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182 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その20)
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父であり、『運び屋』の師である秀吉から戦い方を教わる際、最初から最後まで厳命されていることがある。
それは……『肉弾戦では決して、両腕を使わない』ことだった。
『その割には、武器の使い方は徹底して教えられてるよな?』
『親父曰く、『防具として必要』なんだと』
ある過去の日、睦月は自宅の庭で秀吉の指導を受けていた。その様子を縁側に腰掛けて眺めながら、朔夜は古い手帳片手に話し掛けてくる。
『『義足は用意できても、どんな乗り物でも運転できる義手は、まだこの世に存在していない。もし、運良く別の腕を移植できたとしても、今度はリハビリで時間を取られてしまう。どっちにしろ……一本でも手を無くした時点で、『運び屋』としての人生は終わり』、だとさ』
だからこそ、睦月に課される鍛錬の割合は、腕よりも足に比重が置かれていた。
無論、最低限の腕力がなければ荷物を運ぶどころか、武器一つまともに構えることはできない。とはいえ、常に武器を持ち歩けるとは限らない以上、徒手空拳の術はどうしても必要となる。
その結果、睦月は徹底的に下半身を鍛え、足技を重点的に身に着けることになった。
『それに……どっちにしろ、足腰の鍛錬は必要だろ?』
決して指を傷付けないよう、睦月は手に何も持たないまま、足幅よりも狭い平均台の上を歩いていた。
『どんな武術を使うにしても、下半身の強化は必須だし……何より、『運び屋』として足は、一番鍛えなきゃならない部分だからな』
しかし、腕にはなくとも、その背には古いタイヤが縄で固定されている。その状態で睦月は、全身に負荷を掛けて鍛錬を積んでいる最中だった。
『とはいえ……これ絶対に腰に悪いよな? 足腰と体幹鍛えるには良いかもしれないけどさ』
『それで駄目なら、その程度だと思われてんだろ? しっかり頑張れ』
『へいへい……』
未だに慣れない眼鏡越しにページを捲っていた朔夜は、その手帳を閉じると横に置き、代わりに開錠用の特殊工具と南京錠を手に取っていた。
それを見てふと、睦月は解錠の練習をしようとしていた朔夜に問い掛ける。
『ところで……弥生はどうした?』
『さっき秀吉と一緒に、車庫の方に行ったけど、』
それを聞き、睦月は(大量に砂を詰められた)古タイヤを担いだまま、平均台から飛び降りて走り出した。
『また変な物作らせてんのか、あのクソ親父っ!?』
以前、『一度身に着けた途端、走り続けなければ自爆する首輪』を作ろうとした前科のある秀吉と弥生を止める為、睦月は訓練を放棄して走り出す。
『……ああやって時折走らせる為に、わざと口止めしなかったのかね』
そうぼやきながら南京錠の解錠練習を始めた朔夜の声を背に、睦月は車庫に駆け込み様、ルームランナーを魔改造している秀吉と弥生に跳び掛かるのだった。
秀吉の口八丁手八丁も相まって、睦月の下半身は(結果的に、)徹底的に鍛えられた。脚力や足技に限って言えば、並の格闘家をはるかに凌駕しているだろう。
けれども……それはあくまで、下半身の話である。睦月の腕部は、それに当てはまらない。
体術の構えは最低限、筋力は車の部品や道具を運べる程度。おまけに、腕を使った防御は防具ありきで、素手で肩より先を使おうものなら、一生動かなくなる覚悟を常に持ち続けなければならない。
そう教えられてきたからこそ、睦月は蹴撃や武器等で相手を沈め、どんな卑怯な手段を用いてでも強引に敵を無力化してきた。素手で戦う機会等、それこそ秀吉との親子喧嘩が精々だろう。
――ガチャ、ガシャッ……パシッ!
「……その程度か」
歪んだ銃身を強引に動かし、薬室から無理矢理銃弾を取り除いた自動拳銃から弾倉を落とす。その後左手に持ち替えた睦月は、右手にタクティカルペンを抜いて握り込んだ。
しかし、カイツールにとっては焼け石に水程度にしか思ってないのだろう。睦月に対して抜き身の軍用ナイフを右手に、逆手に持つだけで大きな動きを見せてこない。
(さすがに、易々と攻めてこないか……)
軍用格闘術に共通していることの一つは生死を問わず、いかに相手を無力化できるかにある。
結果的に相手を殺すことになろうとも、敵を無力化できなければ、犠牲になるのは自分を含めたそれ以外の人間だ。
……だからこそ、危険を排除する為に手段を選ぶ余裕等あるものか。
殺人が正しいか否かは関係ない。多数の為に少数を犠牲にする合理性ゆえに、敵を殺してでも防衛する思想が世界に蔓延している。しかも、犯罪を未然に防げるまでに治安が良い国でない程、相手を殺さずに無力化しようという発想に至れなくなっているのが現実だ。
だから撃術に合わせて、カイツールがナイフを併用するのは予想できた。だが……いまさら刃物に恐怖する程、睦月が持つ戦闘経験は浅くない。
(刃物は別に良い。どうせ腕で攻撃される方が、ダメージがでかいんだ。問題は……足以外の決定打が欠けてる、ってところか)
向こうもまた、軍用ナイフを抜いたのは単に、牽制も兼ねた攻撃の手段を増やす為だろう。
腕を鈍器のように扱えようとも、攻撃が大降りになる分、躱されるおそれがある。だから睦月の素早さに対抗する為、ナイフを抜いて構えたと見ていい。
「……いくぞっ!」
「くっ!?」
どうせ撃てないなら、と銃弾を全て抜いた自動拳銃の銃身で、カイツールのナイフを防ぐ。鍔迫り合いで動きが止まる瞬間に右手のタクティカルペンを繰り出す睦月だが、その突きは簡単に躱され、空を切った。
「嘗めるなっ!」
「ちっ!」
右手のナイフを順手に構え直したカイツールの斬撃を、睦月はその腕の外側へと逃げながら、足を止めずに左手の自動拳銃で防いでいく。無論、どちらの腕からだろうとも、鈍器のごとき一撃は打たせる前に牽制した上で。
「さすがに、戦い慣れているか……」
数合打ち合い、次いで後方へと跳び退いた睦月は横目に、左手の自動拳銃の状態を確認する。
(さすがに自動拳銃なら、刀身の薄い刃物よりは持ち堪えられる……が、)
向こうもまた、ナイフを手段の一つとしか捉えていなかった。
その証拠に、刃毀れして折れかけているナイフの持ち手を躊躇なく手放し、その代わりを抜いて構えている。
「だが……いつまでその足捌きで誤魔化せると思っている?」
(……ま、知ってて当然か)
先祖がどこからかくすねてきたのか、はたまた運転技術と同様に誰かから教えを受けたのか。いずれにせよ、『荻野』よりも『運び屋』の歴史は長い。
積み重ねた歴史の中で、海一つ挟んだ先にある中国武術の足捌きや歩法を取り入れられるのであれば、修得自体に迷う理由はない。
だが、仮に修得したとしても……それを活かしきれなければ意味がない。また、少しでも歪に理解してしまえば、全てが台無しになる。
「独学に独学を重ねた結果か。いや……口伝が完璧ではなかったといったところか。どちらにせよ、まともな師に巡り合えなかったようだな」
「……まあ、否定はしねえよ。所詮は猿真似から修得したような技だしな」
それ以前に、人間が全員同じ考えに至れるとは限らない。開祖と末端の継承者で、思想がずれていること等よくある話だ。ゆえに分野を問わず、技術の継承は誰もが抱える深い問題の一つだ。
(通じることは通じるが……さすがに足捌きだけじゃ、限界があるな)
それに、よく知られている術程、相手がその存在を把握している可能性は高い。
だからカイツールに対して、足技の類は全て先読みされているものとして、すでに割り切っている。
実際、睦月が少し足を持ち上げただけでも、カイツールが身じろぎするのが見て取れた。先程までの打ち合いは強引に距離を詰め、相手の視界に自身の足が映らないようにしていたからこそ、通用したに過ぎない。
それに……足捌き抜きで無暗に近付けば、それこそ撃術の餌食になる。
(つまり、手足を使わずに相手を倒すしかない、と……ああ、面倒臭い)
無事な自動拳銃に切り替えて銃撃しようにも、弾倉を再装填する暇を、敵が与えてくれるとは思えない。こういう事態に備えて小太刀を持参してきたのだが、今は車内と朔夜の手の中にある。おまけに、カイツールの盾を剥がすのに使った自動二輪はもう、跡形もなかった。
(…………ま、やりようはあるか)
浅く呼吸し、身体の動作確認を最小限で済ませた睦月は静かに、かつ力強く言葉を吐いた。
「『全部振り切ってやる』っ!」
武術の伝承と同様に、過集中状態に対する認識が、世界で共通しているとは限らない。そもそもの話、強引に脳の無意識下にある制御装置を外すこと自体、発想からしてナンセンスだ。
たしかに、武術の中には脳内の制御装置を外し、技の威力や速度を向上させる技術を持つ流派もある。けれども、本来は身体を守る為に備えられている枷を自分の意思で外してしまうのだ。それを全身で容赦なく行えば、手酷い竹箆返しに遭う。
カイツールが操る撃術での硬功もまた、外野からすれば制御装置を外しているように見えるだろうが、実際は痛覚を精神力だけで押さえつけているに過ぎない。
それ以前に……硬功とて所詮、ただの物理現象だ。遠心力による血流の操作と、文字通り血の滲む鍛錬で培った硬い骨、皮膚、筋肉を混合して硬度のある一撃を生み出す。実際に積み上げてきた努力に関係なく、外野からはそんな簡単な言葉で片付けられてしまうような、単純な理屈なのだ。
だからこそ……過集中状態の軍事利用どころか、武術で使う発想すら浮かばないのが、世間の大多数だろう。制御装置を外して戦うこと自体、傍目からすればただの暴走だ。理性のない獣と一体、どう違うというのか。
(話に聞いただけだが……本当に、制御できているらしいな)
脳の制御装置を外した上で制御下に置く。そんな絵空事を易々とやってのけられる人間がいるのかと考えていたカイツールだが……眼前の『運び屋』と相対し、その認識を改めた。
もっとも……あくまで改めただけ、だが。
(良くて二、三割程度の身体能力の向上……あれならば、十分に対処できる)
そもそも、基礎的な身体能力があってこそ、過集中状態による制御装置の解除は実戦で活かせるはずだ。だが、いくら『最期の世代』として育てられていたとしても、カイツールから見た『運び屋』の実力は、過集中状態込みでも『脚力だけは、自分より少し上を行く』程度の見積もりでしかない。
はっきり言って、ただの強者と戦う位にしか考えていなかった。
(この程度の苦難なら、何度も乗り越えてきた。ましてや……手が使えない相手等、最初から不利を抱えた敵でしかない)
おそらくもう、まともな武器は残っていないだろう。『運び屋』が構えているのはタクティカルペンと、暴発対策で銃弾を全て抜いた、銃身が歪んでしまった自動拳銃のみ。
他の銃器は、おそらくない。すでに二丁も撃ち尽くしている上に、故障してもなお携えたままの三丁目。再装填に移れば、確実に隙を生む。それ以外に武装があるのであれば、とっくに使っているはずだ。
(それに……どれだけ制御できるかは分からんが、どうせ長くはもたないだろう)
自身は経験がないとはいえ、解除した制御装置により多大な負荷が掛かる代償は理解できる。暴走した機械がその負荷で自壊するように、過集中状態に入った当人の身体は最後まで持たないはずだ。
どこかで必ず、限界が来る……
現に、二、三割程度の能力向上で抑えていることが、その事実を証明していた。
(問題は……そこからどう繋げてくるか、だな)
あえて能力向上の幅を広げ、短期決戦で沈めてくるか。それとも……何らかの隠し技を使うのか。
いずれにせよ、カイツールは『運び屋』から眼を離さなければいい。
…………はず、だった。
「なっ!?」
もう使えない、と武器を捨てるのは分かる。自分もまた、刀身が砕けかけたナイフをあっさり手放し、新しい物を抜いたのだから。
だが……相手の視界を奪うかのように、こちらに投げ付けてくるとなれば、話は別だ。
(まずいっ!?)
飛んできた自動拳銃を叩き落とした時には、もう遅かった。
先程の『運び屋』の行為自体には、相手を傷付ける意図はない。本命は、たとえほんの一瞬であろうと……カイツールの眼から逃れることにある。
通常の相手との肉弾戦であれば、数歩分しか空けてない距離だろうと対処できる自信がある。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
(あえて、ナイフの持ち手の外側を……っ!?)
脚力に特化し、数歩分だろうと距離を詰められる足捌きや歩法を修得している『運び屋』が駄目押しで過集中状態に入り、身体能力を向上させてきた。しかも、カイツールの撃術の腕前を見て、あえて一撃の重さよりも多少の連撃を覚悟でナイフ側を回ってきたのだとすれば……考えることは一つだ。
(背後に回っての一撃。だが蹴りは大振り、狙いは銃の代わりに、ナイフの刃を弾いてきたタクティカルペンによる突き……いや、違うっ!)
カイツールが気付いた時には、もう遅かった。
身体を反転させるよりも早く……『運び屋』の背中が自身に迫っているのが、視界の端に辛うじて見えたからだ。
それは……『肉弾戦では決して、両腕を使わない』ことだった。
『その割には、武器の使い方は徹底して教えられてるよな?』
『親父曰く、『防具として必要』なんだと』
ある過去の日、睦月は自宅の庭で秀吉の指導を受けていた。その様子を縁側に腰掛けて眺めながら、朔夜は古い手帳片手に話し掛けてくる。
『『義足は用意できても、どんな乗り物でも運転できる義手は、まだこの世に存在していない。もし、運良く別の腕を移植できたとしても、今度はリハビリで時間を取られてしまう。どっちにしろ……一本でも手を無くした時点で、『運び屋』としての人生は終わり』、だとさ』
だからこそ、睦月に課される鍛錬の割合は、腕よりも足に比重が置かれていた。
無論、最低限の腕力がなければ荷物を運ぶどころか、武器一つまともに構えることはできない。とはいえ、常に武器を持ち歩けるとは限らない以上、徒手空拳の術はどうしても必要となる。
その結果、睦月は徹底的に下半身を鍛え、足技を重点的に身に着けることになった。
『それに……どっちにしろ、足腰の鍛錬は必要だろ?』
決して指を傷付けないよう、睦月は手に何も持たないまま、足幅よりも狭い平均台の上を歩いていた。
『どんな武術を使うにしても、下半身の強化は必須だし……何より、『運び屋』として足は、一番鍛えなきゃならない部分だからな』
しかし、腕にはなくとも、その背には古いタイヤが縄で固定されている。その状態で睦月は、全身に負荷を掛けて鍛錬を積んでいる最中だった。
『とはいえ……これ絶対に腰に悪いよな? 足腰と体幹鍛えるには良いかもしれないけどさ』
『それで駄目なら、その程度だと思われてんだろ? しっかり頑張れ』
『へいへい……』
未だに慣れない眼鏡越しにページを捲っていた朔夜は、その手帳を閉じると横に置き、代わりに開錠用の特殊工具と南京錠を手に取っていた。
それを見てふと、睦月は解錠の練習をしようとしていた朔夜に問い掛ける。
『ところで……弥生はどうした?』
『さっき秀吉と一緒に、車庫の方に行ったけど、』
それを聞き、睦月は(大量に砂を詰められた)古タイヤを担いだまま、平均台から飛び降りて走り出した。
『また変な物作らせてんのか、あのクソ親父っ!?』
以前、『一度身に着けた途端、走り続けなければ自爆する首輪』を作ろうとした前科のある秀吉と弥生を止める為、睦月は訓練を放棄して走り出す。
『……ああやって時折走らせる為に、わざと口止めしなかったのかね』
そうぼやきながら南京錠の解錠練習を始めた朔夜の声を背に、睦月は車庫に駆け込み様、ルームランナーを魔改造している秀吉と弥生に跳び掛かるのだった。
秀吉の口八丁手八丁も相まって、睦月の下半身は(結果的に、)徹底的に鍛えられた。脚力や足技に限って言えば、並の格闘家をはるかに凌駕しているだろう。
けれども……それはあくまで、下半身の話である。睦月の腕部は、それに当てはまらない。
体術の構えは最低限、筋力は車の部品や道具を運べる程度。おまけに、腕を使った防御は防具ありきで、素手で肩より先を使おうものなら、一生動かなくなる覚悟を常に持ち続けなければならない。
そう教えられてきたからこそ、睦月は蹴撃や武器等で相手を沈め、どんな卑怯な手段を用いてでも強引に敵を無力化してきた。素手で戦う機会等、それこそ秀吉との親子喧嘩が精々だろう。
――ガチャ、ガシャッ……パシッ!
「……その程度か」
歪んだ銃身を強引に動かし、薬室から無理矢理銃弾を取り除いた自動拳銃から弾倉を落とす。その後左手に持ち替えた睦月は、右手にタクティカルペンを抜いて握り込んだ。
しかし、カイツールにとっては焼け石に水程度にしか思ってないのだろう。睦月に対して抜き身の軍用ナイフを右手に、逆手に持つだけで大きな動きを見せてこない。
(さすがに、易々と攻めてこないか……)
軍用格闘術に共通していることの一つは生死を問わず、いかに相手を無力化できるかにある。
結果的に相手を殺すことになろうとも、敵を無力化できなければ、犠牲になるのは自分を含めたそれ以外の人間だ。
……だからこそ、危険を排除する為に手段を選ぶ余裕等あるものか。
殺人が正しいか否かは関係ない。多数の為に少数を犠牲にする合理性ゆえに、敵を殺してでも防衛する思想が世界に蔓延している。しかも、犯罪を未然に防げるまでに治安が良い国でない程、相手を殺さずに無力化しようという発想に至れなくなっているのが現実だ。
だから撃術に合わせて、カイツールがナイフを併用するのは予想できた。だが……いまさら刃物に恐怖する程、睦月が持つ戦闘経験は浅くない。
(刃物は別に良い。どうせ腕で攻撃される方が、ダメージがでかいんだ。問題は……足以外の決定打が欠けてる、ってところか)
向こうもまた、軍用ナイフを抜いたのは単に、牽制も兼ねた攻撃の手段を増やす為だろう。
腕を鈍器のように扱えようとも、攻撃が大降りになる分、躱されるおそれがある。だから睦月の素早さに対抗する為、ナイフを抜いて構えたと見ていい。
「……いくぞっ!」
「くっ!?」
どうせ撃てないなら、と銃弾を全て抜いた自動拳銃の銃身で、カイツールのナイフを防ぐ。鍔迫り合いで動きが止まる瞬間に右手のタクティカルペンを繰り出す睦月だが、その突きは簡単に躱され、空を切った。
「嘗めるなっ!」
「ちっ!」
右手のナイフを順手に構え直したカイツールの斬撃を、睦月はその腕の外側へと逃げながら、足を止めずに左手の自動拳銃で防いでいく。無論、どちらの腕からだろうとも、鈍器のごとき一撃は打たせる前に牽制した上で。
「さすがに、戦い慣れているか……」
数合打ち合い、次いで後方へと跳び退いた睦月は横目に、左手の自動拳銃の状態を確認する。
(さすがに自動拳銃なら、刀身の薄い刃物よりは持ち堪えられる……が、)
向こうもまた、ナイフを手段の一つとしか捉えていなかった。
その証拠に、刃毀れして折れかけているナイフの持ち手を躊躇なく手放し、その代わりを抜いて構えている。
「だが……いつまでその足捌きで誤魔化せると思っている?」
(……ま、知ってて当然か)
先祖がどこからかくすねてきたのか、はたまた運転技術と同様に誰かから教えを受けたのか。いずれにせよ、『荻野』よりも『運び屋』の歴史は長い。
積み重ねた歴史の中で、海一つ挟んだ先にある中国武術の足捌きや歩法を取り入れられるのであれば、修得自体に迷う理由はない。
だが、仮に修得したとしても……それを活かしきれなければ意味がない。また、少しでも歪に理解してしまえば、全てが台無しになる。
「独学に独学を重ねた結果か。いや……口伝が完璧ではなかったといったところか。どちらにせよ、まともな師に巡り合えなかったようだな」
「……まあ、否定はしねえよ。所詮は猿真似から修得したような技だしな」
それ以前に、人間が全員同じ考えに至れるとは限らない。開祖と末端の継承者で、思想がずれていること等よくある話だ。ゆえに分野を問わず、技術の継承は誰もが抱える深い問題の一つだ。
(通じることは通じるが……さすがに足捌きだけじゃ、限界があるな)
それに、よく知られている術程、相手がその存在を把握している可能性は高い。
だからカイツールに対して、足技の類は全て先読みされているものとして、すでに割り切っている。
実際、睦月が少し足を持ち上げただけでも、カイツールが身じろぎするのが見て取れた。先程までの打ち合いは強引に距離を詰め、相手の視界に自身の足が映らないようにしていたからこそ、通用したに過ぎない。
それに……足捌き抜きで無暗に近付けば、それこそ撃術の餌食になる。
(つまり、手足を使わずに相手を倒すしかない、と……ああ、面倒臭い)
無事な自動拳銃に切り替えて銃撃しようにも、弾倉を再装填する暇を、敵が与えてくれるとは思えない。こういう事態に備えて小太刀を持参してきたのだが、今は車内と朔夜の手の中にある。おまけに、カイツールの盾を剥がすのに使った自動二輪はもう、跡形もなかった。
(…………ま、やりようはあるか)
浅く呼吸し、身体の動作確認を最小限で済ませた睦月は静かに、かつ力強く言葉を吐いた。
「『全部振り切ってやる』っ!」
武術の伝承と同様に、過集中状態に対する認識が、世界で共通しているとは限らない。そもそもの話、強引に脳の無意識下にある制御装置を外すこと自体、発想からしてナンセンスだ。
たしかに、武術の中には脳内の制御装置を外し、技の威力や速度を向上させる技術を持つ流派もある。けれども、本来は身体を守る為に備えられている枷を自分の意思で外してしまうのだ。それを全身で容赦なく行えば、手酷い竹箆返しに遭う。
カイツールが操る撃術での硬功もまた、外野からすれば制御装置を外しているように見えるだろうが、実際は痛覚を精神力だけで押さえつけているに過ぎない。
それ以前に……硬功とて所詮、ただの物理現象だ。遠心力による血流の操作と、文字通り血の滲む鍛錬で培った硬い骨、皮膚、筋肉を混合して硬度のある一撃を生み出す。実際に積み上げてきた努力に関係なく、外野からはそんな簡単な言葉で片付けられてしまうような、単純な理屈なのだ。
だからこそ……過集中状態の軍事利用どころか、武術で使う発想すら浮かばないのが、世間の大多数だろう。制御装置を外して戦うこと自体、傍目からすればただの暴走だ。理性のない獣と一体、どう違うというのか。
(話に聞いただけだが……本当に、制御できているらしいな)
脳の制御装置を外した上で制御下に置く。そんな絵空事を易々とやってのけられる人間がいるのかと考えていたカイツールだが……眼前の『運び屋』と相対し、その認識を改めた。
もっとも……あくまで改めただけ、だが。
(良くて二、三割程度の身体能力の向上……あれならば、十分に対処できる)
そもそも、基礎的な身体能力があってこそ、過集中状態による制御装置の解除は実戦で活かせるはずだ。だが、いくら『最期の世代』として育てられていたとしても、カイツールから見た『運び屋』の実力は、過集中状態込みでも『脚力だけは、自分より少し上を行く』程度の見積もりでしかない。
はっきり言って、ただの強者と戦う位にしか考えていなかった。
(この程度の苦難なら、何度も乗り越えてきた。ましてや……手が使えない相手等、最初から不利を抱えた敵でしかない)
おそらくもう、まともな武器は残っていないだろう。『運び屋』が構えているのはタクティカルペンと、暴発対策で銃弾を全て抜いた、銃身が歪んでしまった自動拳銃のみ。
他の銃器は、おそらくない。すでに二丁も撃ち尽くしている上に、故障してもなお携えたままの三丁目。再装填に移れば、確実に隙を生む。それ以外に武装があるのであれば、とっくに使っているはずだ。
(それに……どれだけ制御できるかは分からんが、どうせ長くはもたないだろう)
自身は経験がないとはいえ、解除した制御装置により多大な負荷が掛かる代償は理解できる。暴走した機械がその負荷で自壊するように、過集中状態に入った当人の身体は最後まで持たないはずだ。
どこかで必ず、限界が来る……
現に、二、三割程度の能力向上で抑えていることが、その事実を証明していた。
(問題は……そこからどう繋げてくるか、だな)
あえて能力向上の幅を広げ、短期決戦で沈めてくるか。それとも……何らかの隠し技を使うのか。
いずれにせよ、カイツールは『運び屋』から眼を離さなければいい。
…………はず、だった。
「なっ!?」
もう使えない、と武器を捨てるのは分かる。自分もまた、刀身が砕けかけたナイフをあっさり手放し、新しい物を抜いたのだから。
だが……相手の視界を奪うかのように、こちらに投げ付けてくるとなれば、話は別だ。
(まずいっ!?)
飛んできた自動拳銃を叩き落とした時には、もう遅かった。
先程の『運び屋』の行為自体には、相手を傷付ける意図はない。本命は、たとえほんの一瞬であろうと……カイツールの眼から逃れることにある。
通常の相手との肉弾戦であれば、数歩分しか空けてない距離だろうと対処できる自信がある。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
(あえて、ナイフの持ち手の外側を……っ!?)
脚力に特化し、数歩分だろうと距離を詰められる足捌きや歩法を修得している『運び屋』が駄目押しで過集中状態に入り、身体能力を向上させてきた。しかも、カイツールの撃術の腕前を見て、あえて一撃の重さよりも多少の連撃を覚悟でナイフ側を回ってきたのだとすれば……考えることは一つだ。
(背後に回っての一撃。だが蹴りは大振り、狙いは銃の代わりに、ナイフの刃を弾いてきたタクティカルペンによる突き……いや、違うっ!)
カイツールが気付いた時には、もう遅かった。
身体を反転させるよりも早く……『運び屋』の背中が自身に迫っているのが、視界の端に辛うじて見えたからだ。
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主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
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