アンビバレントな狂戦士

山崎トシムネ

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第1章「異世界と狂戦士」

「聖魔剣士」

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ウェイン目掛けて振り下ろされた男の腕は、地面から生えてきた幾重もの"ツタ"によって止められていた。

そしてその隙を見て別のツタがウェインを男の前から移動させる。


「ボロボロじゃない!あんたともあろう者が何してんのよ」

ウェインを救ったのは近衛騎士団聖魔剣士ルナであった。

その魅惑的な身体には身体強化系の魔法がかけられており、息が乱れている様子から彼女が急いで駆けつけたのが分かる。

「ルナ……か?…逃げろ、お前じゃ勝てない…」

満身創痍のウェインはルナの方を確認することも出来ないが、彼女が得意とする地属性の魔法によって彼女の存在に気づいたようだ。

「いつものムカつく態度はどうしたの?!それに…貴方の言うことなんて聞けないわっ!」

ルナは拘束している男目掛けて魔法を唱える。

「どこの誰か知らないけどね、勝手な事しないで!!この馬鹿を倒すのは私なのっ!…偉大なる地の精ノームよ。我に叡智と填星の魔を授け給え…森の怒り(フォレストエルガ)!」

地面から突き出た巨大で鋭利な木の根が男目掛けて伸びていく。

男は腕力だけでツタの拘束を振り払うと、迫り来る木の根目掛けて拳を振り抜いた。


ぶつかり合った魔法と腕は互いに拮抗する。

「馬鹿なっ!?素手で私の魔法に…」

魔法に対しては魔力を纏ったもので無ければ相対せないことから、男の腕から生じている黒いオーラがルナの最大級の攻撃魔法と同等以上の魔力量であることを意味している。

「何よ…あの腕の黒い魔力の鎧、私の最大の攻撃魔法と拮抗してるってこと!?」

それどころか、男は真っ赤に染まった瞳を邪悪に歪めると、不敵に笑って…

「グゥゥゥウアアァァァァァァァァア!!」

酷く耳障りな叫び声と共に、自身の異様に隆起した筋肉を更に増長させると、拮抗していた魔法を己の筋力だけで打ち破ったのだった。


「嘘よ…あり得ないわあんな戦い方。修行僧(モンク)に似ているけど…修行僧にあんな黒い魔力を纏う技能(スキル)があるなんて聞いたことないわ。それにあの傷…」


魔法を打ち破った男だったがその衝撃からか体の傷が更に開き、全身からは凄い量の血が流れ出ていた。


「グゥゥゥ…」

しかし男の目は未だに鋭い眼差しでルナを捉えている。男は戦いをやめるつもりはないらしい。

「その傷で何故倒れないの…まさに化け物ね。いいわ、私の最高の魔法で決着をつけてあげる」

「?!…待てルナっ、あの魔法は…」

「負け犬は黙ってなさいっ!人間以外になら使って良いと聖魔剣士長様も仰ってたのだから、今こそ使うべきよっ!!」

ルナは巨大な魔力の渦を発動させると、その中心で魔法を詠唱し始める。

「ふっ…"禁呪"なんてクソ喰らえよっ!そもそも私はより強い相手に魔法をぶっ放す為にアシエル騎士団に入ったのだから…」

不穏な気配を察知してか否か、男はルナの様子を見ると素早い動きでルナに迫る。魔法が発動する前に仕留めるつもりのようだ。


「パブロ!!フィリング!!」

しかし、ルナが叫ぶと背後から現れた聖魔剣士の2人が無詠唱の魔法を即座に発動させる。

「「木の壁(ウッドウォール)!!」」

2人が発動させた魔法は男の前に木の壁を作り出し、男の速攻からルナを守る。

しかし男は意図も簡単に壁を破壊する。そしてそのままその異様な脚力を持ってルナへと迫るが…


「残念…私の方が早かったみたいね。偉大なる地の精ノームよ。我に叡智と填星の魔を授け給え…森の世界(フォレストミール)」


巨大な魔力の渦が四方へ弾けると、地面から突如として様々なものが飛び出てくる。草や木…花や木の実。森を育むありとあらゆるものが森への侵入を阻むかのように一挙に男へと迫った。

その莫大な量の"森"はまるで雪崩のように男に牙を向ける。

都市や町で使用すると近隣に多大な被害をもたらすため、"禁術"に指定されているこの 森の世界(フォレストミール)。その威力は空の尖兵ワイバーンすらも一撃で葬り去ると言われている。彼女にしか扱えないと言われているこの魔法こそ、彼女が時期聖魔剣士長との呼び声が高い所以であり、彼女の力そのものである。


森の全てが侵入者を排除するかのように男へと迫る。そして草や木…根によって男の身体は更に切り裂かれていく。


「勝負あったわね…」

ルナは男の立っていた場所に雪崩のように雪崩れ込んでいく森を見ながら静かに呟いた。


そして倒れているウェインの元へと向かう。


そんなルナの様子を誰にも気付かれずに見つめていた者が1人。そこは透明で誰もいないように映るものの、付近の草木が次第に燃えていっていたのだった。

「…やっと終わりましたか。王国の中枢を守る近衛騎士団…その次期隊長候補を圧倒。やはり期待以上ですね、バンドウ様」


ルナは気づいていないが、壱成に迫っていた暴虐の森はリリアが唱えていた人一人程の小さな炎の壁によって全て燃やされていた。

本来であれば魔力の繋がりから気づいて然るべき防御魔法であるが、ルナの自信過剰な性格と未熟な魔法。そして 森の世界(フォレストミール)によって生まれた膨大な量の森によってその繋がりが軽薄にならざるを得なくなっていたために気づくことが出来なかったのだった。


そんなこととはつゆ知らず、ルナは自信満々にウェインの元へと迫る。


「あらぁ?全身骨折してるみたいですね?お坊ちゃん」

「チッ…まあ礼を言わんこともない」

「あれ?そんな態度で良いんですかぁ?回復魔法かけてあげませんよ~?」

「良いから早く回復させろ!この魔力馬鹿がっ!」

「ふんっ、素直じゃないわね。まあ良いわ。私を逃がそうとした事に免じて回復させてあげる。まあ逃す意味も無かったのだけどね。偉大なる水の精ウンディーネよ。我に奔放と辰星(しんせい)の魔を授け給え…癒し(ヒール)」

淡い光がウェインを包むと、ウェインの傷がゆっくりと癒えていく。

立ち上がるまで回復したウェインは、戦いが終わり駆けつけた騎士の肩を借りて立ち上がる。

「言い訳では無いが…あの男、魔法に関しての知識が無いように見えた。潜在能力だけで戦っていたように思える。悔しいが貴様の…広域殲滅魔法だけがあの男を倒す手段だったのかもな…」

「あら?それはあの男を褒めてるの?それとも私?」

得意げな表情でウェインに問いかけるルナであったが…


「チッ…兎に角魔法が切れたらあの男の死体を回収するぞ、そもそも人間かどうか分からないが…王国魔法研究所にでも持っていけば何か分かるかもしれない。それに部下を2人も失った私の責任も少しは…」

「2人とも致命傷だったけど生きてるわよ?」

「何っ!!それは良かった!!!」

喜びのあまりルナの肩を持って喜ぶウェイン。

「ちょっと!触らないでよ!貴方が喜んでいるのは自分の評価の為でしょ?相変わらず最低なクソ貴族ね」

ウェインの手を跳ね除けるルナ。


「チッ…まあ良い。兎に角死体を…っ!!」


ウェインが魔法の影響で抉られた地面に近づくと…そこには男の死体は無かった。


「おかしいわ…血一つないのは変よ…それに」

「これは…炎系の魔法の痕跡か?あの男魔法も使えたのかっ?!?!」

「いや、それは無いわ。あの男私の魔法に素手で挑んで来たのよ?そんな効率の悪い魔力の使い方…魔法を知ってたら絶対しないわ」

「では考えられるのは…」

「他に誰か居たって事ね…」


2人の見つめる先には、怒涛の様に降り注いだはずの森の世界の中で、周囲に煙を漂わせる綺麗か一本道があったのだった。
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