メイストームのあとは飛行機雲

松山あき

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メイストームのあとは飛行機雲

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 教養棟は比較的静かだが、それでもあちこちから帰宅や部活に急ぐ生徒の声が飛び交っている。
 その中をゆったり歩く昴希は内心疲れを感じていた。

「教養棟の二階は職員室と購買。一応購買は九時半に開くけど、昼休み以外でお菓子とか買うと先生いい顔しないから気をつけて。」

 購買は文房具も売っているが、少しだけお菓子やパンも売ってはいる。授業の合間の短い休み時間にそれらを買ったのがバレて、古典の授業中ずっと当てられた生徒を見て以降、少なくとも昴希のクラスでは食べ物は昼休みに買うべしと暗黙の了解となっている。

「江夏くんはお昼どうしたい?この下が食堂だけど、昼に売りに来るお弁当とかサンドイッチも美味しいよ。」
「…………さあ。」
「そう。」

 始終この調子なのが疲弊の原因だ。雑談程度に得意な科目やスポーツは好きかなど聞いては見たが「別に。」と短く硬い声が返ってくるのみだった。そのくせ昴希のことは見てくるから居心地が悪いことこの上ない。だからといって説明を省いたり手を抜けない自分の性分もメンタルに影響してる自覚はある。

 コレもハズレの話題かと、あまりの手応えのなさに瞬きと一緒に視線をそらす。この短い時間に翼について昴希が知り得たのは、彼が選択授業で物理と美術を取ることと、ものすごい愛想がないことくらいだ。極度の人見知りにしても社会性というか協調性は乏しそうだと昴希は感じた。

 前方の購買から三人組の生徒が出てくるのが見えて、昴希は無意識に端のほうへ避けるように歩いていく。
 だが彼らは昴希の姿を認めるとわざわざ近くまで寄ってきてきて鋭い視線を投げつけてきた。

「……半端モン。」

 すれ違いざまに投げられた悪意ある言葉に昴希は何も答えない。ただ気が付かないフリをして歩き続けるだけだ。

「こーちゃん、あれなに。」

 大して気にしていなかった昴希だが、あのボソボソした声は翼にも聞こえていたらしい。昴希は笑みは忘れずに、眉を下げて申し訳なさそうな顔になる。

「変なもの聞かせちゃってごめん。俺こんなだから時々ああいうことあるんだよ。」
 
 自分が裏で「中途半端なアルファだ」と言われているのは入学して間もない頃から昴希は知っていた。

 成績優秀だが体格、運動神経は中の下、また穏やかで紳士的な物腰の昴希は、アルファとしてのステレオタイプからかけ離れている。それに起因した悪口だ。
 成績だけでなく、千彰の心を射止めていることに対してのやっかみも含まれているかもしれないが。

 まさかオメガだと隠した上でこうしたことに遭遇するとは思わなかったが、中学生の時と同じように無視をする以外のアクションをする気は昴希にはなかった。

 その答えを聞いてもなお、じっとこちらに視線を向け続ける翼だが、やがて関心をなくしたようにふいと顔をそらした。
 何か昴希に言いたそうにしていたが、それが自分を心配するものなのか、責めるものなのか、あるいは見切りをつけるものなのか分からず、何か言わなくちゃと何故か気持ちが焦る。

「気にしてないよ。それより、こっちには生物室と隣に物理室。物理は実験のとき以外は教養棟の空き教室使うことも多いかな。」

 生物室の中を覗けば、案の定寄り添うように腰を下ろす直人と智の姿が見えた。生物部という立派な看板はあるが、智を除けばほとんどが幽霊部員だ。そのため彼は実質ここの主のようになっていた。
 メダカやカエルなどの世話も智と生物の先生が引き受けているが、メダカは繁殖もできていて、すでに水槽三つ目らしい。
 
 ふと隣の彼はここでも無関心なのかと顔をあげて見ると、視線は一応直人には向いていた。知り合いの恋愛事情はやはり気になるものかと観察を続ける。
 案内する間一緒にいても、おしゃべりな同級生たちと違って何も話さない翼のことは昴希にはよく分からなかった。

「直人の恋人だよ、隣にいるのは。」

 やはり反応はないが、こちらが足を止めれば、一緒に止まってくれた。
 気になるのだろうか、それとも単純に昴希に合わせただけだろうか。

「あの二人幼なじみで、入学前からずっとあんな感じなんだ。」

 扉に取り付けられたガラスが額縁のように二人を飾る。
 直人の肩に智が身体を預けている。特に何か話しているわけではないが、お互い心を許していることが分かるほど穏やかな表情をしているのが遠くからでもわかった。昴希には時々直人と智が一枚の絵のような完成された世界にいるように見えることがある。

「比翼の鳥ってのはああいうのを言うんだろうな。」

 片翼しか持たないピタリと寄り添って飛ぶ二羽の鳥、転じて非常に仲が良いパートナーを指す言葉がよく似合う二人だと昴希は思っていた。
 直人がふとこちらに気づき軽く手をあげ挨拶をする。それを返してから今一度歩き出すと、翼がゆっくりと口を開いた。

「俺は自分でどこへでも行きたいけど。」

 一部の生徒からはドラマのようだと憧れの視線を向けられる直人と智だが、どうやら彼の理想ではないようだ。これまでと違い硬さの中に確かに翼という人を感じるような、人間らしい温度を昴希は感じていた。
 
 パートナーの形は色々あるという。束縛激しいアルファも多いと聞くが、そういうのを好まないというのはなんだか翼らしいように思える。
 昴希にはまだパートナーを得ることがどういうことか想像も出来ない。だがパイロットになることを思うと、やっぱり比翼の鳥も連理の枝も自分の性にはあわなそうだと思い至った。

「そうだな。なんか分かる。」

 すっと思ったことが口から溢れる。半分ひとりごとのつもりだったので、昴希は翼を振り向くこともせず、彼の頬がほんのわずかに熱を持っていたことには気づかなかった。

 なんとか案内を終えると玄関で「また明日。」と声をかけて昴希は翼と別れる。
 少しだけあの心の奥が見えない磨りガラスのような瞳でもう一度昴希を捕らえてから、何も言わずに翼は寮へと帰っていった。

 その影が遠くなると、先ほどまで我慢していた息がはあーーっと盛大に漏れていく。あの前髪から透ける不透明な目も、感情のない唇も思い出すだけで落ち着かない気持ちにさせられる。

 役割も無事に終えたので、気持ちを切り替えようと校舎内へと踵を返した。
 
 ホームルームが終わってからそれなりに時間が経った今、すれ違う生徒もほとんどいない。
 遠くに運動部と吹奏楽部が活動している音がするだけだった。
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