ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」

4章

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 生きているのが、我ながら不思議だった。
 右腕を見てみる。あるはずの肘から先が、キレイな断面を見せてなくなっていた。
 見詰めているのも、右眼のみだ。左の眼球は抉り抜かれて、空洞になっている。応急処置で巻いた豹柄のスカーフが、穴の形に赤く染まっていた。
 
 芝公園の一角。雑木林が生い茂るなかに、『闇豹』神崎ちゆりは座り込んでいた。
 
 魔人メフェレス襲撃に失敗した『闇豹』は、再びこの地に戻ってきていた。
 メフェレス=久慈が拠点としている国会議事堂と東京タワーがあるここは、眼と鼻の先、といっていいほど近場になる。潜伏先としては、とても適しているとは言い難い場所だった。
 なによりも、以前ちゆりがこの地にいたことを、海堂一美に知られている。
 海堂の出方次第では、久慈は真っ先に芝公園を探索させるはずだった。それが、もう3日も追っ手が現れないところを見れば、やはり海堂は久慈と距離を置いたようだ。
 
「久慈ィィッ・・・ちりを仕留め損なったこと・・・絶対に後悔させてやるよォッ~~・・・」

 ズキリと傷が痛むたび、呪詛の言葉が自然に洩れた。
 久慈の本拠地近くに潜むのは危険ではあったが、逆にチャンスも多いといえた。久慈がこの国を完全に支配することになれば、因縁を持つ河西組・・・ちゆりの父親代わりである河西昇が、どんな運命を辿るか、容易に想像できる。なんとしても『闇豹』は、魔人メフェレスを抹殺しなければならない。
 
 幸いにも久慈は、己を頂点とする組織作りに忙殺されているようだった。
 残党狩り、ともいうべき大掛かりな掃討作戦は、展開されていない。瀕死のちゆりが、かろうじて生き永らえることができたのも、追撃の手を受けなかったのが大きかった。着々と久慈は覇王への階段を昇っているのだろうが・・・こちらも反撃の態勢を整えることができる。
 
「見えてるぅ~? ちりの、みっともない姿・・・」

 視線を遠くに移し、『闇豹』は呼びかけた。
 芝公園に晒された、二体のファントムガールの亡骸。
 東京タワーに串刺しにされたサトミではなく、大地に横たわった桃色の戦士・・・サクラこそが、神崎ちゆりの呼びかけた相手であった。
 
「あんたが憎んだメフェレスに・・・ちりも同じようにやられちまったよォ~、ウサギちゃん」

 返事がないと知りつつ、ちゆりは冷たくなったサクラに語り続けた。
 
「今頃あんたも・・・笑ってんだろうねェ~。ちりのこと。ざまぁ~みろ、ってねェ~・・・」

「笑わねえよ。桃子は」

 突如、背後から湧いた声に、瞬時に『闇豹』は振り返っていた。
 
「てッッ・・・めえェェッ!! 工藤吼介ッッ!!」

「わかってるだろう? 今のお前を見たら、きっと桃子は涙を浮かべる。敵のはずの、お前を見てな」

 逆三角形の筋肉の集合体が、10mほどの距離を置いて立っていた。
 背中に、毛布に包まれた荷物を背負っている。中身はわからないが、大きなシロモノだった。数十キロはありそうに見えるが、工藤吼介はまるで重みを感じていない様子でいる。
 傍らには、深紅のスーツに身を固めた、片倉響子。
 それまで微塵も感じられなかった殺気が、暴風となってちゆりの頬を叩く。
 視線を合わせているだけで、全身の細胞が戦慄するのを『闇豹』は自覚した。
 
「そういうコだと知ってるから、お前はここにいる。違うか?」

「だまれェッッ!! 知った口、きくんじゃねえよッ、このバケモノがッ!!」

 『闇豹』の左手に、猛毒を塗った青い爪が光る。
 工藤吼介が眼の前に現れた意味を、ちゆりは理解しているつもりだった。
 格闘獣が愛するふたりの女、五十嵐里美と藤木七菜江の抹殺に、加担した事実は否定できない。直接手を下したわけではないが、嬉々として処刑に参加したのは確かだ。
 まして、ファントムガール・アリスに関して言えば、これはもう、『闇豹』が中心となって惨殺したといっても過言ではないだろう。
 今のちゆりは、魔人メフェレスと袂を分かっている。とはいえ、守護天使に肩入れする闘鬼がいかなる目的で現れたのか、火を見るよりも明らかだった。
 
 ちりを潰したくて・・・仕方がない、って顔だねぇ~・・・
 
 落ち着いた口調とは裏腹に、吼介の視線には、激しい憤怒が渦巻いていた。
 この怪物と闘って・・・勝てるのか? それがいかに無謀な挑戦か、ちゆりも悟っている。
 万にひとつも勝ち目はないだろう。ましてや、満身創痍の身体。次元の違う強さを持つ闘鬼に、隻眼隻腕となった豹女が、勝てる道理がない。
 だが、ただ破滅を待つほど、『闇豹』の牙は抜けてはいなかった。
 
 この赤鬼は、憎悪にたぎっている。ならば。
 ヤられる前に・・・ヤるか?
 
「待ちなさい、『闇豹』」

 今にも飛び掛らんとする手負いの魔豹を、静かな声で響子が制した。
 
「私たちは、あなたを始末しに来たわけじゃない」

「・・・はァ~?」

「手を組みましょう。ここに至って、我々とあなたの目的は完全に一致している」

 かつてメフェレスの側近として、左右に控えた者同士。
 妖女の性質を知る悪女は、唐突ともいえる提案も、ある程度予想をしていた。策士・片倉響子ならば、この程度の発言はきっとする、と。
 
「・・・クク・・・はは、アーッハッハッ♪」

「そんなに面白かったかしら?」

「バカ言ってんじゃねえッッ!! ボケてんじゃねえぞッッ、シヴァアアぁッ~~ッ!?」

 牙を剥いて叫ぶちゆりを、美妖女は眉ひとつ動かさずじっと見詰める。
 
「ボケた? 私の天才的頭脳には、わずかの翳りもないわ。魔人メフェレスを滅ぼすことが、私たち共通の、そして唯一の目的。そのためには、我々が手を組む以外に方法はない――」

「テメエらッ・・・いや、その赤鬼と手を組むってことは、ファントムガールを助けるってことだッッ!! 違うかァッ!?」

 長く伸びた青い爪で、『闇豹』は押し黙る吼介を指し示した。
 
「ちりとファントムガールは・・・殺し合いをやってきてんだよォッ~~ッ!! 互いに憎しみあってる関係なのさッ! メフェレスのヤロウは、すぐにでもハラワタひきずりだしてェッ、だがッ!! だからといって、なんでクソ忌々しい小娘どもとッッ!!」

「それはこっちも、同じだ」

 まなじりに鋭さを刻んだ表情で、格闘獣は言い返す。
 
「オレも、お前のことは大嫌いだ。手を結ぶくらいなら、その手を握り潰してやりたい」

「はッ、ほらみなァッ!! シヴァッ、てめェの言ってることは、所詮不可能な話なんだよォッ!!」

「だが、お前の力を借りなきゃ、奇跡は起こせない。許されるなら、今この場でお前を殺したいが、目的のためなら頭も下げる」

 逆三角形の巨体をピンと伸ばし、吼介は直立不動の姿勢を取った。
 荷物を背負ったまま、腰を直角に折り曲げる。
 最強と呼ばれる男にまさかの懇願を受け、アイメイクを施した瞳は、大きく見開かれた。
 
「頼む、ちゆり。あいつら・・・ファントムガールの復活のために、お前の力を貸してくれ」

「ちょッ!?・・・ハハ、きゃははァッ♪ なんの冗談~~ん? 赤鬼がちりに頭下げるなんて・・・んなことしても、言うこと聞くわけないじゃないのォ~~ッ!?」

「お前もオレも、互いに憎悪は抱いている。だが、いがみあったところで、久慈のヤロウが喜ぶだけだ」

「・・・あのさァ、赤鬼・・・ひとにモノ頼むときは、土下座でしょォ~~? 土・下・座♪」

 金色に塗られた唇を、一瞬不敵に吊り上げると、冷たい眼をしてちゆりは言った。
 誰からも畏怖される吼介にとって、屈辱的すぎる行為のはずだった。するワケがない・・・『闇豹』自身がそう思いつつ、吐き捨てた言葉だった。
 だが、荷物を背にした筋肉獣は、数瞬の沈黙の後、両膝を芝公園の地面に突いた。
 衝撃的であり、あまりにも隙の大きな姿勢であった。
 
「バカねェ」

 ちゆりの顔から、笑いが消える。
 不安定な体勢になった瞬間、毒爪を光らせた『闇豹』は吼介の眼前に飛び込んだ。
 
 ドゴオオオオオオッッ!!!
 
「ッッ!!・・・ぷぎょオッッ・・・オオオッッ・・・ッ!!」
 
 格闘獣の右ストレートが、神崎ちゆりの顔面に叩き込まれていた。
 パラパラと、白い破片が落下する。砕けた『闇豹』の牙だった。ちゆりの上の歯は、ほとんどが根こそぎ折られていた。
 顔面中央に巨大な拳を埋め、ピクピクと豹女の肢体が揺れる。
 半開きになった口のなかで、ジャアジャアと鮮血が滝のように落ちていた。牙だけでなく、鼻骨も砕けているのは間違いないだろう。
 
 正座途中の体勢から、足首の力だけで地面を蹴った吼介は、カウンターの一撃を『闇豹』に食らわせていた。
 そのまま、後頭部から隻眼隻腕の女を大地に叩きつける。
 ぐじゃあ、と嫌な音色がして、右拳がさらに深く顔面に埋まった。大の字になった『闇豹』が、壊れたように激しく痙攣し続ける。
 
「工藤くんッ!? 殺しちゃダメよッ!」

「まだ生きてるさ。この方が、静かになって話がし易い」

 グボリ、と顔から拳を引き抜き、吼介は冷徹な眼光でちゆりを見下ろした。
 高い鼻が逆に陥没し、拳の形をしたクレーターに血の池が出来ている。
 
「頭下げたくらいでどうにかなる相手じゃないのは・・・わかってるさ、『闇豹』」

 神崎ちゆりに“情”など通用しないことは、吼介もよく理解している。
 
「よく聞け。オレはお前を殺したいし、お前はオレを殺したい。そして、オレが傷つき苦しんだのと同じように、お前も里美たちとの闘いで傷ついた」

 横臥するちゆりを、無表情の格闘獣が覗き込む。
 背負っている荷物の毛布が、はらりとはだけた。
 瞳を閉じた藤木七菜江が、毛布のなかから現れた。
 
「これで、チャラだ。今までのことは、全て水に流せ」

 半ば意識の混濁したちゆりに、吼介は語気を強めて言った。
 拒否が許されぬことは、ぐにゃぐにゃの脳内でも『闇豹』は悟った。
 
「ちゆり。あなたは憎しみあってると言ったけど、本当は違うはずよ」

 吼介の反対側に立った片倉響子が、見下ろしながら声を降らせる。
 
「あなたは確かに悪党よ。他人の幸せが許せず、不幸を心底から喜ぶ下衆な人間・・・育った環境が悪かった、なんて同情はしないわ。でも、本当の意味で憎悪したファントムガールは、サトミと、そしてアリスくらいのもの。そのふたりを抹殺したんだから・・・満足したでしょう?」

「・・・ァ゛・・・ごぽッ・・・」

「この藤木七菜江や西条ユリは、虐め甲斐のあるオモチャ程度にしか、思っていないはず。ましてやサクラ・・・桜宮桃子のことを、あなたは好きだった」

「・・・・・・ヴァ・・・カなッ・・・・・・」

「サトミやアリスのために、と言ったら納得できないかもしれない。けど、サクラのためなら、あなたも一肌脱げるんじゃなくって? しかも私たちには、メフェレスという共通の宿敵がいるのだから」

「響子と違って、オレはお前の気持ちなどに興味はない。ただひとつ確かなのは、お前では絶対にメフェレスを倒せないし、オレたちが協力する以外にあの悪魔は止められないってことだ」

 何かを言いかけて、『闇豹』はギリと唇を噛んだ。
 
「ムカつくか? だがオレだって、お前以上にムカついている。それでも、互いの目的のために、全てを乗り越えてオレたちは手を組まなきゃならねえ。憎しみも恨みもプライドも、全て捨てろ。暗黒王へと突き進む久慈を倒すのに、なにも失わないで済むと思うか」

「・・・ケッ・・・・・・ちりの・・・命と引き換えに・・・・・・」

「命を捨てるつもりなら、オレたちに・・・ファントムガールに預けろ」

 静かに言い放った格闘獣の声は、これまでになく力強く聞こえた。

「ちゆり、今すぐ返事は求めないわ。恐らく、メフェレスが最終仕上げに入るまで、あと一週間。・・・いや、あと5日。そのときまでに、覚悟を決めてくれればいい。これから私の考えた、『ファントムガール復活計画』を話しましょう」
 
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