26時の寝顔

松山あき

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26時の寝顔 前編

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 毎週金曜日の午後九時から翌朝九時まではあの人の時間。

 この日だけは残業を断って真っ直ぐに帰宅する。
 家に帰ってシャワーを簡単に浴びてから少しだけ気取った、それでいて気合が入りすぎない服に着替える。
 最後に以前プレゼントされた時計を身に着けて再び街へと繰り出した。
 
 待ち合わせはいつも駅前のカフェ。それからバーに行くこともあれば、それなりに清潔なホテルに直行することもある。
 本番はあったりなかったり。映画を見て二人して心地よく寝落ちる夜もあった。
 そして夜が明ければ早朝からやってるファミレスで高級な飯を食ってまた駅で解散。

 十二時間で三万円。
 それがはるかが金曜日の男、周幸ちかゆきからもらう報酬だ。

 深夜二時。
 甘い交わりの余韻の中、遥は周幸の腕の中で目を覚ました。

 今日はそういう気分だったようで、お風呂が大きい清潔なホテルに来てすぐにキスをされた。
 まだ荷物も下ろしていないタイミングで遥も戸惑ったが、周幸の舌がいつものように丁寧に優しく口の中に差し込まれれば、文句を言うことさえどうでも良くなってしまう。

 周幸はお金で遥を買うわりに、男同士のセックスに慣れていないと言った遥を面倒くさがることなくその良さを教えこんだ。
 毎週毎週、遥の後ろを丁寧に解して、尻の穴に触れられることと快楽とを結びつけられる。
 ぐずぐずになって「もうやめて」と強請ってもキスをするだけで、決して後ろを弄ぶ指先も、性器の先につけたローターも外してはくれなかった。

 お陰でこんな週末が始まって二ヶ月経つ頃、初めて周幸を受け入れることができたときは、妙な喜びさえ湧きてきたのを遥は覚えている。
 
 同時に初めてなのに、腹の内側から襲う圧迫感も周幸が擦れる感触も強烈な快感を運んできて、頭がおかしくなるほどの体験を植え付けられもした。
 
 そのせいで遥はもう普通の自慰では満足に達することもできない。
 男でないと――周幸でないともうダメなのではないかという錯覚がするほどに溺れている。

 隣で静かに眠る男はそんなことも知らないのだろうと思うと憎たらしくなって、思わずその頬を突いてやった。

 よく眠っているらしい。優しくつついただけとはいえ眉を寄せるだけで身じろぎさえしない。
 上品な顔立ちで清潔感のあるこの男の年齢を遥は知らないが、おそらく三十代半ば。今年二十五になった遥とは十歳……もしかしたらもう少し歳上かもしれない。
 歳上らしく余裕があっていつも優しく笑うだけの周幸の寝顔は幼くて、ほんの少し遥を幸せにする。

 しばらくその寝顔を見つめながら遥は自分の身体を周幸の身体に隙間なく寄せて、穏やかな息遣いや微かに聞こえる身体を流れる血液の音に耳を澄ませた。

 相手が寝ているとはいえ段々恥ずかしくなって来たので、起こさないようそっと寝返りをうつ。
 自分のスマホを見ると通知が来ているようだった。チカチカ光る明かりが気になってベッドから抜け出せば、風呂場の近くまで行って画面ロックを解除した。
 
 通知の内容を見た瞬間、遥は一気に燃え上がる感情に思わず叫びそうになる。
 だがこの暗闇の中周幸を起こすわけにもいかず、色が白くなるほど強く唇を噛んだ。

『母親:おばあちゃんの施設費用が払えません。至急お金を振り込んで下さい。』

 先週も周幸からもらったお金を振り込んだはずだ。そもそもお金を渡す約束さえしていない。
 この際、こんなスマホ壊れてしまえと言わんばかりに力を込めて握りしめながら、それを投げつけるのを何とか我慢した。

 ふーふーっと呼吸を整えていくうちにそう言えば周幸に出会った日も、母親から連絡がきたのだったと思い出す。

 遥から見て母親はずいぶんとだらしなく、それでいて常識ばかり説くような女だ。
 お金もだらしがないので、遥はアルバイトが出来るようになるまで朝ごはんを……時には夕飯もまともに食べられないことも多かった。
 
 そのわりに見た目には気を遣う母親はいつも着飾っては色々な男を部屋に連れ込むこともあった。
 その度に遥に物音一つ立てないように言いつけ部屋に閉じ込めた。
 
 一度だけ学校の支度をしていて教科書を落とした日には二日ほど家に入れてもらえず、公園で身を隠して生活したこともある。

 かくして遥は女という生き物が苦手になり、元々の素養もあったのか自然と男性を好きになるようになった。
 
 高校生の時、バイト先で知り合った歳上の大学生とキスをしていたところを母親に見つかったことがある。

――「アンタ、男に股を開いて恥ずかしくないの?」
 
 母親はそう言い冷たい視線を遥に投げて寄越した。

 少しショックではあったが、母に寄せていた期待を諦めるには十分な出来事だった。
 多少難がある母だったが、それでも自分を産み育てた人だ。遥にも情はあり、将来はこのどうしようもない人を支えるしかないと思っていた。

 だが、男にだらしない母が、男を好きになった自分を責めたことでその将来像は音を立てて崩れていった。
 今や跡形もなく、さっぱりと生きられるのだが、血縁という呪いは未だにある。

 教師に頼み込み、何とか東京で働くようになった遥だったが、母親はどこまでも追いかけてきている。

『母親:お金も時間もかけて育てた母親に感謝の気持ちがあるなら仕送りしてはどうですか。』
『母親:こちらはおじいちゃんとおばあちゃんの世話にもお金がかかります。至急振り込んで下さい。みんな協力しあってますよ。』

 忘れた頃にそんなメッセージが届くようになり、お金で自由が買えるならと、仕方なく高くない給料から毎月五万円を振り込むようにしていた。
 だが、それでは足りないと言い出したのが周幸と出会ったあの日だった。
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