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178 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その16)
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たった一発だろうと、おおよその狙撃地点位は把握できる。だから追撃される前にと、射線を遮る位置にある岩陰に隠れたのだが……あまりにも、あっけなさ過ぎた。
「銃声と着弾、威力からして……1㎞もないな。直線で大体、5、600m位か?」
銃弾で弾けた地面の状態と、『超記憶力』を脳内再生して得た銃声と着弾までの時間を計算した朔夜が、新しい煙草を取り出しながら答えてきた。
「とはいえ……対物狙撃弾を撃ってこないのが唯一の救いだな。こんな岩じゃ、数発持てばいい方だ」
朔夜の言う通りたった。通常の狙撃銃より威力がある分、有効射程距離は1km等軽く超えてくるが、反動により弾道が安定しなくなる。
だが、その半分以下であれば……予想距離から朔夜の眼鏡を狙える腕前を持つ狙撃手ならば、大まかに当ててくること等造作もないはずだ。それでも撃たない、ということはその基礎か実物、もしくはその両方が手元にないからだろう。
「にしても、結構近いな。誰かは知らないが……本当に偶然か?」
「それは分からないが……」
隠れている岩にもたれかかりながら、朔夜は煙草を咥える前に答えてきた。
「現状……私達が狙われていて、かつ不利なのは間違いない」
空いた両手にそれぞれ、旧式の自動拳銃とシガーソケット型のライターを取り出してから、朔夜は煙草に火を点けだした。
「自分で言っときながら、暢気に煙草点けやがって……」
「もう見つかってんだし、別にいいだろ。どうせ追撃されるなら、その前に一服させてくれ」
呆れてもうものも言えない睦月は、他の二人へと意識を移す。
「さて、どうしたものか……とりあえず、」
岩陰から出さないように注意しながら由希奈を退け、姫香に突きつけられていた狙撃銃の銃口を指で摘まんでずらした。その後睦月は、狙撃手とは反対側の位置に敵が居ないことを把握する為に、一度周囲を見渡していく。
(今はまだ、ってところか……)
狙撃で相手の動きを封じつつ気を引き、その間に別動隊を接近させるのはよくある手だ。だが、まだその脅威は迫ってきていないらしい。
「ふざけるのは後で、な」
どちらにせよ、やることは変わらない。
(何でだろう? ほんの三日程度の出来事のはずなのに、何故か三ヶ月以上経ってる気がするのは……)
しかし、現実は相手が武器の換装や別動隊、もしくは両方かそれ以外の手を使われる前、この瞬間しか、対抗手段を考える余裕はなかった。
(……まあ、いいか)
だから睦月は気持ちを切り替え、自動拳銃から手を放すと、静かに両手の指を重ねていく。
(さて…………状況を整理しよう)
今にも狙撃手に狙われるかもしれない状況だが、冷静さを取り戻した睦月は、すぐにいつもの思考へと没入する。
(前提条件――狙撃手が厄介だな。先に黙らせないと、こっちは何もできないぞ)
一度狙撃銃で狙われてしまえば、遮蔽物の陰を用いて自身の位置を晦ませるか、有効射程距離外へと逃げるしか手はない。しかし、今回はすでに、相手に捕捉されてしまっているので、どちらも容易ではないだろう。
その上、相手はまだ一発しか、引き金を引いていない。
「最初に私が狙われたのは……やっぱり、眼鏡の反射光を見られたからか?」
「決定打だとは思うが……偶然見つけたとは思えないな。下手に登山道を外れたのが、かえって裏目に出たか?」
申し訳程度に防弾繊維のシートを被っていたのは、日除けや防具代わりにしているだけではない。手持ちの金属が陽光に反射し、遠くから見つけられないよう注意する為でもあった。
無論、距離が離れればそれだけ小さくなる上に、眼鏡程度であればまず見つけられないと踏んでいたのだが……登山道からあえて外れたせいで、不自然にできあがった痕跡を辿られたから見つかったと考えるべきだろう。
「私が見張る。声を出せ」
「声を出す?」
疑問の声を放つ由希奈に、睦月は手早く答えを返す。
「俺の……癖、みたいなものだな。状況を5W1Hにして整理しながら考えて、次の行動を決めてるんだ。普段は口にしないようにしてるんだが、これ知ってる奴はあえて聞いてくるんだよ」
そういえば、まだ由希奈には話してなかったかと思いつつ、睦月は最初から、改めて口に出し始めた。
「とりあえず、今は黙って聞いててくれ……前提条件――まずは狙撃手をどうにかする。でないと向こうの思う壺だ。異論は?」
「ない。向こうの腕前は?」
「ちょっと待ってろ」
一度手を放し、適当な枯れ木を拾うと、睦月は自身が纏っていた防弾繊維のシートで簡単な人型を拵えた。それが相手側の様子を窺うように見せかけられるよう動かして、少しだけ岩陰から飛び出させる。
「撃ってこないな……」
「完全にバレてんじゃねえか、その張り子」
適当な人型や、突撃用自動小銃の銃身の先に載せたヘルメットを無造作に飛び出させて、わざと相手に撃たせて位置を探る手法がある。今睦月が行ったのもその一種だが……即席の囮に対して、銃声が響いてくることはなかった。
「こっちが最初の一発を躱したからな……その時点で逃げたか?」
「だったら試しに、岩陰から出てみろよ。違ってたらすぐ死ぬぞ」
朔夜の軽口にそう返す睦月の脳内には、相手のおおよその正体が浮かんでいた。
「もし、逃げてないなら…………敵は狙撃手一人に、指導役の熟練の観測手が一名。多分、元狙撃手でかなりの凄腕だ」
未だに、敵の背景は掴めていないが……もし逃げてないなら、相手はこちらを練習用の敵として捉えてくるだろう。
「朔の眼鏡が光っただけで撃っ放してきたのに、それ以降は音沙汰無し。しかも、即席とはいえ張り子にも引っ掛からない。殺人趣味の狩人ならまず、こっちを獲物としか見てこないから、恐怖を助長させる為にも逆に撃ち込んでくるはずだ。って、ことは……どっかの組織の軍事訓練擬きに巻き込まれた、ってところか」
かなりのやっつけ推理だが、おおよそは外れていないだろう。素人である由希奈はともかくとして、暗殺者として育てられた過去を持つ姫香や、『最期の世代』の観測手役を勤めていた朔夜が否定してこないということは、睦月の考えを否定する理由が思い付かないからだ。
「腕が良くても、戦闘経験の浅い狙撃手を指導役が諫めた、ってところだろ。じゃなきゃ……眼鏡が光ったくらいですぐに撃っ放す奴が、二発目を躊躇うか?」
「まあ……普通なら最初から撃たずに、多少は泳がせるよな」
こちらの正体どころか規模すら分からないのに先手を打ってしまえば、警戒されてしまうことは向こうも理解しているはずだ。だから経験者である程あえて泳がし、出方を把握しようとしてくるだろう。
つまり、狙撃手はまだ……狙撃の練習しかしていない可能性が高かった。
「要するに……さっきのは勇み足か?」
「だろうな。もしくはその振りをしているかもしれないが……どっちにしろ、相手の中に手練れが居るなら、もう次の行動に移っている頃合いだ」
話しながら張り子に仕掛けたスマホ(圏外)のビデオ録画をオンにし、適当に動かしつつ周囲を撮影した睦月は、未だに撃たれることなく回収した映像を確認する。
「予想通り……無言の圧だけで足止めしつつ、別動隊を放ってきたな。数は十人程、ってところか?」
「と、なると……三交代制で考えたとして、狙撃手の二人組と小隊規模位、多くて四十人を相手にするのか」
「最低でも、この山に居るのはそれ位だろうな。即応できる人数が二桁の時点で、かなりデカい組織が背後に潜んでやがる」
別動隊の動き以外では、今のところ銃声一つ聞こえてこない。どうやら定石通りに、狙撃手で相手を牽制している隙に別の者を近付け、狩らせようとしているのだろう。
(に、しても……何でわざわざ、反銃社会なんかで?)
余計なことを考えていても仕方がない。今は戦略よりも戦術目標を立てて、身を守ることの方が最優先だ。
「制限時間――とりあえずは、別動隊との接敵までに方針を決めるか。対物狙撃弾とかがあるなら、とっくに撃ってるだろうし」
「接敵までの、おおよその時間は?」
「遠目な分、全体的には取れたが……元の動画がかなり小さいんだよ、これ」
スマホの画面に二本の指を当て、外側に広げつつ静止させた動画を拡大しようと悪戦苦闘するも、所詮は市販の機種である。どれだけ性能が良くとも限界があり、むしろ撮影できただけでも御の字だった。
「まあ、向こうもちんたらやってるから五分、十分はないだろうが……一時間もしない内に、戦闘開始は確実だな」
「敵の装備は?」
「全員迷彩服着て突撃用自動小銃持ってる、って位しか分からねえよ。まあ、どっちにしろ……」
背にしている岩越しに山向こうを見つめながら、睦月は呟く。
「敵対勢力――狙撃手に頭を押さえられている状況のままなのはまずい。早く、何とかしたいな……」
たかだか十人程度であれば、睦月と朔夜の敵ではない。それに、こちらも姫香が狙撃銃を準備している。しかも、相手が予想通りに1km圏内に潜んでいるのであれば、条件は五分に近い。
「だけど……所持戦力――敵の戦力が分からないと、下手に動けないな」
……だが、状況は明らかに、睦月達の方が不利だった。
「戦場状況――土地勘に関しては向こうが上で、どんな武器や戦力を所持しているかは不明。俺とかが囮になってる間に、姫香が狙撃手達を仕留めるって手もなくはないが……死ぬ前に質量で押し込まれてこっちの負け、ってのが濃厚だな」
一先ず、囮全般は無駄だと思考から外しつつ、睦月は煙を吹かしている朔夜の方を向いて話し掛けた。
「腕の良い狙撃手に、経験値の高い観測手……どう思うよ?」
「最低でも……どっちかは黙らせたいところだな。できれば観測手」
脅威となる狙撃手とは、どれだけ遠くに当てられるか……ではなく、どれだけの距離やどのような状況に陥ったとしても、確実に標的を狙撃できるかで決まってくる。
そもそも、狙撃手としては狙った場所に銃弾を当てられて初めて半人前なのだ。屋内の使い慣れた練習場で止まっている的を相手にするならまだしも、刻々と環境の変わる屋外で、獲物の動きを予想して狙撃する難易度は、その比ではない。
ただ銃弾を目的の場所に撃ち込むだけでなく、自分が狙い易い場所まで獲物を追い込む知略も求められるのが、一人前の狙撃手である。本来であれば観測手や別動隊等、補助してくれる存在があってこそ活躍できるのだが、稀に居るのだ。
時には、歴史に名を遺す程の技術と知略を併せ持つ……凄腕の狙撃手が。
おそらく観測手は、狙撃銃の腕だけでなく、標的を追い込める知略も持ち合わせているとみていいだろう。
「……ま、定石通りに対狙撃手戦闘に持ち込むのが無難だろうな」
「そういうものがあるんですか?」
思わず口に出たのだろう、由希奈の問いに睦月は、周囲への相談も兼ねて一度情報を共有することにした。
「俺が知る限り、基本は三つ。一つは姫香に狙撃手を狙撃させるのを頼むこと。まあ、相手の位置が大まかにしか分からないから、これは一旦保留で」
人差し指で姫香を差した後、手を上に向けた睦月はもう一本、指を立てる。
「二つ目は強引に距離を詰めての近接戦闘。相手によっては接近戦が苦手な場合もあるから、逆転の目は大きい。まあ、その分近付いている間に狙われやすいんだが……」
距離を詰めるデメリットは、相手に狙ってくれとばかりに、身を乗り出さなければならないことだ。無論、障害物があれば隠れながら近付くことも不可能ではないが、この枯れ木だらけの廃鉱山では期待できないだろう。まだ街中の方が、人混みに紛れて狙われずに済む。
「で、三つ目が……」
「三つ目が?」
こんな状況にも関わらず、この後の展開を楽しみにしているかのような眼差しを向けてくる由希奈だったが……
「一旦……尻尾巻いて逃げて、後日報復する」
……三本目の指を立てた睦月の説明にガクン、と身体ごと肩を落としてきた。
「そもそもの話、喧嘩売ってきた馬鹿に戦い方合わせてやる義理はないだろ? だから不利な状況からはさっさと逃げて、態勢立て直して報復した方がまだ有意義だ」
「それは分かるんですけど……逃げられるんですか?」
由希奈の疑問も当然だ。現状の睦月達がこの場から逃げられるのなら、留まったまま悠長に考え込む理由がない。
「難しいし、何より……逃げる気はない」
もっとも……少なくとも睦月には、三つ目の選択肢は最初から存在していないが。
「場所が悪過ぎる。ここからだと、国外逃亡も簡単だしな。だから……連中から目を離したくない」
頻繁に海に行っている情報もあり、数少ない外国行きの船便が出ている港からも近い。乗客に紛れることもできるし……最悪、自分達が乗る船と海上警察から逃れる手段さえあれば、日本からの脱出自体は可能だ。
「おまけに、これは由希奈に話そうとしていたことにも関係しているんだが……もし連中が韓国の北側から来ていたとしたら、後日狙われるのは俺達だ」
相手がまだ、『犯罪組織』どころか暁連邦共和国に関わっているかも定かではない。けれども、日本に来ている幹部級の一人が九州方面に向かっている情報と……以前に聞いたニュースを結びつけた場合、ある最悪の可能性が見えてくる。
(ちょっと、まずいかもな……)
もしその予想が当たっていれば、口封じとして必ず睦月達を消しにくる。牽制だけして、速やかに目的を果たしてくる可能性もなくはない、が……社会の裏側で生きるのであれば、楽観論こそ禁物だ。
「戦闘手段――牽制しつつ、距離を詰めるしかない。狙撃手を狙撃させるのだろうと接近戦だろうと、相手を抑えられればこっちの勝ちだ」
だが……どう足掻いても、避けられない問題が一つある。
「以上を踏まえて、この状況から抜け出す為の絶対条件――……どうやって距離を詰めるか、だな」
人間の足では、まず間違いなく捕捉される。それは『運び屋』の足だろうと、過集中状態を用いようとも変わらない。人間という枠を超えられない以上、それは決して揺るがない事実だった。
(やっぱり、先に捕捉されたのが痛いな。せめて乗り物があれば、まだマシなんだが……)
とはいえ、これから車を取りに行くのは現実的ではないだろう。別働隊からは距離を置けても、狙撃手には確実に背中を狙われるか、逃げられてしまう。
「…………おい、睦月」
そう、考えていた時だった。
「これ、お前の小細工か?」
愛用しているシガーソケット型のライターを弄びながら、朔夜が目を合わせずに声を掛けてきたのは。
「銃声と着弾、威力からして……1㎞もないな。直線で大体、5、600m位か?」
銃弾で弾けた地面の状態と、『超記憶力』を脳内再生して得た銃声と着弾までの時間を計算した朔夜が、新しい煙草を取り出しながら答えてきた。
「とはいえ……対物狙撃弾を撃ってこないのが唯一の救いだな。こんな岩じゃ、数発持てばいい方だ」
朔夜の言う通りたった。通常の狙撃銃より威力がある分、有効射程距離は1km等軽く超えてくるが、反動により弾道が安定しなくなる。
だが、その半分以下であれば……予想距離から朔夜の眼鏡を狙える腕前を持つ狙撃手ならば、大まかに当ててくること等造作もないはずだ。それでも撃たない、ということはその基礎か実物、もしくはその両方が手元にないからだろう。
「にしても、結構近いな。誰かは知らないが……本当に偶然か?」
「それは分からないが……」
隠れている岩にもたれかかりながら、朔夜は煙草を咥える前に答えてきた。
「現状……私達が狙われていて、かつ不利なのは間違いない」
空いた両手にそれぞれ、旧式の自動拳銃とシガーソケット型のライターを取り出してから、朔夜は煙草に火を点けだした。
「自分で言っときながら、暢気に煙草点けやがって……」
「もう見つかってんだし、別にいいだろ。どうせ追撃されるなら、その前に一服させてくれ」
呆れてもうものも言えない睦月は、他の二人へと意識を移す。
「さて、どうしたものか……とりあえず、」
岩陰から出さないように注意しながら由希奈を退け、姫香に突きつけられていた狙撃銃の銃口を指で摘まんでずらした。その後睦月は、狙撃手とは反対側の位置に敵が居ないことを把握する為に、一度周囲を見渡していく。
(今はまだ、ってところか……)
狙撃で相手の動きを封じつつ気を引き、その間に別動隊を接近させるのはよくある手だ。だが、まだその脅威は迫ってきていないらしい。
「ふざけるのは後で、な」
どちらにせよ、やることは変わらない。
(何でだろう? ほんの三日程度の出来事のはずなのに、何故か三ヶ月以上経ってる気がするのは……)
しかし、現実は相手が武器の換装や別動隊、もしくは両方かそれ以外の手を使われる前、この瞬間しか、対抗手段を考える余裕はなかった。
(……まあ、いいか)
だから睦月は気持ちを切り替え、自動拳銃から手を放すと、静かに両手の指を重ねていく。
(さて…………状況を整理しよう)
今にも狙撃手に狙われるかもしれない状況だが、冷静さを取り戻した睦月は、すぐにいつもの思考へと没入する。
(前提条件――狙撃手が厄介だな。先に黙らせないと、こっちは何もできないぞ)
一度狙撃銃で狙われてしまえば、遮蔽物の陰を用いて自身の位置を晦ませるか、有効射程距離外へと逃げるしか手はない。しかし、今回はすでに、相手に捕捉されてしまっているので、どちらも容易ではないだろう。
その上、相手はまだ一発しか、引き金を引いていない。
「最初に私が狙われたのは……やっぱり、眼鏡の反射光を見られたからか?」
「決定打だとは思うが……偶然見つけたとは思えないな。下手に登山道を外れたのが、かえって裏目に出たか?」
申し訳程度に防弾繊維のシートを被っていたのは、日除けや防具代わりにしているだけではない。手持ちの金属が陽光に反射し、遠くから見つけられないよう注意する為でもあった。
無論、距離が離れればそれだけ小さくなる上に、眼鏡程度であればまず見つけられないと踏んでいたのだが……登山道からあえて外れたせいで、不自然にできあがった痕跡を辿られたから見つかったと考えるべきだろう。
「私が見張る。声を出せ」
「声を出す?」
疑問の声を放つ由希奈に、睦月は手早く答えを返す。
「俺の……癖、みたいなものだな。状況を5W1Hにして整理しながら考えて、次の行動を決めてるんだ。普段は口にしないようにしてるんだが、これ知ってる奴はあえて聞いてくるんだよ」
そういえば、まだ由希奈には話してなかったかと思いつつ、睦月は最初から、改めて口に出し始めた。
「とりあえず、今は黙って聞いててくれ……前提条件――まずは狙撃手をどうにかする。でないと向こうの思う壺だ。異論は?」
「ない。向こうの腕前は?」
「ちょっと待ってろ」
一度手を放し、適当な枯れ木を拾うと、睦月は自身が纏っていた防弾繊維のシートで簡単な人型を拵えた。それが相手側の様子を窺うように見せかけられるよう動かして、少しだけ岩陰から飛び出させる。
「撃ってこないな……」
「完全にバレてんじゃねえか、その張り子」
適当な人型や、突撃用自動小銃の銃身の先に載せたヘルメットを無造作に飛び出させて、わざと相手に撃たせて位置を探る手法がある。今睦月が行ったのもその一種だが……即席の囮に対して、銃声が響いてくることはなかった。
「こっちが最初の一発を躱したからな……その時点で逃げたか?」
「だったら試しに、岩陰から出てみろよ。違ってたらすぐ死ぬぞ」
朔夜の軽口にそう返す睦月の脳内には、相手のおおよその正体が浮かんでいた。
「もし、逃げてないなら…………敵は狙撃手一人に、指導役の熟練の観測手が一名。多分、元狙撃手でかなりの凄腕だ」
未だに、敵の背景は掴めていないが……もし逃げてないなら、相手はこちらを練習用の敵として捉えてくるだろう。
「朔の眼鏡が光っただけで撃っ放してきたのに、それ以降は音沙汰無し。しかも、即席とはいえ張り子にも引っ掛からない。殺人趣味の狩人ならまず、こっちを獲物としか見てこないから、恐怖を助長させる為にも逆に撃ち込んでくるはずだ。って、ことは……どっかの組織の軍事訓練擬きに巻き込まれた、ってところか」
かなりのやっつけ推理だが、おおよそは外れていないだろう。素人である由希奈はともかくとして、暗殺者として育てられた過去を持つ姫香や、『最期の世代』の観測手役を勤めていた朔夜が否定してこないということは、睦月の考えを否定する理由が思い付かないからだ。
「腕が良くても、戦闘経験の浅い狙撃手を指導役が諫めた、ってところだろ。じゃなきゃ……眼鏡が光ったくらいですぐに撃っ放す奴が、二発目を躊躇うか?」
「まあ……普通なら最初から撃たずに、多少は泳がせるよな」
こちらの正体どころか規模すら分からないのに先手を打ってしまえば、警戒されてしまうことは向こうも理解しているはずだ。だから経験者である程あえて泳がし、出方を把握しようとしてくるだろう。
つまり、狙撃手はまだ……狙撃の練習しかしていない可能性が高かった。
「要するに……さっきのは勇み足か?」
「だろうな。もしくはその振りをしているかもしれないが……どっちにしろ、相手の中に手練れが居るなら、もう次の行動に移っている頃合いだ」
話しながら張り子に仕掛けたスマホ(圏外)のビデオ録画をオンにし、適当に動かしつつ周囲を撮影した睦月は、未だに撃たれることなく回収した映像を確認する。
「予想通り……無言の圧だけで足止めしつつ、別動隊を放ってきたな。数は十人程、ってところか?」
「と、なると……三交代制で考えたとして、狙撃手の二人組と小隊規模位、多くて四十人を相手にするのか」
「最低でも、この山に居るのはそれ位だろうな。即応できる人数が二桁の時点で、かなりデカい組織が背後に潜んでやがる」
別動隊の動き以外では、今のところ銃声一つ聞こえてこない。どうやら定石通りに、狙撃手で相手を牽制している隙に別の者を近付け、狩らせようとしているのだろう。
(に、しても……何でわざわざ、反銃社会なんかで?)
余計なことを考えていても仕方がない。今は戦略よりも戦術目標を立てて、身を守ることの方が最優先だ。
「制限時間――とりあえずは、別動隊との接敵までに方針を決めるか。対物狙撃弾とかがあるなら、とっくに撃ってるだろうし」
「接敵までの、おおよその時間は?」
「遠目な分、全体的には取れたが……元の動画がかなり小さいんだよ、これ」
スマホの画面に二本の指を当て、外側に広げつつ静止させた動画を拡大しようと悪戦苦闘するも、所詮は市販の機種である。どれだけ性能が良くとも限界があり、むしろ撮影できただけでも御の字だった。
「まあ、向こうもちんたらやってるから五分、十分はないだろうが……一時間もしない内に、戦闘開始は確実だな」
「敵の装備は?」
「全員迷彩服着て突撃用自動小銃持ってる、って位しか分からねえよ。まあ、どっちにしろ……」
背にしている岩越しに山向こうを見つめながら、睦月は呟く。
「敵対勢力――狙撃手に頭を押さえられている状況のままなのはまずい。早く、何とかしたいな……」
たかだか十人程度であれば、睦月と朔夜の敵ではない。それに、こちらも姫香が狙撃銃を準備している。しかも、相手が予想通りに1km圏内に潜んでいるのであれば、条件は五分に近い。
「だけど……所持戦力――敵の戦力が分からないと、下手に動けないな」
……だが、状況は明らかに、睦月達の方が不利だった。
「戦場状況――土地勘に関しては向こうが上で、どんな武器や戦力を所持しているかは不明。俺とかが囮になってる間に、姫香が狙撃手達を仕留めるって手もなくはないが……死ぬ前に質量で押し込まれてこっちの負け、ってのが濃厚だな」
一先ず、囮全般は無駄だと思考から外しつつ、睦月は煙を吹かしている朔夜の方を向いて話し掛けた。
「腕の良い狙撃手に、経験値の高い観測手……どう思うよ?」
「最低でも……どっちかは黙らせたいところだな。できれば観測手」
脅威となる狙撃手とは、どれだけ遠くに当てられるか……ではなく、どれだけの距離やどのような状況に陥ったとしても、確実に標的を狙撃できるかで決まってくる。
そもそも、狙撃手としては狙った場所に銃弾を当てられて初めて半人前なのだ。屋内の使い慣れた練習場で止まっている的を相手にするならまだしも、刻々と環境の変わる屋外で、獲物の動きを予想して狙撃する難易度は、その比ではない。
ただ銃弾を目的の場所に撃ち込むだけでなく、自分が狙い易い場所まで獲物を追い込む知略も求められるのが、一人前の狙撃手である。本来であれば観測手や別動隊等、補助してくれる存在があってこそ活躍できるのだが、稀に居るのだ。
時には、歴史に名を遺す程の技術と知略を併せ持つ……凄腕の狙撃手が。
おそらく観測手は、狙撃銃の腕だけでなく、標的を追い込める知略も持ち合わせているとみていいだろう。
「……ま、定石通りに対狙撃手戦闘に持ち込むのが無難だろうな」
「そういうものがあるんですか?」
思わず口に出たのだろう、由希奈の問いに睦月は、周囲への相談も兼ねて一度情報を共有することにした。
「俺が知る限り、基本は三つ。一つは姫香に狙撃手を狙撃させるのを頼むこと。まあ、相手の位置が大まかにしか分からないから、これは一旦保留で」
人差し指で姫香を差した後、手を上に向けた睦月はもう一本、指を立てる。
「二つ目は強引に距離を詰めての近接戦闘。相手によっては接近戦が苦手な場合もあるから、逆転の目は大きい。まあ、その分近付いている間に狙われやすいんだが……」
距離を詰めるデメリットは、相手に狙ってくれとばかりに、身を乗り出さなければならないことだ。無論、障害物があれば隠れながら近付くことも不可能ではないが、この枯れ木だらけの廃鉱山では期待できないだろう。まだ街中の方が、人混みに紛れて狙われずに済む。
「で、三つ目が……」
「三つ目が?」
こんな状況にも関わらず、この後の展開を楽しみにしているかのような眼差しを向けてくる由希奈だったが……
「一旦……尻尾巻いて逃げて、後日報復する」
……三本目の指を立てた睦月の説明にガクン、と身体ごと肩を落としてきた。
「そもそもの話、喧嘩売ってきた馬鹿に戦い方合わせてやる義理はないだろ? だから不利な状況からはさっさと逃げて、態勢立て直して報復した方がまだ有意義だ」
「それは分かるんですけど……逃げられるんですか?」
由希奈の疑問も当然だ。現状の睦月達がこの場から逃げられるのなら、留まったまま悠長に考え込む理由がない。
「難しいし、何より……逃げる気はない」
もっとも……少なくとも睦月には、三つ目の選択肢は最初から存在していないが。
「場所が悪過ぎる。ここからだと、国外逃亡も簡単だしな。だから……連中から目を離したくない」
頻繁に海に行っている情報もあり、数少ない外国行きの船便が出ている港からも近い。乗客に紛れることもできるし……最悪、自分達が乗る船と海上警察から逃れる手段さえあれば、日本からの脱出自体は可能だ。
「おまけに、これは由希奈に話そうとしていたことにも関係しているんだが……もし連中が韓国の北側から来ていたとしたら、後日狙われるのは俺達だ」
相手がまだ、『犯罪組織』どころか暁連邦共和国に関わっているかも定かではない。けれども、日本に来ている幹部級の一人が九州方面に向かっている情報と……以前に聞いたニュースを結びつけた場合、ある最悪の可能性が見えてくる。
(ちょっと、まずいかもな……)
もしその予想が当たっていれば、口封じとして必ず睦月達を消しにくる。牽制だけして、速やかに目的を果たしてくる可能性もなくはない、が……社会の裏側で生きるのであれば、楽観論こそ禁物だ。
「戦闘手段――牽制しつつ、距離を詰めるしかない。狙撃手を狙撃させるのだろうと接近戦だろうと、相手を抑えられればこっちの勝ちだ」
だが……どう足掻いても、避けられない問題が一つある。
「以上を踏まえて、この状況から抜け出す為の絶対条件――……どうやって距離を詰めるか、だな」
人間の足では、まず間違いなく捕捉される。それは『運び屋』の足だろうと、過集中状態を用いようとも変わらない。人間という枠を超えられない以上、それは決して揺るがない事実だった。
(やっぱり、先に捕捉されたのが痛いな。せめて乗り物があれば、まだマシなんだが……)
とはいえ、これから車を取りに行くのは現実的ではないだろう。別働隊からは距離を置けても、狙撃手には確実に背中を狙われるか、逃げられてしまう。
「…………おい、睦月」
そう、考えていた時だった。
「これ、お前の小細工か?」
愛用しているシガーソケット型のライターを弄びながら、朔夜が目を合わせずに声を掛けてきたのは。
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