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180 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その18)
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基地局等は真っ先に押さえられているはずなのでスマホは使えず、この状況を想定しきれなかった為に、衛星携帯電話は車に残したままだ。けれども、相手と同様に短波通信を行うことはできる。
とはいえ、おそらく無線を使っているだろう相手とは違い……睦月達の場合は、モールス信号による通信しかできなかったが。
「タイミングが良いのか悪いのか……あいつからは何て?」
「『ヤマノフモト、クルマノソバ』、だってさ」
朔夜が普段使っているシガーソケット型のライターには、ある仕掛けが施されていた。専用の機器は必要だがUSB、車載のシガーソケットのどちらでも充電可能。そのバッテリーに連動して位置情報の発信を常時行い、短波通信によるモールス信号の送受信機能も付いている。
もっとも……通信機能の方は、持ち主である朔夜とライターの製作者の二者間でしか使えないが。
「じゃあ、返信頼む。『モツテコイ、トリニイク』って」
「はいはい」
朔夜は煙草を吹かしながらライターを握ると、モールス特有の短点と長点の信号を指で操作して発信し始めた。そして少し間を開けて、先程朔夜が見つめていたのと同様に、ライターの持ち手部分の中心に埋め込まれた超小型のLED電球が明滅を繰り返しだしている。
「『リヨウカイ』、だとさ」
「よし……姫香」
睦月が何かを言うまでもなく、狙撃銃を持った姫香は岩陰の隙間からいつでも身を乗り出せるよう、構えだしていた。
「俺は姫香の発砲を合図に、できるだけ急いで来た道を隠れながら戻る。向こうと合流したら連絡するから、そのタイミングで煙幕を焚き付けろ」
「分かった。擲弾は私が撃つ。たしか煙幕弾もあったよな?」
シガーソケット型のライターを指に挟んだまま、手近な石の上に煙草をそのまま載せた朔夜は、擲弾発射器を操作して発煙弾を装填し、銃身を戻した。
「……ああ。どうせそんなに持ってきてないんだ。別動隊に向けて全部撃ち込んじまえ」
荷物を降ろし、纏っていた防弾繊維のシートを剥いだ睦月は、岩陰に隠れたまま身体を解し始めた。
「あの……私は、」
「煙幕手榴弾の使い方は分かるか? 弾倉型のやつだ」
朔夜の言葉を受けて弾倉型の煙幕手榴弾を取り出す由希奈に、睦月達はそれぞれの手持ちを取り出して彼女の足下へと集めた。
「私が撃ち出したら合図する。姫香の前辺りを指差すから、片っ端から点けて放り込め」
「は、はいっ!」
擲弾の数と種類を把握しつつ、発煙弾だけを足元に並べていた朔夜は由希奈にそう指示を飛ばしてから、睦月の方を向いてきた。
「問題がない限り、準備できたら長点で返せ」
「了解……って、あれ?」
朔夜からの指示にふと、ある疑問が睦月の中から出てくる。
「一回だけでいいなら……短点で良くないか?」
小太刀を取り外し、地面に置く前に『寄越せ』と手を伸ばしてきた朔夜に投げ渡してから、睦月はそう呟く。
その睦月の言葉に、朔夜はやれやれとばかりに首を振ってから答えてきた。
「二進数じゃ、長点が1なんだよ」
「……頼むから日本語で話してくれ。英中露でも可」
プログラム言語に明るくない為、二進数がどういうものかしか理解していない睦月は、機械語での用いられ方で話す朔夜の言葉に辛うじて、そう返すしかなかった。
「情報系の資格も一応取っとけよ。結構役に立つぞ?」
「情報技術の発展が激し過ぎて、『数年で役に立たなくなった』って、昔ぼやいてなかったか?」
「変わらない部分の問題だっつの。特定の結果を導く手順位は覚えとけって」
受け取った小太刀を手早く自身のベルトに差しながら、朔夜は睦月にそう返してくる。
「というか、お前がやってるいつもの思考も、質問のYes,Noか自由回答かってだけで、ある意味特定の結果を導く手順みたいなものだろうが」
そう指摘してくる朔夜の言葉に、今度勉強しておこうと記憶の片隅に留めておく睦月。そして後日、完全に忘れてしまうことになる。
「……あ。それと途中、私も拾ってけよ」
「だから小太刀を外してすぐに、『寄越せ』とばかりに手を伸ばしてきたのか……」
我が姉(血縁関係なし)ながら……と呆れ果てつつも、睦月はいつでも走れるように身構える。
「よし、姫香。いつでも、」
――ダァン!
「早いって!?」
せめて言い終わった後にして欲しかったと吐き捨てる暇もなく、睦月は元来た道を相対する狙撃手達(特に観測手)に見られないよう、全速力で駆け出した。
……この一連の流れに、記憶の片隅に残していた課題がすっぽ抜けてしまう程の勢いで。
(本当、女って碌なのが居ねぇ……)
その女に現を抜かしてばかりの好色漢こと、睦月は自分を棚に上げたまま、一度通っただけの山道も何のそのと駆け抜けていく。
(さて、急ぐか……『全部振り切ってやる』っ!」
二割解放とはいえ過集中状態の『全体解放』も併用し、鈍行してきた道を数分程に短縮して駆け抜けていく。そして登山道まで戻ってきた睦月は麓へと視線を向け、同じく自動二輪を駆ってきた『技術屋』へと手を振る。
「やっほ~っ!」
声を掛けられたものの、今は時間がない。なので停車後すぐ、弥生に身振りで自動二輪から降りるよう指示する。
そして睦月は、後部座席に移る弥生からハンドルを受け取ると、ディーゼルエンジンが掛かったままの自動二輪へと跨った。
「というか、急にどうしたの? ボクに『自動二輪持って、朔夜の発信機追い駆けてこい』とか、彩未ちゃん伝手で頼んできてさ~」
「良い機会だから、ちょっと試してみただけだよ」
話としては、大したことではない。
もし何の問題も起きなかったとしても、(自動二輪込みで)弥生も旅行に誘う程度の考えで、彩未に伝言を頼んでいたのだ。もし仕事を断ったり、むしろ邪魔になったとしても、途中で電話して追い返せばいいとも思っていたのだが、今回ばかりは大正解だったらしい。
彩未が弥生を見つけて連絡し、そこからさらに自動二輪を運ばせた上で睦月達を追い駆けてくるので、かなりの時間を要するとは思っていたが……まさか都合三日で済むとは、本当に嬉しい誤算だった。
「彩未に頼んで弥生を呼び出すとなると、どれくらいの時間が掛かるかって試してみたくてな」
「ふ~ん……」
「それよりガソリンは?」
そう聞く睦月に、自動二輪の後部に移った弥生は領収書を突き出してきた。
「九州に着いてすぐに給油してきたから、満タンちょい少なめ。載せてきた車だと山登れないから、ガソリンスタンド近くの駐車場に停めてきた。後で支払いよろしく~」
「……仕事を片付けた後でな」
その話はあとに回し、睦月は現状を弥生に、手短に説明した。
「簡単に話すが、すでに戦闘中だ。途中で朔と場所変われ。後は臨機応変に……と言っても、多分別動隊十人規模が、お前の担当分だ。装備は?」
「爆薬と仕込み銃の試作品。後は……この前のワイヤー位』
途中から、弥生の言葉が変声機を介したものへと変質していく。すでに気持ちを、『技術屋』から『爆弾魔』へと切り替えたらしい。
『……全員殺すけど、文句は?』
「どうせ加減できないだろ? 別動隊は好きにしろ」
生殺与奪は全て自己責任。その罪を背負う覚悟がある者だけが、罰を受けることを前提として突き進める。その点で言えば、弥生が誰かを殺すことに躊躇う理由は、何一つとしてなかった。
「朔に合図を送れ。通信一回でいい」
『分かった。長点で送る』
「……やっぱり、そっちが『Yes』なんだ」
分かる人間には分かるんだな、と考えている間にも、朔夜達はすでに反撃を開始している。遅れてはならぬとばかりに、睦月は自動二輪のハンドルを握った。
(まあ、いずれにせよ……)
――ドルルル……
(これで……小細工は済んだ)
朔夜達が行動を開始した為、爆発音がここまで聞こえてくる。鳴り響くディーゼル特有のエンジン音を聞かれるかもしれないが、その前に駆け抜けてしまえばいい。だからこそ、急いで駆け戻って朔夜を拾い、狙撃手達の下へと向かわなければならなかった。
(後は……悪辣さをもって、仕事を片付けるだけだ)
懐の奥へと捻じ込まれる領収書の束を合図に、『爆弾魔』がしがみ付いたのを確認してから、睦月は自動二輪を駆った。
到着した頃には、由希奈がすでに弾倉型の煙幕手榴弾をばら撒き終えた後だった。
「すぐ出せっ!」
挨拶どころか、減速しただけでほとんど自動二輪を停めさせないまま、朔夜は『爆弾魔』と入れ替わってすぐに睦月の後ろに跨ってきた。その後すぐに、ギアを一速から二速へと上げて加速させる。
「ところで……『爆弾魔はどうしてる?」
「自動二輪の後ろにワイヤー引っ掛けて、木の上を飛んでるよ。あいつ、変に器用だよな……」
運転に集中する睦月に代わり、『爆弾魔』の行動を把握しようと後方を見ていた朔夜がそう報告してくる。どうやら自動二輪に自身を引っ張らせて、その勢いで追走して来ているらしい。
「このまま、別動隊の中に放り込んで行くか……」
「賛成。『爆弾魔』はこっちで切り離すから、お前は運転に集中しろ」
睦月がギアを上げてすぐに、朔夜も愛用の.45口径自動拳銃を構えたのか、視界の端にチラリと見えた銃身で分かった。
「『爆弾魔』には、何て伝えた?」
「『別動隊の相手をしろ』って言っといたよ。お前もそっち混ざるか?」
「必要ないだろ……私等の妹だぞ」
それだけ聞けば十分、とばかりに睦月は自動二輪を操り、別動隊近くを高速で突っ切っていく。
「敵だ、……!?」
別動隊の、韓国語を話す彼等が睦月達の方を向くよりも早く、朔夜の合図でその中心へと、『爆弾魔』が落下して行くのが見えた。
「よし、飛ばせっ!」
「もっと、楽な道で試したかったんだけどな……」
名畑の輪業店から購入したてのディーゼルエンジン搭載の自動二輪は、睦月が望んでいた通りの性能を示していた。
(若干じゃじゃ馬だが……これならいけるな)
自動二輪の方から、睦月に忖度して貰おうとは微塵も考えていない。むしろ、最高性能の本領を発揮した上で従わせられなければ、『運び屋』の名折れだ。
引っ張られていた後方が軽くなり、荒れ地をさらに加速できるようになってきた自動二輪でギアを上げながら前進していく。すると、朔夜が牽制で発砲していた右手を戻し、代わりに空いた左手で睦月に指示を出してきた。
「見つけた。わずかに不自然な迷彩模様……あそこだっ!」
「さっすが!」
職業柄、というわけではないだろうが、『鍵師』の観察眼は決して伊達ではない。
鍵穴の形状、もしくは電子錠の仕様を見抜くのと同様にして、景色の中から不自然な植生を把握して観察し、目星を付けたのだろう。いずれにせよ、睦月はただ依頼人の指示に従って自動二輪を駆ればいい。
「出るぞっ!」
適当な岩を足場にして、睦月達を乗せた自動二輪が舞い上がる。その先に隠れていたのは二人。
片方の観測手らしき年嵩の偉丈夫は双眼鏡を手放し、その巨躯に見合う大きさのバックバッグを手早く担ぎだしている。もう片方の明らかに若い、狙撃銃を構えた男の方は後を追うようにして、こちらを見上げてきていた。視覚情報だけだが、その青年が弟子と見て間違いないだろう。
「デカい方任せたっ!」
「明らかにヤバそうなの押し付けやがって……」
これもプロ意識のなせる業か、それとも姉に対しての諦念からか。睦月は朔夜に従い、そのまま壮年の巨漢へと突っ込んでいく。途中、後部座席から姉が降りていくのを感じたが、いちいち構っている余裕はない。
「ムンッ!」
「なろっ!?」
その巨体に纏われている、鍛え抜かれた肉体の方は未だ健在なのか。自動二輪に跨ったまま突っ込んでくる睦月に合わせて、そのまま斜面を転がりながら後退していく。その間、明らかに硬度のあるバックバッグを担いでいるにも関わらず、平気な顔で睦月を見返してきていた。
こちらもハンドルを操り、どうにか転倒は免れたものの……壮年の巨漢共々、誰も居ない斜面の傍へと落ちてしまった。
(結局、分断の流れか……)
そう考えるものの、相手の膂力を肌で感じた睦月はかえって、この状況で良かったと思えていた。
(……ま、別にいっか。『鍵師』には荷が重そうだし)
冷静にアクセルグリップを回し、自動二輪に異常がないかを確認する睦月に壮年の巨漢、『醜悪』は咄嗟に掴んだバックバッグを地面に置きながら叫んだ。
「貴様等、いったい何者だっ!?」
「…………」
飛ばされてくる韓国語。過疎化したとはいえ廃鉱山一つを占拠し、裏工作できる程の背後の組織力。そして育成中とはいえ、眼鏡のわずかな反射光目掛けて銃弾を送り込める技量。
それだけ条件が揃えば、相手の正体はすぐに想像がつく。
「答えろっ! 貴様等は……貴様は、いったい何者だ?」
だからこそ……睦月はあえて、こう名乗った。
「…………『最期の世代』の一人、『運び屋』」
どうやら、その名乗りにして正解だったらしい。
「まさか、最後にとんでもない獲物を引くとはな……」
軽く息を吐き捨ててから、カイツールは改めて名乗ってきた。
「……『犯罪組織』が幹部の一人、『醜悪』」
そう言い、カイツールがバックバッグから中身を取り出した瞬間、
――ダァン!
斜面の上から鳴り響く一発の銃声と共に、睦月は自動二輪に跨ったまま突っ込んでいく。
とはいえ、おそらく無線を使っているだろう相手とは違い……睦月達の場合は、モールス信号による通信しかできなかったが。
「タイミングが良いのか悪いのか……あいつからは何て?」
「『ヤマノフモト、クルマノソバ』、だってさ」
朔夜が普段使っているシガーソケット型のライターには、ある仕掛けが施されていた。専用の機器は必要だがUSB、車載のシガーソケットのどちらでも充電可能。そのバッテリーに連動して位置情報の発信を常時行い、短波通信によるモールス信号の送受信機能も付いている。
もっとも……通信機能の方は、持ち主である朔夜とライターの製作者の二者間でしか使えないが。
「じゃあ、返信頼む。『モツテコイ、トリニイク』って」
「はいはい」
朔夜は煙草を吹かしながらライターを握ると、モールス特有の短点と長点の信号を指で操作して発信し始めた。そして少し間を開けて、先程朔夜が見つめていたのと同様に、ライターの持ち手部分の中心に埋め込まれた超小型のLED電球が明滅を繰り返しだしている。
「『リヨウカイ』、だとさ」
「よし……姫香」
睦月が何かを言うまでもなく、狙撃銃を持った姫香は岩陰の隙間からいつでも身を乗り出せるよう、構えだしていた。
「俺は姫香の発砲を合図に、できるだけ急いで来た道を隠れながら戻る。向こうと合流したら連絡するから、そのタイミングで煙幕を焚き付けろ」
「分かった。擲弾は私が撃つ。たしか煙幕弾もあったよな?」
シガーソケット型のライターを指に挟んだまま、手近な石の上に煙草をそのまま載せた朔夜は、擲弾発射器を操作して発煙弾を装填し、銃身を戻した。
「……ああ。どうせそんなに持ってきてないんだ。別動隊に向けて全部撃ち込んじまえ」
荷物を降ろし、纏っていた防弾繊維のシートを剥いだ睦月は、岩陰に隠れたまま身体を解し始めた。
「あの……私は、」
「煙幕手榴弾の使い方は分かるか? 弾倉型のやつだ」
朔夜の言葉を受けて弾倉型の煙幕手榴弾を取り出す由希奈に、睦月達はそれぞれの手持ちを取り出して彼女の足下へと集めた。
「私が撃ち出したら合図する。姫香の前辺りを指差すから、片っ端から点けて放り込め」
「は、はいっ!」
擲弾の数と種類を把握しつつ、発煙弾だけを足元に並べていた朔夜は由希奈にそう指示を飛ばしてから、睦月の方を向いてきた。
「問題がない限り、準備できたら長点で返せ」
「了解……って、あれ?」
朔夜からの指示にふと、ある疑問が睦月の中から出てくる。
「一回だけでいいなら……短点で良くないか?」
小太刀を取り外し、地面に置く前に『寄越せ』と手を伸ばしてきた朔夜に投げ渡してから、睦月はそう呟く。
その睦月の言葉に、朔夜はやれやれとばかりに首を振ってから答えてきた。
「二進数じゃ、長点が1なんだよ」
「……頼むから日本語で話してくれ。英中露でも可」
プログラム言語に明るくない為、二進数がどういうものかしか理解していない睦月は、機械語での用いられ方で話す朔夜の言葉に辛うじて、そう返すしかなかった。
「情報系の資格も一応取っとけよ。結構役に立つぞ?」
「情報技術の発展が激し過ぎて、『数年で役に立たなくなった』って、昔ぼやいてなかったか?」
「変わらない部分の問題だっつの。特定の結果を導く手順位は覚えとけって」
受け取った小太刀を手早く自身のベルトに差しながら、朔夜は睦月にそう返してくる。
「というか、お前がやってるいつもの思考も、質問のYes,Noか自由回答かってだけで、ある意味特定の結果を導く手順みたいなものだろうが」
そう指摘してくる朔夜の言葉に、今度勉強しておこうと記憶の片隅に留めておく睦月。そして後日、完全に忘れてしまうことになる。
「……あ。それと途中、私も拾ってけよ」
「だから小太刀を外してすぐに、『寄越せ』とばかりに手を伸ばしてきたのか……」
我が姉(血縁関係なし)ながら……と呆れ果てつつも、睦月はいつでも走れるように身構える。
「よし、姫香。いつでも、」
――ダァン!
「早いって!?」
せめて言い終わった後にして欲しかったと吐き捨てる暇もなく、睦月は元来た道を相対する狙撃手達(特に観測手)に見られないよう、全速力で駆け出した。
……この一連の流れに、記憶の片隅に残していた課題がすっぽ抜けてしまう程の勢いで。
(本当、女って碌なのが居ねぇ……)
その女に現を抜かしてばかりの好色漢こと、睦月は自分を棚に上げたまま、一度通っただけの山道も何のそのと駆け抜けていく。
(さて、急ぐか……『全部振り切ってやる』っ!」
二割解放とはいえ過集中状態の『全体解放』も併用し、鈍行してきた道を数分程に短縮して駆け抜けていく。そして登山道まで戻ってきた睦月は麓へと視線を向け、同じく自動二輪を駆ってきた『技術屋』へと手を振る。
「やっほ~っ!」
声を掛けられたものの、今は時間がない。なので停車後すぐ、弥生に身振りで自動二輪から降りるよう指示する。
そして睦月は、後部座席に移る弥生からハンドルを受け取ると、ディーゼルエンジンが掛かったままの自動二輪へと跨った。
「というか、急にどうしたの? ボクに『自動二輪持って、朔夜の発信機追い駆けてこい』とか、彩未ちゃん伝手で頼んできてさ~」
「良い機会だから、ちょっと試してみただけだよ」
話としては、大したことではない。
もし何の問題も起きなかったとしても、(自動二輪込みで)弥生も旅行に誘う程度の考えで、彩未に伝言を頼んでいたのだ。もし仕事を断ったり、むしろ邪魔になったとしても、途中で電話して追い返せばいいとも思っていたのだが、今回ばかりは大正解だったらしい。
彩未が弥生を見つけて連絡し、そこからさらに自動二輪を運ばせた上で睦月達を追い駆けてくるので、かなりの時間を要するとは思っていたが……まさか都合三日で済むとは、本当に嬉しい誤算だった。
「彩未に頼んで弥生を呼び出すとなると、どれくらいの時間が掛かるかって試してみたくてな」
「ふ~ん……」
「それよりガソリンは?」
そう聞く睦月に、自動二輪の後部に移った弥生は領収書を突き出してきた。
「九州に着いてすぐに給油してきたから、満タンちょい少なめ。載せてきた車だと山登れないから、ガソリンスタンド近くの駐車場に停めてきた。後で支払いよろしく~」
「……仕事を片付けた後でな」
その話はあとに回し、睦月は現状を弥生に、手短に説明した。
「簡単に話すが、すでに戦闘中だ。途中で朔と場所変われ。後は臨機応変に……と言っても、多分別動隊十人規模が、お前の担当分だ。装備は?」
「爆薬と仕込み銃の試作品。後は……この前のワイヤー位』
途中から、弥生の言葉が変声機を介したものへと変質していく。すでに気持ちを、『技術屋』から『爆弾魔』へと切り替えたらしい。
『……全員殺すけど、文句は?』
「どうせ加減できないだろ? 別動隊は好きにしろ」
生殺与奪は全て自己責任。その罪を背負う覚悟がある者だけが、罰を受けることを前提として突き進める。その点で言えば、弥生が誰かを殺すことに躊躇う理由は、何一つとしてなかった。
「朔に合図を送れ。通信一回でいい」
『分かった。長点で送る』
「……やっぱり、そっちが『Yes』なんだ」
分かる人間には分かるんだな、と考えている間にも、朔夜達はすでに反撃を開始している。遅れてはならぬとばかりに、睦月は自動二輪のハンドルを握った。
(まあ、いずれにせよ……)
――ドルルル……
(これで……小細工は済んだ)
朔夜達が行動を開始した為、爆発音がここまで聞こえてくる。鳴り響くディーゼル特有のエンジン音を聞かれるかもしれないが、その前に駆け抜けてしまえばいい。だからこそ、急いで駆け戻って朔夜を拾い、狙撃手達の下へと向かわなければならなかった。
(後は……悪辣さをもって、仕事を片付けるだけだ)
懐の奥へと捻じ込まれる領収書の束を合図に、『爆弾魔』がしがみ付いたのを確認してから、睦月は自動二輪を駆った。
到着した頃には、由希奈がすでに弾倉型の煙幕手榴弾をばら撒き終えた後だった。
「すぐ出せっ!」
挨拶どころか、減速しただけでほとんど自動二輪を停めさせないまま、朔夜は『爆弾魔』と入れ替わってすぐに睦月の後ろに跨ってきた。その後すぐに、ギアを一速から二速へと上げて加速させる。
「ところで……『爆弾魔はどうしてる?」
「自動二輪の後ろにワイヤー引っ掛けて、木の上を飛んでるよ。あいつ、変に器用だよな……」
運転に集中する睦月に代わり、『爆弾魔』の行動を把握しようと後方を見ていた朔夜がそう報告してくる。どうやら自動二輪に自身を引っ張らせて、その勢いで追走して来ているらしい。
「このまま、別動隊の中に放り込んで行くか……」
「賛成。『爆弾魔』はこっちで切り離すから、お前は運転に集中しろ」
睦月がギアを上げてすぐに、朔夜も愛用の.45口径自動拳銃を構えたのか、視界の端にチラリと見えた銃身で分かった。
「『爆弾魔』には、何て伝えた?」
「『別動隊の相手をしろ』って言っといたよ。お前もそっち混ざるか?」
「必要ないだろ……私等の妹だぞ」
それだけ聞けば十分、とばかりに睦月は自動二輪を操り、別動隊近くを高速で突っ切っていく。
「敵だ、……!?」
別動隊の、韓国語を話す彼等が睦月達の方を向くよりも早く、朔夜の合図でその中心へと、『爆弾魔』が落下して行くのが見えた。
「よし、飛ばせっ!」
「もっと、楽な道で試したかったんだけどな……」
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(若干じゃじゃ馬だが……これならいけるな)
自動二輪の方から、睦月に忖度して貰おうとは微塵も考えていない。むしろ、最高性能の本領を発揮した上で従わせられなければ、『運び屋』の名折れだ。
引っ張られていた後方が軽くなり、荒れ地をさらに加速できるようになってきた自動二輪でギアを上げながら前進していく。すると、朔夜が牽制で発砲していた右手を戻し、代わりに空いた左手で睦月に指示を出してきた。
「見つけた。わずかに不自然な迷彩模様……あそこだっ!」
「さっすが!」
職業柄、というわけではないだろうが、『鍵師』の観察眼は決して伊達ではない。
鍵穴の形状、もしくは電子錠の仕様を見抜くのと同様にして、景色の中から不自然な植生を把握して観察し、目星を付けたのだろう。いずれにせよ、睦月はただ依頼人の指示に従って自動二輪を駆ればいい。
「出るぞっ!」
適当な岩を足場にして、睦月達を乗せた自動二輪が舞い上がる。その先に隠れていたのは二人。
片方の観測手らしき年嵩の偉丈夫は双眼鏡を手放し、その巨躯に見合う大きさのバックバッグを手早く担ぎだしている。もう片方の明らかに若い、狙撃銃を構えた男の方は後を追うようにして、こちらを見上げてきていた。視覚情報だけだが、その青年が弟子と見て間違いないだろう。
「デカい方任せたっ!」
「明らかにヤバそうなの押し付けやがって……」
これもプロ意識のなせる業か、それとも姉に対しての諦念からか。睦月は朔夜に従い、そのまま壮年の巨漢へと突っ込んでいく。途中、後部座席から姉が降りていくのを感じたが、いちいち構っている余裕はない。
「ムンッ!」
「なろっ!?」
その巨体に纏われている、鍛え抜かれた肉体の方は未だ健在なのか。自動二輪に跨ったまま突っ込んでくる睦月に合わせて、そのまま斜面を転がりながら後退していく。その間、明らかに硬度のあるバックバッグを担いでいるにも関わらず、平気な顔で睦月を見返してきていた。
こちらもハンドルを操り、どうにか転倒は免れたものの……壮年の巨漢共々、誰も居ない斜面の傍へと落ちてしまった。
(結局、分断の流れか……)
そう考えるものの、相手の膂力を肌で感じた睦月はかえって、この状況で良かったと思えていた。
(……ま、別にいっか。『鍵師』には荷が重そうだし)
冷静にアクセルグリップを回し、自動二輪に異常がないかを確認する睦月に壮年の巨漢、『醜悪』は咄嗟に掴んだバックバッグを地面に置きながら叫んだ。
「貴様等、いったい何者だっ!?」
「…………」
飛ばされてくる韓国語。過疎化したとはいえ廃鉱山一つを占拠し、裏工作できる程の背後の組織力。そして育成中とはいえ、眼鏡のわずかな反射光目掛けて銃弾を送り込める技量。
それだけ条件が揃えば、相手の正体はすぐに想像がつく。
「答えろっ! 貴様等は……貴様は、いったい何者だ?」
だからこそ……睦月はあえて、こう名乗った。
「…………『最期の世代』の一人、『運び屋』」
どうやら、その名乗りにして正解だったらしい。
「まさか、最後にとんでもない獲物を引くとはな……」
軽く息を吐き捨ててから、カイツールは改めて名乗ってきた。
「……『犯罪組織』が幹部の一人、『醜悪』」
そう言い、カイツールがバックバッグから中身を取り出した瞬間、
――ダァン!
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