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179 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その17)
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イ・ジェヨンという青年は、成人男性の平均身長よりは少し高い上背を持っている。自分から見ればまだ小柄な方だが、狙撃手として指導する上では、自身に辛うじて近い体格だと言えよう。
(問題は精神面……いや、単純な経験値か)
技術面は問題ない。
組織の情報機関に手配して、適当な人間をこの廃鉱山に誘い込ませては狙撃の標的にしてきた。山道に沿わせて歩かせ、銃声が人の耳に届かない山中で仕留めさせる。
元々は数十年前、別の事情でこの山に訪れていたのだが、初めて入山した当時ですでに、かなりの過疎化が進んでいた。その為、せっかくだからと日本の政府や在住組織に隠れて、狙撃の練習場代わりにと占領したのがこの廃鉱山だった。
別に四六時中、廃鉱山に籠っているわけではない。だが、組織の仕事で狙撃手を育てる時は、必ずと言っていい程利用してきた。
そして今回育てているのが、次の仕事を任せるつもりで日本に連れてきた、ジェヨンという青年だった。
「気を急いたな。眼鏡の反射光程度で、引き金を引くとは」
「……すみません」
最近は銃弾一つで、標的を仕留められるようになってきたからだろう。どうにも、増長しているきらいがある。先程、山道から外れた登山客らしき数人の一人に引き金を引いた時は、その堪え性のなさに内心呆れたものだが……ある意味では、良い機会だと切り替えることにした。
(正体不明の獲物……いや、狙撃に対しての行動が的確過ぎる。敵対勢力として考えた方がいいな)
この廃鉱山一帯は通話圏外であり、基地局が近くに設置されないよう手を回してある。ゆえに、スマホ等の携帯機器は使えず、こちらも短波通信による無線でしか連絡が取れない。
だが、廃鉱山に居る仲間内で連絡し合うには十分だった。
――ザッ!
「こちらの位置は把握しているな? 射線に被らないよう進軍しろ。応戦は認めるが、攻撃が来ない内は指示なく発砲するな」
『イエッサー』
無線で待機中の部隊を動かし、射線から迂回させるようにして、標的へと近付けさせていく。この廃鉱山を占領する為に駐在している者達だが、未踏区域への進軍と武装の都合で、すぐには駆け付けられない。その間はこちらで、動きを止めるしかなかった。
「師匠、動きがありました」
「確認する。まだ、引き金に指を掛けるな」
薬室にはすでに次弾が装填されているが、ジェヨンは引き金から指を外している。それを確認した後、索敵用の双眼鏡から観測手用に設置した単眼鏡に顔を移し、覗き込む。
双眼鏡は視野を広く持てるが、高倍率で遠距離の様子を窺うには、単眼鏡の方が都合が良い。本来であれば片方、できれば後者を携帯するのだが、訓練中であることと自軍の占領下の為、あえて両方を用意していた。
(やはり相手は、狙撃手を敵に回した時の対処法を心得ている……一体何者だ?)
岩陰から不用意に飛び出してきた人影に対し、弟子であるジェヨンには短く、『撃つな』と指示を飛ばした。
「あれは……張り子だな。わざわざ撃って、こちらの位置を知らせる必要はない」
「張り子、って……よく分かりましたね?」
「……ただの経験則だ。お前も慣れれば、すぐに分かるようになる」
人体の肌がわずかでも見えないとか、動きが人間にしては不自然だとか、理由はいくらでも付けられる。けれども、こればかりは即断できなければ、狙撃手や観測手として活躍することは難しい。
感覚を理屈で説明し辛いのが、あらゆる分野で技術の継承が難しいとされる理由の一つであり、今回師事する上でもっとも難儀している点である。
「それにしても……相手は一体、何者ですか?」
「分からん。だが……練習相手には丁度良い」
単独か背後に何らかの組織が居るのかは分からないが、少なくとも味方でないのはたしかだ。ならば、これまでの登山客達と同様に『神隠し』として、海で行方不明になったことにしてしまえばいい。
(正体を探るのは、全滅させてからでいい。近付けさせている部隊には、適当に距離を詰めた後で煙幕弾でも撃ち込ませればいいだろう。今回は、敵を燻り出せれば十分だ)
「師匠、また張り子を出しているようですが……どうします?」
「……いや、まだだ」
最初とは違い、今度はたしかに、カメラらしきレンズの反射光が見えた。おそらくは周囲の索敵が目的だろうが、あれでは分かっても、精々が別動隊の動き位だろう。依然、こちらの有利は変わらない。
だからこそ……相手も迂闊に、射線上に身体を晒してこないのだ。
(可能なら本番に備えて、部隊を突入させてわざと乱戦を起こさせてから、標的 だけを狙わせる訓練にしたいところだが……相手の力量が不明である現状、無理をする必要はないな)
簡単に方針を纏めてから、弟子のジェヨンに引き金から指を外させたまま、狙撃銃のスコープを覗き続けさせた。
かつては自分も愛用していた、7.92mm口径弾を使用する狙撃銃の同型で、有効射程距離は1kmにも満たない。しかも後継モデルがすでに出ており、新しい物は銃身と共に、射程距離も伸びている。けれども、先に技術を身に着けさせる為にあえて、ジェヨンにこの銃を持たせた。
無論、時間があれば後継モデルも練習させる腹積もりではいたのだが……今回はそこまで、時間が取れなかった。
この弟子の技量は未だ、師匠である自分にすら届いていない。それでも時は流れ、本番が待ってくれることはないのだ。
(自分で撃てない、というのも歯痒いものだな……)
もう何年か早ければ、自分一人でも十分お釣りがくる内容の仕事だった。だが、寄る年波には敵わぬ上に、どちらにせよ後継者を育てなければならない。
「連中、暢気に煙草を吹かしてますね……」
「すでに位置が割れてるとみて、開き直っているんだろう。放っておけ」
どちらにせよ、こちらには対物狙撃銃も迫撃砲の類もない。しかも国外の為、友軍の航空支援は頼れないのだ。ならば、より冷静に、定石通りに距離を詰めて追い立てればいい。
むしろこの状況こそ、弟子の育成には非常に都合が良かった。
「合図したら、引き金に指を掛けろ。先に身を隠されたから、正確な人数は不明だが……味方撃ちに気を付けて、全員撃ち殺せ。失敗したり見逃しても、別動隊に後始末させるから気楽にな」
「……了解」
言葉に少し、力が入っていた。どうやら全員殺す気でいるみたいだが、むしろ良い傾向である。練習だろうと本番のように真剣になれなければ、肝心なところで失敗してしまう。ならば成功の可否を問わず、仕事の前に経験を積ませた方が良い。
(弟子の気概は十分。問題は……相手の動きか)
煙草の副流煙を囮に、射線から身を隠すようにして撤退した可能性もなくはないが……その時はその時だ。それに、こちらの正確な位置を把握できていないだろう状態で、全員が姿を現さずに逃げ出すのはさすがに無理がある。たとえ脱出できたとしても、一人か二人が精々だろう。
「この状況で……敵がどう動くか、師匠は予想できますか?」
弟子からの質問に、簡潔に答えた。
「相手が逃げ出してないのなら……狙撃手を撃ち返してくるか、距離を詰めて接近戦に持ち込もうとするだろうな。まあ、相手が都合良く狙撃銃を持っているとは限らないが、」
――バシン! ……ダァン!
着弾と同時に、山中に響く銃声。
狙いこそ外れてはいるものの、そこまで離れていない場所へと銃弾が放たれた。その時点で、分かったことが二つある。
おおよそとはいえ、こちらの位置が把握されていることと……先程の狙撃は、向こうの狙撃銃の調整作業が目的だということだ。
「本当に何者だ……?」
こちらの位置を正確に把握されていないとはいえ、武装に関しては条件が五分。位置情報に関してはまだ優位だが、大まかに当ててきた以上、油断はできない。そう判断し、ジェヨンに命じた。
「今の発射炎で相手の位置は把握したな? さっきのはおそらく調整作業だろうが、一発で済ませられるとは思えない……今の内に狙いを定めろ。特定されたと判断したら、すぐに合図を出す」
「分かりました……いつでも大丈夫です」
狙撃技術だけは、仕事を任せられる程度には育てられた。まだ経験不足で気が逸ることもあるだろうが、それは自分が補助につけば、まだ問題ない。
(ただ……何故、今のタイミングなんだ?)
先程までの張り子と同様、調整作業も兼ねた狙撃を囮にして、こちらの位置を把握しようとしてきたのだろうが……たとえ拓けた山肌でも、こちらが発砲しない限りは見つからないはずだ。
(先に別動隊を押さえる為に、こちらを牽制した? それなら向こうも、二手に分かれてなければおかしい、が……)
先程撃ち込まれた銃弾が過去に経験した物と同一であるならば、ロシア製の7.62mm口径のはずだ。有効射程距離はこちらと大体同じ位だが、使用する銃器の中には半自動小銃も含まれている。一発ごとに引き金を引く必要はあるものの、遊底を手動で操作することなく、薬室に自動で次弾が送り込めるので、自動拳銃のように連射されるおそれもあった。
けれども、相手は一発撃つだけで、それ以上の動きを見せてこない。それどころか、張り子の影すら見えない程だ。
(様子見が目的じゃないな、意味がなさ過ぎる。そうなると、他に考えられるのは……)
単眼鏡から目を離し、双眼鏡で別動隊の様子を確認しながら、無線機を繋げる。
「敵が動いた。襲撃される可能性がある。進軍を停止し、突撃銃を構えたまま待機。周辺の警戒に移れ。何かあれば即報告しろ」
『イエッサー』
別動隊が進軍を停止し、周辺警戒に移行する様子を確認してから、再度単眼鏡を覗き込もうとした瞬間だった。
――ドゴォッ!
「来たかっ!」
おそらくは、単発式の擲弾発射器だろう。だが一丁しかないのか、別動隊相手に一発ずつ、擲弾を撃ち込んでは装填しているのを繰り返しているようにも見える。
(別動隊の大まかな位置を張り子に貼り付けたカメラで把握しているから、大雑把でも煙幕弾の有効圏内に入るように狙えたのか。未だに目的が、陽動か殲滅かは不明だが……)
「構えろっ! 来るぞ!」
改めて構え直すジェヨンを横目に、単眼鏡を覗き込んで相手の様子を窺う。
牽制も兼ねていたであろう調整作業目的の射撃以降、発射炎が起きた場所の辺りで金属の反射光は見えない。銃身に布やテープを巻いて防いでいたとしても、狙撃銃らしき物体の形すら確認できなかった。
――バシュゥゥゥ……!
それどころか、自分達を覆うかのように煙幕の防壁を張り始めている。
(ここまでくると……どう考えても、敵の目的は距離を詰めての近接戦闘だ)
向こうも狙撃手で牽制しつつ、こちらに別動隊を出して接近戦を仕掛けてくる。その意図は読めたし、定石通りだと理解できるが……一つだけ、納得できない点がある。
(一体……どう近付いてくるつもりだ?)
別の部下から事前に受けた報告では、相手は廃鉱山の麓で車を降り、徒歩で登山道を進んできている。携帯できてかつ、高速で移動できる手段がなければ、防御しながら前へ出てくるしかない。
(少人数で携帯できる分を考えれば、煙幕は長くもたない上に急な突風一つで駄目になる。陽動も兼ねた狙撃手の防御用と、別動隊への足止めに全部使うはずだ)
移動手段がないのであれば、こちらへ接近するには潜伏するか、防御を固めなければならない。どちらにせよ、発見次第狙撃しても十分間に合う。
――ドォン!
『煙幕の他に、閃光手榴弾が混じってきました! まだ、非致死性ですが反撃してもっ!?』
「……攻撃を許可する。ただし、その状況では誤射の危険がある。発砲には十分気を付けろ」
まだ攻撃はされていないが、敵の武装によっては全滅するおそれも出てきた。それに、単に外れただけで、実は手榴弾である可能性も否めない。現に、無線で報告してきた部下からは、閃光手榴弾から閃光と同時に発せられるはずの大音響に耳をやられている様子は、一切窺えなかった。
「徐々に、周辺を警戒しつつ広がれ。手榴弾を投げられでもしたら、」
(…………いや、待て)
再度単眼鏡から双眼鏡に切り替え、確保した視界で別動隊周辺を一望する。何らおかしな動きは見られないが、もし予想通りだとすれば……下手に陣形を広げるのは危険だ。
「横ではなく、こちらと相手を挟んで縦に広がれ。突破される危険はあるが、陣形の薄い部分を破られるよりはマシだ」
手榴弾の有無は関係ない。もし別動隊を横に展開させるのが目的だとすれば、自分なら迷わず、陣形の薄い部分を狙ってくる。大回りに移動して避けてくる可能性もあるが、それこそ必要であれば、前進してきた敵を狙撃すればいい。
最低限だが、少なくともこれで、手榴弾による全滅は防げたはずだ。
(後は狙撃手を封じて、時間を掛けて……っ!?」
未だに鳴り響く爆発の中から、手榴弾の類とは明らかに違う音が聞こえ出した。
爆薬ではないし、先程までの擲弾発射器の発砲音とも違う。むしろこれは、機械の駆動音に近い。
それも、車や自動二輪で用いられるエンジンのような……
――ドルルル……
「師匠! 奴等、」
「分かってる! だが撃つなっ!」
……気付くのが、遅過ぎた。
ジェヨンから『師匠』と呼ばれていた男……カイツールは弟子に狙撃させないよう、頭を押さえつけて自身も伏せる。
「一度でも撃てば、位置を特定されて集中的に撃ち込まれる。その間に調整作業を済まされてしまえば、即座に狙撃されるぞっ!」
けれども、そんな心配をしている暇はない。
(失念していた……後続の可能性をっ!)
双眼鏡で、辛うじて見つけられたのは三人。
別動隊の中心に飛び込む小さな影と、悪路にも関わらず自動二輪に跨り、前進してくる二人組。
しかも、厄介なことに……後方に腰掛けた女の左手は、真っ直ぐにこちらを指してきている。
(相手の狙撃手は、どこまで調整作業を済ませている? いや、すでに距離を詰められて位置がばれてしまった……もう間に合わないかっ!)
自動二輪を駆る男は迷わず、カイツール達の下へと突っ込んできた。
(問題は精神面……いや、単純な経験値か)
技術面は問題ない。
組織の情報機関に手配して、適当な人間をこの廃鉱山に誘い込ませては狙撃の標的にしてきた。山道に沿わせて歩かせ、銃声が人の耳に届かない山中で仕留めさせる。
元々は数十年前、別の事情でこの山に訪れていたのだが、初めて入山した当時ですでに、かなりの過疎化が進んでいた。その為、せっかくだからと日本の政府や在住組織に隠れて、狙撃の練習場代わりにと占領したのがこの廃鉱山だった。
別に四六時中、廃鉱山に籠っているわけではない。だが、組織の仕事で狙撃手を育てる時は、必ずと言っていい程利用してきた。
そして今回育てているのが、次の仕事を任せるつもりで日本に連れてきた、ジェヨンという青年だった。
「気を急いたな。眼鏡の反射光程度で、引き金を引くとは」
「……すみません」
最近は銃弾一つで、標的を仕留められるようになってきたからだろう。どうにも、増長しているきらいがある。先程、山道から外れた登山客らしき数人の一人に引き金を引いた時は、その堪え性のなさに内心呆れたものだが……ある意味では、良い機会だと切り替えることにした。
(正体不明の獲物……いや、狙撃に対しての行動が的確過ぎる。敵対勢力として考えた方がいいな)
この廃鉱山一帯は通話圏外であり、基地局が近くに設置されないよう手を回してある。ゆえに、スマホ等の携帯機器は使えず、こちらも短波通信による無線でしか連絡が取れない。
だが、廃鉱山に居る仲間内で連絡し合うには十分だった。
――ザッ!
「こちらの位置は把握しているな? 射線に被らないよう進軍しろ。応戦は認めるが、攻撃が来ない内は指示なく発砲するな」
『イエッサー』
無線で待機中の部隊を動かし、射線から迂回させるようにして、標的へと近付けさせていく。この廃鉱山を占領する為に駐在している者達だが、未踏区域への進軍と武装の都合で、すぐには駆け付けられない。その間はこちらで、動きを止めるしかなかった。
「師匠、動きがありました」
「確認する。まだ、引き金に指を掛けるな」
薬室にはすでに次弾が装填されているが、ジェヨンは引き金から指を外している。それを確認した後、索敵用の双眼鏡から観測手用に設置した単眼鏡に顔を移し、覗き込む。
双眼鏡は視野を広く持てるが、高倍率で遠距離の様子を窺うには、単眼鏡の方が都合が良い。本来であれば片方、できれば後者を携帯するのだが、訓練中であることと自軍の占領下の為、あえて両方を用意していた。
(やはり相手は、狙撃手を敵に回した時の対処法を心得ている……一体何者だ?)
岩陰から不用意に飛び出してきた人影に対し、弟子であるジェヨンには短く、『撃つな』と指示を飛ばした。
「あれは……張り子だな。わざわざ撃って、こちらの位置を知らせる必要はない」
「張り子、って……よく分かりましたね?」
「……ただの経験則だ。お前も慣れれば、すぐに分かるようになる」
人体の肌がわずかでも見えないとか、動きが人間にしては不自然だとか、理由はいくらでも付けられる。けれども、こればかりは即断できなければ、狙撃手や観測手として活躍することは難しい。
感覚を理屈で説明し辛いのが、あらゆる分野で技術の継承が難しいとされる理由の一つであり、今回師事する上でもっとも難儀している点である。
「それにしても……相手は一体、何者ですか?」
「分からん。だが……練習相手には丁度良い」
単独か背後に何らかの組織が居るのかは分からないが、少なくとも味方でないのはたしかだ。ならば、これまでの登山客達と同様に『神隠し』として、海で行方不明になったことにしてしまえばいい。
(正体を探るのは、全滅させてからでいい。近付けさせている部隊には、適当に距離を詰めた後で煙幕弾でも撃ち込ませればいいだろう。今回は、敵を燻り出せれば十分だ)
「師匠、また張り子を出しているようですが……どうします?」
「……いや、まだだ」
最初とは違い、今度はたしかに、カメラらしきレンズの反射光が見えた。おそらくは周囲の索敵が目的だろうが、あれでは分かっても、精々が別動隊の動き位だろう。依然、こちらの有利は変わらない。
だからこそ……相手も迂闊に、射線上に身体を晒してこないのだ。
(可能なら本番に備えて、部隊を突入させてわざと乱戦を起こさせてから、標的 だけを狙わせる訓練にしたいところだが……相手の力量が不明である現状、無理をする必要はないな)
簡単に方針を纏めてから、弟子のジェヨンに引き金から指を外させたまま、狙撃銃のスコープを覗き続けさせた。
かつては自分も愛用していた、7.92mm口径弾を使用する狙撃銃の同型で、有効射程距離は1kmにも満たない。しかも後継モデルがすでに出ており、新しい物は銃身と共に、射程距離も伸びている。けれども、先に技術を身に着けさせる為にあえて、ジェヨンにこの銃を持たせた。
無論、時間があれば後継モデルも練習させる腹積もりではいたのだが……今回はそこまで、時間が取れなかった。
この弟子の技量は未だ、師匠である自分にすら届いていない。それでも時は流れ、本番が待ってくれることはないのだ。
(自分で撃てない、というのも歯痒いものだな……)
もう何年か早ければ、自分一人でも十分お釣りがくる内容の仕事だった。だが、寄る年波には敵わぬ上に、どちらにせよ後継者を育てなければならない。
「連中、暢気に煙草を吹かしてますね……」
「すでに位置が割れてるとみて、開き直っているんだろう。放っておけ」
どちらにせよ、こちらには対物狙撃銃も迫撃砲の類もない。しかも国外の為、友軍の航空支援は頼れないのだ。ならば、より冷静に、定石通りに距離を詰めて追い立てればいい。
むしろこの状況こそ、弟子の育成には非常に都合が良かった。
「合図したら、引き金に指を掛けろ。先に身を隠されたから、正確な人数は不明だが……味方撃ちに気を付けて、全員撃ち殺せ。失敗したり見逃しても、別動隊に後始末させるから気楽にな」
「……了解」
言葉に少し、力が入っていた。どうやら全員殺す気でいるみたいだが、むしろ良い傾向である。練習だろうと本番のように真剣になれなければ、肝心なところで失敗してしまう。ならば成功の可否を問わず、仕事の前に経験を積ませた方が良い。
(弟子の気概は十分。問題は……相手の動きか)
煙草の副流煙を囮に、射線から身を隠すようにして撤退した可能性もなくはないが……その時はその時だ。それに、こちらの正確な位置を把握できていないだろう状態で、全員が姿を現さずに逃げ出すのはさすがに無理がある。たとえ脱出できたとしても、一人か二人が精々だろう。
「この状況で……敵がどう動くか、師匠は予想できますか?」
弟子からの質問に、簡潔に答えた。
「相手が逃げ出してないのなら……狙撃手を撃ち返してくるか、距離を詰めて接近戦に持ち込もうとするだろうな。まあ、相手が都合良く狙撃銃を持っているとは限らないが、」
――バシン! ……ダァン!
着弾と同時に、山中に響く銃声。
狙いこそ外れてはいるものの、そこまで離れていない場所へと銃弾が放たれた。その時点で、分かったことが二つある。
おおよそとはいえ、こちらの位置が把握されていることと……先程の狙撃は、向こうの狙撃銃の調整作業が目的だということだ。
「本当に何者だ……?」
こちらの位置を正確に把握されていないとはいえ、武装に関しては条件が五分。位置情報に関してはまだ優位だが、大まかに当ててきた以上、油断はできない。そう判断し、ジェヨンに命じた。
「今の発射炎で相手の位置は把握したな? さっきのはおそらく調整作業だろうが、一発で済ませられるとは思えない……今の内に狙いを定めろ。特定されたと判断したら、すぐに合図を出す」
「分かりました……いつでも大丈夫です」
狙撃技術だけは、仕事を任せられる程度には育てられた。まだ経験不足で気が逸ることもあるだろうが、それは自分が補助につけば、まだ問題ない。
(ただ……何故、今のタイミングなんだ?)
先程までの張り子と同様、調整作業も兼ねた狙撃を囮にして、こちらの位置を把握しようとしてきたのだろうが……たとえ拓けた山肌でも、こちらが発砲しない限りは見つからないはずだ。
(先に別動隊を押さえる為に、こちらを牽制した? それなら向こうも、二手に分かれてなければおかしい、が……)
先程撃ち込まれた銃弾が過去に経験した物と同一であるならば、ロシア製の7.62mm口径のはずだ。有効射程距離はこちらと大体同じ位だが、使用する銃器の中には半自動小銃も含まれている。一発ごとに引き金を引く必要はあるものの、遊底を手動で操作することなく、薬室に自動で次弾が送り込めるので、自動拳銃のように連射されるおそれもあった。
けれども、相手は一発撃つだけで、それ以上の動きを見せてこない。それどころか、張り子の影すら見えない程だ。
(様子見が目的じゃないな、意味がなさ過ぎる。そうなると、他に考えられるのは……)
単眼鏡から目を離し、双眼鏡で別動隊の様子を確認しながら、無線機を繋げる。
「敵が動いた。襲撃される可能性がある。進軍を停止し、突撃銃を構えたまま待機。周辺の警戒に移れ。何かあれば即報告しろ」
『イエッサー』
別動隊が進軍を停止し、周辺警戒に移行する様子を確認してから、再度単眼鏡を覗き込もうとした瞬間だった。
――ドゴォッ!
「来たかっ!」
おそらくは、単発式の擲弾発射器だろう。だが一丁しかないのか、別動隊相手に一発ずつ、擲弾を撃ち込んでは装填しているのを繰り返しているようにも見える。
(別動隊の大まかな位置を張り子に貼り付けたカメラで把握しているから、大雑把でも煙幕弾の有効圏内に入るように狙えたのか。未だに目的が、陽動か殲滅かは不明だが……)
「構えろっ! 来るぞ!」
改めて構え直すジェヨンを横目に、単眼鏡を覗き込んで相手の様子を窺う。
牽制も兼ねていたであろう調整作業目的の射撃以降、発射炎が起きた場所の辺りで金属の反射光は見えない。銃身に布やテープを巻いて防いでいたとしても、狙撃銃らしき物体の形すら確認できなかった。
――バシュゥゥゥ……!
それどころか、自分達を覆うかのように煙幕の防壁を張り始めている。
(ここまでくると……どう考えても、敵の目的は距離を詰めての近接戦闘だ)
向こうも狙撃手で牽制しつつ、こちらに別動隊を出して接近戦を仕掛けてくる。その意図は読めたし、定石通りだと理解できるが……一つだけ、納得できない点がある。
(一体……どう近付いてくるつもりだ?)
別の部下から事前に受けた報告では、相手は廃鉱山の麓で車を降り、徒歩で登山道を進んできている。携帯できてかつ、高速で移動できる手段がなければ、防御しながら前へ出てくるしかない。
(少人数で携帯できる分を考えれば、煙幕は長くもたない上に急な突風一つで駄目になる。陽動も兼ねた狙撃手の防御用と、別動隊への足止めに全部使うはずだ)
移動手段がないのであれば、こちらへ接近するには潜伏するか、防御を固めなければならない。どちらにせよ、発見次第狙撃しても十分間に合う。
――ドォン!
『煙幕の他に、閃光手榴弾が混じってきました! まだ、非致死性ですが反撃してもっ!?』
「……攻撃を許可する。ただし、その状況では誤射の危険がある。発砲には十分気を付けろ」
まだ攻撃はされていないが、敵の武装によっては全滅するおそれも出てきた。それに、単に外れただけで、実は手榴弾である可能性も否めない。現に、無線で報告してきた部下からは、閃光手榴弾から閃光と同時に発せられるはずの大音響に耳をやられている様子は、一切窺えなかった。
「徐々に、周辺を警戒しつつ広がれ。手榴弾を投げられでもしたら、」
(…………いや、待て)
再度単眼鏡から双眼鏡に切り替え、確保した視界で別動隊周辺を一望する。何らおかしな動きは見られないが、もし予想通りだとすれば……下手に陣形を広げるのは危険だ。
「横ではなく、こちらと相手を挟んで縦に広がれ。突破される危険はあるが、陣形の薄い部分を破られるよりはマシだ」
手榴弾の有無は関係ない。もし別動隊を横に展開させるのが目的だとすれば、自分なら迷わず、陣形の薄い部分を狙ってくる。大回りに移動して避けてくる可能性もあるが、それこそ必要であれば、前進してきた敵を狙撃すればいい。
最低限だが、少なくともこれで、手榴弾による全滅は防げたはずだ。
(後は狙撃手を封じて、時間を掛けて……っ!?」
未だに鳴り響く爆発の中から、手榴弾の類とは明らかに違う音が聞こえ出した。
爆薬ではないし、先程までの擲弾発射器の発砲音とも違う。むしろこれは、機械の駆動音に近い。
それも、車や自動二輪で用いられるエンジンのような……
――ドルルル……
「師匠! 奴等、」
「分かってる! だが撃つなっ!」
……気付くのが、遅過ぎた。
ジェヨンから『師匠』と呼ばれていた男……カイツールは弟子に狙撃させないよう、頭を押さえつけて自身も伏せる。
「一度でも撃てば、位置を特定されて集中的に撃ち込まれる。その間に調整作業を済まされてしまえば、即座に狙撃されるぞっ!」
けれども、そんな心配をしている暇はない。
(失念していた……後続の可能性をっ!)
双眼鏡で、辛うじて見つけられたのは三人。
別動隊の中心に飛び込む小さな影と、悪路にも関わらず自動二輪に跨り、前進してくる二人組。
しかも、厄介なことに……後方に腰掛けた女の左手は、真っ直ぐにこちらを指してきている。
(相手の狙撃手は、どこまで調整作業を済ませている? いや、すでに距離を詰められて位置がばれてしまった……もう間に合わないかっ!)
自動二輪を駆る男は迷わず、カイツール達の下へと突っ込んできた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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神崎未緒里
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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