ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」

13章

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 月に向かって、歩いていた―――。
 
 丸く、大きな、美しい満月だった。首都の街並みが、影絵のように浮かんでいる。冷たい風に心洗われ、ハッと醒めるような美しさ。
 
 幽玄、という言葉を、赤鬼は知らない。
 だが、それと似通った心地を、厚い胸の内に抱いていた。見ているだけで、儚さと、物哀しさを呼び起こす満月に惹かれて、ただ脚を進めている。
 
 美しい月に、ひとりの女性が重なっていた。
 
 ガオウは知っている。この女性のことを。
 あの満月が、いつか欠けていくように・・・すぐにも消えてしまいそうな、それでいて、いつまでも瞳の奥に焼きつくひとだった。
 
 わかっている。
 そのひとのことが、誰よりも大切なのは。
 
 名前は思い出せなくても、赤鬼にとってかけがえのない存在だった。
 
 ショートカットの娘が浮かぶ。月ではなく、太陽だった。
 月を想うと、太陽は少し翳った。
 
 ごめんな、と思った。次の瞬間、驚いた。
 格闘の化身である自分が、こんな感情を抱くとは。
 なぜ謝ったのか、わからなかった。太陽の娘が誰なのかも、思い出せない。
 
 周囲に、妙な連中がうろついている。邪魔くさい、奴らだった。時々飛び掛ってくるのを、引き裂いては投げ捨てた。
 どうやら、自分を殺したがっているのはガオウにもわかった。だが、それにしては戦意が低い。
 構わずに、月に向かって歩いた。やるべきことが、他にあった。なにか大切な役目が、自分にはあったはずだ。
 
 赤い鉄塔が、目前に迫った。
 
 直線が、いくつも組み合わさった機能的な美。
 ポトポトと、天から雫が降っている。馴染みあるその匂いは、血だった。
 見上げるガオウの視界に、あの月のひとが飛び込んだ。
 
「・・・・・・サ・・・・・・ト・・・ミ・・・・・・」

 赤鬼が哭いた。
 漆黒の空が震えるほどに、ガオウの咆哮は轟いた。
 
 滾る闘志の奥底で、古い記憶がかすかに囁いた。
 
“お前のことは・・・オレが必ず守ってみせる”

「オオオオオッッ~~~~ッンンンンッッ!!!!」

 地を蹴った闘鬼の巨体が、天空へと跳び上がる。
 串刺しの遺体を抱き締めた赤鬼は、ひと息に東京タワーの先端から引き抜いた。
 
 
 
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・!!」

 激しく肩を上下させて、ファントムガール・ナナは乱れた呼吸を整えようとしていた。
 青の模様が浮かぶ銀色の皮膚には、無数の切り傷が刻まれている。血と埃とで、すでに守護天使は薄黒く汚れていた。
 
「ギャハハハハアアァッ~~ッ!! どうしたァッ、ナナァッ!! 何度蘇ろうが、てめえじゃオレ様に敵わねェのがわかったかッ、あァッ!?」

 勝ち誇るギャンジョーの言葉に、青い天使は言い返すことができない。
 元々、この疵面の怪物の強さは身に沁みて理解している。冷静に実力を比較すれば、ナナがまともに勝てる相手とは到底思えなかった。
 
「この悲鳴・・・てめェにも聞こえてるだろ? あァ?」

 ギリと奥歯を噛み鳴らしただけで、やはりナナは返す言葉がなかった。
 
「ユリアのだな、こいつァ・・・ギャハハッ、どうやらあっちじゃ、お仲間が殺されかけてるみたいだぜェ? てめェもすぐに、後を追うかァッ!?」

 皇居前と日本武道館では、少し距離が空いている。隣の戦場の様子は、ここからでは明らかではないが、なにが起きているのか、予想はついた。
 続々と仲間たち・・・処刑されたファントムガールが集結しつつあるのは、ナナも雰囲気で感じ取れた。
 だが、敵が悪すぎる。
 一対一で闘うには、三凶の悪魔どもは強すぎた。現に、肉体的にはもっとも万全に近く、守護天使のなかでも実力上位のはずのナナをもってしても、劣勢を強いられているのだ。
 
 せめて、あのひとが。
 あたしたちの中心にいる、あのひとが蘇ってくれれば・・・
 
 天を揺るがす鬼の咆哮は、そのとき、ナナの耳に届いた。
 
「ッッ!!・・・吼ッ・・・介?」

 なんと哀しい雄叫びなのか。
 闘鬼の鳴き声に、思わずナナは宙天を見上げた。ギャンジョーすらも、誘われたように視線を移す。
 
 玲瓏なる満月を背景に、赤鬼が天高く飛翔していた。
 
 その腕のなかに、美しき女神を抱いている。
 銀色の皮膚が血に汚れ、冷たくなって動かない、美神の亡骸。
 
 丸く輝く月のなかで、闘鬼は女神と唇を重ねた。
 
 影絵のなかで、怪物と死者は、愛を交し合った。
 
「・・・・・・・・・里美・・・さん・・・・・・」

 少しは痛むかと思った胸が、不思議なほど、穏やかだった。
 そう。わかっていたから。
 彼が、最後の最後に還る場所は、あたしじゃない。きっと、あそこにある。
 
 ・・・ドクン・・・・・・
 
 鼓動が聞こえた。気がした。
 この地上が、脈動するかの音色だった。
 
 ・・・ドクンッ・・・・・・ドクンッ・・・・・・ドクンッ・・・・・・
 
 気のせいでは、ない。
 月光のなかで、唇を重ねる死者の表皮が、かすかに輝きを放ち始める。
 
 ・・・ドクッ・・・ドクンッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・
 
「・・・・・・おかえり・・・なさい・・・」

 許されるならば、ナナは大声をあげて泣きたかった。
 だが、泣かない。
 もしも泣ける日が来るとすれば、それは全ての闘いに終止符を打ったときだ。
 
「・・・ギャンジョー。いくわよ」

「・・・小娘がァ・・・希望が灯ったとでも・・・思ってんのかァッ・・・!?」

「そんなんじゃ、ない。ただ・・・みんなと、里美さんとまた一緒に闘えるのが嬉しいだけ」

 ・・・ドクンッ・・・ドクンッ・・・ドクッ、ドクッ・・・ドッ、ドッ、ドッ・・・
 
「いくッッ・・・ぞォッッッ!!! あたしたち、ファントムガールの力ッッ・・・思いっきりお前たちにぶつけるッッッ!!!」

 太陽の少女が叫んだとき、月の少女はその肉体を震わせた。
 
 ・・・ドクンッッッ!!!
 

 
 全滅したはずの守護天使・・・銀色の巨大な少女たちが、次々に首都の決戦地に降臨していた――。
 
 それは誰の差し金であっただろう。
 テレビ、携帯、ネット回線を通じた動画配信・・・各家庭の茶の間から、手元にあるスマホにまで、不意に廃墟と化した首都の映像が流れた。
 
 魔人メフェレスが、この国の王となる瞬間を見せつけようとしたのか。
 抵抗を続けるレジスタンスが、一部のメディアを抑えることに成功したのか。
 恭順を示した政治家や官僚のなかに、密かな反乱者が紛れ込んでいたのか。
 
 正解は誰にもわからない。
 ただ、確実なことは、東京の地でリアルタイムで起きている決戦・・・人類の未来を賭けた最終決戦が、全世界の人々に映像として流されていること。
 そして、一度は完全敗北を喫したファントムガールが、再び聖戦の地に戻ってきたことだった。
 
「ガンバレ」
「勝て」
「お願いします」

 人々は祈る。濃密に祈る。
 今後の全ての望みを捧げても構わないほど、全力で祈る。
 非業の死を遂げたはずの少女たちに、もう一度・・・そして最後の、希望を託す。
 
 皇居の付近。首都のなかでも、もっとも重要な中心。真の意味での都心。
 3箇所にわかれた決戦場で、復活したファントムガールと、最凶の三悪魔との闘いは始まっていた。
 
 日本武道館のある北の丸公園では、青い天使ナナと、疵面獣ギャンジョーが。
 皇居前広場では、すでに窮地にあるユリアと、一方的に責めるゲドゥー。
 そしてもうひとつ、同じく皇居前の敷地で、かつて恋人同士だったサクラとメフェレスが、憎悪の視線を交錯させている。
 
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