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メイストームのあとは飛行機雲
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ヒートが明けて何とか登校出来た日。朝礼前の担任からの呼び出しから昴希の一日は始まった。
「笹平と江夏が無断早退、しかも血だらけで寮内を徘徊してたらしいが、何か知ってるか。」
知っているも何も、元凶は自分の不注意とはさすがに昴希も言えず黙ってしまう。
それに昴希が智の看病をしている間、だいぶ揉めていたのは聞こえていたし、昨日部屋に戻ったら直人の顔が妙に腫れてることにも気付いていていたが、まさか血だらけになるほどだったのは知らず驚いた。
昴希の表情をどう取ったのか、大げさともいえるため息をついた担任は腕組みをして真っ直ぐに昴希を見据える。
「単刀直入に聞く、江夏にバレたか?」
直球で的を得る質問には心臓が大きく跳ねたが、ここでの答えは一つだ。
「……いいえ。」
直人が何も言っていないのだ、裏切れるわけがない。
本当のところが明らかになってしまえば、昴希はA組にいられなくなるかもしれない。同時に直人が智の部屋に行くこともできなくなってしまう可能性だってある。
学校側が仕組んだ運命共同体ではあるが、智を含めた三人は大人が想定しているよりも遥かに強い繋がりになっていた。
担任も生徒の嘘を見抜いていないわけではないが、結局言質がとれずに再度ため息をつくことしか出来ない。
「言うなとは言ったが、バレるなとは言っていないだろう。まったく……。今日はいいが、面倒になる前に必ず来い、いいな。」
それには何も答えず、昴希は曖昧な笑みで濁しつつ職員室をあとにした。
教室に戻れば、すでにほぼ全員が登校しており、優等生の呼び出しに対して興味津々だった。
「戻ってきた。何やらかしたんだー?放送で呼ばれて。」
「何もないよ。休んでた間の授業の話だった。」
「なーんだ。まあそうだよな。さすがに昴希はやらかすわけないか。」
昴希が築いてきた「優等生の首席」という仮面は揺らいでいないようだ。それを確かめられてほっと息をつく。
“やらかした”と言われている直人はこの会話には加わらず、幾人かと別の話で盛り上がっている。それでも昴希が自分の席に戻ればいつも通り軽く挨拶をかわしてくれた。
そしてもう一人、こちらに視線を送る人物がいた。
「おはよ。こーちゃん、熱下がった?」
普段通りに見える翼だ。目の上と頬にまだ色が戻らない部分を残しつつ、その爽やかさは数日前自分に激しく迫った人物とは思えないほどだ。
だが翼は昴希のすぐ傍までくると、手を伸ばしてその額、そして頬に触れる。
熱を確かめるように掌を押し当てつつ、合間に指先を滑らせてくるその手つきは、あの日と何の関連もないはずなのに、何故か昴希の脳内は心臓が凍りそうなほどの恐れとそれを溶かす歓喜を思い出させた。
「よかった。」
一見すると友達を心配するだけの場面に見えただろう。
実際、事情を知らない級友たちは「な?大丈夫って言っただろう?」と翼に声をかけている。
触れられている間息が止まってしまったのは、あの日のせいなのか、それとも今この瞬間も嫌な予感がしてしまったせいなのか、まだ昴希にも判断がつかなかった。
そこからは驚くほど何も変わらない日常だった。昨日は自分の身体のことがクラスメイトに知られているかもしれないと不安になったし、翼が何をするのか分からなかった。
実際は身構えていた自分がバカらしくなるほど、これまで過ごしていた日々と何も変わっていない。
翼も口数は少ないながらもいつも通り昴希にべったりだった。
昼休みに休んでいた間のノートを直人に借りて書き写している間も、ずっと隣にいて暇そうにしているだけだ。
そうして一日が過ぎ、静かなのが逆に不気味だと気を張ったままその日が終わろうとしていた。
休んでる間、千彰からも毎日メッセージが来ており、かなり心配をかけてしまったようだ。
ホームルームを終えた担任が教室を出たのを確認してから、これから美術室に行くから迎えはいらないとメッセージを打とうとする。
「こーちゃん、帰ろ。」
「……悪いけど千彰のとこ寄るから、先に帰って。」
翼が誘ってきたのを目線で確認してそう返した。
目を合わせたらあの日の自分や翼が戻ってきそうだと、根拠もなく浮かんだ考えに自然と呼吸が浅くなる。
そんな昴希の都合はお構いなしといった調子で、翼はメッセージを打っている方の手首を掴んできた。
はっと、今朝と同じ予感が昴希の背筋を襲い、無意識に噴き出した汗が背中を伝う。
「ダメだよ。病み上がりなんだから。」
やっぱりあの時の翼は、「翼」なのだと昴希は生唾を飲みながら見上げる。
表面上は違和感のないやり取りなのに、視線は昴逃がすつもりはないと言うように鋭く、その指先は何かを確かめるように掴んだ手首を撫でていた。
だんだんとくすぐったさと、違うなにかが一緒に感じられるようになってきて、昴希の心臓がざわついた。落ち着かずに手を引きたいがそれを翼が許さない。
首を掴まれたような息苦しさを思い出し、涙が出そうになる。
「ね、もう帰ろう。」
「お前は帰れねえよ。」
やや音を立てて翼の頭に降ってきたのは、直人のチョップだった。
衝撃で離れていく翼の手に、昴希は思わずほっとしてしまう。
「なおちん、痛い。」
「罰掃除あるだろ。俺の顔殴ったときの。」
「そっちもやったじゃん。」
直人が昴希に目線で合図した。「行け」と。
それに甘えるように「それじゃ。」と短く言い残し、昴希は逃げるように教室をあとにした。
美術室に着いた途端、ぎょっと千彰は目を見開いて昴希に駆け寄る。
「昴希くん、顔色悪いよ。まだ調子悪い?」
「……そうかも。でもちょっと休めば大丈夫だよ。」
何も知らない千彰に心配をかけまいと、手汗に気づかれないようにしっかりと拳を握り笑顔を返した。
結局は心配しすぎた千彰が、自分も帰るから、と強引に昴希を休ませようとしたためお開きとなった。
「笹平と江夏が無断早退、しかも血だらけで寮内を徘徊してたらしいが、何か知ってるか。」
知っているも何も、元凶は自分の不注意とはさすがに昴希も言えず黙ってしまう。
それに昴希が智の看病をしている間、だいぶ揉めていたのは聞こえていたし、昨日部屋に戻ったら直人の顔が妙に腫れてることにも気付いていていたが、まさか血だらけになるほどだったのは知らず驚いた。
昴希の表情をどう取ったのか、大げさともいえるため息をついた担任は腕組みをして真っ直ぐに昴希を見据える。
「単刀直入に聞く、江夏にバレたか?」
直球で的を得る質問には心臓が大きく跳ねたが、ここでの答えは一つだ。
「……いいえ。」
直人が何も言っていないのだ、裏切れるわけがない。
本当のところが明らかになってしまえば、昴希はA組にいられなくなるかもしれない。同時に直人が智の部屋に行くこともできなくなってしまう可能性だってある。
学校側が仕組んだ運命共同体ではあるが、智を含めた三人は大人が想定しているよりも遥かに強い繋がりになっていた。
担任も生徒の嘘を見抜いていないわけではないが、結局言質がとれずに再度ため息をつくことしか出来ない。
「言うなとは言ったが、バレるなとは言っていないだろう。まったく……。今日はいいが、面倒になる前に必ず来い、いいな。」
それには何も答えず、昴希は曖昧な笑みで濁しつつ職員室をあとにした。
教室に戻れば、すでにほぼ全員が登校しており、優等生の呼び出しに対して興味津々だった。
「戻ってきた。何やらかしたんだー?放送で呼ばれて。」
「何もないよ。休んでた間の授業の話だった。」
「なーんだ。まあそうだよな。さすがに昴希はやらかすわけないか。」
昴希が築いてきた「優等生の首席」という仮面は揺らいでいないようだ。それを確かめられてほっと息をつく。
“やらかした”と言われている直人はこの会話には加わらず、幾人かと別の話で盛り上がっている。それでも昴希が自分の席に戻ればいつも通り軽く挨拶をかわしてくれた。
そしてもう一人、こちらに視線を送る人物がいた。
「おはよ。こーちゃん、熱下がった?」
普段通りに見える翼だ。目の上と頬にまだ色が戻らない部分を残しつつ、その爽やかさは数日前自分に激しく迫った人物とは思えないほどだ。
だが翼は昴希のすぐ傍までくると、手を伸ばしてその額、そして頬に触れる。
熱を確かめるように掌を押し当てつつ、合間に指先を滑らせてくるその手つきは、あの日と何の関連もないはずなのに、何故か昴希の脳内は心臓が凍りそうなほどの恐れとそれを溶かす歓喜を思い出させた。
「よかった。」
一見すると友達を心配するだけの場面に見えただろう。
実際、事情を知らない級友たちは「な?大丈夫って言っただろう?」と翼に声をかけている。
触れられている間息が止まってしまったのは、あの日のせいなのか、それとも今この瞬間も嫌な予感がしてしまったせいなのか、まだ昴希にも判断がつかなかった。
そこからは驚くほど何も変わらない日常だった。昨日は自分の身体のことがクラスメイトに知られているかもしれないと不安になったし、翼が何をするのか分からなかった。
実際は身構えていた自分がバカらしくなるほど、これまで過ごしていた日々と何も変わっていない。
翼も口数は少ないながらもいつも通り昴希にべったりだった。
昼休みに休んでいた間のノートを直人に借りて書き写している間も、ずっと隣にいて暇そうにしているだけだ。
そうして一日が過ぎ、静かなのが逆に不気味だと気を張ったままその日が終わろうとしていた。
休んでる間、千彰からも毎日メッセージが来ており、かなり心配をかけてしまったようだ。
ホームルームを終えた担任が教室を出たのを確認してから、これから美術室に行くから迎えはいらないとメッセージを打とうとする。
「こーちゃん、帰ろ。」
「……悪いけど千彰のとこ寄るから、先に帰って。」
翼が誘ってきたのを目線で確認してそう返した。
目を合わせたらあの日の自分や翼が戻ってきそうだと、根拠もなく浮かんだ考えに自然と呼吸が浅くなる。
そんな昴希の都合はお構いなしといった調子で、翼はメッセージを打っている方の手首を掴んできた。
はっと、今朝と同じ予感が昴希の背筋を襲い、無意識に噴き出した汗が背中を伝う。
「ダメだよ。病み上がりなんだから。」
やっぱりあの時の翼は、「翼」なのだと昴希は生唾を飲みながら見上げる。
表面上は違和感のないやり取りなのに、視線は昴逃がすつもりはないと言うように鋭く、その指先は何かを確かめるように掴んだ手首を撫でていた。
だんだんとくすぐったさと、違うなにかが一緒に感じられるようになってきて、昴希の心臓がざわついた。落ち着かずに手を引きたいがそれを翼が許さない。
首を掴まれたような息苦しさを思い出し、涙が出そうになる。
「ね、もう帰ろう。」
「お前は帰れねえよ。」
やや音を立てて翼の頭に降ってきたのは、直人のチョップだった。
衝撃で離れていく翼の手に、昴希は思わずほっとしてしまう。
「なおちん、痛い。」
「罰掃除あるだろ。俺の顔殴ったときの。」
「そっちもやったじゃん。」
直人が昴希に目線で合図した。「行け」と。
それに甘えるように「それじゃ。」と短く言い残し、昴希は逃げるように教室をあとにした。
美術室に着いた途端、ぎょっと千彰は目を見開いて昴希に駆け寄る。
「昴希くん、顔色悪いよ。まだ調子悪い?」
「……そうかも。でもちょっと休めば大丈夫だよ。」
何も知らない千彰に心配をかけまいと、手汗に気づかれないようにしっかりと拳を握り笑顔を返した。
結局は心配しすぎた千彰が、自分も帰るから、と強引に昴希を休ませようとしたためお開きとなった。
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