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186 案件No.009の後始末(その1)
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朔夜達と別れた後、睦月は姫香と由希奈の二人を伴って、九州の北端にある港へと向かっていた。
「狙われる可能性もあった上に全室禁煙だから、行きは避けてたんだよ。だが話さえつけば、のんびりフェリーに乗って近畿地方へ向かえる。今日の夜出航の船便に車ごと乗って、明日降りたら昼頃には家、って寸法だ」
半ば最後の力を振り絞りつつも、睦月はしっかりとハンドルを握ってアクセルを踏み込んでいく。港へ向かう途中で適当な食事処に寄り、遅めの昼食を済ませる算段だったが、それは後部座席から伸びてきた手によって遮られてしまう。
「ん? ……分かった。一回停める」
少し先にコンビニがあったので、そこの駐車場へと車を停める睦月。そしてエンジンを切ってから、後部座席から視界の端に映るよう差し出された、姫香の手にあるスマホの画面に改めて目を通した。
(火器取締局と連絡がついた。『今は道中にある、繁華街に居る』って返信があった、か……)
「ちょっと電話して、待ち合わせ場所を決めてくる。車内かコンビニで待っててくれ」
姫香から受け取った、使い捨ての連絡先を入れた仕事用の格安スマホと共に運転席から降りた睦月は、日除けと他人の視線を避ける為にコンビニの陰へと入る。
姫香の手によってか、相手方の電話番号はすでに登録されていた。これもまた、追跡困難な国際電話番号だった。多少の金額は掛かるが、海外利用が可能となってきた昨今だからこそ使える手だろう。むしろ、向こうの職場を考えれば、用意しない理由の方がない。
『Hello?』
スマホから耳に入ってくる英語に合わせ、思考を中断した睦月は言語を切り替えてから通話に応じた。
「『運び屋』だ。ところで……映画の影響で『運送人』って訳してるけど、『運送業者』の方が良かったか? それとも『民間配送サービス』? 『運び人』は接客係やウェイターに近くて好きじゃないし、『運び屋』って意味的には麻薬の運び屋だから、微妙に違うと思って、」
『いきなり細かいことを聞いてくんな日本人! どれでも通じるからさっさと本題に入れっ!』
スマホ越しに飛んでくるチャップマンの大雑把かつ苛立ちが含まれた回答に、睦月は早々に小話を切り上げて本題へと移った。
「……じゃ、まずは落ち合う場所を決めますか」
「…………」
同時刻。日本の首都から北西に存在する山脈の中に位置する小さな町に、その男は居た。
かつては個人経営のジムだった場所だが、人口密度の影響もあってか実入りが悪くて破綻し、最後は内装の設備ごと売りに出されていた。けれども、男がそこを購入した理由は営利目的ではない。
「…………っ!」
――バシッ!
日本に滞在する時の拠点兼鍛錬用の施設として、男はかつてのジム跡地を購入した。だから今も、肉体を鍛え上げる為に酷使している。
「っ! っ!」
――バシッ! バシッ!
ただひたすらに、黙々と腕を振り降ろした。それは斬撃の如き威力で、物件に残されていた土嚢へと次々に打ち込んでいく。
数回、数十、数百と繰り返していき……やがて千へと至ろうとするその瞬間、男は構えを変えた。
「ふぅ…………」
小さく、呼吸を整えてから一息に、男は右手を振るった。
「…………ふっ!」
――バシッ! ザ、ザザァ…………
パチ、パチ、パチ……
「本当に人体だけで、物が切れるのね……正直、物語の世界の話だと思ってたわ」
一人分の乾いた拍手と韓国語の感想と共に、トレーニングルームへと入ってきたのは、年齢を感じさせない美貌を振りまく女性だった。
「…………」
男は手を止めて振り返るものの、女性の方は拒絶の意思を載せた視線をぶつけられようとも気に留めず、分厚い書類の束を片手に数歩手前まで近寄ってくる。
「……言っておくが、見世物じゃないぞ」
近くにあるトレーニングマシンの一つに掛けていたタオルを手に取り、露出した上半身に纏わりつく汗を拭いながら男――シェリダーは女――ケムダーの方を向いて腰を降ろした。
「で、何の用だ? ジムの居住区に文句があるなら、自分で別の拠点を見つけてこい」
「そのつもり、と言いたいところだけど……どっちにしても、近い内に出ていくわ」
「……連絡が入ったのか?」
シェリダーが山中にある拠点の居住区にケムダーを泊めていたのも、元々は彼女の仕事の都合で、滞在期間が延びたからに過ぎない。
いや、どちらかと言えば……新しい人材側の都合によるものだが。
「ええ、自己PRでもしたいのかしらね? 薄っぺらい履歴書一枚と一緒に、分厚い資料を送り付けてきたのよ」
「……見せてみろ」
ケムダーから受け取った資料を手早く捲り、内容に視線を走らせた後、シェリダーは溜息と共にそのまま閉じてしまう。
「生物兵器、か……たしか前にも、日本で似たような研究をしていた組織がなかったか?」
「あ~……多分、個人で研究していた連中ね」
シェリダーがそう言うと、ケムダーも心当たりがあったのか、すぐに答えを返してきた。
「どこかの組織が背後に居たらしいけど……最後の方はそこと揉めて、結局そのまま話が流れた、って聞いたわ」
「それだ」
ケムダーにそう言われ、シェリダーも記憶の中から関連する情報を引き摺り出した。
「もしかして……その新人も関係者か?」
「調べてみたけど……どうも、そのさらに上の関係者みたい」
「さらに上? どういうことだ?」
もっともな問い掛けに、ケムダーは一枚だけ残された履歴書を広げて、シェリダーへと見せながら答えてきた。
「その個人で研究していた連中に、別の組織の資料を横流しした人間……つまり、その情報提供者の身内みたいね。ついでに言っておくと、生物兵器とはまた別の研究をしていたそうよ」
「別の研究? 一体何だ?」
「よくある話よ…………不老不死」
絵空事、と言われてしまえばそれまでだが、不完全なものであれば、すでにこの世に存在している。結局は気の持ち様な上に、中には生きているだけで生涯を過ごせればいいという者も居る。捉え方によっては、延命治療もまた不老不死の一種だろう。
「まあ、こっちはまだ健全な方かしら? 『病気の根絶もしくは感染しない肉体』って観点から研究してるみたいだし」
「なるほど……生物実験の過程で、兵器に成りそうな副産物でも生まれたのか」
端的に『病気のない身体』を目指していると言われて、真っ先に思い浮かぶのは『病原菌への対策』か『免疫機能の向上』である。その研究の過程で、身体機能に何らかの向上が見られでもしたのだろう。
病原菌を解析し、対応策を研究する中で偶発的に細菌兵器を製造してしまうのはまだ理解できる。だが……生物そのものを兵器に変質させるのは、また別の話だ。
「いや、待て。その関係者って、まさか……」
「……そのまさか、よ」
一部の……例外を除いては。
「『最期の世代』の一人…………『薬師』の家系に連なる者だったわ」
噂でしかないが、『薬師』の家で行われている研究の中には、薬物による増強の一種があると聞いたことがある。元々は『忍』の家系であり、本来は毒薬や毒蟲を使うことに長けていた一族だったので、その分野にも手を出していたとか。
研究自体、どこまで進められているのかは分からない。けれども、人の群れは数が増えれば増える程、完全に一枚岩になることは難しくなる。たとえ同じ家で生まれようとも、思想を違えて暴走する者が現れてもおかしくなかった。
「信用できるのか? たしかにあの家は多岐に渡り過ぎて、本家も分家もない程に勢力争いが起きてはいる。けれども……『犯罪組織』に付く者が現れるとは思えないんだが」
応募してきたのが間者なら、あまりにも堂々とし過ぎている。資料を押し返したシェリダーは立ち上がるとタオルを置き、代わりに掴んだ上着を羽織った。
「『一族を裏切った』と、聞いてはいるのよ。本当にそうなのかまでは分からないから……ちょっと調べてくるわ」
鍛え抜かれた身体を気にも留めず、ケムダーは受け取った資料片手に背を向けてくる。
「ついでに、その生物兵器も拝んでくるわね」
一度シェリダーを、その背後に散らされた大量の砂と裂かれ破けた土嚢の成れの果てを一瞥し、ぼそりと呟くのが聞こえてきた。
「まあ……人の身でそこまでできるのなら、薬物による増強なんてそもそも、必要ないと思うけど」
そう漏らしてから立ち去ったケムダーを見送り、土嚢を引き裂いた腕の指を軽く曲げ解したシェリダーは、今度は水の入ったペットボトルを手に取って中身に口を付けた。
(……そこらの人間には、まず無理だろう)
ある武術ではかつて、身体を鍛え抜いた結果、相手の人体を貫いたことがあるらしい。骨で肉を裂くと考えれば可能かもしれないが、鉄の刃でも持ち出した方が手間も少なく、リスクも低いだろう。
(ただの凡夫に、自らを鍛え抜く覚悟があるとは思えないしな……)
人体の硬度を高めることも……それより柔らかい物を裂くことも、物理的には可能だ。
(俺のように…………それしか生き方を知らないのなら、まだ分かるが)
けれども、過酷な鍛錬を積むよりも道具一つ持った方が、手間暇を掛けずに目的を果たせるのが現実だ。
それでもなお、当たり前のように鍛錬を続ける日々を振り返りながら、『拒絶』はシャワー室へと向かった。
「――というわけで、兵器はもうなさそうだった。誰が持ち出したかまでは分からないが、少なくとも『犯罪組織』側じゃないのはたしかだ」
「それだけが、唯一の救いか……」
繁華街の中とはいえ、相手は外国人と目立つ。観光客だと言い張ろうにも、話を聞かれてしまえば本末転倒だ。しかも、他の組織にも目を付けられている以上、英語で話したところで筒抜けになってしまう。
だから睦月は、チャップマンとの合流場所を観光地から離れた、地元民しか使わなさそうなファーストフード店のさらに奥の席を選んだ。そこに二人で腰掛けてから廃鉱山での出来事を話し終え、ようやく現在に至る。
「『犯罪組織』の始末についてはこっちで手配するつもりだが、どうする? 別の組織に売って貸し作るか?」
「……いや、その必要はない」
バーガーを一齧りした後、本場と比べて物足りない食べ応えに不満を露にしたまま、チャップマンは今後について話し始めてきた。
「すでに『情報屋』の常坂氏から連絡を受けて、向こうに引き渡す算段を付けてある。同時に『掃除屋』も手配したらしいから、後は放置で構わないだろう」
「やっぱりバレてたか……」
元々、首根っこを押さえられている『ブギーマン』経由で孫である『ペスト』に自動二輪の運送を依頼したのだ。妨害されることはなくとも、知られていたところで不思議はない。
(……だが、これで確定だな)
それでも、今回は『情報屋』がどう動くかを見る目的もあって、こんな面倒な手間を掛けた側面もある。予想通りの結果でつまらないと感じたところで、睦月の今後には何の関係もない。
ポテトを一つ摘まんでからジンジャーエールで流し込み、炭酸ごと息を吐き出した睦月は、頬杖を突いてチャップマンの方を向く。
「で、火器取締局はこれからどうするんだ? 予定通りに諸々を処分しに行くのか?」
「まあ……そうなるだろうな。清掃作業が終わり次第、その岩山の中を探ってみるつもりだ」
どちらにせよ、まだ準備が終わっていないこともあるのだろう。チャップマンは旅行する余裕ができたことに、多少は機嫌を直している。だがすぐに、セットでついてきたポテトの量に表情を歪めてしまっていたが。
「それにしても……話の通りに、戦後すぐに『原爆の欠片』を持ち出した奴が居たとしたら、そいつは絶対に狂ってるだろ?」
「それには半分同意する。目的はどうあれ、『原爆の欠片』に縋る時点で少なくとも、手段は狂ってるしな」
睦月の同意を最後に、チャップマンはゴミを纏めだしていた。
「何にせよ、これで火器取締局の仕事は一旦終わりだ。廃鉱山を確認できるようになるまでは、のんびり観光でもしてるさ」
「そうかい。こっちはもう帰るから、国際問題にならない程度に好きにしてくれ」
最後に、と『運び屋』用の名刺を差し出す睦月。それを受け取って胸ポケットに入れたチャップマンはトレーを片手に立ち去ろうとしたが、ふと足を止めて振り返ってくる。
「そういえば……さっき言っていた、もう半分の方は何なんだ?」
「もう半分? ……ああ」
自分もゴミを纏めていた睦月はその手を止め、チャップマンからの質問に答えた。
「おたく等原爆を落とした側からしたら、不愉快な話になるだろうが……被爆者の視点で考えてみろよ」
当時の被害を直接見たわけではない。だが、『は○しのゲ○』をはじめとした、被爆側の視点で描かれた漫画等を見れば嫌でも、その悲惨さが少しだろうと伝わってくる。
「……怨恨による報復が目的、だと言いたいのか?」
「元々、鹵獲した兵器を分解して解析してんじゃないかって思ってたしな。その正体が原爆だとしても、やることは変わらないだろう。ただ……」
開発のきっかけとなった研究者自身が戦後、残りの生涯を平和活動にも費やしていたのだ。他の人間、特に被害者の中には放射熱対策や解毒治療等の対抗手段を目的に奪取したとしても、不思議ではない。
「誰がどんなお題目を掲げていようとも…………核兵器なんてもんは、映画とかだけで十分だろ? 平和利用が目的で誰も傷付けないなら、むしろそのまま研究させとけ」
いずれにせよ、次の争いに繋がりかねない報復等でないことを、祈るばかりだった。
「……その通りだな。まあ、原爆を落とした側の俺が言えたことじゃないが」
今度こそ立ち去っていくチャップマンを見送ってから、睦月はスマホの通知を確認し、続いて席を立った。
(さて……『立つ鳥跡を濁さず』、とも言うしな)
帰るまでに解決できれば、それに越したことはないが……それが難しいことは、睦月自身が経験している。
(できれば……婆さんに話をつける前に、目途だけでも立てておかないとな)
姫香が予約したフェリーの時間までに港へと向かおうと、睦月はトレーを片付けてから、仕事用の車へと向けて歩き出した。
「狙われる可能性もあった上に全室禁煙だから、行きは避けてたんだよ。だが話さえつけば、のんびりフェリーに乗って近畿地方へ向かえる。今日の夜出航の船便に車ごと乗って、明日降りたら昼頃には家、って寸法だ」
半ば最後の力を振り絞りつつも、睦月はしっかりとハンドルを握ってアクセルを踏み込んでいく。港へ向かう途中で適当な食事処に寄り、遅めの昼食を済ませる算段だったが、それは後部座席から伸びてきた手によって遮られてしまう。
「ん? ……分かった。一回停める」
少し先にコンビニがあったので、そこの駐車場へと車を停める睦月。そしてエンジンを切ってから、後部座席から視界の端に映るよう差し出された、姫香の手にあるスマホの画面に改めて目を通した。
(火器取締局と連絡がついた。『今は道中にある、繁華街に居る』って返信があった、か……)
「ちょっと電話して、待ち合わせ場所を決めてくる。車内かコンビニで待っててくれ」
姫香から受け取った、使い捨ての連絡先を入れた仕事用の格安スマホと共に運転席から降りた睦月は、日除けと他人の視線を避ける為にコンビニの陰へと入る。
姫香の手によってか、相手方の電話番号はすでに登録されていた。これもまた、追跡困難な国際電話番号だった。多少の金額は掛かるが、海外利用が可能となってきた昨今だからこそ使える手だろう。むしろ、向こうの職場を考えれば、用意しない理由の方がない。
『Hello?』
スマホから耳に入ってくる英語に合わせ、思考を中断した睦月は言語を切り替えてから通話に応じた。
「『運び屋』だ。ところで……映画の影響で『運送人』って訳してるけど、『運送業者』の方が良かったか? それとも『民間配送サービス』? 『運び人』は接客係やウェイターに近くて好きじゃないし、『運び屋』って意味的には麻薬の運び屋だから、微妙に違うと思って、」
『いきなり細かいことを聞いてくんな日本人! どれでも通じるからさっさと本題に入れっ!』
スマホ越しに飛んでくるチャップマンの大雑把かつ苛立ちが含まれた回答に、睦月は早々に小話を切り上げて本題へと移った。
「……じゃ、まずは落ち合う場所を決めますか」
「…………」
同時刻。日本の首都から北西に存在する山脈の中に位置する小さな町に、その男は居た。
かつては個人経営のジムだった場所だが、人口密度の影響もあってか実入りが悪くて破綻し、最後は内装の設備ごと売りに出されていた。けれども、男がそこを購入した理由は営利目的ではない。
「…………っ!」
――バシッ!
日本に滞在する時の拠点兼鍛錬用の施設として、男はかつてのジム跡地を購入した。だから今も、肉体を鍛え上げる為に酷使している。
「っ! っ!」
――バシッ! バシッ!
ただひたすらに、黙々と腕を振り降ろした。それは斬撃の如き威力で、物件に残されていた土嚢へと次々に打ち込んでいく。
数回、数十、数百と繰り返していき……やがて千へと至ろうとするその瞬間、男は構えを変えた。
「ふぅ…………」
小さく、呼吸を整えてから一息に、男は右手を振るった。
「…………ふっ!」
――バシッ! ザ、ザザァ…………
パチ、パチ、パチ……
「本当に人体だけで、物が切れるのね……正直、物語の世界の話だと思ってたわ」
一人分の乾いた拍手と韓国語の感想と共に、トレーニングルームへと入ってきたのは、年齢を感じさせない美貌を振りまく女性だった。
「…………」
男は手を止めて振り返るものの、女性の方は拒絶の意思を載せた視線をぶつけられようとも気に留めず、分厚い書類の束を片手に数歩手前まで近寄ってくる。
「……言っておくが、見世物じゃないぞ」
近くにあるトレーニングマシンの一つに掛けていたタオルを手に取り、露出した上半身に纏わりつく汗を拭いながら男――シェリダーは女――ケムダーの方を向いて腰を降ろした。
「で、何の用だ? ジムの居住区に文句があるなら、自分で別の拠点を見つけてこい」
「そのつもり、と言いたいところだけど……どっちにしても、近い内に出ていくわ」
「……連絡が入ったのか?」
シェリダーが山中にある拠点の居住区にケムダーを泊めていたのも、元々は彼女の仕事の都合で、滞在期間が延びたからに過ぎない。
いや、どちらかと言えば……新しい人材側の都合によるものだが。
「ええ、自己PRでもしたいのかしらね? 薄っぺらい履歴書一枚と一緒に、分厚い資料を送り付けてきたのよ」
「……見せてみろ」
ケムダーから受け取った資料を手早く捲り、内容に視線を走らせた後、シェリダーは溜息と共にそのまま閉じてしまう。
「生物兵器、か……たしか前にも、日本で似たような研究をしていた組織がなかったか?」
「あ~……多分、個人で研究していた連中ね」
シェリダーがそう言うと、ケムダーも心当たりがあったのか、すぐに答えを返してきた。
「どこかの組織が背後に居たらしいけど……最後の方はそこと揉めて、結局そのまま話が流れた、って聞いたわ」
「それだ」
ケムダーにそう言われ、シェリダーも記憶の中から関連する情報を引き摺り出した。
「もしかして……その新人も関係者か?」
「調べてみたけど……どうも、そのさらに上の関係者みたい」
「さらに上? どういうことだ?」
もっともな問い掛けに、ケムダーは一枚だけ残された履歴書を広げて、シェリダーへと見せながら答えてきた。
「その個人で研究していた連中に、別の組織の資料を横流しした人間……つまり、その情報提供者の身内みたいね。ついでに言っておくと、生物兵器とはまた別の研究をしていたそうよ」
「別の研究? 一体何だ?」
「よくある話よ…………不老不死」
絵空事、と言われてしまえばそれまでだが、不完全なものであれば、すでにこの世に存在している。結局は気の持ち様な上に、中には生きているだけで生涯を過ごせればいいという者も居る。捉え方によっては、延命治療もまた不老不死の一種だろう。
「まあ、こっちはまだ健全な方かしら? 『病気の根絶もしくは感染しない肉体』って観点から研究してるみたいだし」
「なるほど……生物実験の過程で、兵器に成りそうな副産物でも生まれたのか」
端的に『病気のない身体』を目指していると言われて、真っ先に思い浮かぶのは『病原菌への対策』か『免疫機能の向上』である。その研究の過程で、身体機能に何らかの向上が見られでもしたのだろう。
病原菌を解析し、対応策を研究する中で偶発的に細菌兵器を製造してしまうのはまだ理解できる。だが……生物そのものを兵器に変質させるのは、また別の話だ。
「いや、待て。その関係者って、まさか……」
「……そのまさか、よ」
一部の……例外を除いては。
「『最期の世代』の一人…………『薬師』の家系に連なる者だったわ」
噂でしかないが、『薬師』の家で行われている研究の中には、薬物による増強の一種があると聞いたことがある。元々は『忍』の家系であり、本来は毒薬や毒蟲を使うことに長けていた一族だったので、その分野にも手を出していたとか。
研究自体、どこまで進められているのかは分からない。けれども、人の群れは数が増えれば増える程、完全に一枚岩になることは難しくなる。たとえ同じ家で生まれようとも、思想を違えて暴走する者が現れてもおかしくなかった。
「信用できるのか? たしかにあの家は多岐に渡り過ぎて、本家も分家もない程に勢力争いが起きてはいる。けれども……『犯罪組織』に付く者が現れるとは思えないんだが」
応募してきたのが間者なら、あまりにも堂々とし過ぎている。資料を押し返したシェリダーは立ち上がるとタオルを置き、代わりに掴んだ上着を羽織った。
「『一族を裏切った』と、聞いてはいるのよ。本当にそうなのかまでは分からないから……ちょっと調べてくるわ」
鍛え抜かれた身体を気にも留めず、ケムダーは受け取った資料片手に背を向けてくる。
「ついでに、その生物兵器も拝んでくるわね」
一度シェリダーを、その背後に散らされた大量の砂と裂かれ破けた土嚢の成れの果てを一瞥し、ぼそりと呟くのが聞こえてきた。
「まあ……人の身でそこまでできるのなら、薬物による増強なんてそもそも、必要ないと思うけど」
そう漏らしてから立ち去ったケムダーを見送り、土嚢を引き裂いた腕の指を軽く曲げ解したシェリダーは、今度は水の入ったペットボトルを手に取って中身に口を付けた。
(……そこらの人間には、まず無理だろう)
ある武術ではかつて、身体を鍛え抜いた結果、相手の人体を貫いたことがあるらしい。骨で肉を裂くと考えれば可能かもしれないが、鉄の刃でも持ち出した方が手間も少なく、リスクも低いだろう。
(ただの凡夫に、自らを鍛え抜く覚悟があるとは思えないしな……)
人体の硬度を高めることも……それより柔らかい物を裂くことも、物理的には可能だ。
(俺のように…………それしか生き方を知らないのなら、まだ分かるが)
けれども、過酷な鍛錬を積むよりも道具一つ持った方が、手間暇を掛けずに目的を果たせるのが現実だ。
それでもなお、当たり前のように鍛錬を続ける日々を振り返りながら、『拒絶』はシャワー室へと向かった。
「――というわけで、兵器はもうなさそうだった。誰が持ち出したかまでは分からないが、少なくとも『犯罪組織』側じゃないのはたしかだ」
「それだけが、唯一の救いか……」
繁華街の中とはいえ、相手は外国人と目立つ。観光客だと言い張ろうにも、話を聞かれてしまえば本末転倒だ。しかも、他の組織にも目を付けられている以上、英語で話したところで筒抜けになってしまう。
だから睦月は、チャップマンとの合流場所を観光地から離れた、地元民しか使わなさそうなファーストフード店のさらに奥の席を選んだ。そこに二人で腰掛けてから廃鉱山での出来事を話し終え、ようやく現在に至る。
「『犯罪組織』の始末についてはこっちで手配するつもりだが、どうする? 別の組織に売って貸し作るか?」
「……いや、その必要はない」
バーガーを一齧りした後、本場と比べて物足りない食べ応えに不満を露にしたまま、チャップマンは今後について話し始めてきた。
「すでに『情報屋』の常坂氏から連絡を受けて、向こうに引き渡す算段を付けてある。同時に『掃除屋』も手配したらしいから、後は放置で構わないだろう」
「やっぱりバレてたか……」
元々、首根っこを押さえられている『ブギーマン』経由で孫である『ペスト』に自動二輪の運送を依頼したのだ。妨害されることはなくとも、知られていたところで不思議はない。
(……だが、これで確定だな)
それでも、今回は『情報屋』がどう動くかを見る目的もあって、こんな面倒な手間を掛けた側面もある。予想通りの結果でつまらないと感じたところで、睦月の今後には何の関係もない。
ポテトを一つ摘まんでからジンジャーエールで流し込み、炭酸ごと息を吐き出した睦月は、頬杖を突いてチャップマンの方を向く。
「で、火器取締局はこれからどうするんだ? 予定通りに諸々を処分しに行くのか?」
「まあ……そうなるだろうな。清掃作業が終わり次第、その岩山の中を探ってみるつもりだ」
どちらにせよ、まだ準備が終わっていないこともあるのだろう。チャップマンは旅行する余裕ができたことに、多少は機嫌を直している。だがすぐに、セットでついてきたポテトの量に表情を歪めてしまっていたが。
「それにしても……話の通りに、戦後すぐに『原爆の欠片』を持ち出した奴が居たとしたら、そいつは絶対に狂ってるだろ?」
「それには半分同意する。目的はどうあれ、『原爆の欠片』に縋る時点で少なくとも、手段は狂ってるしな」
睦月の同意を最後に、チャップマンはゴミを纏めだしていた。
「何にせよ、これで火器取締局の仕事は一旦終わりだ。廃鉱山を確認できるようになるまでは、のんびり観光でもしてるさ」
「そうかい。こっちはもう帰るから、国際問題にならない程度に好きにしてくれ」
最後に、と『運び屋』用の名刺を差し出す睦月。それを受け取って胸ポケットに入れたチャップマンはトレーを片手に立ち去ろうとしたが、ふと足を止めて振り返ってくる。
「そういえば……さっき言っていた、もう半分の方は何なんだ?」
「もう半分? ……ああ」
自分もゴミを纏めていた睦月はその手を止め、チャップマンからの質問に答えた。
「おたく等原爆を落とした側からしたら、不愉快な話になるだろうが……被爆者の視点で考えてみろよ」
当時の被害を直接見たわけではない。だが、『は○しのゲ○』をはじめとした、被爆側の視点で描かれた漫画等を見れば嫌でも、その悲惨さが少しだろうと伝わってくる。
「……怨恨による報復が目的、だと言いたいのか?」
「元々、鹵獲した兵器を分解して解析してんじゃないかって思ってたしな。その正体が原爆だとしても、やることは変わらないだろう。ただ……」
開発のきっかけとなった研究者自身が戦後、残りの生涯を平和活動にも費やしていたのだ。他の人間、特に被害者の中には放射熱対策や解毒治療等の対抗手段を目的に奪取したとしても、不思議ではない。
「誰がどんなお題目を掲げていようとも…………核兵器なんてもんは、映画とかだけで十分だろ? 平和利用が目的で誰も傷付けないなら、むしろそのまま研究させとけ」
いずれにせよ、次の争いに繋がりかねない報復等でないことを、祈るばかりだった。
「……その通りだな。まあ、原爆を落とした側の俺が言えたことじゃないが」
今度こそ立ち去っていくチャップマンを見送ってから、睦月はスマホの通知を確認し、続いて席を立った。
(さて……『立つ鳥跡を濁さず』、とも言うしな)
帰るまでに解決できれば、それに越したことはないが……それが難しいことは、睦月自身が経験している。
(できれば……婆さんに話をつける前に、目途だけでも立てておかないとな)
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ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
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