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177 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その15)
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鉱山とは一口に言っても、それぞれの標高にはバラツキがある。中には地上から海抜よりも低い場所まで掘り進め、坑道を作ることもある程だ。
現在、睦月達が登っている廃鉱山は標高1km前後と比較的高い為、傾斜が緩くて迂回路の多い登山道を選べば必然的に、山頂までの距離が長くなってしまう。とはいえ、今回は登山を楽しむ理由どころか、踏破する義務すらない。
目的地が山頂でないだけ良かったと思いたいところだが、
(枯れ木と禿山部分は際立つが、やっぱり景色はいいな……本気で帰りたい)
……内心ではもう、睦月の精神は悲鳴を上げていた。
「見晴らしが良いですね、この山……」
由希奈は純粋に楽しんでいるようだが、『登山』や『ハイキング』の名目で軍事訓練を受けさせられてきた他三名にとっては、過去を思い出して嫌気が差していた。
「由希奈は登山とか、結構やってるのか?」
「はい。昔、陸上部の時にトレーニングの一環で、よく登ってたんです。高地のトレーニング場に向かうついでだったんですけれど、ハイキング中に見える景色が綺麗で」
「へ、へぇ……」
景色を楽しむ暇もなく、迎撃訓練と称した襲撃を幾度となく繰り返されてきた睦月達三人は視線を向けないまでも、内心では羨望の気持ちが生まれていた。
(しかも、岩肌や枯れ木ばかりで、遠方の海岸か空の景色しか楽しめないときている。それだけ昔の方がマシって、ありかよ……)
とはいえ、体力や筋力が発達した上に装備が必要最低限と軽いので、移動に関しては現在の方が楽なのは否めない。それに、坑道から掘り起こされて廃棄されたであろう巨岩や砂山が徐々に増え、迂回することも多くなってきたが、この歩きやすい登山道は正直助かっている。
――トントン
「ん?」
そう考えていた時、何故か姫香は朔夜の肩を叩き、睦月達の方へと振り向かせてから足を止めてきた。
「どうした、姫香?」
睦月の方を向いた姫香は、一度足元の地面を指差してから、その右手の人差し指を顎に当て、そして広げた自分の左掌へと小突きだした。
「【簡単】」
「簡単?」
「…………」
姫香の手話を言葉に変えた睦月よりも早く、朔夜は今まで歩いてきた登山道を振り返り、その意図を理解して口を開く。
「たしかに、ここまで登ってきた道……過疎化した廃鉱山にしては、最低限は歩けてたよな?」
「…………っ」
朔夜の言葉に睦月はようやく、姫香の伝えたいことが理解できた。
(廃鉱山で、本来なら人が来ない場所なのに……未だに道が残っている?)
その地域の気候や環境にもよるとはいえ、風化で土砂崩れが起きる等の理由で、登山道が消えるのはよくある話だ。それ以前に、放置したまま数十年も経過すれば、どんな場所であろうと自然に回帰していく。
なのに、現在では人間が通ることを想定していない自然の中に、歩きやすい道が残存しているということは……誰かが時折、ここを利用していることを示唆していた。
それも、睦月達が見渡す限り、不自然にに崩れていない現状を保ったままで、だ。
「誰かが、道を整備している……ってことですか?」
「そう単純な話なら、良いんだけどな……」
同じく、登山道の不自然さに気付いた由希奈にそう答えてから、睦月は近くの岩場の跡へと寄ってしゃがみ込んだ。
(よく見ると、岩が崩れた跡がある。だが……その瓦礫が、ほとんど残っていない)
朔夜も睦月の隣に伏せると、ポンチョ代わりにしていた防弾繊維のシートから手を出し、その先に取り出した拡大鏡を持って、レンズ越しに地表を覗き込んでいた。
「風化して砂になった、ってのは無理があるな。どれだけ小さく砕けたとしても、この辺りの気候じゃ、少なくとも百年単位の時間が要るぞ」
「と、なると……やっぱり、物理的に持ち去ったってことか」
だとしても、あまりに人の気配がなさ過ぎる。
何らかの理由で誰かが通っているとかであれば、ただ岩を退けるだけで済む。わざわざ持ち去る必要はほとんどないはずだ。
それでも、岩を退けなければならないということは……定期的に誰かが通る為に必要だと考えて、そうしているとしか思えない。
少なくとも、何者かがこの道を通っているのは間違いないだろう。だが、登山客が『神隠し』に遭っている以上……どこかへ誘導されている可能性もあった。
「朔、この廃鉱山……他にも登山道があると思うか?」
「私も同じことを考えてた。多分だが、地図にない登山道も作られているな。これは」
そもそも廃鉱山に、わざわざ新しい登山道を確立する必要はない。やるとしても土地開発の一環か、未踏領域を経由した上での登頂目的だろうが……過疎化したこの場所では、どちらも無縁な話のはずだ。
つまり、相手方は別の道で目的の場所へと行き来し、こちらは無差別に立ち寄ってきた登山客を誘導する為にあえて残している、と考えていいだろう。
(このまま誘導されるのも、癪だな……)
立ち上がり、もう一度周囲を見渡した睦月は、由希奈の方を向いて問い掛けた。
「もう足は大丈夫なんだよな? 今のところ、身体の具合はどうだ?」
「特に問題はありません、けど……どうするんですか?」
「…………登山道から外れる」
誰か何かが待ち構えていると分かっているのに、わざわざ自分から足を踏み入れる馬鹿は居ない。それすら予想されているのかもしれないが……手間暇を掛けて用意された登山道を進むよりは、まだ相手の裏を掻ける可能性があった。
「俺も朔も姫香も、そういう道で動き回る訓練は一通り受けさせられた。だから、由希奈には悪いが……足手纏いになりそうなら置いていく。いいな?」
「……大丈夫です。分かりました」
方針が決まったところで、睦月は視線を由希奈から朔夜へと移した。
「朔。目的の場所は、登山道から外れても向かえるか?」
「むしろ近道だよ。ただ……途中の標高差がえぐいから、体力を結構持ってかれるぞ」
そう言い、全員を見渡してくる朔夜を見返した睦月は、次いで他の二人の様子を窺った。姫香も由希奈も迷いなく、真っ直ぐに頷いている。
「よし…………行くか」
朔夜の言葉を合図に、登山道の外へと足を踏み出した。
結論として、多少の歩き辛さはあっても、体力的には問題なく踏破できていた。
「ゼェ……ハァ……」
……若干の息切れを起こしている、喫煙者を除いては。
「禁煙しろ、とまでは言わないけどさ……せめて、肺がまともに動く程度には減らした方がいいぞ」
「……考えとくわ」
本来であれば、一般人の由希奈が一番に脱落しそうだと考えていた睦月だったが……意外にも、先にダウンしかけていたのは朔夜だった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ああ……よし、休憩にしよう」
「最初からそう言えよ、依頼人」
ペース配分自体は特に決めていないが、優先すべきは依頼人である朔夜の意向だ。なので、彼女が休憩だと言えば、その時点で足を止めなくてはならない。だから睦月達の口からは提案できず、姫香もずっと、ただついてくるだけだったのだ。
「さて、と……」
見晴らしのいい高台。そこにある適当な岩陰にもたれかかった朔夜の面倒を(未だに余裕のある)由希奈に任せ、背負っていた荷物を近くに置いた睦月は同じく手ぶらになった姫香を伴うと、少し離れた枯れ木の中で一番幹が太い物の傍まで歩み寄った。
「姫香、ここに来るまでで……人の気配や痕跡を少しでも見つけたか?」
「…………」
姫香は静かに首を振り、睦月の質問に否定で返してくる。
(少なくとも、まだ……誰も入ってない場所を歩けてはいるな)
人が自然の中に足を踏み入れると、どうしても何かしらの痕跡が残ってしまう。自然のままに戻しながら移動するやり方もなくはないが、手を加えた時点でどうしても、ほんの微かだろうと不自然さが際立つ。
大地に残る足跡や、身体がぶつかることで折れてしまった枯れ木の枝。そして、獣道でもないのに、強引に抉じ開けられたような不自然な空白等が、それに当てはまる。
すでに作られ、用意されている登山道とは違い、自然は無地のキャンバスに近い。少しでも手を加えようものなら、たとえほんのわずかだとしても、必ず痕跡が刻まれてしまう。
しかし、睦月達が最短距離で前進してきたこの道には、その痕跡すら刻まれていない。むしろ、自分達の手で自然を削り取っていた程だ。
(幸運なのは、上空から散布地雷やら有毒ガスやらがばら撒かれていないところか……まあ、派手にやったら目立つから、そういうのにはかえって手を出さないか)
本来であればやりすぎの範疇だが、睦月のその合理的な考えは現状、正解と見ていいだろう。
(ただ……妙だな)
未踏区域を押し進んで為に、無意識に過去の軍事訓練を思い出したせいだろう。睦月はふと、別の疑問が脳裏に浮かんでいた。
(本当に人を寄せ付けたくないなら、俺なら地図にある登山道を先に潰す。それなのに、わざわざ岩を退かしてまで残しているのは何故だ?)
多少の巨岩や枯れ木が周囲に点在しているとはいえ、標高のある場所なので見晴らしが良い分、遠くからでも何かが見える可能性がある。睦月がわざわざ一番太い幹を選んだのも、逆に相手の見張り役から見つからないよう、万一の際は速やかに物陰へと身を隠す為だ。
(人目を避けて、何かをしているのは分かるが……よくよく考えてみれば、いちいち山に入ってきた連中を運んで海難事故に偽装するよりも、地図に載ってる登山道を全部潰した方が手っ取り早いよな? 下手に潰して未踏区域内をバラバラに通らせないよう、あえて残したかったからか?)
少なくとも、あれだけ巧妙な隠蔽工作ができているのだ。何らかの改善施していないとは、どうしても思えない。
(それ以前に……神隠しの噂が流れているのに、その根本を断とうとしていないのは何でだ? …………いや待て)
たしかに遺留品は、海の方で見つかっている。けれども……死体の話は、ほとんど出てこなかった。
「まさか……」
ある可能性が脳裏を過ぎった睦月は、暗視望遠鏡を取り出して構える前に、慌てて防弾繊維のシートの中へと隠した。
「……姫香。急いで狙撃銃を組み立てろ。可能な限り、シートで隠しながらだ。調整作業もまだいい」
それだけ言えば、睦月の意図は姫香に十分通じる。
急いで朔夜達の方へと戻った姫香は自分の荷物を自身ごと防弾繊維のシートで覆い、手の感触だけで狙撃銃を組み立て始めていた。
「どうした睦月?」
「念の為だ。全員武器を持て。ただし、シートの外に出すなよ」
相手の正体や目論見が分からない以上、常に廃鉱山の中で控えているかも分からない。けれども、誰かが居る可能性を捨てないまま、睦月は休憩していた由希奈と朔夜に武装するよう促した。
「この廃鉱山で何かを企んでる連中、もしかしたら……わざと人を入れていたかもしれない」
「……さっきの登山道か」
目的の場所へと、登山者を誘導させる為に道を整備していたとする。もしそれが隠蔽工作の為ではなく、蟻地獄のように獲物を絡め捕る意図があったからだとすれば……自分達もいずれ、海の藻屑へと成り下がるかもしれない。
……少なくとも、遺留品は海に浮かぶことになるだろう。
「この廃鉱山に居る連中の目的、少なくともその一つは…………人間狩りだ」
――ジャカッ!
睦月が言い終わると同時に、姫香が狙撃銃の遊底を引き、薬室に銃弾を押し込めていた。
「どっかの組織の軍事訓練擬きか、いかれた殺人趣味を持った狩人共の集まりかまでは分からないが……遅かれ早かれ、山に入った俺達を狩りに来るぞっ!」
「え、でも……」
睦月のその言葉に、由希奈はシートの中で自動拳銃を構えたまま、不思議そうに首を傾げてきた。
「ここに来るまでで……山の中には、何もなかったですよね?」
「山の中には、な……」
由希奈にそう答えてから、睦月は身体に巻いたシートの中で、自動拳銃の銃身を引いた。
有人でなくとも、見張る手段はいくらでもある。そもそも、過疎化地域に人が入れば、それだけで悪目立ちするのだ。すでに誰かが、睦月達の車に近付いて調べ出していたとしても、何らおかしくはない。
「とにかく、数で押されたら厄介だ。一度撤収を考えた方がいい」
「ああ。誰かが何かをしていたとしても……それ自体が武装集団となれば、話は別だ」
複数人の護衛程度であればまだしも、軍団規模が相手となると、事情が変わってくる。手持ちの装備を掻き集めたところで、数十人が一度に攻め込んできてしまえば、物量差であっさりと押し負けてしまうだろう。
「よし。じゃあ元来た道を引き返して……」
しかし……全てが手遅れだった。
荷物を纏め、改めて引き返そうとしたその刹那、睦月の身体は条件反射で動いていた。
――ドッ!
「てめっ、何す、」
真夏の日差しで、朔夜の眼鏡が反射して光ったのを目の当たりにした瞬間、睦月は咄嗟にその背中を蹴り飛ばし、適当な岩陰へと押し込んでいた。ほぼ勘で動いたようなものだが、
――……パァン!
朔夜が居た場所から、向かいの山を挟んで反対側の地面が弾けた音が聞こえてくる。その行動に間違いがないと判断した次の瞬間には、棒立ちになっていた由希奈を回収していた。
――ガッ!
「伏せろっ!」
「きゃっ!?」
――……ダァン!
荷物を手放し、適当な岩陰に隠れた数瞬後、遅れて銃声が響いてきた。
「お前、依頼人様にこんなことして……後で覚えとけよ」
「……そんな余裕があればな」
咄嗟に朔夜を蹴飛ばしたのは依頼人の身を優先して守る為か、それとも由希奈の方を心配し、最低限の保護だけ済ませた上で伏せさせようとしたからか。
その議論ができるかどうかは……この廃鉱山を脱出できるかどうかにかかっている。
……唯一、手を伸ばされなかった姫香から飛ばされてくる殺気の件も含めて。
現在、睦月達が登っている廃鉱山は標高1km前後と比較的高い為、傾斜が緩くて迂回路の多い登山道を選べば必然的に、山頂までの距離が長くなってしまう。とはいえ、今回は登山を楽しむ理由どころか、踏破する義務すらない。
目的地が山頂でないだけ良かったと思いたいところだが、
(枯れ木と禿山部分は際立つが、やっぱり景色はいいな……本気で帰りたい)
……内心ではもう、睦月の精神は悲鳴を上げていた。
「見晴らしが良いですね、この山……」
由希奈は純粋に楽しんでいるようだが、『登山』や『ハイキング』の名目で軍事訓練を受けさせられてきた他三名にとっては、過去を思い出して嫌気が差していた。
「由希奈は登山とか、結構やってるのか?」
「はい。昔、陸上部の時にトレーニングの一環で、よく登ってたんです。高地のトレーニング場に向かうついでだったんですけれど、ハイキング中に見える景色が綺麗で」
「へ、へぇ……」
景色を楽しむ暇もなく、迎撃訓練と称した襲撃を幾度となく繰り返されてきた睦月達三人は視線を向けないまでも、内心では羨望の気持ちが生まれていた。
(しかも、岩肌や枯れ木ばかりで、遠方の海岸か空の景色しか楽しめないときている。それだけ昔の方がマシって、ありかよ……)
とはいえ、体力や筋力が発達した上に装備が必要最低限と軽いので、移動に関しては現在の方が楽なのは否めない。それに、坑道から掘り起こされて廃棄されたであろう巨岩や砂山が徐々に増え、迂回することも多くなってきたが、この歩きやすい登山道は正直助かっている。
――トントン
「ん?」
そう考えていた時、何故か姫香は朔夜の肩を叩き、睦月達の方へと振り向かせてから足を止めてきた。
「どうした、姫香?」
睦月の方を向いた姫香は、一度足元の地面を指差してから、その右手の人差し指を顎に当て、そして広げた自分の左掌へと小突きだした。
「【簡単】」
「簡単?」
「…………」
姫香の手話を言葉に変えた睦月よりも早く、朔夜は今まで歩いてきた登山道を振り返り、その意図を理解して口を開く。
「たしかに、ここまで登ってきた道……過疎化した廃鉱山にしては、最低限は歩けてたよな?」
「…………っ」
朔夜の言葉に睦月はようやく、姫香の伝えたいことが理解できた。
(廃鉱山で、本来なら人が来ない場所なのに……未だに道が残っている?)
その地域の気候や環境にもよるとはいえ、風化で土砂崩れが起きる等の理由で、登山道が消えるのはよくある話だ。それ以前に、放置したまま数十年も経過すれば、どんな場所であろうと自然に回帰していく。
なのに、現在では人間が通ることを想定していない自然の中に、歩きやすい道が残存しているということは……誰かが時折、ここを利用していることを示唆していた。
それも、睦月達が見渡す限り、不自然にに崩れていない現状を保ったままで、だ。
「誰かが、道を整備している……ってことですか?」
「そう単純な話なら、良いんだけどな……」
同じく、登山道の不自然さに気付いた由希奈にそう答えてから、睦月は近くの岩場の跡へと寄ってしゃがみ込んだ。
(よく見ると、岩が崩れた跡がある。だが……その瓦礫が、ほとんど残っていない)
朔夜も睦月の隣に伏せると、ポンチョ代わりにしていた防弾繊維のシートから手を出し、その先に取り出した拡大鏡を持って、レンズ越しに地表を覗き込んでいた。
「風化して砂になった、ってのは無理があるな。どれだけ小さく砕けたとしても、この辺りの気候じゃ、少なくとも百年単位の時間が要るぞ」
「と、なると……やっぱり、物理的に持ち去ったってことか」
だとしても、あまりに人の気配がなさ過ぎる。
何らかの理由で誰かが通っているとかであれば、ただ岩を退けるだけで済む。わざわざ持ち去る必要はほとんどないはずだ。
それでも、岩を退けなければならないということは……定期的に誰かが通る為に必要だと考えて、そうしているとしか思えない。
少なくとも、何者かがこの道を通っているのは間違いないだろう。だが、登山客が『神隠し』に遭っている以上……どこかへ誘導されている可能性もあった。
「朔、この廃鉱山……他にも登山道があると思うか?」
「私も同じことを考えてた。多分だが、地図にない登山道も作られているな。これは」
そもそも廃鉱山に、わざわざ新しい登山道を確立する必要はない。やるとしても土地開発の一環か、未踏領域を経由した上での登頂目的だろうが……過疎化したこの場所では、どちらも無縁な話のはずだ。
つまり、相手方は別の道で目的の場所へと行き来し、こちらは無差別に立ち寄ってきた登山客を誘導する為にあえて残している、と考えていいだろう。
(このまま誘導されるのも、癪だな……)
立ち上がり、もう一度周囲を見渡した睦月は、由希奈の方を向いて問い掛けた。
「もう足は大丈夫なんだよな? 今のところ、身体の具合はどうだ?」
「特に問題はありません、けど……どうするんですか?」
「…………登山道から外れる」
誰か何かが待ち構えていると分かっているのに、わざわざ自分から足を踏み入れる馬鹿は居ない。それすら予想されているのかもしれないが……手間暇を掛けて用意された登山道を進むよりは、まだ相手の裏を掻ける可能性があった。
「俺も朔も姫香も、そういう道で動き回る訓練は一通り受けさせられた。だから、由希奈には悪いが……足手纏いになりそうなら置いていく。いいな?」
「……大丈夫です。分かりました」
方針が決まったところで、睦月は視線を由希奈から朔夜へと移した。
「朔。目的の場所は、登山道から外れても向かえるか?」
「むしろ近道だよ。ただ……途中の標高差がえぐいから、体力を結構持ってかれるぞ」
そう言い、全員を見渡してくる朔夜を見返した睦月は、次いで他の二人の様子を窺った。姫香も由希奈も迷いなく、真っ直ぐに頷いている。
「よし…………行くか」
朔夜の言葉を合図に、登山道の外へと足を踏み出した。
結論として、多少の歩き辛さはあっても、体力的には問題なく踏破できていた。
「ゼェ……ハァ……」
……若干の息切れを起こしている、喫煙者を除いては。
「禁煙しろ、とまでは言わないけどさ……せめて、肺がまともに動く程度には減らした方がいいぞ」
「……考えとくわ」
本来であれば、一般人の由希奈が一番に脱落しそうだと考えていた睦月だったが……意外にも、先にダウンしかけていたのは朔夜だった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ああ……よし、休憩にしよう」
「最初からそう言えよ、依頼人」
ペース配分自体は特に決めていないが、優先すべきは依頼人である朔夜の意向だ。なので、彼女が休憩だと言えば、その時点で足を止めなくてはならない。だから睦月達の口からは提案できず、姫香もずっと、ただついてくるだけだったのだ。
「さて、と……」
見晴らしのいい高台。そこにある適当な岩陰にもたれかかった朔夜の面倒を(未だに余裕のある)由希奈に任せ、背負っていた荷物を近くに置いた睦月は同じく手ぶらになった姫香を伴うと、少し離れた枯れ木の中で一番幹が太い物の傍まで歩み寄った。
「姫香、ここに来るまでで……人の気配や痕跡を少しでも見つけたか?」
「…………」
姫香は静かに首を振り、睦月の質問に否定で返してくる。
(少なくとも、まだ……誰も入ってない場所を歩けてはいるな)
人が自然の中に足を踏み入れると、どうしても何かしらの痕跡が残ってしまう。自然のままに戻しながら移動するやり方もなくはないが、手を加えた時点でどうしても、ほんの微かだろうと不自然さが際立つ。
大地に残る足跡や、身体がぶつかることで折れてしまった枯れ木の枝。そして、獣道でもないのに、強引に抉じ開けられたような不自然な空白等が、それに当てはまる。
すでに作られ、用意されている登山道とは違い、自然は無地のキャンバスに近い。少しでも手を加えようものなら、たとえほんのわずかだとしても、必ず痕跡が刻まれてしまう。
しかし、睦月達が最短距離で前進してきたこの道には、その痕跡すら刻まれていない。むしろ、自分達の手で自然を削り取っていた程だ。
(幸運なのは、上空から散布地雷やら有毒ガスやらがばら撒かれていないところか……まあ、派手にやったら目立つから、そういうのにはかえって手を出さないか)
本来であればやりすぎの範疇だが、睦月のその合理的な考えは現状、正解と見ていいだろう。
(ただ……妙だな)
未踏区域を押し進んで為に、無意識に過去の軍事訓練を思い出したせいだろう。睦月はふと、別の疑問が脳裏に浮かんでいた。
(本当に人を寄せ付けたくないなら、俺なら地図にある登山道を先に潰す。それなのに、わざわざ岩を退かしてまで残しているのは何故だ?)
多少の巨岩や枯れ木が周囲に点在しているとはいえ、標高のある場所なので見晴らしが良い分、遠くからでも何かが見える可能性がある。睦月がわざわざ一番太い幹を選んだのも、逆に相手の見張り役から見つからないよう、万一の際は速やかに物陰へと身を隠す為だ。
(人目を避けて、何かをしているのは分かるが……よくよく考えてみれば、いちいち山に入ってきた連中を運んで海難事故に偽装するよりも、地図に載ってる登山道を全部潰した方が手っ取り早いよな? 下手に潰して未踏区域内をバラバラに通らせないよう、あえて残したかったからか?)
少なくとも、あれだけ巧妙な隠蔽工作ができているのだ。何らかの改善施していないとは、どうしても思えない。
(それ以前に……神隠しの噂が流れているのに、その根本を断とうとしていないのは何でだ? …………いや待て)
たしかに遺留品は、海の方で見つかっている。けれども……死体の話は、ほとんど出てこなかった。
「まさか……」
ある可能性が脳裏を過ぎった睦月は、暗視望遠鏡を取り出して構える前に、慌てて防弾繊維のシートの中へと隠した。
「……姫香。急いで狙撃銃を組み立てろ。可能な限り、シートで隠しながらだ。調整作業もまだいい」
それだけ言えば、睦月の意図は姫香に十分通じる。
急いで朔夜達の方へと戻った姫香は自分の荷物を自身ごと防弾繊維のシートで覆い、手の感触だけで狙撃銃を組み立て始めていた。
「どうした睦月?」
「念の為だ。全員武器を持て。ただし、シートの外に出すなよ」
相手の正体や目論見が分からない以上、常に廃鉱山の中で控えているかも分からない。けれども、誰かが居る可能性を捨てないまま、睦月は休憩していた由希奈と朔夜に武装するよう促した。
「この廃鉱山で何かを企んでる連中、もしかしたら……わざと人を入れていたかもしれない」
「……さっきの登山道か」
目的の場所へと、登山者を誘導させる為に道を整備していたとする。もしそれが隠蔽工作の為ではなく、蟻地獄のように獲物を絡め捕る意図があったからだとすれば……自分達もいずれ、海の藻屑へと成り下がるかもしれない。
……少なくとも、遺留品は海に浮かぶことになるだろう。
「この廃鉱山に居る連中の目的、少なくともその一つは…………人間狩りだ」
――ジャカッ!
睦月が言い終わると同時に、姫香が狙撃銃の遊底を引き、薬室に銃弾を押し込めていた。
「どっかの組織の軍事訓練擬きか、いかれた殺人趣味を持った狩人共の集まりかまでは分からないが……遅かれ早かれ、山に入った俺達を狩りに来るぞっ!」
「え、でも……」
睦月のその言葉に、由希奈はシートの中で自動拳銃を構えたまま、不思議そうに首を傾げてきた。
「ここに来るまでで……山の中には、何もなかったですよね?」
「山の中には、な……」
由希奈にそう答えてから、睦月は身体に巻いたシートの中で、自動拳銃の銃身を引いた。
有人でなくとも、見張る手段はいくらでもある。そもそも、過疎化地域に人が入れば、それだけで悪目立ちするのだ。すでに誰かが、睦月達の車に近付いて調べ出していたとしても、何らおかしくはない。
「とにかく、数で押されたら厄介だ。一度撤収を考えた方がいい」
「ああ。誰かが何かをしていたとしても……それ自体が武装集団となれば、話は別だ」
複数人の護衛程度であればまだしも、軍団規模が相手となると、事情が変わってくる。手持ちの装備を掻き集めたところで、数十人が一度に攻め込んできてしまえば、物量差であっさりと押し負けてしまうだろう。
「よし。じゃあ元来た道を引き返して……」
しかし……全てが手遅れだった。
荷物を纏め、改めて引き返そうとしたその刹那、睦月の身体は条件反射で動いていた。
――ドッ!
「てめっ、何す、」
真夏の日差しで、朔夜の眼鏡が反射して光ったのを目の当たりにした瞬間、睦月は咄嗟にその背中を蹴り飛ばし、適当な岩陰へと押し込んでいた。ほぼ勘で動いたようなものだが、
――……パァン!
朔夜が居た場所から、向かいの山を挟んで反対側の地面が弾けた音が聞こえてくる。その行動に間違いがないと判断した次の瞬間には、棒立ちになっていた由希奈を回収していた。
――ガッ!
「伏せろっ!」
「きゃっ!?」
――……ダァン!
荷物を手放し、適当な岩陰に隠れた数瞬後、遅れて銃声が響いてきた。
「お前、依頼人様にこんなことして……後で覚えとけよ」
「……そんな余裕があればな」
咄嗟に朔夜を蹴飛ばしたのは依頼人の身を優先して守る為か、それとも由希奈の方を心配し、最低限の保護だけ済ませた上で伏せさせようとしたからか。
その議論ができるかどうかは……この廃鉱山を脱出できるかどうかにかかっている。
……唯一、手を伸ばされなかった姫香から飛ばされてくる殺気の件も含めて。
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けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
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