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メイストームのあとは飛行機雲
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千彰をあんなにも必死になって助けた理由は、倫理観からの衝動だったと昴希は思っている。
偶然から始まった関係ははじめ戸惑いも多かった。
千彰はこれまで昴希が付き合ってきた友達や、クラスにいる生徒に比べて子どもっぽい。
感情はすぐ表に出るし、やりたいこともすぐに口にする。
千彰のペースで付き合うと、「いい恋人」でいる時間は長くなり、どうしても勉強の時間が減る。
それに対して疲労感を見せれば、「いいよもう。」と拗ねたような、心配したような声で言う。
ペース配分も距離の近さも違いすぎて、精神的なエネルギーの消費は多かった。加えて千彰と一緒にいる時間の分だけ遅れた勉強を取り戻そうと、夜更かしをしてしまう。
その循環の中で、個人的な悩みとは別に日々すり減る物を感じていた。
そんな中、昴希はついうっかり美術室で眠ってしまったことがある。
「ちょっとだけ絵仕上げるね。終わったらいっぱい話しよう。」
そう言ってキャンバスに向かう千彰を見つめているうちに、まぶたが重くなっていったのも気づかないまま静かに寝息を立てていた。
ふっと意識が浮かび上がったとき、自分が千彰と一緒にいることをすぐに思い出して慌てた。また拗ねてしまうかもと辺りを見回す。
昴希の予想とは反対に、千彰はすぐ隣で先ほどと同じように絵を描いていた。その白い肌が夕日で翳り、いつもより大人びて見えたのが印象的だった。
作業が一段落したのか、息を長く吐いて一旦緊張を解すと、いつもの明るい笑顔を昴希に向ける。
「おはよう。」
「ごめん、寝てたみたい。」
「ううん。寝顔見れてラッキーだった。」
おどけるようにそう言ってから千彰は片付けを始める。
あんなに真剣な顔をして何を描いていたんだろうと、昴希がキャンバスを覗けば、紺とも藍色とも言える色の中を泳ぐ魚の絵だった。
もっと明るい絵を描くのだと勝手に思っていただけに、昴希には少し意外に思えた。
「千彰はすごいな。」
「僕はもう十年以上描いてるからね、少しは上手くて当然だよ。」
「……どうして、続けるの?」
単純な好奇心からの疑問だった。
なんであれ続けるのは大変だし、画材もお金がかかると聞く。
それでも千彰があんな顔で絵を描く理由はなんだろうかと、ふと気になってしまった。
「うーん……。止める理由ないからかなあ。」
「続ける理由があるんじゃなくて?」
「うん。僕、ちっちゃい頃、すっごく癇癪持ちだったんだ。靴隠されてムカついたから積み木投げたり、先生の注意が気に入らなくて泣いたり。オムレツじゃなくて目玉焼き出てきたの嫌でパパを叩いたりもしたなあ。それで、パパが気分転換に描いたらって、絵の先生のとこ連れてってくれたんだ。」
今と大きく変わらない千彰の姿に、昴希は思わずクスッと笑みを漏らす。きっとパワフルな子どもだったんだろうと想像した。
「一緒にやってた子たちは他に好きなこと見つけたり、才能ないって思ったり、お金にならないからって辞めてったけど、僕はあんまりそういうのなくて。恵まれてるのかな、パパもずっと続けていいよって言ってくれてるし。」
「そっか。お父さん、千彰のこと好きだもんな。」
「ちょっとウザいけどね。」
冗談混じりにそう言う頃にはすっかり片付けも終わり、下校時刻も近づいていた。
少し話をしただけで、何となく今まで分からなかった千彰の心の輪郭がハッキリしたように感じた。
「送るよ、バス停まで一緒に帰ろう。」
「いいの?嬉しい。ありがとう。」
そんな千彰ともう少しだけ一緒にいようかと、はじめて昴希は自分から千彰を送ると言い出した。
この日から千彰が言ってくれる「ありがとう」や、「好き」を受け取る度に昴希は心が癒されていくのを感じていた。
おそらく、それをもらえる自分でいられることに喜びを感じていたのかもしれない。
だからこそ、千彰と自分が理想とする姿を作り上げ、それを見せることに固執してしまったのだと、今は後悔をしている。
嫉妬深く、見栄っ張りで、アルファでない自分など見せたくないという不誠実が、結局は千彰をさらに傷つけてしまった。
その考えが浮かんできて、着替える手が止まる。
偶然から始まった関係ははじめ戸惑いも多かった。
千彰はこれまで昴希が付き合ってきた友達や、クラスにいる生徒に比べて子どもっぽい。
感情はすぐ表に出るし、やりたいこともすぐに口にする。
千彰のペースで付き合うと、「いい恋人」でいる時間は長くなり、どうしても勉強の時間が減る。
それに対して疲労感を見せれば、「いいよもう。」と拗ねたような、心配したような声で言う。
ペース配分も距離の近さも違いすぎて、精神的なエネルギーの消費は多かった。加えて千彰と一緒にいる時間の分だけ遅れた勉強を取り戻そうと、夜更かしをしてしまう。
その循環の中で、個人的な悩みとは別に日々すり減る物を感じていた。
そんな中、昴希はついうっかり美術室で眠ってしまったことがある。
「ちょっとだけ絵仕上げるね。終わったらいっぱい話しよう。」
そう言ってキャンバスに向かう千彰を見つめているうちに、まぶたが重くなっていったのも気づかないまま静かに寝息を立てていた。
ふっと意識が浮かび上がったとき、自分が千彰と一緒にいることをすぐに思い出して慌てた。また拗ねてしまうかもと辺りを見回す。
昴希の予想とは反対に、千彰はすぐ隣で先ほどと同じように絵を描いていた。その白い肌が夕日で翳り、いつもより大人びて見えたのが印象的だった。
作業が一段落したのか、息を長く吐いて一旦緊張を解すと、いつもの明るい笑顔を昴希に向ける。
「おはよう。」
「ごめん、寝てたみたい。」
「ううん。寝顔見れてラッキーだった。」
おどけるようにそう言ってから千彰は片付けを始める。
あんなに真剣な顔をして何を描いていたんだろうと、昴希がキャンバスを覗けば、紺とも藍色とも言える色の中を泳ぐ魚の絵だった。
もっと明るい絵を描くのだと勝手に思っていただけに、昴希には少し意外に思えた。
「千彰はすごいな。」
「僕はもう十年以上描いてるからね、少しは上手くて当然だよ。」
「……どうして、続けるの?」
単純な好奇心からの疑問だった。
なんであれ続けるのは大変だし、画材もお金がかかると聞く。
それでも千彰があんな顔で絵を描く理由はなんだろうかと、ふと気になってしまった。
「うーん……。止める理由ないからかなあ。」
「続ける理由があるんじゃなくて?」
「うん。僕、ちっちゃい頃、すっごく癇癪持ちだったんだ。靴隠されてムカついたから積み木投げたり、先生の注意が気に入らなくて泣いたり。オムレツじゃなくて目玉焼き出てきたの嫌でパパを叩いたりもしたなあ。それで、パパが気分転換に描いたらって、絵の先生のとこ連れてってくれたんだ。」
今と大きく変わらない千彰の姿に、昴希は思わずクスッと笑みを漏らす。きっとパワフルな子どもだったんだろうと想像した。
「一緒にやってた子たちは他に好きなこと見つけたり、才能ないって思ったり、お金にならないからって辞めてったけど、僕はあんまりそういうのなくて。恵まれてるのかな、パパもずっと続けていいよって言ってくれてるし。」
「そっか。お父さん、千彰のこと好きだもんな。」
「ちょっとウザいけどね。」
冗談混じりにそう言う頃にはすっかり片付けも終わり、下校時刻も近づいていた。
少し話をしただけで、何となく今まで分からなかった千彰の心の輪郭がハッキリしたように感じた。
「送るよ、バス停まで一緒に帰ろう。」
「いいの?嬉しい。ありがとう。」
そんな千彰ともう少しだけ一緒にいようかと、はじめて昴希は自分から千彰を送ると言い出した。
この日から千彰が言ってくれる「ありがとう」や、「好き」を受け取る度に昴希は心が癒されていくのを感じていた。
おそらく、それをもらえる自分でいられることに喜びを感じていたのかもしれない。
だからこそ、千彰と自分が理想とする姿を作り上げ、それを見せることに固執してしまったのだと、今は後悔をしている。
嫉妬深く、見栄っ張りで、アルファでない自分など見せたくないという不誠実が、結局は千彰をさらに傷つけてしまった。
その考えが浮かんできて、着替える手が止まる。
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