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11、マイティ・フラッシュ

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「どうせイケメン目当てかなんかで、見てんだろうけどな」
 3人組の少年たちが、同じクラスメイトの連中だと知ったのは後のことだ。
 傍らで足を止めたこいつらは、ごくありふれた、どこにでもいるような外見をしていた。炎乃華みたいにハッとする容姿を持っているわけでもないし、悪い意味でも目立っているところなんてない。ごく普通。見た目以外にもなんの特徴もないから、いまだにオレは名前も覚えていない。
 ただ3人揃って、ヘラヘラと浮かべた薄笑いだけが、強烈に印象に残っているだけだ。
「違うわ。むしろ私は、桃山スミレさまみたいなヒロインの方が……」
「もういーよ。キモいよ、お前」
 瞳を泳がせた炎乃華が、真っ青な顔を俯かせた。
 他の下校途中の生徒たちが、遠巻きにオレたちを眺めながら、ヒソヒソとなにか話している。視線と耳をこちらに向けながらも、知らぬフリして通り過ぎていく。
「女で特撮ヲタって、バカじゃないの?」
 炎乃華が黙り込んだことで、3人組のリーダー格は、完全に調子に乗っていた。よーく見ると眉毛を極端なまでに細く整えているのが、特徴といえば特徴だった。
「お前、もうちょっとオトナになったら? 特撮なんて卒業しろって」
「……私は、バカなんかじゃない」
「あんな有り得ない子供向けの、なにがいいんだよ」
 細眉の声に合わせて、残るふたりも冷笑する。
左右の拳を握りしめていた炎乃華が、やっと顔を上げたのは、その時だった。
「みんなのために闘うことは、カッコイイことだよ」
 凛とした光を瞳に宿らせて言い放つ炎乃華を、オレは、お前こそカッコイイと思った。
 それ以上、炎乃華は何も言い返さなかった。大好きなものをバカにされ、いわれなき中傷を受けたというのに、グッと唇を引き結んで耐えていた。
「あんなの、ただの作りモンじゃねーか。キモ」
 細眉が言い放ち、3人でゲラゲラと笑いながらその場を去っていく。
 じっとその背中を見送りながら、炎乃華はそっと呟いた。
「……本当にヒーローは……いるんだから」
 オレが炎乃華の母親、光梨のことを教えてもらったのは、その後のことだ。
 私の家に来ないかと、炎乃華はオレを誘ってきた。笑顔が少し引き攣って見えたのは、ムリヤリに作った、からだったのかもしれない。
 初対面の、身元もわからない若い男を自宅に引き入れるなんてなんと不用心な、と今なら思うけど、思う存分特撮の話ができる相手を見つけてよっぽど嬉しかったんだろうな。
 実際には地球のテレビなんてなんにも詳しくないオレは、必死に話を合わせたさ。まあ、ほとんど炎乃華が喋るのを聞いてるだけだったし、Vレンの撮影現場でのエピソードがいくつかあったから、それで乗り切ったが。
 ……あんなことがあったばかりだから、炎乃華の心の傷を少しでも癒してやりたかった。好きなものの話をしただけでバカにされるなんて……やっぱりおかしいだろ、それは。
「マイティ・フラッシュはね、私のお母さんなの」
 きっと、本当は炎乃華も、心のなかはとても平静ではいられなかったんだろう。
 3人組の姿が見えなくなってから、何もなかったように明るく振舞っていたけど……。
 そうでなかったら、亡き母の話を、オレにすることもなかったはずだ。ほとんど誰にも知られていない巨大ヒロインは、炎乃華にとってなにより大切な存在に違いなかった。
「だから地球を守るヒロインは、本当にいるんだよッ! だってお母さんが、変身して侵略宇宙人と闘っていたんだもん!」
 次々と本棚から古い特撮雑誌を持ち出しては、炎乃華はオレの目の前に広げてくる。
 マイティ・フラッシュの映像がほとんどないため、炎乃華が持っている資料は雑誌が中心だった。そこには炎乃華に似た美しい女性が、白銀のスーツに身を包んで、異形の怪物や宇宙人と闘う写真が小さく載っている。
 この資料に掲載されている情報が、炎乃華が知る、実の母親の全てだった。
 もちろん、母の本当の職業が女優であったことなんて、炎乃華はちゃんと理解している。マイティ・フラッシュが番組で作られた巨大変身ヒロインであることなんて、わかっている。
 それでも。
 母・光梨が亡くなった時、炎乃華はまだ2歳だった。声も温もりも、覚えてなどいない。成長してから掻き集めた資料だけが、母がどんなひとだったかを教えてくれる。
 ~だわ、といった炎乃華のイマドキらしらぬ口調も、母親の、いやマイティ・フラッシュの影響だった。
地球を守るヒロインに憧れ……母の真似をして、炎乃華は育った。
「マイティ・フラッシュは一度も負けたことがないの!」
「え、でも……」
 第11話の宣材写真を載せた雑誌に目を落として、オレは動揺する。
 最終回、ひとつ前のエピソード。そのなかでマイティ・フラッシュは4体の敵に囲まれて、窮地に陥っていた。記事には最終回が急遽決まり、打ち切りのために半ば強引に話が終わる旨が報じられている。
 どう考えても、ここからの逆転は有り得ない、と思えた。現実にバトルしているオレからすると、尚更だ。
唐突に最終回が決まったために、マイティ・フラッシュが死んで終わる、なんて最後も十分あるんじゃないか。
「幻になった12話の脚本は、結局誰も知らないらしいの」
 撮影当日に脚本が運ばれる、という時に、交通事故の悲劇が起こったらしい。
「だからお母さんは……マイティ・フラッシュは、負けずに終わったのよ! 1対4という絶体絶命のピンチでも、負けなかったんだから! これこそ最強のヒロイン、って思わない?」
 満面の笑みを浮かべる炎乃華は、本当に誇らしげだった。
 フツー、さ。撮られるはずだった最終回がなくなった、作品が未完で終わった、というのは、悔しいことなんじゃないかとオレは思うんだ。
 まして実の母親が主演していて……不慮の事故で亡くなったというなら、娘の炎乃華の痛恨は、察して余りある。12話がなくなって悲しんでいるのは、誰よりも炎乃華のはずなんだ。
 なのにこの少女は、前向きに受け取っていた。
 いや、きっと。頑張って、前向きに受け取るようにしたんだ。
 マイティ・フラッシュの最終回は、撮れなくなったんじゃない。お母さんは自らの命と引き換えに、絶体絶命の巨大ヒロインを敗北から救ったのだ、と。
 だから、オレは決めた。
 この少女を、津口炎乃華を、巨大変身ヒロインにする、と。
 そして、地球代表として、宇宙最強であるゼルネラ星人のオレと闘ってもらう、と。
 オレが知る限り、この地球上で、もっとも正義のヒロインになることを、熱望している少女。地球のために闘うのに、もっとも相応しい少女。
 ゼルネラ星人の力の源である、マナゲージ。そのうちのひとつ炎のマナゲージを、オレは炎乃華に、本人も気付かぬうちに与えた。
 そして――マイティ・フレアは誕生した。

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