文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第二巻

003 文系男子と理系女子の雑談

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「……で、フリマの件は指原から聞いた、ってていにしておけばいいのね?」
「そういうこと。元々処分しようと思っていたところだし、話の辻褄つじつまを合わせておけば丁度いいだろう」
 買い出し後、帰宅してみると稲穂が手土産を片手に訪問してきた。
 なんでも、穂積に送られてきたお中元のそうめんが大量にあるらしく、稲穂にもごっそりとおすそ分けが届いたらしい。だから蒼葉に手土産として、大半を手渡そうとしていたとか。
 その際に部屋に招き入れ、先程指原と話したことを伝えたのだ。稲穂も蒼葉の話を聞き、納得したのか頷いている。
「そう言えば、私のところにも連絡が来てたわね。物ないから期待しないで、って返したけど」
「ミニマリスト?」
「単に物増やす的な趣味を持ち合わせていないだけ。大抵のことはPCとアップルフォンスマホでこと足りるし」
「その辺りは個性が出るよな、人間って……」
 自らの趣味や嗜好が他者と異なるのは、よくあることだ。
 蒼葉も昔、友達の家に遊びに行ってはその違いに驚き、その度に別の所へ遊びに行くことが趣味となっていた時期がある。そして自らの家に誘って顰蹙ひんしゅくを買うまでが一セットだった。
「住んでいる所以外は普通なんだけどな……」
「何の話?」
「昔住んでいた実家の話。友達誘う度に顰蹙ひんしゅくを買っていたのを思い出してな」
 先程思い出したことを稲穂に話して聞かせる蒼葉。
 そして稲穂の感想は……唾棄だき寸前の嫌悪感丸出しな顔が物語っていた。
「一応確認するけど……金子も金融会社の社長令嬢だよな?」
「言うほど収入は大きくないわよ。貸した金種銭そのままにして、利子で儲けているようなものだし。実家だって元は祖父母の物だったから、ちょっと古いけど普通の一軒家で、祖父母と親父と私の四人暮らし」
「こっちだって普通にマンションで父母姉と四人暮らしだったよっ!」
 しかし、蒼葉はいつも顰蹙ひんしゅくを買っていたという。つまり普通のマンションではないのだろう。そこで稲穂は少し考え、ある推理をひねり出した。



「…………億クラスのタワーマンションタワマン?」



 ……蒼葉は目をらした。
「さすが蛯名えびな財閥の親戚……」
「……いや、ちょっと違う」
 どこまで話したものか、と蒼葉は悩みつつも、稲穂に事情を話し始めた。
「財閥の財力で自分の能力を最大限に引き出して収入を増やした、って意味では合ってる。だけど仕事は財閥と全然関係ない」
「関係ない?」
「実は……」
 頬をポリポリきつつ、蒼葉は微妙な表情を顔に浮かべながら話し始めた。
「……蛯名財閥は母親の親戚筋なんだよ」
「え、それじゃあ黒桐って……」
「そっちは親父の名字。お袋は元々権力に興味がない上に最有力含めて他にも候補がいたから、婿養子とか考えてなかったんだよ」
 呆れて首を振る蒼葉。その様子を稲穂は、ソファーベッドの上であぐらをかきながら、両手を足に載せてながめていた。ちなみに今日もスラックスというすねまでおおうほどのパンツスタイルなので、ショートパンツ的なパンチラも期待できない。
「親父とお袋は職場恋愛で、実力で出世したことから周囲の理解を得て結婚することになった。そして……ある意味悲劇が生まれた」
「財閥が傾いたこと?」
「それは本当の意味で悲劇だから違う…………今はもういない母方の祖父母も、草葉の陰で後悔していると思うんだが……」
 今まで腰掛けていた床の上から立ち上がり、一度話を区切ってから飲み物を取りに行く蒼葉。少し続きが気になる所だが、稲穂も喉が渇いてきたのでおとなしく待っている。
 そして稲穂に水のペットボトルを渡してから、蒼葉も同じ物を飲みながら床に座り込んだ。
「お袋、元々趣味で小説とか脚本とか書いていたんだよ。周囲は趣味に留めておくなら暇な時に何をしても気にしなかったから、気づくのが遅れたんだが……財閥の英才教育が予想以上に効いて、あっさり成功したんだよ」
「……成功?」



「要するに…………アメリカでは専業の脚本家として有名人、ってこと」



 ……稲穂は、驚きで開いた口が塞がらなかった。
「えっ……本物の作家、ってこと?」
「正確には脚本家。いくつか向こうで映画化されているって聞いたことはあるけど、小説の方はさっぱりらしいしな」
 たしかあったはずだと、蒼葉は近くの本の山に手を伸ばし、手に取っては横に置いてり分けていく。
 やがて見つけたのか、一冊の本を掴むと、稲穂の方に突き出してきた。
「ほら、これだよ。実家柄、外国の人間と話すことが多かったからか海外寄りの作風で、日本じゃ人気でなくてあまり出回ってないしな」
「それ以前に英語じゃない……」
 蒼葉から本を受け取ると、稲穂はパラパラとページをめくりだした。
 本は脚本集らしく、一般の小説とは違い、役者の台詞や舞台での動きが事細かに書かれていた。それこそ稲穂の語学力では、大まかな流れしか理解できないくらいに。
「日本人じゃ、かなり英語に慣れていないと理解できなさそうね……日本語版はないの?」
「最初の一冊が売れなくて…………以来、出版の話は出てないな」
 小説と脚本では形式が異なるとはいえ、ざっと書く物語のあらすじに、そこまで違いはないはずだ。
 なのに蒼葉の母親、黒桐こくとう天葉あまははそのあらすじ以降の、小説では普通の地の文による説明が、いまいちうまくなかった。端的に状況のみを説明しているだけなので、映画や舞台等の、他のメディアで表現することが前提の脚本には適している。だから状況説明だけでなく心情表現等も駆使し、文字情報のみで相手の空想のきっかけを与える必要のある小説には不向きだった。
「まあ、だから文章を書くのは楽しかったりするけどな。難しい分、割と自由にできるし」
「パソコンでツール買うより、自分の好みでプログラミングするようなもの?」
「多分近いとは思うけど……え、金子プログラミングできるの?」
「マクロ関係ならちょっとね。株の分析ツールを作れないかと試したことがあるのよ」
 彼女の意外な特技に驚く蒼葉だが、当の稲穂は大したことじゃないと軽く手を振っている。
「まあ結局、テクニカル分析チャートじゃ短期投資にしか向かない上に突発的な出来事イベントに弱いから、もうやってないけどね」
「いや、やってた時点ですげえよ…………」
 最近は義務教育の段階で教える動きがあるとはいえ、関係者や趣味でもないと学ぼうとする者はほとんどいない。結局は憧れだったとはいえ蒼葉に告白したことと言い、稲穂のアグレッシブさには感心するばかりである。
「……っと、話がれたな。そういうわけでアメリカ支社で勤務している間に脚本家になって、以来会社を辞めて向こうで働いている、っていうのが今回の話」
 その時ふと、稲穂はあることに気がついた。
「……言ってもいい?」
「なんとなく分かるけど…………どうぞ」
 軽く咳払いし、微妙に言い出しづらい一言を、稲穂は絞り出すようにして、どうにか発した。



「あんたの親父が社員のために会社に残っているのって…………本当は母親の尻拭いじゃないの?」



 稲穂の言葉に、蒼葉は思わず頭を抱えた。
「言うと思ったよ…………」
 どう説明したものかと悩む蒼葉だが、とりあえず言える範囲・・・・・で話すことにした。
「当人達に聞いてみないことにはなんとも言えないけど、少なくとも会社の方はあまり影響はなかったらしいぞ。仕事も最後の方は通訳しかしてなかった、って言ってたし」
「……サボって脚本書いてたりして?」
「脳内で構想くらいは練ってたんじゃねえの? 俺も授業中によくやるし」
「ケッ!」
 そして唾を吐く(真似をする)稲穂。
 夕食の後とかに夏休みの宿題を一緒にやることもあるのだが、その時に稲穂は嫌でも、本来の蒼葉の方が自分よりも成績がいいと理解してしまう。それだけに、今の発言は聞き捨てならなかったのだろう。
「なんであんた頭いいのよ? 財閥様の英才教育?」
「残念ながら財閥とは無関係。…………家庭の事情、ってやつだよ」
 それ以上は、稲穂も聞き出すことはなかった。
 本人にとっては大した話ではないのだろうが、少しだけ表情をゆがめたところをみて、あまり愉快な話ではなさそうだと思ったからだ。
「しかし腹減ってきたな……そろそろ飯にするか」
 強引に今の雰囲気を払拭しようとしたのか、蒼葉は立ち上がって台所の方へと歩きだした。
「食ってくだろ? なんか作るから待ってろ」
「よろしく」
 その間は暇なのか、ソファーベッドの上から足を投げ出した稲穂は、アップルフォンを取り出して画面を弄りだしている。
 今の関係が本当に友人同士のものなのか、ついでに言えば男女で友情が成立するのか。
 そんなことを考えながら、ストックの増えたそうめんの束を茹でようと鍋を取り出したところで、ふと蒼葉は気づいた。
「仕事をする相方に、家事をする俺……恋愛通り越して夫婦だな、よく考えるとこれ」
 そんな独り言をふと漏らした蒼葉だが、稲穂の耳にも届いていたらしい。
 彼女はアップルフォンから目を離さないまま、こんな戯れ言を口にしてきた。



「おいお前、飯はまだか?」
「どこの冷め切った家庭っ!?」



 意外とノリのいい一面を見て、稲穂について知らない部分がまだあるのだなと、再認識した蒼葉であった。
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