これまで左右に控えていた悪華ふたりよりは、腹の底がよく見える。
 
「組織の構成は進んでいるのか?」

 横柄な態度を取りながら、元官房長官に久慈は尋ねる。
 久慈を王とする新政府。ややこしい政治の運営は、全てこの千山に丸投げしていた。久慈の望みは頂点に立つこと、それのみなのだ。煩わしい業務は、忠実な配下に任せておけばいい。
 
「着々と進んでおります。いくらかの抵抗はありますが、久慈さまの威光の前には、いずれ従わざるを得ないかと」

「赤鬼の足取りはどうだ?」

「工藤吼介についてはその・・・現在、捜索は続けているのですが、なかなか手に負えぬような事情もございまして・・・」

 奥歯にものが挟まったような言い方を、聞き逃す久慈ではなかった。
 
「なにか起こったな? ハッキリ言ってみろ」

「あ、いや、その・・・実はその、防衛省の一部に混乱がありまして、命令系統が一本化できていない状況に陥っております」

「貴様の言葉はまわりくどい。防衛省のなかで、反乱軍が起きた、ということだな?」

「・・・はい。平たく申せば」

「フン、特殊国家保安部隊・・・元御庭番衆どもか」

「その通りです」

 処刑したファントムガール・サトミ・・・五十嵐里美との繋がりから、元御庭番衆が最後の一兵まで抵抗してくるのは、折り込み済みであった。むしろ当然の流れといえる。
 問題なのは、一時は指示系統を失い、混乱していたはずの彼らが、再び組織として纏まったことにある。
 現当主・五十嵐玄道が失踪し、次期頭領候補であった里美が戦死した今、元御庭番衆たちを指揮する存在はいなくなったはずなのだ。大将を失くした軍隊は、烏合の衆と化す。特殊国家保安部隊の隊員たちも、自分たちがどう動くべきか、それぞれバラバラに判断するしかなかった。
 
 千山がわざわざ報告するとは、彼らが再び軍隊として機能し出した、と見るべきだろう。
 元御庭番衆を、短期間でまとめあげる統率者は誰か? 現実的に考えれば、久慈の脳裏にはひとりの老人しか思い浮かばなかった。
 
「五十嵐玄道め、まだ生き残っていたか」

 影に潜む現代忍者の頭領。その足取りを掴むのは、極めて難しい。久慈の耳にも、品川水族館の爆破から生き延びたとか、赤鬼・工藤吼介と闘った形跡があるとか、噂だけは聞こえてくる。
 
 だが、事実だけを見ていけば、確かなのは「五十嵐玄道は生きていて、元御庭番衆を率いて独自に反乱軍を起こした」らしい、ということだ。
 
「サトミが死んだ今、『エデン』も持たぬ奴らなど・・・恐れることもないがな」

「少々鍛えたとはいえ、所詮奴らは人間です。束になってかかってこようと、この私ひとりで十分、始末できるでしょう」

「ところで、あのふたりへの謝礼は済んだか?」

 「あのふたり」という言葉を聞いて、黒縁眼鏡の奥で眼が細まる。
 隠しようもない緊張が、千山の態度には溢れ出した。
 
「はい。ご指示通り、ファントムガールひとりにつき10億。合計50億を、それぞれの口座に振り込みました。今のところ、特になんの反応もありませんが・・・」

「金でカタがつくなら、いくら払っても構わん。金額に不満があるようなら、要望に応じてやれ」

「かしこまりました」

「ファントムガールどもが全滅した今、目障りなのは赤鬼と二匹の殺人狂のみだ。奴らさえ封じれば、このメフェレスの統治時代が始まる」

 遠い眼差しになって、ある一方向を冷たい視線が見詰める。
 本会議場の壁に遮られてはいるが、視線の先には、国会からわずかな距離を置いて、皇居がそびえているはずだった。
 
「・・・あとは、我が統治の承認さえ取り付ければ・・・名実ともに、オレはこの国の王となるのだ」
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