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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」
12章
しおりを挟む「・・・この声は、ユリアか」
幾重にも群がったミュータントの人垣。その彼方から届く絶叫に、チラリとメフェレスは視線を飛ばす。
距離としてはさほど離れてなくとも、巨大生物がつくる壁によって、視界は閉ざされていた。限られた区域に、70体以上のミュータントが密集しているのだ。眼に映るのは、蠢く異形の背中のみであった。
振り切るように、前へと進む。
“ミカド”がましますはずの、皇居が迫ってくる。闇王メフェレスにとって、今もっとも重要なのは、この国の主となることであった。
抹殺したはずのファントムガールが、復活を遂げている。事実ならば、看過できぬ事態であった。しかし、ガオウやゲドゥーなど、多数の乱入者が混ざる戦場では、無闇な動きは取りにくい。立ち塞がる者がいない今、メフェレスは当初の目的どおりに、前進するべきであった。
「フン・・・今更誰が現れようと・・・我が歩みは止められぬわ」
不遜な魔人は、周囲の喧騒を無視して、独歩する。
「・・・待ちなァ・・・」
背後から呼び止める声に、黄金の仮面は振り返った。
「貴様・・・まだ、生きていたのか」
「てめェを殺すまでッ・・・死んでられるかァッ~~ッ!! メフェレスゥゥッ!!!」
銀色の毛を逆立たせた、『闇豹』マヴェル。
左眼と、肘から先の右腕を失くした女豹が、怨讐の叫びを迸らせた。
「・・・そう、か」
三日月に笑うマスクの奥で、ようやくそれだけの言葉が漏れ出た。
皇居に向かおうとしていた肉体を、メフェレスは丸ごと『闇豹』へと対峙させる。
不気味なまでに、冷静な態度であった。少なくとも、マヴェルが想像していた姿とは、まるで違う。
「余裕ッ・・・かましてんじゃねェぞォッッ~~!? てめェがこのマヴェルを身悶えするほど殺したがってるのはァ、よォ~~くわかってんだよォッ~~ッ!!」
「皮肉だな」
青銅の魔人が、一歩を魔豹へと進める。
傍目に映るメフェレスの感情を、色で表すとするなら、『無色』としかいいようがなかった。悪意の『黒』でも、憤怒の『赤』でもない様子は、長く魔人を身近に見てきたマヴェルには意外すぎる。
だが、脚を止め、意識を明確に向けてきたのは、『闇豹』に興味がある、なによりの証拠だ。
「貴様がまだ我が下僕だったころ・・・働きの悪さには、ほとほと閉口したものだ。今ほどの戦意を、あの頃から持っていれば・・・」
「てめェの命令などッ・・・誰が喜んで聞くかよォッ~~ッ!!?」
「貴様が心底から殺したがっていたのは、このメフェレスだったということか。まあ、いい」
黄金のマスクが、不意に感情の色を露わにする。
喩えるならそれは、喜悦の『黄色』―――。
「このオレも・・・今は貴様を、心底から殺したくてたまらん」
メフェレスの右手から、青銅の魔剣がニョキニョキと伸びる。
かつて傍らにあった『闇豹』を、本気で始末にかかる、意思表示であった。新世界の王を目指す男が、裏切り者を許すことなど、あるはずがない。
つい数日前まで、ともにファントムガールの抹殺に執念を滲ませた魔人と豹女は、今や互いが、もっとも容赦なく命を奪える怨敵であった。
「元々マヴェルは・・・“ちり”はよォッ・・・てめェみてえなボンボンはァッ、視界に入るだけで引き裂くたくなるんだよォッッ!!!」
左眼も、右腕も失くした豹女は、人間であったころの名前で言い直した。
「金もッ!! 愛もッ!! 地位もッ!! 名誉もッ!! てめェからッ、全てを奪ってやるッ!! 全てをなァッ~~~ッ!!!」
幼い頃から、肉体をヤクザ者に売ることで生き永らえてきた神崎ちゆりにとって、地上の全ての人間が、嫉妬の対象であった。
同時にそれは、憎悪の対象でもある。
「もっている」人間であればあるほど、憎しみは自然に深まった。大富豪の家柄に生まれた久慈や五十嵐里美が、最大の仇敵になったのは、ごくごく当たり前のことだ。
「フン・・・ゴミ溜めに棲む貴様が・・・王であるこのオレから奪う、だと?」
「はァ? 王ゥ~~ッ!? たまたま生まれた親がッ・・・違うだけでッッ!!」
「踏み潰される運命の、カスの戯れ言よ。貴様ごとき無能に、なにができるッ! 指一本触れることすら叶わぬッ! 許されぬッ!」
マヴェル=ちゆりの脳裏に、数日前の邂逅が蘇る。
工藤吼介と、片倉響子。ふたりから提案された共闘案は、対メフェレスという点でもっとも現実的かつ効果的であるのは、『闇豹』も理解していた。少なくとも、瀕死の自分が闘うよりは、魔人に勝利する可能性がずっと高まるのは間違いない。
だが、この男だけは、どうしても己の手で殺したかった。
愉悦として他者を虐げる『闇豹』が、憎悪をもって殺したい相手だった。メフェレスだけは、この手で地獄に落とさねば気がすまない。
「なにも『もっていない』ちりがァッ!! ・・・『もっている』てめェを殺してやるゥゥッ―――ッ!!! 地べたに引き摺り降ろしてやるぜェェッッ―――ッ!!!」
パカリと、『闇豹』の口が開いた。
声の超音波砲。肉体の損傷が激しく、生命力もほとんど残っていないマヴェルが、闇王メフェレスに立ち向かうには、この必殺技しかない。
身体がまともに動かなくても、暗黒エネルギーがわずかしかなくとも、超音波砲なら青銅の魔人を抹殺できる。
“てめェの強さはッ・・・よくわかってるッ!! だがなァ、この周辺一帯を音波震動で破壊すればッ・・・!!”
マヴェルには策があった。通常の、一直線に放つ超音波砲ならば、剣の達人メフェレスは、それすら切り裂く可能性があった。超音波といえど、空気中の分子を高速震動させているのが、その原理だ。暗殺剣の遣い手は、空気自体など易々と切る。
だからマヴェルは、超音波を全体に広める。
周辺区域、全ての空気を“歌う”ことで揺らす。メフェレスの周囲、八方360度が、破壊震動に包まれるはずだった。逃げ場もないほどに。
ちょうど、ファントムガール・ナナのソニック・シェイキングに似ているかもしれない。しかし、ナナと違ってマヴェルは、巻き添えでなにを破壊しようと遠慮がない。東京の街が崩壊しようと、メフェレスさえ抹殺できれば構わないのだ。
歌う。
歌いきってやる。命が尽きるまで。
魔人を道連れにできるならば・・・あらん限りの声で叫ぶ。魂を歌う。絶唱と呼ぶに、相応しい“歌”を―――。
「・・・河西昇。貴様が、父親と呼ぶヤクザだったな?」
発射寸前、メフェレスが口にした名前に、思わず『闇豹』の咽喉が塞いだ。
神崎ちゆりが、この世界で唯一愛着をもつといっていい、名前であった。
「貴様への、腹いせと見せしめだ。国会を住処にした日に・・・始末してやったわ」
捨てられたちゆりを、拾ってくれたのが河西という男であった。
ただひとり、愛情を向けてくれたのが、年老いた、極道の組長であった。
河西組と『父親』を守るために、ちゆりは久慈の配下となった。この世界で、ただひとり大事な者を守るために、己の身を差し出すしかなかった。
今、『闇豹』は全てのものを、完全に失ったことを知った。
「とっくの昔に、我が新たな部下たちの、胃袋のなかだ。ゴミ同然のカスも、部下どもの胆力上昇に少しは役立ったか」
「てッッ・・・めええェッッ~~ッッ!!!」
精神が錯乱するほどの怒りが、マヴェルに叫ばせていた。
発射すべき“歌”を、中断させて。
『闇豹』の、最期の攻撃となるはずだった超音波は、痛切な叫びに切り替えられた。
「カスが」
瞬足の、脚捌き―――。
青銅の魔剣を薙ぎ払ったメフェレスが、マヴェルの眼前に一瞬で現れていた。
ザンンッッ!!!・・・
熱い。
はじめに『闇豹』は、そう思った。
首筋に、一条の灼熱が走っている。認めたくなくとも、熱さの実感はいつまでも去らなかった。
斬られた。
すぐに寒さが来た。熱さの底に、凍えるような寒さが潜んだ、不思議な感覚だった。
自然に首を、両手で抑える。
視線を落とすと、真っ赤に濡れた我が手が映った。ヌルリと滑る感触が、ひどく他人のもののように思えた。
これが、死の感覚か。
「・・・きゃはッ♪ きゃははッ・・・アハハハハハ!! アーッハッハッハッ♪」
満月の夜に、半豹半女の怪物は、狂ったように笑った。
哀しみもなければ、死が当然の報いなどという、懺悔の心もなかった。
「アハハハハハッッ!! ハハハッ・・・はッ・・・はひゅッ・・・ひゅうッ・・・!!」
笑い声から、吐息が掠れた。
開いた咽喉から、空気が漏れていた。顔と胴体とがズレ始めても、豹の顔をした女は笑っていた。
キレイな断面を覗かせて、『闇豹』マヴェルの頭部が落ちる。
思い出したように、鮮血が輪切りになった首から噴いた。
地面に転がった頭は、歪んだ笑いを刻んだままだった。
「ちりィィッッ~~~ッ!!!?」
悲鳴に近い、絶叫が響く。
今までそこにあった、マヴェルの首の向こうで、銀色の少女が立っていた。
「・・・サクラ・・・だと?」
桃色の模様と、同じ色のストレートヘアー。
死んだはずの超能力天使が、『闇豹』の本名を叫んでいた。
涙を流せない身体で、ファントムガール・サクラは慟哭していた。敵であったはずのマヴェルを呼ぶ声は、仲間の守護少女たちに向けるものと変わらない。
「ちりッッ!! ちりィィッ~~~ッッ!!! あなたッ・・・あなたって・・・ひとはァッ・・・!!!」
生命を蘇らせた美少女は、意識を取り戻したと同時に気付いていた。
自分は死んでいた。冷たくなって、東京タワーの近くで転がっていた。
つい先程、己の体内にエネルギーを注入してくれたのは、きっとマヴェルだ。こんな鬱屈した、それでいて哀しい生命の波動を持つ者は、他にはいない。
片眼と片腕を失ったマヴェルにとって、恐らくそれは、ほぼ最後の生命力だったに違いなかった。
「あたしっ・・・のッ・・・あたしのッ・・・感謝の言葉さえ・・・・・・もらわないでッ・・・!!」
ひとり、先に逝くなんて―――。
「ファントムガール・サクラ。・・・いや、桃子。なぜ、お前が復活できる? まさか、このミュータントにエナジー・チャージを受けたとでも言うのか?」
かつて恋人であった少女の名を呼びながら、暗黒王は魔剣を高々と振り上げた。
躊躇なく、振り下ろす。
首なしの『闇豹』の亡骸が真っ二つに割れ、ボコボコと爆ぜながら崩れていく。
『エデン』を寄生した巨大生物の、消滅する瞬間だった。
「フン・・・まあ、いい。蘇生を遂げたというなら・・・どうだ、桃子? 今度こそ、新世代の王となる、オレのモノになれ。お前ならば、オレに歯向かった罪は多少目をつぶってやっても・・・」
「うるさいッ!! だまれェェッ!!」
心優しき少女戦士は、燃えるような瞳でかつての恋人を射抜いた。
皇居前の広い敷地が、ビリビリと震えている。
サクラの念動力が、自然に漏れ出ていた。ひとを憎むことが苦手なエスパー少女は、今、湧き上がる怒りを抑え切れないでいる。
「ヒトキ・・・いいえ、魔人メフェレスッ!! あたしは・・・あなたを許さないッッ!! ちりのためにもッ・・・あなたは必ず滅ぼすッッ!!」
「・・・・・・貴様ァ・・・」
「あたしはッ・・・あたしは今ッ!! ・・・はじめて、ひとを喜んで倒すよッッ!! メフェレスッ、あなただけは、喜んで倒すからッ!!」
満月に照らされた首都の地が、瞬間、真昼の明るさに包まれた。
ファントムガール・サクラが、眩い銀色を放って輝いている。つい今しがたまで、生命活動を停止していたとは思えぬ光だった。
「このッ・・・クソアマァッ・・・~~ッ!!」
覚醒・・・・・・したのかッッ!!?
黄金のマスクの奥で、魔人の表情は戦慄に引き締まった。
全開となった闇のエネルギーと、激昂する正義の光が、皇居前広場で激しく衝突した。
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