メイストームのあとは飛行機雲

松山あき

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メイストームのあとは飛行機雲

23《直人視点》

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 それに最初に気づいたのは智の方で、はじめのうちは直人にさえ秘密にされていた。
 
 きっかけは猛暑だと言うのに、昴希が腕まくりもせず、きっちりと長袖を着ていたことだ。しかもボタンも上まで留めて。

 二人きりのときに「暑そうだよなあ」と漏らした直人に、智はしばらく黙ってしまった。そのあとで躊躇いがちに「絶対見ないであげて。」と、その下に隠れたものを教えてくれたのだ。

 そんなふうにして智が守ってきた秘密を今ここで言うべきか、直人を葛藤が襲う。
 元々昴希の第二性は直人たちしか知らないが、オメガとしての昴希のことは智も部分的にしか直人に伝えない。
 智が慎重になるということは、昴希にとっても重大な話でもあると直人も理解していた。
 
 だが翼が見られてしまったものを変にごまかすのは難しい相手だから正直に話すべきかという選択肢が浮かぶ。
 同時に知ったら最後、何をしでかすか分からないヤツだとわかっているからこそ直人の迷いが深くなる。

「もしかして、なおちん?」
「違うわ。当たり前だろ。」

 ちらりと翼をもう一度見る。強い光も鋭さも普段見ている翼よりも何倍も強い。
 それに先ほど見た翼の衝動的なところを思えば、答えは一つだった。

「言わねえ。」
「知ってんの?」
「知ってるけど、言わねえ。」

 理由や言い訳を言えばそれこそ食いついてくるだろう、と翼の言葉を一蹴するに留めたが、向こうも諦めようとする気配はない。イライラしているのか片足が落ち着きなくゆれている。
 
「何で?」
「お前、そいつのこと夜道で襲いそうな顔してるから。」

 まだ恋人ですらない相手のためによくここまで嫉妬できると呆れるほどだ。
 だが、その激しい感情を向ける相手が現実にはいないと分かったとき、この熱が全て昴希に向かい、それからどうなるか予想がつかない。

「ぶん殴るに決まってんじゃん。あんなにかわいそうなんだから。」
「意外だな。いなくなったら昴希のことモノにできるって言いそうなのに。」
「そんなことしなくても、オレのになるよ。特別な番ってそういうもんでしょ?」

 すごい自信だと言葉を失った。だが昴希を手に入れる手段としてと考えていなかったことは本当に意外だと直人は感じていた。
 コイツはどんなことをしてでも、それこそ相手の大事な人を蹴落としてでも昴希を自分のものにする、そういう男に見えていた。
 
 ダダをこねる子どもみたいにずっと続いていた貧乏揺すりがいきなり止んだ。感情の波はまだ落ち着かないのか、翼がくしゃりと自分の髪を握りしめる。

「子どもみたいに見えた。」
「は?」
「こーちゃんにシよって言ったら、ずっと薬飲まなきゃって言ってて……それがすっごくかわいそうで、俺が全然知らない子どもみたいだった。それでもどっかで見たことある気がして。……ああでも、ああいう顔すんのもオレじゃないヤツのせいだし、何かまた色々ムカついてきた。」

 多少憐れみの気持ちもあるようだが、結局のところ子どもじみた独占欲が翼を突き動かしていることは明白だった。

「それで、昴希のこと知って、その先にお前の思ってもないような昴希がいたらどうするんだ?」

 あまりにも脈絡のない言葉が口をついた。
 そのせいで翼が悩みだす。自分で言っておきながらどうしてこんな質問をしたのか分からない。

 それでもなんとなく翼の答えが聞きたくなって、あえて待ってみる。明確な何かを期待してはいなかったが、あれだけの嫉妬心を燃やし、昴希をかわいそうだと言った翼なら何と言うだろうかと。

「それで、こーちゃんの何が変わるの?」
「全部変わるかもな。お前が見てたもん全部嘘になるんだから。」
「ふーん。変わるならわかんないけど……変わらないなら、オレは多分ずっと好き。オレの一番欲しかったものくれたこーちゃんがいるなら、あとはどうでもいい。」

 直人から見ても翼は完璧な人間に見える。勉強もスポーツもできるし、性格はかなり難があるが、基本的には素直だし嘘もつかない。実家はどうだか知らないが、将来だってかなり有望だ。かわいい恋人もきっと簡単にできるであろう。
 そんな翼がそんなにも欲しかったものとは何なのか、昴希が一体何をしたのかは直人も興味があった。

「昴希の何がいいんだ?」
「オレのこと、普通にしてくれるとこ。」
「なんだ、それ。」

 直人が尋ねると、翼の表情が翳る。先ほどまでは感情の炎を燃えたぎらせていたが、一瞬にして鎮火し、少し遠くを見るようにして孤独を滲ませる様子が出会ったばかりの翼と被って見えた。

「多分、なおちんにはわかんないよ。」

 そう淡々と言う翼を見て、昴希が初恋とは思っていたが、もしかしたらそれ以上にいろいろな初めてを翼に与えてしまったのかもしれない、という考えが自然と頭に浮かんだ。

「でも、今日見たこーちゃんは、やっぱこーちゃんだったから、めっちゃくちゃ勃った。」
「さっきもちょっと思ったけど、それ俺に言ったって昴希に知られないようにしろよ。」

 理性も羞恥心も人一倍強く、エロの話は避けたがる昴希に知られたらきっと嫌われるだろうなと直人は思った。

 あけすけな物言いに呆れると同時に、直人は少しだけ翼に期待したくもなった。
 身勝手で、ワガママで、だいぶ粘着質な翼の恋が、昴希の何かを変えてくれないだろうかと。
 
 危険な賭けであることは承知していた。ハイリスクすぎるのも理解していた。
 だが結局何もせずにいたことが今日まで昴希に傷を作ったことも確かだった。

「アレは……自分でやったらしい。」

 喉が張り付くような感覚を覚えながらも意を決して翼に昴希の秘密を預けた。「え。」と声をあげて黙り込んでしまう翼のそれは、当然の反応だと直人は特に気にしなかった。

「俺も見たことない。けど、昴希はヒートの度にやたら薬飲んで、吐いて……。そんで部屋とかトイレから出てくると血だらけになってるんだと。智が言ってた。」
「なんで……?」
「知らねえよ。俺も……智だって。両腕噛み痕だらけで、毎回智が理由聞いても答えないらしい。このこと俺だって知らないことになってる。」

 翼が明らかに動揺してるのが直人にも見て取れる。
 ここで怖気づくならそれでも良いと思っていた。きちんと秘密を守りさえすれば、近づかなくなったっていい、と今この瞬間でさえ、直人は翼を試していた。

「それって、普通のこと?そんなにヒートってつらいの?」
「そんなわけあるか。智も入梅だってそこまでしねえよ。」
 
 受け入れてほしいと、ここで手を引いてほしいという二つの気持ちで揺れながらも、冷静に翼の一挙手一投足を直人は見つめる。

「……普通じゃいられないんだろうよ、昴希も。そうじゃなきゃ、オメガがパイロットになりたいとか言えないだろ。」
「わっかんねー。意味わかんねーよ……!!」

 癇癪を起こすように翼が壁を強く叩きつけた。
 翼が行き場のない怒りを抱えていることは分かったが、それが何もしてこなかった直人に対するものなのか、知ったところで何も出来ない自分に対してなのかは表情だけでは判断できない。

「わかってやれなんて言わねえよ。でも、ちゃんと考えて……できれば傷つけないでやってくれ。」

 進むのか退くのか、昴希に何かするのか、それとも何もしないのか。
 選ぶのは翼自身ではあるが、もうすでにボロボロな親友の内側に入ってほしいと直人も願わずにはいられなかった。
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