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番外編
ご褒美はいかが
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エプロンドレスとはいかなくても、屋敷にいるうちは楽なワンピースを選んでしまう。
ルルは厨房でグレーテの手伝い。ヨナスは書斎で本を読んでいる。ヨナスは毎日新聞や本やら手紙やら、午前中は書斎で過ごすことが多い。領地の管理は、伯爵である父が行っているが、シュベルトベルク家の息のかかった事業の業績の把握や、新たな投資の検討、経済の動向などチェックしなければいけないのに加えて、国防に関する知識も常に更新していかなければならない。
「ルルさま、ご主人様にお茶をお持ち致しますか?」
思案顔でクッキー生地にジャムをのせているルルに、グレーテが言う。
「うん、そうするわ、グレーテさん」
「ルルさま、グレーテとお呼び下さい」
グレーテは先の戦で夫を無くしている。子供も疫病で亡くし、彼女の有り余る愛情をルルは一身に受けて育った。
「奥様になられるのですよ」
グレーテはつまみ食いを叱るようにルルに諭す。ルルはこくりと頷いて、「はい、グレーテ」と答えた。
「……ルルさま、早く自覚しませんと、そのうち身体がもたなくなりますよ」
ルルはまたこくりと頷いて、グレーテはため息をついた。
ノックをしても、ヨナスは答えなかったので、ルルはそのまま書斎にワゴンを押して入る。
「……ヨナス?」
ヨナスは書斎の書き物机に向かっている。ワゴンを置いて、椅子の背もたれの向こうにとことこと歩いて行き、ヨナスの顔を覗き込むと、ヨナスは机に広げた書類を熱心に読んでいる。
「ヨナス、ちょっと休憩したら」
「……ああ」
「お茶、飲まない?」
「……ああ」
ルルは腰に手を当てて、憤慨した。ヨナスにはこういう、一度集中したらまわりを全く気にしなくなるところがある。
ヨナスの目の下には、うっすらと隈が見て取れた。最近特に忙しそうだから。――ルルとの婚礼の準備のせいかもしれない。
ルルは今まで、屋敷内に特に役割を与えられることはなかった。ただ愛されるための日々は、ルルを蛹から蝶にした。ルルは自由に飛び回り、話し、笑い、身近な人々を愛する。
このかけがえのないルルの故郷。ヨナスとの結婚は、故郷への切符だ。いつでもヨナスの腕にかえる。彼こそが魂の故郷であり、ヨナスも同じなのだと。
ヨナスが目を書類に落としたまま、ルルを手招きする。
ルルはヨナスの手が誘うまま、素直に彼の膝に座った。ヨナスはルルの小さな身体をすっぽりと抱え込んで、彼女の黄色い頭のつむじの上に顎を置いた。
ルルの手は、文鎮代わりにされて、机に置かれる。その上から、ヨナスが自分の手を重ねる。
時折、ヨナスの顎が頭から滑り落ち、彼女の頬を撫でる。ルルの細い指の一本一本をしごくように弄ぶ。膝に置いた猫を可愛がるように、ヨナスはルルを膝に置いたまま仕事を続けた。
ルルの細い腕の倍以上あるヨナスの腕。シャツは腕まくりをしていて、筋肉の畝が美しい。ルルが子猫なら、ヨナスは立派な成獣だ。ヨナスの膝の上はぽかぽかと温かかった。彼の吐息を耳元に感じ、ルルは時折身体を震わせる。
ヨナスの腕がふいにルルの腹部に回されて、ルルは小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ! くすぐったい」
「すまん」
仕事をしていたはずのヨナスが、ルルの首筋に顔を埋めてくる。耳朶を甘く噛まれて、「あん」と鼻から声が抜ける。恥ずかしさにルルは尻をもじつかせた。
「あの、ヨナス、お仕事」
「……ご褒美が目の前にいたから、すぐに終わった」
「ご褒美?」
ルルはことんと首を傾げて、ぱちくり瞬きをする。深みのある黒の瞳で、夫になる男を見上げる。うっすらと朱唇を開けて、雪白の肌はしみ一つ無く透き通っている。
押してきたワゴン、もう冷めてしまったろうか。
「ご褒美をくれるか? ルル」
ヨナスは厚みのある唇を歪めた。彫刻のようにすっきりとした頬、耳からもみあげのあたりの髪は、金茶に近い。太い首から、逞しい肩。堂々とした体躯は、けれど重たさを感じさせない。本当に、力強く駆けて獲物を狩る獣みたいだ。
ルルはこくんと頷いて、ヨナスに花が綻ぶように笑いかけた。
ヨナスの青い目に、謎めいた光が浮かぶ。
「どうぞ、召し上がって?」
「では、遠慮無く」
獣が牙を剥いた。
その後、床には脱ぎ捨てられたワンピースと、ルルの泣き喘ぐ声。
褒美は全てヨナスの腹に収まった。
ルルは厨房でグレーテの手伝い。ヨナスは書斎で本を読んでいる。ヨナスは毎日新聞や本やら手紙やら、午前中は書斎で過ごすことが多い。領地の管理は、伯爵である父が行っているが、シュベルトベルク家の息のかかった事業の業績の把握や、新たな投資の検討、経済の動向などチェックしなければいけないのに加えて、国防に関する知識も常に更新していかなければならない。
「ルルさま、ご主人様にお茶をお持ち致しますか?」
思案顔でクッキー生地にジャムをのせているルルに、グレーテが言う。
「うん、そうするわ、グレーテさん」
「ルルさま、グレーテとお呼び下さい」
グレーテは先の戦で夫を無くしている。子供も疫病で亡くし、彼女の有り余る愛情をルルは一身に受けて育った。
「奥様になられるのですよ」
グレーテはつまみ食いを叱るようにルルに諭す。ルルはこくりと頷いて、「はい、グレーテ」と答えた。
「……ルルさま、早く自覚しませんと、そのうち身体がもたなくなりますよ」
ルルはまたこくりと頷いて、グレーテはため息をついた。
ノックをしても、ヨナスは答えなかったので、ルルはそのまま書斎にワゴンを押して入る。
「……ヨナス?」
ヨナスは書斎の書き物机に向かっている。ワゴンを置いて、椅子の背もたれの向こうにとことこと歩いて行き、ヨナスの顔を覗き込むと、ヨナスは机に広げた書類を熱心に読んでいる。
「ヨナス、ちょっと休憩したら」
「……ああ」
「お茶、飲まない?」
「……ああ」
ルルは腰に手を当てて、憤慨した。ヨナスにはこういう、一度集中したらまわりを全く気にしなくなるところがある。
ヨナスの目の下には、うっすらと隈が見て取れた。最近特に忙しそうだから。――ルルとの婚礼の準備のせいかもしれない。
ルルは今まで、屋敷内に特に役割を与えられることはなかった。ただ愛されるための日々は、ルルを蛹から蝶にした。ルルは自由に飛び回り、話し、笑い、身近な人々を愛する。
このかけがえのないルルの故郷。ヨナスとの結婚は、故郷への切符だ。いつでもヨナスの腕にかえる。彼こそが魂の故郷であり、ヨナスも同じなのだと。
ヨナスが目を書類に落としたまま、ルルを手招きする。
ルルはヨナスの手が誘うまま、素直に彼の膝に座った。ヨナスはルルの小さな身体をすっぽりと抱え込んで、彼女の黄色い頭のつむじの上に顎を置いた。
ルルの手は、文鎮代わりにされて、机に置かれる。その上から、ヨナスが自分の手を重ねる。
時折、ヨナスの顎が頭から滑り落ち、彼女の頬を撫でる。ルルの細い指の一本一本をしごくように弄ぶ。膝に置いた猫を可愛がるように、ヨナスはルルを膝に置いたまま仕事を続けた。
ルルの細い腕の倍以上あるヨナスの腕。シャツは腕まくりをしていて、筋肉の畝が美しい。ルルが子猫なら、ヨナスは立派な成獣だ。ヨナスの膝の上はぽかぽかと温かかった。彼の吐息を耳元に感じ、ルルは時折身体を震わせる。
ヨナスの腕がふいにルルの腹部に回されて、ルルは小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ! くすぐったい」
「すまん」
仕事をしていたはずのヨナスが、ルルの首筋に顔を埋めてくる。耳朶を甘く噛まれて、「あん」と鼻から声が抜ける。恥ずかしさにルルは尻をもじつかせた。
「あの、ヨナス、お仕事」
「……ご褒美が目の前にいたから、すぐに終わった」
「ご褒美?」
ルルはことんと首を傾げて、ぱちくり瞬きをする。深みのある黒の瞳で、夫になる男を見上げる。うっすらと朱唇を開けて、雪白の肌はしみ一つ無く透き通っている。
押してきたワゴン、もう冷めてしまったろうか。
「ご褒美をくれるか? ルル」
ヨナスは厚みのある唇を歪めた。彫刻のようにすっきりとした頬、耳からもみあげのあたりの髪は、金茶に近い。太い首から、逞しい肩。堂々とした体躯は、けれど重たさを感じさせない。本当に、力強く駆けて獲物を狩る獣みたいだ。
ルルはこくんと頷いて、ヨナスに花が綻ぶように笑いかけた。
ヨナスの青い目に、謎めいた光が浮かぶ。
「どうぞ、召し上がって?」
「では、遠慮無く」
獣が牙を剥いた。
その後、床には脱ぎ捨てられたワンピースと、ルルの泣き喘ぐ声。
褒美は全てヨナスの腹に収まった。
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