縁結びの神様は仕事が早い

松山あき

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エピローグ

一ヶ月後

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 毎週土曜日、大体夜九時。
 航平はラフな格好で夜の繁華街を訪れる。とは言ってもいわゆる「オネエチャンの店」が目的ではない。
 繁華街の外れの片隅にひっそりと佇むワインバルが目的地だ。

 二月に入り最も寒い時期になった。駅から歩いてそんなに時間がかからないはずなのに、今日もきれいに磨かれた店の扉をくぐる頃には鼻が赤くなっていた。

「いらっしゃい」

 マスターの悠太はいつも余裕たっぷりな笑顔で航平を迎えてくれて、それだけで肩をなでおろすことができた。
 暖かい店内にはすでに常連客が何組か来ていて、こちらも航平の来訪を歓迎してくれている。
 カウンターの端に座るのが、一見きれいなお姉さんだが悠太のゲイ友のマナさん、テーブル席でビール片手に盛り上がっているのが高校の同級生のハヤトさんとその飲み友達のダイキさんだと聞いた。

「航平、最初はハイボールにしとく?こないだポテサラとサバ缶一緒に食いたいって言ってただろ、お通しに用意しといた」
「え、ホントに?うれしい。すっげえおいしそうだったから」
「もう、アンタのおかげで毎週ポテサラで困っちゃう」

 航平と悠太に割り込んできたのはマナさんだ。女装は趣味で特にお店のキャストではないと以前聞いた。
 航平と同じく普段はサラリーマンらしく、自然とくる時間が被っている。
 最初にこの店に来たとき航平がいたくポテトサラダを気に入ったせいか、毎回お通しがこれになっているのは皆気づいていた。

「えこひいき、えこひいき」
「全く。店で公然とイチャイチャするなよ」

 そして航平と悠太の微妙な関係も、すでに常連客の肴となっていた。
 悠太はオープンな性格だし、航平は隠し事ができないタイプなので、二回目に店に来たときに根掘り葉掘り聞かれてしまった。

「ところで、コーヘー、ちさとはどうなったの?」
「はい。今週もお誘いは断りました」

 笑顔でやりきった顔を見せる航平だが、常連たちも悠太も一瞬動きが止まる。
 いち早く動いたのはハヤトだ。悠太と同じく強面の男で、実家のガソリンスタンドで車の整備をやっているらしい。
 その太い腕でガシッと航平の首をつかまえると、もう片手をグリグリと押し当ててくる。

「お前そこじゃねえよ。相変わらずグズグズだなー」
「まあそこが航平だよな」

 痛いと言いつつも、航平もこの戯れが嫌いではなく、店の中には明るい笑い声が響いた。

 航平としては、このまま誘いを断り続けて自然消滅を狙いたいが、ちさは意外にも毎週毎週誘ってくれている。罪悪感が顔をもたげているが、悠太のためにもその気持ちは抑えなくてはいけない。

「しかしまあ、悠太のダメ男ホイホイは今に始まったわけじゃねえけど、こりゃ今回もとびっきりのを引き当てたな」
「え、なにそれ」

 悠太の過去の男たちが揃いも揃ってダメンズだというのは初めて会った日に聞いていたが、航平も詳しくは知らない。
 あまり過去のことを話したがらない人も多いので、航平もあえて聞いてこなかったが、ダイキまで知っているとなると、そこまで秘密の話ではないのかもしれない。

「元カレは外面だけのグータラ男で、あとすげえのは七股男だな」
「七股男に至っては既婚者だったよ。他にも不倫男がいたけど」

 こともなげに悠太は言いながら、料理やら飲み物を提供していく。
 その時の傷がただの笑い話になっていれば良いのだが、ほんのわずかに悠太の瞳の奥に影ができた気がした。
 ちょうど航平のお通しも持ってきてくれたタイミングだったので、思わずその手を強く握ってしまう。

「俺、悠太のこと大事にするから」
「おう、それなら早くちさと別れてこい」

 冷たく悠太はあしらうが、その耳が少し赤くなっているのを客の数人は見逃さなかった。
 何度も店に足を運び、時々は電話で悩みを聞いてもらっているうちに、航平にとって一番居心地がいいのは悠太だと気づいていた。
 時々見せる心細いような顔もまた、航平のダメ男なりの男心を奮い立たせ、ちさへの返事を遅らせたり、誘いを断る勇気になっている。
 できることなら、悠太を笑顔にしてあげたいと、そう思ってはいるものの、やはりグズグズのダメ男の本質はすぐには抜けない。

「あのな、航平」

 いつの間にか仕事が落ち着いた悠太が航平の前に腕組みをして立っていた。
 冷たかったり、バッサリと航平の優柔不断を切り捨てるところもあるが、一番は航平のことを心配してくれている。悠太にはそういう甘いとも言える優しさがある。

「お前の誰も傷つけたくないって優しさは良いところだ。でもな、きちんと話つけなきゃちさも終われないし、俺だってきちんと始められねえの。わかるか?」
「……はい」

 やはりズルいことはできないらしい。向こうから連絡が途絶えるか、怒って関係を切ってくれるのが一番だと思っていたが、それではいけないと悠太も諭しているし、自分だって卑怯だとわかっていた。
 うつむき反省を見せる航平の頭を軽く撫でると、悠太は再び仕事に戻っていった。

 その背中を見て、やっぱり悠太は良いなと航平は見惚れてしまう。
 だが、航平のそのグズグズのデレデレを常連たちが許すはずもなく……。

「ったく、そんなんじゃ、悠太との交際は認めてやれんな」
「え……」
「そうだな。優柔不断な卑怯者に悠太は嫁に出せねえな」
「ええ!」

 数々の難あり男を引き寄せてしまった悠太だが、友人たちは皆心配していた。
 そのため、悠太の恋人になるには彼らの審査を通過しなくてはいけないらしい。悠太は気にしていないようだが。

「お前らうるせえなあ。航平、いざとなったら嫁にもらってやるから心配すんな」

 男前な悠太のひと言に店中からヒューヒューと冷やかしの声があがる。
 俺が嫁でも悪くはないと、全く方向性の違うことを考える航平に、それまで黙っていたマナが話しかけてきた。

「アンタがそんなんなら、アタシが新しい男紹介するわよ。悠太モテるんだから」
「え。マジ?」
「マジ、マジ。面倒見もいいし甘やかし上手、しかも床上手とくれば、男の妄想バリューセットみたいなもんでしょ」

 言われてみれば、悠太ほど航平を気持ちよく甘やかしてくれる人には出会ったことがない。
 マナの言うことは説得力があるが、同時にライバルはたくさんいるのだと思い知らされる。

「……俺、頑張ります」
「そうしてちょうだい。そろそろポテサラも食べ飽きたし」

 マナはお会計を済ませて店を出た。このあとは彼氏の家に行くようだ。
 マナに発破をかけられ、航平は今一度自分を奮い立たせた。

 こうやって悠太が自分を好きでいてくれるうちに、悠太の望む形で「きちんと」ちさとの関係を清算しなくてはいけない。
 縁結びの神様はご縁を運んではきたが、結ぶところは手伝ってくれないようなのだから。
 それでも、自分が行動すればきちんと結べると、悠太も常連たちも教えてくれている。
 また明日奮起しようと、航平はハイボールのグラスをあおって空にした。
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