文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第一巻

001 文系男子と理系女子の恋愛事情

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 ある、放課後のことだった。
 それなりに偏差値の高い有名な進学校。その教室の一つには、未だに二人の生徒が残っていた。日直の仕事である黒板の清掃と担当者名の書き換えをしている中、男子生徒の黒桐こくとう蒼葉あおばは後ろに居る女子生徒、金子かねこ稲穂いなほに話しかけていた。
「他の連中はうるさいけどな。不純異性交遊を取り締まるって、俺は結構合理的だと思うんだよ」
「ふぅん……なんで?」
 ツリ目気味の眼を机上に広げた日誌に注ぎながら、稲穂は蒼葉の話に耳を傾けている。その間も、日誌を書く手が止まることはなかった。
「考えてもみろよ。性欲やら支配欲やら独占欲やらで脳内パンパンな猿共に、まともな恋愛思考ができると思うか? 男女含めて」
「……まあ、否定はしないわね」
 一瞬、手が止まりかけるが、それでも会話と筆記が止むことはない。
「だから性欲だのなんだのを不純異性交遊を取り締まることで止めて、一度冷静にさせることも重要なんだよ。そもそも一目惚ひとめぼれって信じるか?」
「全然。たま輿こしなら信じているけど」
「それも一回忘れろ。要するに、だ……きっかけはともかく、一度冷静に相手を見極める時間も重要なんだよ。付き合って半年もせずに別れるカップルとかは、大抵が性格の不一致だと思うぞ?」
「つまり、相手を理解しない恋愛なんて、長続きしないってこと?」
「そういうことだな。……よし終わった」
 蒼葉は次の日直を書き終えると、チョークを片付けてから手をはたいてまとわりついた粉を叩き落としている。
「だから付き合うにしても保留にするにしても、相手と向き合う期間を用意してもらうことが恋愛成就の秘訣ひけつだというのが、彼女いない歴イコール年齢ながらも、俺が考えた結論だ」
「そう……それで?」
 バン!
 勢いよく日誌を閉じ、稲穂は腰掛けていた席から立ち上がるや、つかつかと蒼葉に近寄ってから思い切り胸倉をつかみ上げた。



「私があんたを好きだって言ったことと、さっきまで繰り広げていた戯言ざれごとと! どうつながるっていうの!?」



 少し時間を戻して。
「好きな奴?」
「そ。あんた、好きな人居ないの?」
「って、言われてもな……」
 今日の昼休みのことだった。クラスの誰が誰と付き合いだしたかで、教室内は一時騒然そうぜんとなっていたのは。
 それ自体にあまり興味は持てなくとも、雑談の話題にする程度にはインパクトが大きかったのだ。
「そりゃいいな、って思う女位はいるけど。恋愛対象として見れるか、って言われたら、はっきりとは答えられないな」
「別に、単純に誰を抱きたいとかでも、私は構わないけど?」
 換気の為に教室の窓を開けながら、稲穂は割と大胆な補足を口にするが、蒼葉は特に思う所もないのか、肩を竦めるだけにとどめた。
「それ言い出したら、『クラスの女子全員』って言うぞ。幸いなことに不細工ブスが一人もいないし」
「性欲の塊ね、あんた……」
 呆れながら自席に着いた稲穂は、手に持っていた日誌を机上に広げ、片手でシャープペンを軽く一回転させた。そのまま視線を下に向けているが、雑談を止める気はないのか、今日の出来事を書き込みながらも口を動かしている。
「……まあ、男なんてそんなものか」
「女は違うのかよ?」
「別の意味では同じ」
 蒼葉の質問に、稲穂は投げやりに答えた。
「女はどっちかと言うと、見栄の塊よ。自分をよく見せる装飾品(男含む)アイテムを片っ端から集めては自慢するを繰り返している俗物。中には自分以外の力をさも『自分の力です』って感じに言い出すのもいるから、聞いてて頭痛くなってくるわ」
「……流石さすがにクラスにはいないよな? この学校、そんな奴が入れる程偏差値低くなかったと思うし」
「中学迄の話よ。あまり気にしないで」
 もしかしたら、それが原因でいじめられていたのかもしれない。蒼葉はそんなことを考えたが、本人が気にするなと言った以上、あまり踏み入ることはできなかった。
 だから蒼葉は、代わりに黒板周りの雑事を片付け始めた。
「つーか、あんまり嫌がらないんだな。性欲丸出しの男が近くにいるのに」
「嫌がった方が良かった?」
「いや、変な勘違いで冤罪えんざい押しつけられるよりかはいい」
 蒼葉は掌を軽く振りながら黒板消しを置き、まともな長さのチョークを物色した。相手が見てきているのにも構わず、手を降ろして程良い長さのものを一つ摘まみだしている。
「女も多少は性欲があるのよ? 女子会もどきでAV観たことだってあるし」
「うわぁ、夢が壊れる……ちなみにどんなの?」
「ガチムチのお兄さん達がんずほぐれつ」
「それはAVじゃねぇ! 全く別のジャンルゲイビデオじゃねえか!」
 蒼葉のツッコミに、稲穂は一度頭を上げると、不思議そうに首を傾げてきた。
「……一緒じゃないの?」
「全然違う同性愛者に謝れっ!」
「あんたの方が侮辱している気もするけど……まあいいわ」
 再び日誌への記入に没頭する稲穂に背を向け、明日の日直の名前を書き込んでいく。
「というか……そういう金子はどうなんだよ?」
「私?」
 その一言から、

「……あんた」

 冒頭の長い戯言ざれごとへと繋がっていく。



「無駄な時間は嫌いなの。さっさと答えなさい。『YES』か『NO』か」
「というかその前に、好きだとか言う男の胸ぐら掴み上げてんじゃねぇ……」
 稲穂の拘束から解放され、机にもたれながら首筋を撫でる蒼葉。
「……で、返事は?」
「好きな男に手を出すアマと付き合いたいと思げっ!?」
 稲穂は正拳突きを繰り出した。蒼葉への効果は抜群だ!
「質問に質問で答えるんじゃないわよ」
「……お前、いじめられっ子じゃなかったの?」
「誰がそんなこと言ったのよ……?」
 蒼葉も後程知ることになるのだが、現実はただのぼっちだったりする。
 元空手部主将かつ不良共の纏め役、インテリヤ○ザもどきで校長すら脅したという噂を持つ女に近づく者は存在しなかったのだ。実際に脅したのは内申点を盾に恐喝しようとした教頭(初犯未遂)だが。
「いいからさっさと返事しなさいよ。時間がもったいない」
「……少しは好かれようとか思わないわけ?」
「好感度ゼロなら意味ないでしょうが。『You can'tお金で時 buy間は a second一秒も with買え money.ないの』よ」
 恋愛感情が本当にあるのか、疑問に思う一言である。
 しかし蒼葉もまた男子高校生、別の意味で文武両道なツリ目気味美人を彼女にした日には、クラスの男子からの称賛しょうさん嫉妬しっと怨嗟えんさの念が送られること間違いなし。何より彼女がいるだけで灰色の高校生活にも色が付くというものだ。
 つまり……ここで引く理由はない!
「俺も好きです付き合って下さい」
「……あ、やっぱいいわ。無責任に言葉く馬鹿と付き合うとかないし」
「すみません調子いてましたっ!」
 綺麗な土下座を見せられ、稲穂は額に手を当てて溜息を吐いた。
「なんでこんなの好きになったのかしら……」
「……俺も知りたい」
 実際、外見はまだ(稲穂の方に傾いてはいるが)釣り合えると言う位には、蒼葉の容姿は整っている。
 しかし、成績は稲穂の方が上。運動神経も(おそらくは喧嘩も)蒼葉が負けているのは確実。つまり個人として・・・・・は、彼女の方から告白するというのは世間一般的に稀と断言できてしまうのだ。
「なんか、理由とまでは行かなくても、きっかけとかあったりするの?」
「別に大した話じゃないんだけど……」
 そう言ってそっぽを向く稲穂。初めてデレたのかと蒼葉に思わせる程、珍しい光景だった。
「……ま、気がないならいいわよ。忘れて」
「だからさっきも言っただろうが……」
 額から手を離して腕組みになる稲穂を見上げながら、蒼葉は(正座で)答えた。
「……恋愛対象で見られるか、って言われてもはっきり答えられないって。まあ、お前とはよく話すし、別段嫌う理由もないけどな」
「そういう半端な回答が、一番嫌いなのよね……」
「そもそも、はっきりした回答が出せないのが恋愛、って感情ものじゃないのか?」
 余談だが、稲穂の苦手科目であり蒼葉の得意科目でもあるのは現代文である。
「まあ……そう言われたら私も、はっきりとは答えられないけど、ね」
「だからさ、まずはお互いのことを知ろうぜ」
 見上げる形にはなるが、それでも蒼葉はじっと、稲穂の眼から視線を逸らさなかった。
「どっちにしたって、俺は学校での金子のことしか知らねえし……丁度いい機会だから、この後遊びに行かないか?」
「はっきりさせないままデートしよう、っての?」
「はっきりさせる為に、デートするんだよ」
「……分かったわよ」
 返事を待つ蒼葉に、根負けしたのか稲穂の方が折れた。
「でも今日は駄目。今度の土曜日にしましょう」
「はいよ。じゃあ駅前に朝9時で」
 話は決まり、立ち上がろうとする蒼葉だが、そこに一陣の風が窓から潜り込んできた。



 これは、よくある話だ。
 男女2人の恋愛話も、風でスカートがめくれて下着パンツを他者に見られることも、
「……らぁっ!」
「ぎゃはっ!?」
 ……見られた女性が見た男性を蹴り飛ばすことも。
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