文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第一巻

005 文系男子の家庭事情

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「……きっかけは、俺の親戚が誘拐されたことだった」
 高校生でも払える、手頃な値段のレストランで昼食を終えた二人。食後のコーヒーを注文して飲みながら、蒼葉はゆっくりと話を始めた。
「権力闘争寸前で疑心暗鬼になっていた蛯名財閥は、突発的に発生した誘拐事件を機に泥沼化した。元々は場当たり的な事件だったらしいんだが、他の親戚連中が余計な茶々を入れたせいで話がややこしくなった。その騒ぎに乗じて逃亡した彼女が、去年の夏に父親が発見するまで女一人でどんな生活をしていたかは……なんとなく、分かるだろう?」
「知りたくもない。『You can't buy a second with money.』だから、さっさと続きを話しなさい」
 同じく、コーヒーを飲んでいる稲穂にうながされるまま、蒼葉は話を続けた。
「まあ、元々最有力候補だった彼女の母親が精神を病んで、そのままポックリっちまったせいで、権力闘争は激化したんだよ。おかげで皆、経営に関して盲目もうもくになってしまってな……」
「どうりで……経営が傾いていると思えば、そういうことか」
 元々株取引をやっていた影響か、経営状態についての理解は早かった。その原因に関しては完全に社外秘だから知らなかったようだが、それも遅かれ早かれ、だろう。
「まともな人間の行動は、二極化している。『権力を牛耳ぎゅうじって経営を立て直そう』と考えるか、俺みたいに『権力闘争から離れて、蛯名財閥とは縁を切ろう』とほとぼりがめるのを待つか、だ。親父おやじ達は『社員の生活もあるから、もうちょっと足掻あがいてみる』って言ったまま、未だに権力闘争の真っただ中だけどな」
「あんたは手伝おう、とか思わなかったの?」
「……俺に経営は向いてない、それだけは確かだ」
 少し苦々にがにがし気に、蒼葉は答えを吐き捨てた。
「『人を手助けする』位ならともかく、『人をひきいる』っていうのが苦手でな。グループワークもリーダーとかは、結構けるたちなんだわ。それに……むしろ、手伝った方が足を・・引っ張り・・・・かねない・・・・
「どういうこと……?」
 当然の疑問だった。
 たとえ能力があろうとも、所詮しょせんは未成年なのだ。年齢の壁がある以上、そこまで重要な仕事を割り振られるわけではないはず。それなのに蒼葉は、最初から足を引っ張る可能性を示唆しさしてきた。
 それは何故か?
「その権力争いに混ざりたがる幹部バカ共もいる、って言えばわかるか?」
「……親戚じゃない連中も財閥を狙っている、ってこと?」
「話が早くて助かるよ」
 つまり旗頭が、自らの意のままになる人形が欲しいのだ。いくら資本主義であっても、血縁は現代日本でも有利に働く。本人の意思に関わらず、その血を利用する者がいてもおかしくないだろう。
「だから愚鈍ぐどんを演じてる、ってこと?」
「そう。丁度いいしな」
 そして稲穂は思い出した。蒼葉がどの部活に入っているかを。
「興味のあるスポーツは、今のところ隠れてやっているパルクールだけだし。よっぽどの実績がない限り、演劇やっているだけの人間をかつごうとはしないだろう」
「後は成績隠しとけば、利用しようと考える人間は出てこない、ってわけね」
 納得した稲穂は、コーヒーの残りを一息に流し込んだ。
「……それで、いつまで実力を隠そうしているつもり?」
「少なくとも、権力争いが終息するまでだな」
 ということは、しばらくこのままだろう。
 青春という、人生を左右する程の一瞬を本気になれず、ただ安穏あんのんと日々を過ごさなければならない。いくら今後の人生の為とはいえども、高校生が背負うべき重圧ではない筈だ。
 しかし、蒼葉はコーヒーカップ片手に、空いた手をひらひらと揺らすだけだった。
「別に目立たなければいいだけの話だ。そこまで気にしなくていい」
 その発言に、稲穂は答えることができなかった。
 ただ、無常むじょうにも時間はぎていく。
「話し過ぎたな……散歩しながら帰るか」
 一介の高校生である以上、門限もあれば財源の制限もある。
 日が沈むまでまだ時間はあるが、あまり長居するとすぐに夜が来てしまう。
「……そうね」
 だから二人はレストランを後にした。
 最後まで、その空気のまま話すには話題が足りなかったから。



「……最後に、聞いてもいいかしら」
「ん?」
 駅の近くにある公園。
 以前稲穂が蒼葉の部活中に持ってきていた、タピオカドリンクの割引券が使えるワゴンが偶々たまたま来ていたので、そこでドリンクを買ってから、二人は近くのベンチに並んで腰かけていた。
 ただ並んで座ったまま、時間が流れるままになっていたのだが、沈黙を嫌ってか、稲穂の口が開き出す。
「だったらなんで、彼女作ろうと思ったのよ。誰とも付き合わない方が目立たないんじゃないの?」
「逆だよ」
 空になったプラスチックのカップをもてあそびながら、蒼葉は答えた。
「高校生なんて、勉強できるか部活動張り切っている奴しか、誰も興味を持とうとしない。後は容姿と普段の行動位だろう。少なくとも、よくある高校生活を演じるなら……正否を問わずに彼女作ろうと足掻あがくのは普通だ」
「そう……それもそうね」
「というか……普段加減しなきゃいけないんだから、せめて彼女位欲しいと思うだろう普通?」
「こっちに同意を求めるな」
 稲穂もタピオカドリンクを飲みし、空にしたカップをベンチの上に置いた。
「それで、なんだが……」
「付き合うかどうか? そういうあんたはどうなのよ」
「ぶっちゃけ分からん」
 正直すぎる発言に、稲穂も呆れて息を吐き捨てている。
 しかし、蒼葉はすぐに反論した。
「というかお互い様だろ。それどころじゃなかったってのに」
「だから、だらだら先延ばしにして決めたくなかったのに……頭痛くなってくるわね」
 さてどうするか、と言いつつも、蒼葉は答えを決めていた。
「『友達以上恋人未満』って、どうだろう?」
 答えはいつも、シンプルである。



「死ね」
「だから可愛かわいく! できれば顔を赤らめて恥ずかし罵倒ばとうして下さいっ!」



 中指を立てられないだけマシな、殺意のこもった眼差しを受けた蒼葉の心は、正直折れ掛けていた。家庭の事情という苦境がなければ、本気で立ち直れなかったかもしれない。
「……お前、本当に俺のこと好きなの?」
「ちょっと……本気で自分をうたがってる」
「『Trust少しは yourself自分を a little信じろ』っ!」
 稲穂の口癖に蒼葉も思わずつられてしまうが、顎に手を当ててガチで悩み始める彼女の心には、全然ひびかなかったらしい。
「……まあ、保留でいいわ。よく考えたら……別に好きだからって、その相手と付き合わなきゃいけない義務なんてないし」
「お前な……」
 今度は蒼葉が呆れかえっていた。
 こいつ本当に俺のことが好きなのか? と疑いの目を向けるも、それだけでは話が進まない。
「じゃあ、しばらくは『友達以上恋人未満』でいいな? 付き合うだのはその時決めるってことで」
「もうそれでいいわよ……面倒臭い」
「面倒臭がるなよ。そこは……」
 話はまとまり、二人を照らす陽光が陰り出したので、そのまま帰ることに。
 ベンチから立ち上がり、空のカップを近くのくずかごに放り込んでから並んで歩き出した。
「今度はどこ行く?」
「いや、別にデートするとは言ってないでしょう」
「しないとも言ってないだろう?」
 頭の後ろで腕を組む蒼葉のげんに、稲穂は額に手を当てて息を吐いた。
「しばらくは無理でしょう……もうすぐ夏よ」
「お、やった。水着姿が見れぶねっ!?」
 気配を察知し、思わず体勢を崩して転ぶ蒼葉。自らの視界には、頭上があった場所に向けて、稲穂が貫手突きを放っているのが映っている。
「照れ隠しでも威力ありすぎだろおいっ!」
「その前に学生の本分を思い出せ期末試験でしょうが」
「人が現実から逃げようとしている、って時に……」
 すっごい今更ですが、蒼葉達は高校二年生で、現在は夏の少し前、期末試験一月前の時期に該当します。
 つまり試験前に遊びに来たようなものなのです。この二人は。
「……まあ、試験が終わってからでいいよ。水着は諦めてもいいから、少しは遊ぼうぜ」
「いや、その後用事あるから、どっちにしても夏休みなかばか二学期ね」
「灰色の青春か……」
 蒼葉は落ち込んだ。身体は立ち上がっているが、心は座り込んだままだった。
「用事が早めに片付いたら相手してあげるから、部活にでも精を出してなさいよ……って、あ」
「どうした?」
 駅の構内に入り、電車を待っていると稲穂が蒼葉の方を向き、凄い今更な感じで言い放った。



「……そう言えば連絡先、交換してなかったわ」
「えっ!? ああ! 忘れてたっ!」



 特に連絡する用事もなく、待ち合わせも偶然とはいえスムーズに行われたので、どちらも気が付かなかったのだ。
 二人は電車が来るまで、互いのアップルフォンを突き付け合うことに。
「毎日ラブコールしていい?」
「死ね」
「だから罵倒ばとう可愛かわいくお願いしますっ!」
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